第12話 化石の夢
その後も、ノートの手がかりになるものを期待しながら他の館も回ってみることにした。
「それにしても、ここは自然界の神秘をいやが上にも感じさせられますね。人がお猿やネズミだった時代もあるわけだから、島の一つや二つ消えてもおかしくないな」
「オルターさん、その心意気ですよ」
ユーヨアさんの言葉はありがたかった。ウォーターランドに戻る前に少しでもノートか手紙の手がかりがわかれば良い報告ができるのにという思いは消えはしない。それだけに、南方奇譚の先の足取りが掴めないのが歯がゆいのだ。
生物館を見ていると人間の存在はいかほどのものかと思う。宇宙ができ、地球が生まれ、生き物の進化を見守ってきた時間というのはいつから続いているのか、考えるだけで気が遠くなりそうだ。きっと1万年などほんの一瞬だ。自分が島を出てからの日数に至ってはほぼないに等しい。何らかの答えがわかるにしても、もっと時間が必要ということなのだろう。
見たこともない動物の剥製を見ながら、世界の広さに想いを馳せる。彼らが進化のためにかけた年月はいかほどだっただろうか。
「こんな大きなクジラも同じ哺乳動物だなんてねえ……どうやって手足を魚のヒレのように変えられたものかね」
天井から吊り下げられている骨格見本が部屋を見下ろしている。生物館の花形として威風堂々とした姿が凛々しい。
「オルターさん……これ鮫みたいですよ」
一瞬、あっけにとられた。
「え、これ鮫の骨格? 鮫は魚? あれれ?」
「それよりも、例のあれ、緑の……鮫」
「そうか。そうだ、そうだ」
あまりの大きさにクジラと思い込んでしまった。もし、ユーヨアさんの言うようにミドリ鮫なら実在したことを確認ができると解説プレートを見てみると、古生代の鮫の化石を復元したもので、体長15m、寿命は500年を超えていると書かれていた。もう一声1000年と掛け声をかけたくなるほどの長さだ。ミドリ鮫とは書かれず、スペリピリオルストゥリオスという学名になっていた。太古の昔に絶滅した種との説明がされていた。
そして、その説明文の横には想像画が置かれていて、これが驚くほどミドリ鮫に酷似していて息を飲んだ。ミドリ鮫でない理由がどこにあるのだろうかと思ったほどだ。古代魚が突然見つかる話や絶滅した動物が生存していたという話もよくある。今でもどこかにいる可能性はなくはない。自分の中ではミドリ鮫は実在するという確信に変わっていった。鮫塚では見られなかったミドリ鮫の骨がこれだとしたなら、現実世界にも実在したという証になるということだ。もしかしたら、この鮫に呼ばれてこの博物館に来たのかもしれない。なにか良い兆しのように思えた。
そのことをユーヨアさんに話すと、ユーヨアさんも、ノートとの繋がりがこんなところにあったのかと自分のことのように喜んでくれた。ユーヨアさんはミドリ鮫を知らないから、私の言葉を信じて、夢を共有してくれたのだろう。
「いつも思うんですけど、博物館って自分が小さく思えます」とユーヨアさんが言った。
500年と聞いただけで、もう十分小さい。自分の知っていることなどたかが知れている。
「500歳というと半世紀だものね。でも、未知の世界が広がれば広がるほど、夢や希望が大きくなるということはない?」
「そうか、オルターさんはやっぱり前向きですねえ。それが若返りの秘訣だな」と言いながら笑った。
その後も、科学館で光のことを知り、宇宙館で宇宙の広さを知るにつけ、世界は広く大きくなっていくいっぽうだった。人のいる世界はそのほんのごく一部でしかない。ノイヤール湖も宇宙のひと雫にも満たない。それなら、なんでもありだろう。
歩き疲れたので少し休むことになった。博物館の中庭は公園のようになっていた。葉の落ちた木々には小さな赤い実がなっていて、小鳥たちがそれをついばみながら楽しそうに飛び交っている。展示物を見た後のせいか生き物がいつもより輝いて見えた。それを見ていると、こうしてまた、植物も動物も未来へと命をつないでいくのだと思い、永遠の時の連なりを感じた。
「手紙とノートはなかったですね」こちらの気持ちを察するようにユーヨアさんが言った。
「いや、逆に元気をもらいましたよ。ミドリ鮫もいたし、世界は過去も未来も知らないことだらけです。裏返せば可能性だらけということ」
「そうですね。私はここの町で育ったせいで、古いものに興味を持つようになったんです」
「なるほどねえ。ユーヨアさんの心のふるさとなんですね」
「オルターさんにとってのウォーターランドのようなものかも」
自分探しの旅もほどほどにしましょうと言われたような気がした。
「そう言えば、次の船はいっしょかな」
「そうですね。いっしょにみんなの待つウォーターランドに戻りましょうね」
ユーヨアさんは一日も早く戻りたいようで、私といっしょの船旅を楽しみにしているようだった。
「そう言えば、スロウさんは元気でした?」
「スロウさん?」
ユーヨアさんが聞き返したのでもう一度繰り返して聞いた」
「どなたです?」
ロウルさんと言い間違えたかと思って、再度言ってみても、誰のことかわからないという返事だった。船で生活していると言ってももわかってもらえない。
「オルターさん、以前、そら虫を見たって言ってましたよね」
何かの勘違いじゃないかとでも言いたげだった。そら虫とスロウさんが同じわけはないのに。ユーヨアさんの記憶は大丈夫だろうか。
「灯台のローソクは見ました?」
「赤と白のものなら」
ユーヨアさんの目が何を聞きたいかわからないというようにこちらをみている。
「私の知らない人なのかな」とユーヨアさんのほうが逆に不安そうな顔になってきた。
「そうか。会ったことないかもしれないものね」
それで、話を終わりにしたものの、あまり出歩かないユーヨアさんと言えども、島にいるときに一度も合ってないのもちょっと腑に落ちない気がした。どちらの記憶がおかしいのだろう。
インキの価値がわかって、鮫の骨格標本を見た後にスロウさんを見失うことになるとは、変な日になったものだ。それでも、ユーヨアさんのお陰でレトルシティも見て回ることもできたし、今日のところはこれでよしということにしよう。明日はきっとまたいいことが起きると信じて。




