1話
グローリア「鉄塔が無数にそびえ立つモノクロの世界、インサイド。この世界は私たちの居場所じゃない。早く、早く帰らなければ。この世界の外側に戻らなければ」
アル「おい、おーい……だめだな、全く目を覚まさない」
ヴィー「もう少し試してみようアル。ほら、少しだが、指が動いたぞ」
テオ「う、ん……?」
グローリア「放っておきましょう。もう死んでるんじゃないかしら」
テオ「い、生きてるよっ!!」
グローリア「あら」
アル「おや」
ヴィー「大丈夫か? テオ」
テオ「……(少しぼーっとしてから)あれ、 皆どうしたの……?」
グローリア「どうしたのじゃないわよ、ねぼすけ。あなたこの台から落ちたの」
テオ「ええ? ぼ、僕が? ……うっ、そう言われると確かに頭が痛い……」
アル「脳に異常があるかもしれないね。名前は言えるかい?」
テオ「うん、テオドールだよ」
アル「では僕たちのことは?」
テオ「大丈夫、ちゃんと分かるよアルヴァ。心配してくれてありがとう」
ヴィー「(意地悪そうに)もともと弱いおつむがこれ以上使い物にならなくなったら大変だからなぁ?」
テオ「うう……ひどいよ……」
アル「ふふ、テオをいじめるのはそれくらいにしてあげようね、ヴィルアム」
ヴィー「アルがそういうなら仕方ないな」
テオ「あ、はは……え、と……それで見つかった?」
グローリア「いいえ、全く。立派な書物庫だから一冊くらい参考になるものがあるかと思ったけど……時間の無駄だったわね」
テオ「そっか、そう簡単には見つからないよね」
ヴィー「この世界に来てからどれくらいの時間が経ったんだろうな? しばらく時計を見ていないから分からなくなってきた」
アル「インサイドとアウトサイドで時間の進み方が異なる可能性もあるからなんとも言えないね」
テオ「インサイド……それが、今僕たちがいるこの世界のことだよね」
アル「そう。空が存在しているのにも関わらず、全てがモノクロに見える鉄塔だらけの不思議な世界。五感や痛みを感じなければ夢だと思ってしまうところだね」
ヴィー「これが現実だなんて気分が滅入っちまうな……しかも俺たちは自分の名前と年齢以外思い出せないときた」
グローリア「元の世界、ここではアウトサイドと呼ばれているみたいだけど、そこに戻れば嫌でも思い出すわよ。まずは帰る方法を探さないと……。一旦コーヒーでも飲みましょう。座ってて」
テオ「勝手に使っちゃっていいの? この家の人に怒られない? なんだかいけないことしてるみたいだ……」
ヴィー「家に忍び込んで書物を漁ってる時点で十分やってる。コーヒーくらい飲んでも変わんねえよ」
テオ「そ、それはそうかもしれないけど……」
グローリア「テオはお砂糖? ミルク?」
テオ「あ、両方で……。そういえばなんでこの家に入ったんだっけ……? 頭を打ったせいでなんだか上手く思い出せないや」
アル「襲われたんだよ。ドロドログチャグチャのやつにね。たまたま逃げ込んだ先がここだったってわけさ」
グローリア「はい、アルはブラックで良いんでしょう?」
アル「(コーヒーを置かれて)ああ、ありがとう。ヴィーにはミルクを頼むよ。……もう調べ尽くしたし、ここにこれ以上いても得られるものはなにもなさそうだね」
ヴィー「天才のアルがそういうんだから間違いないな」
テオ「で、でも外にはそのドロドロがいるんでしょ?」
グローリア「“アレ”を恐れていたらいつまでもここから動けないじゃない」
テオ「だってもしまた見つかったらどうするの……? どうして追いかけてくるかもわからないのに……」
アル「アウトサイドに戻る方法を探しつつ、“アレ”の正体も知れたら僕としては嬉しいんだけどね」
グローリア「またあなたの探究心がくすぐられるってやつ? いい加減困りものね。何にせよインサイドにも住人はいるようだけど敵か味方かも分からない。だから私たちだけでここから脱出するの」
テオ「信用できる大人もいないもんね……。僕はまだ14だし、アルは10歳だし、グローリアは……」
グローリア「女の子に年齢を聞くなんて紳士じゃないわねテオ」
テオ「ご、ごめん……」
グローリア「17よ。信用できるのはいつだって自分だけ。さ、そろそろ動き出しましょう」
ヴィー「そうだな、だが敵がいる中で何も計画を立てずに動き回るのも得策じゃない。そうだろうアル」
アル「そのとおりだね、まずは目的地を決めたいところだけど……」
テオ「調べ物をするとき、僕はいつも図書館に行くよ」
