第37話 火焔
「じっちゃん、たいへん! おきて! おきて!」
外はすっかり夜の闇に包み込まれている。うとうとしてしまったようだ。何が起こったのだろう?
「森が真っ赤!!」
「悪い夢だ……」
現実に戻るために声にしてみる。
「じっちゃん、たいへん、たいへん」
「オルターさん、いますかー!」
誰か走り込んで来る音が聞こえた。ミリルさんだろうか。なんだか、騒がしい。これは、夢じゃないのかもしれない……。
「オルターさん、火事ですよ! 半島が火事!」
「え? 火事?」
いきなりとんでもない現実に引き戻された。
「外を見てください」
「おお、空が真っ赤だ……」
思わず立ちすくんでしまった。
「さっきから半島のほうの森が燃えているんです みんな消火に行きましたよ」
「これは大変だ、すぐ行きましょう」
「みんなあるだけのバケツもって行ってます」
「急ぎましょう」ミリルさんはそう言うなり小走りに出て行った。
この島で火事が起きたのはじめてだ。少なくともこんな大きな火事は一度もない。バケツを両手に持って、煙を頼りに走って行くと、まだ100mもはなれたところなのに空が炎と火の粉で真っ赤に染まって、炎の熱が消火に向かう人の行く手を阻む。みんなそれぞれにバケツをもって集まっているが、とてもそんなもので消えそうにないほど炎は空高く柱のようになって燃え上がっている。
「オルターさん! 危ないからこれ以上近づかないほうがいいよ」と、食堂のある広場に着いたところで呼び止められた。
「あ、スロウさん! 船はだいじょうぶですか」
「なんとかかんとか。気づくのが早かったから帆が焼ける程度で。ノーキョさんも今水をかぶって消火に向かったところ。おいらも今から海水を使って消火をしようと思って」
「海のほうからですね。くれぐれも気をつけてくださいよ」
「船にポンプがあるので、海水をくみ上げて放水しますね。どれぐらい役に立つかわかないけれど。ここは、できることなら何でもかんでもやらないと。大切な森がなくなってしまったらそれこそ話にならないから」
「スロウさん、ほんとうに気をつけてくださいね。森はいつか元に戻るから」心配そうにミリルさんが言った。
「コピもてつだう」
「コピちゃんはだめよ。ここでバケツに水を入れるお手伝いをしてましょ」
こちらを見ていたコピの目から涙がこぼれた。怖さのせいか、それとも悲しさをこらえているのか小さく震えている。制止するミリルさんの手を振り払おうとしている。コピの森への思いはだれよりも強い。
「しかし、これは、ひどいことになった。広場のほうまで延焼したら大変だ。島の自然も壊れるし、メーンランドから来た人が過ごす場所もなくなってしまう。とにかく早く消さないと」
「コピちゃん、とにかくここから先はいっちゃだめよ、わかった?」
「……ひは、ひはいつおわる?」泣きながらミリルさんに聞いている。「早く消えるといいね」なだめているミリルさんも答えようがない。とても大丈夫なんて言えるような状況ではない。
「かなりの勢いだな。これじゃあ、うまく消えてもほんとうに森はなくなってしまうかもしれない。とにかく急がないと」
「スロウさん、みんなの避難は終ってるのかな?」
「住人はいないところだから、だいじょうぶ」
「野営場に人はいなかったのかしら」ミリルさんが心配そうに言った。
「おいらが知ってる人は火が燃え広がらない段階で避難してたよ」
「オルターさん! だめだめ、危ないから」
ミリルさんにいくら言われても、さすがにコピといっしょに待ってるわけにはいかない。
「ここでこのまま見てられないから、ちょっと消火を手伝ってきます」
コピが少し落ち着いたのを見て燃え上がる森に入る決心をした。
「オルターさん、ほんとに気をつけてくださいよ 。水をたくさんかぶって!」
火を甘く見てはいけないのはよくわかってる。だからこそここで消さないと大変なことになる。半島の南のほうは先は少し低くなっていて、木々が茂り屋外で過ごすための野営場もある。メーンランドから来た人がよく野宿している場所だ。この前、灯台で会ったうさぎの女性はだいじょうぶだろうか。こういうときは悪いことばかりが頭を過ぎる。半島から流れてくる黒煙が星空を覆いつくしている。早くしないと。
「コピちゃん、あの船長の持ってきた青い本にお願いしてようね」後ろのほうからミリルさんの声が聞こえた。
「あおいほん!」
「困ったときの神頼みだね。みんなが無事に戻ってくるようにお願いしようね。この島にだってきっと神様はいるから」
「おねがい、おねがい! 」振り返ると、コピが空に向かって小さな手を一生懸命すり合わせている。
「おいらはボートのほうに回ることにする。必ず消して来るので、ここで待ってて」スロウさんのいつになく高ぶった声が聞こえてきた。
井戸を過ぎて海に向かって土地が傾斜するあたりから、火をさえぎるものもなくて熱風がただただ吹きつけて来る。あいにく風は南風で雨が降る気配もない。消防施設のない島では住民が力を合わせて水を運ぶのが精一杯。みんなが無事で消火を終えられることを祈らずにはいられなかった。




