冬実~NLルート①~
遅くなりました。まずは女の子から。
え? なんて??
「あの、みっちゃん? 恋人って?」
「恋人は恋人だよ。付き合っている同士を呼ぶんだよね?」
いや「それは、そうだけど……」そうじゃないだろう。
「僕、この機会を逃しちゃいけないと思うんだ。やっと二人っきりになれたのに、別々の家で生活するなんて、堪えられないよ」
悲しそうに歪む表情。
演技か? 本心か? 真剣過ぎてわからない。
だが、これは本心だとしたら、大事だ。突然、恐怖を感じた。
「みっちゃん、落ち着いてよ、今までだって離れて生活してたよね?」
すると、今度は苦痛に歪める。
「それは、邪魔者がいたからだろう? 君の母親……僕の姉さんだよ」
「邪魔者? お母さんが?」
「そうだよ。僕たちの関係に気づいていたんだ。もう何年も釘を刺されているよ。『冬実はいくつも年下で、貴方の姪なんだから。それに、そういう目で見ないで』ってね」
何年も前から?
そういえば、お母さんはよく「光哉と二人きりになってはダメよ」「お家も行ったらダメ」などと言い聞かされていた。
でも、最近は落ち着いてたんだよね。
「でも、お母さん言ってたよ『光哉もやっと理解した』って」
そう、安心していた。
恋人がいるみたいだからって。
「ふふふ」
みっちゃんは笑い始めた。怪しく口角を上げ、物凄く、楽しそうに。そして言った「演技だよ」と。
あ、これやっぱり演技だったんだ、と小さく安堵していると、みっちゃんは続けた。
「恋人なんていないよ、僕は。恋人がいるように見せたんだ。素直で単細胞な姉さんは、それをスッカリ信じ込んだ。僕の演技とも知らずにね!!」
あれ? もしかして、と、また胸が騒ぐ。
「僕はずっと君だけを愛してきたんだ。他の恋人なんているわけないよ」
あれ? これ、演技って、そっち?
みっちゃんの高揚した、熱を孕んだ瞳に、変な汗が全身から吹き出る。怖い。
「あの、みっちゃん?」
「僕は好きなんだ。冬実ちゃん、確かもう十六歳は過ぎているよね、今のうちに婚姻届出そうか? こんなこともあろうかと、とっくに僕の籍は抜いてあるんだ」
恐ろしいことに、先程まで興奮していたはずのみっちゃんは、静かに、穏やかに、私の知っている、いつものみっちゃんで、そう告げた。
怖くなり、後退る。
そして、首を少しずつ横に振る。みっちゃん、怖い、と。
「あれ? うふふ、どうしたの? ちょっと早まり過ぎたかな? そんなに怯えないで……怯えた顔も可愛いけど、姉さん達が帰ってくるかもしれないし、時間が無いんだよ」
「で、でもっ」
こんなみっちゃん、知らない。
「……わかったよ。じゃあ、もう少し考えようか。それじゃあ、一回、僕の家に行こうか。姉さんが盗聴器とかカメラ仕掛けてるかもしれないし」
「え?」
そんなことをするお母さんじゃない、と見上げる。
すると、それに気づいたのか、みっちゃんは「そうか、養子だし、僕だけか」と笑う。
え? そんなことするの?
みっちゃんがわからなさすぎて、部屋に行く術を考える。
とにかく、ヤバい。逃げなければ。
このままじゃ、みっちゃんと結婚することになる。
嫌いじゃないけど、今のみっちゃんはおかしい。
「わ、私、部屋に行かなきゃ」
「じゃあ僕も行くね。荷物だよね? 一緒に運ぼうか」
ニコニコと、昔と変わらない笑顔のみっちゃん。
でも、これも演技なのでは? と思うと、どうしようもなく逃げたくなる。
何かされる気がしてならない。
「いいよ、私、その……」
騙すのが下手だ、咄嗟に言葉が出てこない。
「……一応、言っておくけど、僕達は叔父と姪の関係なんだ。警察とかに連絡しても、だーれも来ないからね? だってそうでしょ? 赤の他人の恋人なら痴話喧嘩とかあるかもしれないけど、僕達は親戚なんだから」
さーっと顔から血の気が引くのがわかる。
怖い、怖い。
もう、どうしたら良いか、わからない。
「落ち着こう? ほら、温かいココア作ってあげるから、ね? ふふ、大丈夫だよ、冬実の嫌がることはしないよ」
呼び捨てになっていることに、恐怖しかない。
どうしたらいいのか。
意地でもお母さん達についていけば良かった。
みっちゃんは楽しそうに、鼻唄しながら、ココアを作っている。
料理を食べ終えた時間に戻りたい。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
カップに口をつける。程よい甘さと、温かさ。ほっとする。
「……僕、今日はとりあえず帰ろうかな」
「え、ほ、本当?」
何が起こったのかわからないが、みっちゃんは私に笑顔でそう言った。
今日、帰ってくれたらこちらのものだ。
お母さんに連絡して帰ってきてもらって、後は友達の家とか……。
考えているうちに、なんだか無償に眠くなってきた。
なんだろう、寝ちゃダメなのに、寝たい。
「ふふ、帰ろうかな、もちろん、冬実も一緒にね」
優しそうに笑うみっちゃんと、頭を撫でられている感覚。手からカップを優しく取ってくれるみっちゃんと、不気味に弧を描く、口元。
意識を失う前、最後に見たのは、そんなみっちゃんだった。
「ごめんね、どうしても僕の家に来て欲しいんだ」
その声は、冬実には届かなかった。
はい、ご覧の通り、みっちゃんやべえやつです。こんなことになるとは。