アル「名案だね、一度資料が集められているような場所に向かうとしよう。どこにあるかは行ってみればわかるかな」
グローリア「敵がいる中で何も計画を立てずに動き回るのは得策ではないんじゃなかったの? 天才さん」
アル「これもひとつの計画だ。行く場所が決まれば、そこへ向かうための方法は星の数ほどある。テオ、通信機はちゃんと起動するかい?」
テオ「通信機? あ、そうだ、つけ心地が自然だから忘れてたや」
ヴィー「片耳に入ってるだろう? 名前を呼ぶだけですぐに連絡がつく」
テオ「なんど聞いても凄いなあ。これをアルが作っただなんて」
アル「ありがとう。もしまた“アレ”と出会ってしまった時はとにかく逃げるんだ」
ヴィー「そうだな、まずは捕まらないことが優先だ。はぐれてしまってもこの通信機で連絡を取って、どこかでおちあおう」
グローリア「わかったわ」
テオ「うん!」
アル「よし、では行くとしようか」
テオ「インサイドにたくさん建ってるこの鉄塔、近くでみるとすごく大きいね。周りに小さな小窓と螺旋階段がついてる……誰かが住んでるのかな」
グローリア「住んでいるとしたらインサイドの住人でしょうね。“アレ”はとても生活ができるようには見えない」
テオ「その“アレ”ってやつに名前はないの?」
アル「そうだね、名乗ってくれればいいんだが。ふふ、君は相変わらず質問が多いな」
テオ「あっそうだよね、ごめん、つい……」
アル「疑問があることはとてもいいことだよ。“何故”は成長や正解への近道だからね。僕も昔は君のように“何故”に追われていたものだ」
テオ「(小声で)昔って、君はまだ10歳だろ……」
ヴィー「俺には聞こえているぞテオ」
テオ「う……。……ん? あれ……」
グローリア「なに? お腹を押さえたりして。お腹でもすいているの?」
テオ「ち、違うよ! なんだか……不思議な感じがする。うまく言えないけど身体の中があったかくなった気がするんだ」
アル「ヴィー、君の優れた感覚で違いが分からないかい?」
ヴィー「わかるのはオイルと鉄と、少しホコリの匂い。あまり不思議ってわけではないけどな」
テオ「なんだろ……? どんどん熱くなる……近づいてくる……?」
アル「近づいて……? それはいけないな、どこかに隠れたほうがいいかもしれない」
グローリア「気のせいじゃないの?」
テオ「そう……だよね……。で、でも……もうすぐそこまで……!」
※逆再生
ペイパー「※あれ? 君たちこんなところで何してるの?」
テオ「うわああああ!!!」
ペイパー「※君たちもしかして、アウトサイドの……?」
グローリア「インサイドの住人……!」
アル「テオが言っていた不思議な感じというのはこの住人のものだっていうのかい? ふむなるほど、とても面白いね」
ヴィー「アル、今はそれどころじゃないぞ。言葉も通じないのに……敵だったらどうする?」
アル「その時はその時。何か案を考えるしかないね。あとは僕たちの運次第だ。テオ、いつまで腰を抜かしているんだい?」
テオ「……あああ、……頭が、紙だ……破れた紙……!」
ペイパー「※ああそうか、僕の言葉は通じないんだな……どうしよう」
グローリア「インサイドの住人は異形頭なのね。それにしてもこの紙頭、今の所は襲ってくる気配はないみたい」
ペイパー「※こんなところでじっとしていたらコレクターたちに見つかるよ! とにかく近くに僕の家があるからそこに行こう!」
アル「そのようだね、敵意はないみたいだ。少し慌てている様子だな、僕たちをどこかに誘導しているようにも見える」
ヴィー「どうする? ついていくか?」
グローリア「私たちを“アレ”に引き渡す気かも。インサイドの住人なんて信用できないわ。私たちだけで行きましょう」
テオ「うーん……」
アル「どうしたんだいテオ」
テオ「いや、あの暖かいやつのことなんだけど」
アル「君が言っていた彼の不思議な感じのことかい?」
テオ「うん。どうしてかは分からないんだけど、安心できるんだ。僕この住人さんのこと信用しても良い気がする」
グローリア「ドラッグでも混ざってるんじゃないの?」
ヴィー「テオの感覚は優れてるどころじゃないな。犬の俺でさえ分からない何かを感じ取ってる」
テオ「こんなこと初めてだからなんとも言えないけどね……はは」
ペイパー「※どうしたの? やっぱり僕のこと警戒してるのかな……」
アル「さっきもテオのそれに間違いはなかったわけだしね。今回は彼を信用してみるとしよう。いいね、ヴィー、グローリア」
ヴィー「ああいいとも」
グローリア「……どうなっても知らないわよ」
