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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第1章 誘い
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第8話 定期船 *

***** ノート *****


 足を取られながらなんとかたどり着いた灯台は、人ひとりがどうにか入れるほどの小さな建物でした。もともと寝起きする場所としてつくられたわけでもないでしょうから、風雨がしのげるところがあったことに感謝しなければいけないのかもしれません。ただ、ちょうど気候もよい時期だったので野天で寝起きしてもなにも困ることはありませんでした。水のなくなるような乾季がありはしないかということのほうが心配だったかもしれません。

 なによりもうれしかったのは、この島に人が暮らしていたかもしれないという痕跡を見つけられたことでした。使えそうな生活道具はなにもありませんでしたが、そんなことは心配に当たりません。そんなこともあろうと準備してきたものだけで、しばらくの寝起きには十分です。

 2つの小さな窓からはいつも変わらない潮騒のきらめきが見えます。時折、水平線の端に船の陰が見えることもありましたが、一向に近づいて来る気配もなく、それは絵に描かれた船でも見ているようでした。いつまでも同じ場所に見えていたかと思うと、ある日気がつくと消えていたということもたびたびありました。どこから来る船かはわかりませんでしたが、長い航海の休憩場所にでもなっていたのでしょうか。いつも同じように通って行くものの、それらの船がこの島に立ち寄ることは一度たりともありませんでした。それは、まるでこちらが見えていないようにも感じられました。


 島での生活は食料探しからはじまりました。最初に試したのは小さな赤い実をつける草でした。雑草のような草に食べられる実がつくものかとも思いましたが、鳥たちがついばんでいる姿を何度か確かめた上で口にしてみると、それはイチゴのようなちょっと甘酸っぱい味がしました。生まれて初めて味わったものでした。この実は天日干しにしておくと干葡萄のような形になり、保存食としても十分食べらそうでした。名前もわからないので草葡萄という名前をつけ鳥たちとの食事を楽しむ生活が始まりました。


***** ノート *****



 赤く錆びた船長の船が接岸したのはお昼を2時間ほどすぎたころだった。


 「やっほーい。やっとついたぜ! じいさん元気だったか? おやおや、今日はまたたくさんのお客さんだな。待たせしちまったようだな。とにかく島が見えてから長いこと長いこと。いつものことだが、この島の周辺はおかしな海域でいつまでたっても着きやしない。霧のせいもあって島影も見えたりみえなかったり、その上浅瀬だらけときちゃあ、進むものも進まないってもんだぜ。まったく、やっかいな島だな。きれいなお嬢さん元気だったかい。またちょっと休ませてもらうからな。まずはおいしいコーヒーでもいただくとするか」


 どれだけ苦労してこの島に来ているかという話を恒例の挨拶のように船長は一気にまくし立てる。船に乗ってこの島に入ったことはないけれど、とにかくとてもやっかいな島だという話をいつも聞かされる。それは島から見ても同じで、見えている距離と感じる時間のずれは考えられないぐらい大きい。空気がきれいで遠くまで見えるせいではとか、蜃気楼のようなものではないかということで、最後はいつもあいまいなままに話は終ってしまう。


「船長、今日のコーヒーはおいしいですよ。島でとれたばかりのお豆なんですよ」


 ミリルさんが赤いホーローのポットでコーヒーを運んできた。


「おー、ありがたい。このコーヒーを飲むのを楽しみに来ているようなものだからな。長旅の疲れも取れるってもんだな。おれはお世辞は言わない」


 そう言うと、船長は肩の荷を降ろすようにソファーに座り込むとコーヒーの味をゆっくりと楽しんだ。


「今日の荷物はちょっと大物だから。少し休んでから荷降ろしだ」


「あら、それは楽しみ。今度は世界一厚い本ですか?」


「まあ、見てのお楽しみだ」


「コピもてつだう」


「おお、コピにもお願いしないとな。とても一人じゃ無理ってもんだ」


 船長はみんなを驚かせたいのかどんな本かをなかなか言わなない。それだけ自信のある仕入をしてきたということか。最近メーンランドで流行っているお店のことや気候がすぐれないことなどでいつもながら船長の話はつきない。


「そういえば船長、この前の本はおもしろかった。船長の言ったページのいらないという意味が少しわかってきたよ」


「おうよ。あれは無限の物語をつむぐ本だ。読む人によっては、どんな話でもできてしまうんだからな。俺の言ったことに嘘はなかっただろ」


「オルターさんが高波のときに海の水をぜんぶ飲み込んでくれる本じゃないかって言われるので、島の守り神にしようかと」


「おいおい、海がなくなったらこちとらの仕事があがったりじゃないか。そりゃ困った本だ」


「うふふ、そうならないようにお祈りしましょうね」


「船長はあの本で何が読めたのかな?」


「俺はな、あの本が俺たちをどこかに案内してくれそうな気がしたんだ。そう思ったときに、この島のことを思い出したってことだな。この島ってよ、旅の終わりじゃない気がするんだよな。なんていうか、どこかへの入り口なんじゃないかって」


「ほほう。そう思うかね?」


「俺はそう思ってる。でなけりゃ、こんな面倒な商売にもならないところに来ると思うか?」


 みんな、船長がいつも本を届けてくれる理由が少しわかったような気がした。あのノートを書いた青年も同じようなことを感じていたのだろうか。『青い扉』の本はコピも言ったようにどこかへの窓になっているというのがいいかもしれない。ただ、それは想像世界の話ではあるのだけれど。


「さてと、そろそろ荷降ろしとするか。悪いがみんなも手伝ってくれ」


「はーい、コピちゃんもいっしょに行きましょ。オルターさんは待っててくださいね」


「また、年寄り扱いだね」


「ええ、ええ、腰でも痛めて寝込まれると大変ですから。無理をされないように」


 いつもながら入荷の日ほど楽しい日はない。今回の大きい荷物には何が入っているのか。船長が話すうんちくにも否応なく期待が高まる。


「あらー、これ本じゃないですね。コピちゃん気をつけてね」


船のほうからミリルさんの驚くような声が聞こえた。

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