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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第1章 誘い
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第16話 乾かない文字

「実は僕、もともと旅芸人をやりたかったんです。定住が性に合わないみたいで」


「旅する奇術師さんですね。なんだか素敵な話。いろいろな街に行かれたんですか?」


「同じところには1週間から1ヶ月ぐらいです。街の大きさにもよりますが、小さいところだと一週間もすればみんな手品も見飽きてしまいますから」


「そういうものなんですね」


「いつまた会えるかわからないのってよくないですか。偶然の再会を待っている楽しみですね」


 ミリルさんはいろいろな世界を見てきたトラピさんの話に興味津々で聞き入っている。この島に居ついてしまうと外から来た人との話が唯一外界とつながる機会になるので、若いミリルさんはいきおい話もはずんでしまうのだろう。


「あ、コピちゃんも来たのね。こちら旅する奇術師のトラピさんよ」


「はじめまして、コピちゃん」


「こんにちは、トラちゃん」


「コピちゃん、トラピさんだよ。お兄さんだからね」と私が言うと、


「コピもおねえさん!」ちょっと不満そうな口ぶりで言った。


「あはは、お姉さんだよねー。よろしくね!」トラピさんもコピを好きになってくれたみたいでよかった。


「きのう、みた!」とコピが言った。


「あれ、昨日どこかで会ってた?」


「コピちゃんは、ほんとうに島のことをよく知ってるんですよ。ね?」


「はいたつさん。ぜんぶしってる」


「みんなに幸せ運んでくれてるのよね」とミリルさんが言うと、コピの自慢げな顔を見てみんな笑顔になった。


 トラピさんと少し島のことを話した後に、早速 ナミギワ草の青いインキでの印刷を試してみることにした。記事はあらかじめ書いておいた赤い月のことだ。


「ミリルさん、これをお願いしていいですか?」


「あら、もう原稿できているんですね。さすがはオルターさん、やることが早いですね」


「じっじ、がんばった!」


「ははは、コピも配達さんがんばったからね。じっじもやらないと。これからミリルさんもがんばってくれるんだよ」


「がんばりますよ。次に船長が来るまでに立派な新聞をつくっておかないと。あー、これの香りだったんですね。さっきから、いい香りがすると思って」


「このインキ、島の香りがしませんか?」と誰となく聞いてみると、「言われてみると」とインキ瓶を手にしたトラピさんが匂いを嗅ぎながら言った。


「海の香りですね」 とミリルさんがうなづく。


「ノーキョさんのところの自家製ですよ。コピちゃんとミリルさんによろしくって言われてましたよ」


「ノーキョさんはインキも作れるんですか。なんでもできちゃう人ですね」


 早速、ミリルさんが活字とインキをセットして試し刷りをはじめた。この時期によく見られる赤い月のことを書いた紙が次々に刷られていく。真っ白な紙に新しい息吹が吹き込まれていくようで見ていて楽しい。きっとこれを見ればノーキョさんも喜んでくれるだろう。コピも刷られたものをテーブルに運んで乾かす手伝いをしている。みんなでいっしょに何かやるのは楽しいものだ。


「この新聞は定期的に発行しているんですか?」


 本屋だと思っていたら突然印刷をはじめたものだから、事情を知らないトラピさんが驚いた顔をしてみている。不思議に思うのももっともなことだ。


「正式には出していないんです。まだ、テスト印刷中で。島をもっと知ってもらうために、新聞というか島からの定期便りを出そうという話なんですよ」


「それはいい話ですね。僕にもできることがあったらお手伝いさせて下さい」


「ありがとう。それにしても、ほんとうにきれいな青だ。ノーキョさんの言ってたとおりだな。ほら、最初に刷ったものもこんなにきれいだし。このインクの文字はいつまでも乾かないようだね」


「オルターさん、私これと同じような色の文字をみたことがあるような気がします。たしか州立の古書館だったような」文字をじっと見ていたトラピさんが言った。


「それはメーンランドの図書館?」


「えっと、そうだったかな? 僕はいつも同じところにいないので、レトルシティのほうだった気もします。そこはとくに古いものばかり集めているところなんですけどね。この島のこともそこで知ったような気がします。もしかしてこのインキ、昔はこの島の名産品のようなものだったかもしれないですよ。ミドリ鮫のように」


「じっじ、ノートにてがみのインキでてた!」


「あ、そうだわ。今書かれたばかりのような文字だったってあったよね。きっとこのインキで書かれたんだわ。コピちゃん、すごい!」


「 ふーむ……たしかに」


「トラピさん、それは本でした?」ミリルさんが興奮した様子で聞いた。


「どうだったかな。メモのようなものだったかもしれないですね」


「もしかしてそれ、あの手紙そのものだったかもしれないですよ。オルターさん、そう思いません?」ミリルさんが目を丸くして言った。


「でも、このインキで書かれたものはリアヌシティのほうに行けばたくさんあるかもしれないですから。僕の話はあまり当てにならないかもしれない」 トラビさんもミリルさんの反応に少し困惑している。


「トラピさん、もう何十年も謎だらけのノートのことですから、ほんのちょっとした情報でもいいんですよ。これで、新聞をメーンランドに届ける楽しみが増えるというものだね。だれかが気づいてくれるかもしれない」


「じっじ、コピのはいたつさん?」


「コピちゃん、メーンランドは遠いから船長にお願いするのよ。コピちゃんには、この島の配達さんをやってもらわないと」ミリルさんがやさしく説明した。


「しまのはいたつさんはコピ!」と言いながらうれしそうに飛び跳ねた。


 ノートの主の見た手紙が今もメーンランドに残っていたなら、なんと幸運なことだろう。一度でいいから見てみたいという思いが募る。ノートの主をこの島に呼んだ手紙にすべての始まりがあると思うと、島のルーツにたどり着くようなものだろう。それはとてもロマンチックな話だ。


 そうしているうちに赤い月のことを書いた試し刷りが店の床を覆い尽くしていった。


「これだけ刷れば十分だな。まだテスト印刷ですし。みなさん、このままここにいますか?」


「僕はもう少し本を見させてもらいます。ミリルさんにも島の話をもう少し聞きたいし」


「じゃあ、私は灯台でちょっとノートを読み返してきます」


「コピも行く」


 テスト印刷したものは乾いたらまとめておいてもらうお願いをしてリブロールを後にした。

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