ペイパー「※あれ? なんだこれ?! 誰かに入られてる! わ、勝手にコーヒー飲んでるし!」
グローリア「ここって……」
テオ「さっき僕たちがいた家だ……!」
アル「どうやらこの家は彼のものだったようだね。ふふ、世間は狭いとはうまく言ったものだ」
テオ「僕たちが勝手に入り込んだことを知って怒ってるのかな……」
ヴィー「いや、あのバタバタしてる様子をみると今初めて知ったんだろう」
ペイパー「※誰か呼んだほうがいいかな……でもこの子たちがいるからな……」
グローリア「犯人が私たちとは気付かないでしょうけど……普通自分の家が荒らされてたら助けを呼ぶでしょ。ここにいたら危ないわ、こっそり逃げましょう」
アル「助けを呼ばれるのは確かに厄介だね」
ヴィー「でもこの状況からうまく逃げる方法なんてあるか? 俺たちが歩いてきた道はほぼ一直線だ。隠れられるような場所も見つからなかっただろ」
テオ「…………(考えこむように)」
グローリア「テオ、あなたも何か案を考えて?」
テオ「うん。……あの、僕話しかけてみたいんだけど」
グローリア「え?誰に……?」
テオ「えっと、彼に……」
グローリア「…………(信じられないというようにわなわなと)」
アル「まあまあグローリア、落ち着いて。テオ、それは意図があってのことかい?」
テオ「正直敵じゃないって断言もできないし、そもそも通じるかも分からないけど、とにかくやってみたいんだ」
アル「なるほど。君は的を得ていることを言う時もあれば根拠がないことも言うね。だけどそれでこそ面白いというものだ」
グローリア「……アルヴァ」
アル「大丈夫さ、心配はいらない。責任は全て僕が取ろう、それでいいね?」
ヴィー「じゃ俺も一緒にその責任を背負う」
アル「ふふ心強いね。……グローリア」
グローリア「……分かったわよ」
アル「よし、決まりだ。テオ、君の思うようにしてもらって構わないよ」
テオ「ありがとう、アル。ヴィー、……グローリアも」
ヴィー「(ニヤリとしながら)しくじるんじゃねえぞテオ」
テオ「うん!(近寄って)……ね、ねえ!」
ペイパー「※わっ! びっくりした……」
テオ「えっと……君は僕たちを助けてくれたの? 君は敵? 味方?」
アル「はは! 随分と頭の悪い質問だけど嫌いじゃないよ」
ヴィー「ったく、先が思いやられるな……」
グローリア「…………(様子を窺うように)」
ペイパー「※んん? なに? なんて言ってるの?」
テオ「やっぱり簡単には通じないよね……」
ペイパー「※何か伝えようとしてるのかな……あ、待って……」
グローリア「……! 掴もうとしてる……!テオ危ない!!!」
テオ「ひいっ!!!」
ペイパー「※あれ、もしかして怖がらせちゃった……? ごめんね! 大丈夫だよ!」
テオ「……(抱きしめられて)うっ、……ん? あれ?」
ヴィー「あいつ、テオのこと抱きしめて撫でてやがるぞ」
アル「お手柄だね。それにテオのおかげで新たな情報も得ることができそうだ」
テオ「新たな情報って?」
アル「住人の言葉だよ。何回か聴いて仕組みが分かった。さてではこの通信機を……」
グローリア「それは本当なの? 何か方式があるとか?」
アル「(通信機をカチャカチャしながら)いいや、簡単なことだよ。……できた、これで言葉が理解できるはずだ」
ヴィー「何かまた機能を追加したのか?」
アル「ふふ。テオ、この通信機を使ってみてくれないか?(通信機投げる)」
テオ「わっ!……うんわかった……えっと……これでいいのかな」
ペイパー「ねえ大丈夫? まだ僕のこと怖いのかな……」
テオ「ああ! 言葉がわかる……!! 大丈夫だよ! もう怖くないよ……!!!」
ペイパー「ええ! 何何?! なんて言ってるの?!」
テオ「あ、そっか、僕の言葉も分かってなかったんだね」
ヴィー「アル、これはどういうことだ?」
グローリア「逆再生機能を足したのね」
アル「ご名答。僕がちょいちょいとすれば住人の言葉を聴こえるようにもできるってわけだよ」
ヴィー「さすがはアルだな。けどあちらさんのほうはどうすんだ?」
アル「任せてくれよ。僕は天才発明家だよ?」
ペイパー「へえこれ凄いね。インサイドも割と発達しているほうかと思ってたんだけどやっぱりアウトサイドのほうが先を行ってるんだなあ」
グローリア「住人のほうにも私たちの言葉が逆再生に聴こえていたのね」
アル「あくまで予想だったけれど、そうみたいだね」
ペイパー「僕はペイパー、よろしくね」
テオ「僕はテオドール! テオでいいよ! さっきは助けてくれてありがとう!」
