第1章 第20話 ハトの手紙
中央広場の陽だまりでぽたぽたと過ごしていると、初夏の日差しが心地よく降り注ぐ。椅子を倒して目を閉じるとまぶたの裏に太陽の影が見える。おおらかな自然を独り占めできるときだ。耳に届くのは草がさわさわと揺れる音だけ。
「じっじ、もどった!」
「おや? お帰り。どこかに行ってたのかい?」目を開けるとコピが覗き込むようにしてこちらを見ていた。
「トラピちゃんと橋の壜見てきた」くりくりした目でこちらを見る。
「ノートの入ってた記憶の壜かい?」
目を閉じるとまた草の音が聞こえてくる。
「トラピさんが見てみたいって言われたので、コピちゃんに案内してもらったのよね」ミリルさんの声が聞こえた。一緒に行ってきたのだろう。
「コピのあんないさん!」
「そうか、案内さんお疲れさま。それで、トラピさんは?」
「ほかもみるって!」と言うと、手を広げてリブロールのほうへ駆け出した。楽しい案内だったのだろう。いつでも子供は元気がいい。
壜の場所は、チャルド川の中流にある橋の下あたりになる。あそこでノートが見つかったという証として壜が浮かべられている。知らない人には、川の淀みに浮かんでいるただの空き瓶のように見えるだろう。実際そうなのだけれど、この島ではあれでもちょっとした手作りモニュメントになっている。壜は流れることを忘れたように澱みにとらわれたままゆっくりと回っている。
「ハトのてがみきてた。あか2ごうとうちゃく!」戻ってきたコピがミリルさんにレターロールを渡した。
メーンランドとの連絡手段が船長の船しかないのは不便だということで、ハトポステルを置いたのはいつのことだっただろうか。あのときは名案だと思ったけれど、メーンランドで手紙のやり取りをする人もいないので、めったにハトの姿を見かけることもない。メーンランドのハトポステルほうでも、ほとんど手紙の入らないポストはあまり気にかけてもらえないだろう。忘れたころに届くだけでもありがたいと思わないといけない。
コピはハトが飛んでくるのを見て取りに行ってくれたのだろう。
「あら、めずらしい。お手紙ですよ」ミリルさんが指先を小さくしてロール状に丸められた手紙を伸ばす。
「誰からですか?」思い当たる人もいないから、差出人が誰か気になる。
「えっと、水公社というところからのようですよ。水をもらいたいって書いてあります」ミリルさんが怪訝そうな顔をしてこちらを見る。
「水を? 水なんてどこにもあるのに」
町のほうは水まで探すようになっているのかと想像してみる。夏を前にした乾期で水不足にでもなっているのだろうか? それにしてもこんなに遠いところの水では役に立たないだろうに。
「みずおいしいよ」コピが横でコップで水を飲む仕草をした。
島のどこでも自然の水を飲むことができるだから、水に恵まれているのは間違いないかもしれない。軽い病であれば、この水を飲んでるだけで治ってしまうということもよくある。
「もらえるなら、返信くださいって書いてありますよ」
「ミリルさん、ちょっとみせてもらっていいですか?」
小さな手紙を見ると、ミリルさんが言ったこと以外に何も書かれていなかった。もっとも手紙自体が小さなものだから、それ以上書く余白もないのだけど。
ハトポステルのハトは赤い洋服を着せられていて、まちがって猟師に撃たれたりしないための目印になっている。リブロールに来るハトは2代目のベテランで、最初のハトは大雨の中を飛んで行ったきり戻ってこなかった。ハトにとってもメーンランドとの往復は楽な仕事ではないのだろう。
「ミズコウシヤ ボルトン……名前なのかな?」
「ボルトンさん?」ミリルさんが、人の名前のように言う。
「会社の名前かもしれないですね。でも、水ならいくらでもあるのはわかっているのに、こんな手紙を書いてくるなんて丁寧な人ですね」
「コピ、みずあげる」
「そうよね。水なんてだれのものでもないし。みんなで飲めばいいのよね」ミリルさんもコピに賛成のようだ。
「どうぞ、って書いておきまますね」ミリルさんが引き出しから小さな巻紙を出して適当な長さに切っている。
この島で水を汲んでどうしようというのだろう。
ミリルさんはテーブルに座って文面を声に出しながら書いた。
「オルターって書いておきますね」
紙を小さく巻くとコピの肩に止まっていたハトの右足の筒に手紙をそっと入れた。
「おねがい、おねがい!」とコピが手をすり合わせながら言うと、それがわかったかのように、風に翼をあわせて北に向けてまっすぐに飛び立った。
「ハトの配達さんも大変だね。メーンランドは遠いから。がんばってね」ずっとハトの方角を見たままでミリルさんがつぶやく。
「おなかすく?」コピがおなかを押さえながらミリルさんを見た。




