第1章 第3話 旅立ちの日 *
***** ノート *****
誰一人として立ち入ることのなかった、現実とも幻とも判断できない島への一人旅は、アパートを出てすぐの角地にある、食料雑貨品店ハロウズで購入した数冊のノートとともに始まりました。このお店は数ヶ月前にできたばかりで、手製のものをはじめ、地元では日ごろ目にすることのない他所の生活道具も取り揃えられていたので、以前から気になっていたところです。ノートもみたこともない皮の表紙で手漉きの紙を綴じ込んだ、ちょっとめずらしい装幀がされたものでした。もし私が消えてしまうことがあったら、その手がかりを残すものになるかもしれないという思いもあって、旅費の多くを購入費用に当ててしまいましたが、それは正しい判断だったと思います。なぜなら、あなたが今その記録を手にし、私が存在したことを証明するものとなったのですから。
近くにあるコーヒーハウスでいつものシナモンティーとパンをオーダーすると、店の常連客の一人がどちらへ?と話しかけてきました。
「いや、時間を探しにですね。この前話した例のあの島です」
「いよいよ出発ですか。見たこともないような時間がみつかるといいですな」
「どうでしょうか。あてのない旅なので」
「いや、きっとみつかるに違いない。こんないい日和の旅立ちなのですから心配には及びません。ましてや、東の空には透き通るような月まで浮かんでます。これは吉兆にちがいない。お土産話を楽しみに待ってますよ。そうだ、もし荷物にならなければこの携帯日時計を持っていってやってください。磁石もついているので何かの役に立つかもしれない」
「ありがとう。ありがとう」
そして、シナモンティーを少し残して、私のあてのない時間探しの旅ははじまりました。たった1枚の地図を頼りに、南部共同鉄道と旧式の蒸気バスを乗り継いでまる2日。車中に一泊する長旅です。まだ、町が目覚める前だったので駅は人影もまばらで、眠そうな目をした駅員が改札の掃除していました。時刻表と列車を確認して寝台の車両へ乗り込みました。私のほかには数人の乗客がいただけでした。早朝から寝台夜行列車に乗るのですから、みんなかなり遠くまで出かけるのでしょう。私と同じところを目指す人もいるかしれないと思うと長旅も少し楽しみになりました。運転手が乗り込んでしばらくすると長い汽笛とともに列車はリアヌシティを後にしました。
視界から遠ざかる町並みを見ていると、なぜかしら会社の同僚や友達の顔が次々に浮かんできました。新聞社に入社以来、一ヶ月もの休みを取ったことはなかったですから、なにか心に大きな空白ができるような気持ちだったのかもしれません。町が見えなくなってしまいそうなころにジギばあさんの顔も浮かんできました。じっと押し黙ったままこちらを見ていました。
婆ちゃん、行ってくるからね。しっかり見守ってておくれよ。きっとたくさんのお土産をもって帰ってくるから。
最初のうち車窓から見えていた家並みも徐々に少なくなり、一夜明けたころには森の間に転々と羊の放牧場が見えるだけで人影もまばらになっていました。心配していた天気のほうは崩れることもなく、いい旅のはじまりになりました。気がつくと乗り合わせた乗客の姿もなく、眠り込んでいるうちにそれぞれの目的地で降りてしまったようです。一人になってからの時間は思った以上に長く、最後の駅までの一駅だけで半日ほどもかかり、はたしてたどり着くのだろうかと心配になったほどです。到着を告げる汽笛が鳴ったときには、正直ほっとして胸をなでおろしました。
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