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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第1章 誘い
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第22話 かすむ目

 4人でミドリ鮫のことをひとしきり話すと、それぞれに午後の時間を楽しむために戻って行った。この島では午後はゆっくりするというのが決まりなのだ。みんなが帰ってしまった後、しばらくベッドの上に横になったままミドリ鮫のことを考えた。


 窓の外は、地球を包むように見える海が、生き物のように大きくゆったりと呼吸し、ぬらりぬらりと揺れている。海面のきらめきが鮫の姿を隠そうとしているようにも思える。この海のどこかにあのミドリ鮫がいるのだろうか。自然は人間の営みなどまったく意に介さない。この島を取り囲んでしまうほどだったというミドリ鮫の群れは、さぞや幻想的な光景だったことだろう。


 その窓から、いつものようにやわらかな日差しが差し込んでくる。一瞬、机の上のノートを太陽が覗き見しているような気がした。風がいたずら心で窓の外へ持って行ってしまうといけないので、引き出しの中に隠した。なぜかしら、目に見えるものすべてにそれぞれの命と意志があるように思えてくるのだ。こんなことを考えてしまうのも、自然の中で長く暮らしているせいかもしれない。


 気がつくと、バスタブの横にできた陽だまりで、インクがおなかを出して寝ている。野生の動物はおなかを見せないものだけど、この子ははじめて見たときからこうで、よほど怖いものがないと見える。まるで灯台は自分の縄張りだと言わんばかりだ。コピに言わせると今日のインクは何色ということになるのだろうか。ときおりまぶしそうに薄目を開けては欠伸をしている。はじめて会ったのが10年近く前だったことを考えると、コピの言うようにもうすっかりおばあさんということになる。もっとも20年以上生きる猫もいるらしいから、 おばあさんと決めつけては失礼かもしれない。


「インク、今日もいい天気だね」 寝ている素振りのインクに話しかけてみる。


 案の定、少し耳をこちらに返しただけで、知らんふりだ。


 横目で西の海を見たときに、キラリと光るものが目にとまった。もしかしてと思って目を凝らすと、どうやら鮫ではなく船のようだった。


 そうか、明日にも船長が来る予定だった。新聞もできたし、あとは船に積み込むのを待つだけだ。好奇心旺盛な船長のことだから、あの海の見えるインキの魅力に取り憑かれるに違いない。


 水平線の先の船は小さな米粒ほどにしか見えない。視界の両端まで広がる海に比べれば、米粒にも満たないかもしれない。そう思うと、 大海原の遥か彼方から毎月のように来てくれる船長の島への思いの強さを感ぜずにはいられなかった。ほんとうにいつの日にか船長にリブロールを任せる日がくるのかもしれない。


 そのとき海面で何かがジャンプした。


「あ、ミドリ鮫……」


 海面のきらめきがじゃまをしたけど、あれはミドリ鮫にちがいない。今までイルカと思っていたのがミドリ鮫だったのだろうか。もっとよく海を見ていればコピの言うようにミドリ鮫にも会えるのかもしれない。そう言えば、今はちょうど赤い満月の時期だった。今夜にでもミドリ鮫の群れが来ると考えただけで、ノートの主と同じような興奮を覚える。仮眠をして今夜は夜通し海を見てみようかと真剣に考えてしまった。


 インクもさっきの鮫を見ただろうか。振り返るとインクがかすんで見えた。ちょっと疲れたかなと思いメガネをはずして目をこすってみると、もうそこにインクの姿はなかった。また、どこかに遊びにいってしまったのだろうか。それにしても目がかすむようだと、爺さんもいいところだ。本を読むのもほどほどにしなさいと言われているようだ。


 後ろから物音がしたので、振り返るとインクがバスタブのほうから出てきた。どうも目の調子がよくないみたいで、またかすんで見える。まったくおいぼれたものだ。

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