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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第1章 誘い
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第34話 名前の由来

 次の新聞には、エバンヌのことを書こうと決めてペンを取る。 ところが、エバンヌの何がこの島の特徴なのかと考えてみると、ノルシーさんの人柄以外に書くことを思いつかない。そこに島の情報がありますと書けばアピールになるのだろうか。エバンヌというよりも、島をともに楽しんで来たノルシーさんへの思いが強いのかもしれない。それはそれで島の温かみを使えることになるかもしれない。


 しかし、記事にするのであれば、あのきれいな海と潮騒、古いレコードから流れるジャズの話のほうがいいだろう。

 昨日のうさぎ少女は、今日はどこを歩いているだろうか。リブロールに立ち寄ってくれればもう少し島便りの感想を聞けるのにと思いながら筆を進めた。



「オルターさん、冷たいお水はいかがですか?」


 ミリルさんがいつものように飲み物をすすめてくれる。


「あれ、めずらしい。今日はお水ですか」


「よければ、ひと口飲んでみてください」


 渡されたグラスを飲み干して、「この時期に飲む冷たい水はいい」と言うと、「それだけですか?」とちょっと物足りなさそうな顔をした。


「何か入ってました?」


「きっと、ネモネさんが悲しみますよ」


「え? ネモネさんの水なんですか?」


「そうですよ。昨日ネモネさんが来て、おいしい水の候補って置いていかれたんです」


「あれ、もう一杯もらっていいですか?」


 そう言われてみるとさっきよりおいしい気がする。


「たしかにおいしいですね」とあらためて感想を言うと、「あら、急においしくなってしまいました?」と、味に無頓着なところを知っていてクスクス笑っている。


「いや、そういうわけではなくてね、最初からおいしいですよ。ミリルさんも人が悪いな。何か隠してますね?」


「ごめんなさん。いつも飲んでいるお水なんですよ。ネモネさんが、灯台の水もおいしいって言われて」


「え、灯台の水? これ、灯台の水なの?」


「ピンクレベルには届かないそうですけど、十分おいしい水だって言われてました」


「なるほど。おいしい水もいろいろあるわけだ。もしかすると、程度の差こそあれこの島の水は全部おいしいってことなのかな?」


「そうみたいですよ。その中でも特別なお水がみつかるかどうかということみたいです」


 水にレベルがあるというのはよくわからない。同じ水でも効用が違うというのはどういうことなのだろう。成分の何かが違うということなのだろうか。


「そうすると、ネモネさんはまだ水探しに精を出しているということですね」


「そうみたいです。早く、いいお水がみつかるといいですけど」


 妙な話ではあるけれど、あのカバ君の活躍に期待したいところだ。


「あ、そういえば、ウォーターランドの名前の由来がわかりました。昔、船が遭難して瀕死の状態でこの島に流れ着いて、そのまま命を落としかけた人がいたそうで。そこで、おいしい水を口に含ませたら奇跡的に息を吹き返して元気になったらしいんですね。それ以来、水の精霊の宿る島として名が知られ、その水の効用に授かろうと遠くから海をわたって訪れる人が増えたと本に書いてありました」


「それはいつごろの話なんですか?」


「何百年も前の話のようですよ。言い伝えに近いような話ですね」


「そんなに前の話だと、ノートの主が来る以前の話かもしれないな」


「もしかすると、神代の時代の話なんでしょうか。ミドリ鮫の漁師もこの島の水を好んだと書いてありましたけど。いつごろのことだか」


「なるほど、なんだか聖水伝説のような歴史のある話なんですね」


「それと、もともとはウォーターランドではなくてウォーターリーフと呼ばれていたと書かれてました 」


「ウォーターリーフ? リーフって珊瑚礁の集まったところですよね。島じゃなくて」


「でも本にはそう書いてありましたよ」


「ノート氏が訪ねたのはアターリーフだったから。それがウォーターリーフになったと? それとも違う 珊瑚礁域だったのかな。地図にもまともに書かれてなかった時代だからそれも考えられますね。でもそうだとしたら、この島でノートがみつかったこととつじつまが合わなくなるし。いや。待ってくださいよ。もしかしたら、もしかしたらですよ、アターリーフってwaterのwが消えていたのだとしたら……」


「あ! そうだ、オルターさんそうですよ。だって、看板の字が消えかかっていたって、ノートに」


「なるほど、とすると、ここは本に書かれていたようにもともと水で名の知れたところだったというわけですね」


「きっとそうですよ。知らないのは今の住人だけだったと。私たちって本当にのんき」


 思わず顔を見合わせて笑ってしまった。


「それにしても、珊瑚礁は簡単に島になるものなのかな」いまひとつすっきりしない。ミリルさんはおいしい水があればどちらでもいいですけどと言っている。トラピさんに連絡が取れたらこの話も一応伝えよう。何かの助けになるかもしれない。


「私たちも無意識のうちにここの水に惹かれて集まったのかも。でも、住民も気付かない特別な水っていったいどこにあるんでしょう 」


「そこがカバくん頼みなわけですよ」


「ネモネさんのカバちゃんにがんばってもらわないとですね」


「ネモネさんは、他に何か言ってませんでした?」


「みつからなければ、温泉だけでも作ろうかなっておっしゃってましたよ」


「お、そうですか。温泉の候補地はみつかったのかな?」


「周辺の小島のほうにあったようなことを言われてたかな。あそこなら迷惑はかからないだろうって。ノーキョさんにはももう伝えたようなことを言われてました」


 この年になると年寄り扱いされても仕方はないのだけれど、声もかけてもらえないのもちょっと寂しいので、あとでノーキョさんを訪ねてみることにしよう。何か手伝えることもあるかもしれない。


「ミリルさん、水をもう一杯いいですか?」


「これからはお茶はよして、水にしましょうか」


「おしいし水を使ったものであればなんでもおいいしいでしょうから、いままでのままで」


 入れてもらったグラスの水をしげしげと眺めてみたものの、特別な色も香りもない。おいしいお酒は水に近いという。人の身体もほとんどが水でできているとも聞くし、結局すべては水に始まるということなのだろうか。水に始まり水に終わるとしたらおいしい水は本当に養老の水なのかもしれない。ウォーターリーフが今のようなウォーターランドと呼ばれるようになったのも気にはなるところだけど、まずは名前の由来がわかっただけでもなにかの手がかりになるかもしれない。


「 オルターさん、お水まだ飲みます?」


「あ、そうですね、お願いいします」


 もう立て続けに5杯も飲んでいる。いい水とはいうもののさすがにお腹がたぷたぷになってきた。いい水でお腹を下すことはないと書いてあったのかどうかも気になる。

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