ペイパー「とんでもない! むしろ怖がらせてしまったみたいだからね」
テオ「あ、はは……言葉が通じないし、その、表情も分からないから……ごめんなさい」
ペイパー「表情がねぇ、なるほど。ああ、謝ることじゃないよ! 僕も正直どうしていいか分からなかったしね。今こうしてちゃんと話が出来ているんだから何の問題もないよ。まさかアウトサイドの人と話ができる日がくるなんて思ってなかったけど」
アル「やあペイパー、僕はアルヴァ。そしてグローリアとヴィルアムだ。君には色々と聞きたいことがあるんだがいいかな?」
ペイパー「やあアルヴァ、もちろんだよ。僕が分かることは全部話そう。僕も君たちに聞きたいことがあるしね」
ヴィー「俺たちに聞きたいことか?」
ペイパー「そりゃね。僕たちにとって君たちの存在は奇跡のようなものだから。あまり自分たちの素性をここの住人に明かさないほうがいいよ」
グローリア「奇跡と出会ったにしては随分と冷静なようにも見えるけど?」
ペイパー「はは、僕はね、まあ変わり者だから。ここにいるのは僕みたいなやつばかりじゃない。コレクターたちが事実そうさ」
テオ「コレクター?」
ペイパー「出会ってないなら運が良かったね。体のあちこちから黒くてドロドロとしてるのが出てて……なんて言えばいいのかな、実体はないんだけどとにかく気持ち悪いやつだよ」
テオ「あ、僕は覚えてないんだけど、それってもしかして……」
ヴィー「俺たちが“アレ”と呼んでいたやつだな。……収集家か、なるほど」
ペイパー「へえ、君たちにもそう見えてるんだね。コレクターたちの姿は見る人によって変化するって言われてるんだ。まあ見た人は皆“黒くてドロドロ”って答えるから今じゃただの噂でしかないけど」
グローリア「コレクターが私たちを追いかけてくるのは何故なの?」
ペイパー「そうだなあ、それを知るには君たちが奇跡である所以を伝えなきゃね」
テオ「僕たちが奇跡である所以……?」
ペイパー「そう。そもそもインサイドとアウトサイドは交わることはないとされている。ここに君たちが存在していること自体本来ならあり得ないことなんだよ」
アル「ふむ。では僕たちがここにいるのはどうしてなんだろうね?」
ペイパー「ごめんね、それは正直分からない。だけどコレクターが君たちを追っているのは、君たちを利用するためじゃないかな」
ヴィー「利用? まさか食料か……? 犬の肉なんて食ってもうまくねえぞ」
ペイパー「あはは、違うよ。コレクターはアウトサイドに強い憧れを抱いてて、ここから出ていきたいと思ってるんだ。そしてその為にはアウトサイドの住人と入れ替わる必要があるんだよ。ま、これ禁忌なんだけどね」
テオ「つまり僕たちを捕まえて代わりにアウトサイドに出ようとしてるってこと?」
ペイパー「恐らくはね。元は僕たちと同じ姿だったらしいけど、その禁忌に失敗したことであの姿になったって聞くよ。君たちが今まで逃げ切ってくれて本当によかった。あいつらがアウトサイドにでたらとんでもないことになる」
グローリア「ならあなたも協力しなさい」
ペイパー「え?」
グローリア「コレクターにアウトサイドへ出られると困るのでしょう? 私たちが捕まらないようにサポートしなさい」
テオ「グローリア! ……君ってばいつもそんな言い方……」
ペイパー「なるほど。……そういうことなら仕方ないね」
アル「おや、手伝ってくれるのかい?」
ペイパー「まあね。ここで奇跡と出会っちゃったら断れないよ。それで当てはあるの?」
ヴィー「その当てを探すためにまず図書館で情報を集めようとしてたんだ。インサイドのやつがアウトサイドに行く方法は分かったが……俺たちが帰る方法は知らないのか?」
ペイパー「僕はインサイドの住人だからね、流石にそこまでは……。知ってるとすればアウトサイドについてよく知ってる専門家くらいかも」
グローリア「専門家? そんなのがいるわけ?」
ペイパー「そ、奇遇にも君たちが向かおうとしていた図書館に住んでるんだ。僕の友達でね。何かいいことが聞けるかもしれない。案内するよ」
テオ「ありがとう……! 初めて会ったのにこんなに良くしてくれるなんて……君って優しいんだね」
ペイパー「……。(静かに微笑む)いいや。……じゃあいこうか! 僕の家、誰かに荒らされちゃったみたいなんだけど、必要なものは持っていってくれて構わないよ」
アル「あ、」
ヴィー「ああ」
ペイパー「え、なに?」
テオ「あー……えっと、そのことに関してなんだけどね?」




