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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第1章 誘い
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第12話 別々の名前 * +

 今日は印刷の後片付けですっかり遅くなってしまった。夕ご飯を薪ストーブでつくりはじめると、いつものように青猫のインクが臭いをかぎつけて擦り寄ってきた。


「インク、コピが戻ってくるまでもう少しつきあってくれるかな。今日はいい仕事をしてきたよ。ほら、この新聞だ」


 インクはいつものようにこちらを見ないで、ストーブの横で丸くなっている。そこにはインク用のアルミの餌入れがおいてある。お腹がすいているのかと思いミルクを入れてやるとすぐに飛び起きた。今日は好物の魚がみつけられなかったのかもしれない。



「くばってきた!」元気のいい声がしたと思ったら、コピが勢いよく駆け込んできた。


「お疲れ様、コピ。みんな喜んでくれたかい?」


「うん。もう、ナツヨビがきたのって。コピはもうみた。いえをつくてた」


「ほお、巣の場所もみつけたのかい?」


「はんとうのさきのほう。きょねんとおなじナツヨビ」


「同じナツヨビ?」


「うん。なまえある」


 鳥を一羽一羽見わけて、全部に名前をつけるなんて特異な才能を持った子だ。まるでこの島の申し子のようだ。


「きょうはインクもちがうよ」


「え? インクはいつも同じだが。どこか違うのかな?」


「いろんなインクがいるよ。きょうは赤インク。赤インクはおばあさん」


 なんともおもしろい子だ。その日によってインクに別の名前をつけているようだ。7色のインクがいるという。今日もいつもと同じ青い猫インクだけど、名前は赤インクらしい。毛の色と名前は一致しない。


「コピ、スープでも飲んでいくかい? 草屋のノーキョさんがね、採れたての野菜でつくったものだからといってお裾分けしてくれた。野菜にも詳しい人だからきっとおいしいよ。よかったらいっしょに晩御飯にしよう」


「はいたつさんのごほうび!」


 今夜はコピとインクでにぎやかな夕食になった。食後はコピにせがまれてまたノートの続きを読んであげることになった。


***** ノート *****


 3日目もとてもさわやかな朝を迎えることができました。澄み渡った空には水平線から無数の入道雲が天に向かって伸びています。どこまでも続く海を見ていると、この世界を独り占めしているような気にさえなります。季節が違うせいか文献にあったミドリ鮫の姿もなく、時折カモメに似た水色の鳥が海の上を横切っていくだけです。彼らが渡り鳥なのかどうかさえもわかりませんが、今のところこの鳥だけがこの島の住人ということのようです。天敵のいそうにないこの島は繁殖にちょうどいい場所なのでしょう。


 出発のときにいただいた携帯用の日時計を出して、地面に置いてみました。着いて3日目の今日からこの島の記録がはじまることになります。ゆるりと動く時間をみつけるために役立つ記録になるかどうかはわかりませんが、季節か気温、そんなものと関係しているのではないかと思います。日時、気温、天候などを記録していくうちに時間がゆるりと動く予見をできるのではないでしょうか。


 今日は、6月20日。天候は晴れ。風は南西で、湿度は低め。空はどこまでも青く広がる。


 鳥は無理にしても、魚は捕食することは可能かもしれない。魚がいるのだから餌もどこかにあるだろう……。


***** ノート *****


「コピ?」


「……」


「おや、寝たのかな? 今日は配達さんで疲れたからね。たくさんの人に喜んでもらえてよかったね」


 毛布を掛けてやると、寝返りを打って寝息を立て始めた。そばでインクは毛づくろいをしている。今日も夕焼けで空がきれいに染まっている。

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