第17話 きまぐれな友達 *
1時間もノートを読んでいただろうか。少しうとうとしかけたときに、トラピさんの声が戸口から聞こえた。
「古そうな灯台だね」
「あ、いらっしゃい。ミリルさんはリブロールに?」
「ええ、お店の留守番をされるそうです」
「じっじのおやすみばしょ」と案内してきたコピが説明した。
「あはは、コピちゃんはなんでも知ってるんだな」トラピさんがこちらを見ながら笑っている。
「この子とは長いつきあいで、どこから来たのかも知らないままに、今ではまるで孫とおじいちゃんの関係ですよ」
「子供が一人で暮らせるなんて、島のみなさんに守られているんですね」
「両親の居所でもわかれば連絡してあげたいんですが、それもわからないままに数年たってしまいました」
「こぴはここだけ」
「というようなわけで」
トラピさんも納得してしまったようだ。
「オルターさんは、どうしてこちらに?」
「ああ、それはまた時間のあるときにゆっくり。ただ、まちがいないのは、ノルシーさんと私が今はこの島の最古参ということですね」
「そうなんですね」トラピさんが机に目を向けたまま答える。
「ここは、オルターさんの寝床兼書斎なんですか」
「ノートの主もここから生活をはじめたようで、そこに対するこだわりかもしれません。ほんとうはこの灯台は誰の物でもないんですが」
その後、少しノートの話を説明した。コピも聞くのを楽しみにしているので、少し読んでみることにした。古い言葉と文字で書かれたノートは慣れない人にはなかなか読みこなせない。
***** ノート *****
夜明け近くまで雨が降り、薄曇りの空に日時計の針は薄くあいまい。針はますます短くなり本格的な夏の到来を思わせる。
植物の記録をするために島を散策しました。新緑の時期ということもあって草花がところ狭しと咲き乱れています。とくに小さく連なる白い花が印象的でした。雨あがりのせいもあって、ふだんよりも生き生きとして見えます。
雨の日は一人でいることの不安を感じることもありましたが、不思議なものでこの島の生活が長くなると、不安どころか雨がやさしい自然の恵みのように思えてくるのですから不思議です。その恵みを受けて草花が空に向けて恩返しの気持ちを精一杯表しているように感じられるのです。
島を南のほうに行くと木立の集まった場所があります。それは海に浮かぶ島には似つかわしくないちょっとした林になってます。陸地から突然切り離されたようにさえ思える不思議な景観です。どうしてここにこんな林ができたのか、いつか理由を明らかにできるといいのですが。
島に来て一ヶ月ほどになります。未だに一人として会う人がいません。流れついたボートはそのままで、私の後に誰かが島に渡ってきた気配もありません。根を食べられる植物も見つけましたし、持参したなべを使って煮炊きすることも慣れてきました。手製の石のかまどでひと通りの料理もできるようになりました。
ちょうど料理ができて火からなべを下ろそうとしていたとき、小さな動物が木の間を横切りました。ねずみのようにも見えましたが、カワウソのような動物だったかもしれません。こちらを襲ってくる様子もなかったので、あとずさりしながらとりあえずその場を離れました。
しばらくして戻ったときにはなべの横に置いてあった魚が消えていました。このときはじめてこの島に鳥以外の動物がいることを確信しました。こんな穏やかな島なので人に危害を加えるような動物はいないと思いますが、その姿を見るまでは安心して寝ることはかなわないかもしれません。
***** ノート ******
「この生き物について書かれているのはこれが最初で最後。その後には、その動物を呼んでいるらしい名前しか出てこないです。きまぐれというのがその動物をさしているようなんです。その間のノートがないからはっきりはわからないんですが、たぶん間違いないですよ」
「この島に最初からいる動物なんているんでしょうか? 今、そういう動物は島にいるんですか?」トラピさんも興味があるようだ。
「この島独特の哺乳類で斑点のある島もぐらはいますよ。鳥だと水玉模様のナツヨビのようなものも。でも、どちらも人になつくようなことはないですから、もしかしたら、船から落ちて流れ着いたか、だれかが連れてきたのかもしれないですね。繁殖は無理だったのかもしれない。いずれにしても、動物でも友達がいれば島の暮らしも楽しいでしょうからね。彼はその ”きまぐれ” がいたことでいろいろ救われたんじゃないでしょうか」
「当時、動物を飼うなんて習慣があったのかな」トラピさんがつぶやく。
「一人でいたら、なにか友達がほしくならないですか? トラピさんはそんなことないですか?」
「僕は結構平気ですよ。行く先々で出会いがあればそれで十分」
「でも、その人もいなかったら?」
「そうか、それはちょっと考えてしまうかな。そう思うと、なつくかどうかの問題ではなく、友達だと思えること自体が必要だったのかもしれないですね」
「自分が友達だと思える人が一人でもいることは幸せかもしれないですね」