8drink「開店」
……源氏名の事はもう諦めよう。
慣れればそのうち愛着が出るかも知れないしな。
俺と3人は、衣装部屋でさっさと衣装を借りて、待機席の1番奥へ並ぶ。
え? 着替えのシーンが端折りすぎじゃないかって? いーんだよ。オッサンの着替えなんて見てもしょうがないだろ。
え? 3人の着替え? ……邪魔が入って見れなかったんだよ!
「あらあら? お似合いの貸し衣装ですこと。ねぇ皆さん」
「本当ですわ! アレカグヤ様の言う通り、新人は貸し衣装がお似合いですわね!」
「単に、衣装をお持ちで無いだけかもしれませんけど。うふふ」
「あらあら。本当の事を言っては可哀想ですわよ?」
……あれが邪魔しやがった先輩達だ。
俺達が着替えようとした所に後から来て、場所が無いだのなんだの言って追い出しやがった。そのせいでバラバラに着替えるハメに! この恨み、いつか晴らしてやるからな!
「アナタ達、しばらくは大人しくしていた方が賢明ですわよ? ねぇ皆さん」
「本当ですわ! アレカグヤ様の言う通り、しゃしゃり出て来られても返って邪魔なだけですわ!」
「そうですわ、そうですわ!」
アレカグヤ達は嫌味をいいながら、店の入り口側の待機席を陣取る。
あ、待機席ってのは、営業中お客様を相手していないキャバ嬢が待機をする席の事だ。
俺の知っている限りだと待機の席数は出勤人数分も無いので、空いた場所に座るってのが普通だが、ここでは違うらしい。
先ず、キャバ嬢には女格がある。こんな感じ。
あと女格一位から二位までは、まとめて上位とも呼ばれている。
・女格一位『愛狐啻』
・女格二位『妖艶啻』
・女格三位『美麗帝』
・女格四位『可憐帝』
・女格五位『愛玩帝』
次に、待機席は店の入り口近くから左右の壁に向かって並べてある。そこに、入り口側から『女格の高い順』に座る事が暗黙の了解となっている。
つまり、あの先輩達は女格一位の『愛狐啻』って事だ。
女格は、店の売上に貢献した分だけ上がるらしいから、あの人達は相当な売れっ子のハズなんだよな?
マジかよ。どれだけ客の前で猫かぶってんだって話しだ。
ちなみに、新人の俺達は『女格なし』。
まぁそれは良いとして、俺は疑いつつも隣に立つ、ギャルるんに質問してみる。
「ねえギャルるん。アレカグヤさんて、あそこに並ぶって事は、この店の上位なんだよね?」
「ん〜。 そーなんじゃない? アイツ喋るとムカつくけどぉ、結構デキるっぽいし、伝説級の親戚らしーから」
「はにーくらす? 何それ?」
「え、知んないの? マジ?」
やべ、知ってて当たり前みたいな顔された。これも常識か。でも知らないし、これは聞いておかないと後々恥をかく気がするから素直に教えて貰おう。
「ごめん。私、すごいド田舎に住んでたから。教えて?」
「そーなんだ? 良いよ別に。あたいんトコもクソ田舎だったしぃ」
ギャルるんは、少し気を良くしたみたいだ。同じ田舎出身ってのが効いたみたいだ。ふー、……ちょっと焦った。
「えっとぉこの店って、昔はキャバ嬢の聖地って言われてたんだよね。何でかってゆーと、超売れっ子のキャバ嬢が何人もいたからなんだ。一晩に1000万稼いだ事もあるみたい」
「1000万!?」
「そう。ありえないでしょ? この店の女格一位はだいたい一晩100万らしくて、それでもスゴいのに、10倍って笑えるよねぇ」
マジかよ! ここの世界だとその金額がどの位のレベルなのか分からないが、俺のいる世界でも、あり得ないくらいスゴい。
「そーゆー超売れ売れだった子達を、伝説級って呼んでんの。んで、そん中にいたカグヤって子がアイツの親戚らしーんだよね」
「なるほど。教えてくれてありがと!」
「良いって。あたい、ダチが多いからそーゆー情報だけは入ってくるんだ」
「スゴい助かったよ。ありがと!」
「だから、良いっての。ウチら同期じゃん?」
「うん」
おー。俺スゴくね? ギャルるんと仲良くなっちゃったよ! 喋り方も慣れてきたし、ちゃんとキャバ嬢やれそうな気がしてきたな。
それにしても、アレカグヤ先輩は伝説級の親戚なのか。サラブレッドとまではいかないが、同様の血を与えられているだけあって女格一位。
これは良い目標が出来た。
「おーーし! お前ら聞こえるかぁ!?」
あの先輩達を、女格一位からどう引きずり降ろそうかと色々考えていると、フクロウさんの声が店内に響きわたる。
声、めっちゃでけーな……。
「店長のフクロウだ! 今日から新たに4人のキャバ嬢が加わった! どれも将来有望だ。気を抜くとすぐに足元をすくわれるぞ! ベテラン連中も気合い入れろよ!」
「はい!!!」
「よし! 今日も開店から閉店まで盛り上がって行くぞ!」
「はい!!!」
「お前ら良い顔に仕上がってるか!」
「はい!!!」
「キャバドレスも光ってるか!」
「はい!!!」
「谷間は出てるか!」
「はい!!!」
「道具は、持ったかぁーー!」
「はい!!!」
……なんかすげえな。バリバリ体育会系じゃないか。こっちも少し緊張して来たわ。
「行くぞ! 開店だ!!」
フクロウさんの声に合わせて、俺の目に映る大きな扉が、恐々しい音を響かせて豪快に開け放たれる。