6drink「帰ります」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「……なんだ?」
喋り方は冷静だが、俺の言葉に少し上半身を遠ざける。どうした? さっきまで始終偉そうだったのに、なんかビビられてる気がする。
「俺……じゃなくて、私の作ったお酒。ダメでしたか?」
「だ、ダメでは無い……」
「ならどうして!? 完璧にできたと思ったんですけど!」
「完璧……だと?」
黒服さんの顔が一気に強張る。
やべっ変な事いったかもしれない!
「お前……一体何者だ? なぜこれを完璧だと思うのだ?」
え? あ、ヤバいマジにヤバい。
完全に地雷踏んだわ。そうだよな。伝承でしか知る筈の無い物をつくって完璧っておかしいよな? 内容知ってるだろって感じだよな?
「酒作りの伝承は、店を任された者のみが承る事が出来る。つまり現在ではそれを知るのは私だけだ! もう一度聞く。お前は何者だ!」
あ〜やっぱそうだよなぁ。伝承だもんなぁ。でも何者かと言われてもキャバクラ通い歴20年のオッサンとかいっても、この見た目じゃ通じないし、自分自信よく分かってないし、あ〜どうしよ。
「あ、え、えっと……気付いたらこの店に居て……わ、私もよく分かってません」
「はぁ? お前にも分からないだと? ふ、ふざけるな! 何も分からない者があのような酒を、キャバクラ道具の心根を読み取るかのように扱えるとは到底……!!」
静止する黒服さん。な、なんだ? またなんか地雷踏んだ? 俺も今かなり慌てていて、自分で何いったか覚えてないんだけど。
追い出されてしまうのか? う〜ん……勿体ないけどしょうがないか。
こんな経験滅多に出来ないから、もう少し楽しみたかったんだけど、元はオッサンだからな。この先何処かでまた粗が出るかも知れないし。
あ〜でも、失敗した。あんな完璧に作らずに、あの3人みたいに遊んで見れば良かったわ。
この体入試験自体も面白かったけど、俺的には本入後のキャバクラの方が興味あったんだけどなぁ。だって、体入の3人であのレベルだ。そんな子達が入るこの店のナンバーはどんだけ凄いのか興味が無い訳が無い。
あ、ナンバーってのは、店の中で上位に入る売上げを出しているキャバ嬢の事だ。30人在籍している店なら上位5人。100人在籍している店なら上位10〜15人くらいか? 高級店には行かないから良く分からんが。
まぁ、諦めて帰ろう。
たぶんあの扉から出れば帰れるだろうし。
そう思って、VIPルームを出ようと席を立つ。
「ま、待て!」
え?
「……合格だ!」
え? なんで?
「え、な、何故ですか?」
驚いた。理由が分からない。
失格といったすぐあとに合格。意味がわからないので、なにか凄く怖い感じがする。
「あぁ、すまぬ。お前の酒気があまりにも強力だったのでな。少し臆してしまったようだ」
臆したって、気が動転したって事か? それにしてはあの強張り方といい、問い詰めといい、動転しただけとは思えない。あとシュキってなんだ?
「だが、お前のその力をもってすれば、この現状も打開できるのではと思ってな。是非、うちの店で働いて欲しい!」
あら、働いて欲しいとかいわれちゃった。俺凄い? てか、シュキが強力ってなに!? お酒作っただけなんだけど!
なんか引っかかるものがあり過ぎるが、まだ続けられるらしい。
……そういえば、今何時なんだろ。
** ** ** ** ** **
そんなこんなで俺は合格した。
あの3人も無事に合格したみたいだ。あんなので合格出来たのかよ……。だったら俺ももっと遊んでやれば良かったわ。
これで俺も立派なキャバ嬢だ。キャバクラに20年通い続けたオッサンがキャバ嬢。経験値があるのかないのかよく分からないが、とりあえずは気楽に構えてみようと思う。
明日また来て欲しいといわれたので、扉を出てみる事にする。お願いなので、外に出たらしわくちゃのジジイになっていませんよーに。
扉が開かれると……。
外はいつものキャバクラビルの前。
街灯や看板の明かりが夜の街並みを照らしている。
帰宅中のサラリーマンを勧誘するキャバクラのスタッフや、立ちんぼをしている中国人がチラホラ。
このビル内のキャバクラで、飲んで店から出た時に見ている背景と全く一緒だ。
あ、そうだ。俺の身体は? ……男のようだ。
携帯電話を取り出し、自分の顔も一応確認しておく。そういえば、キャバ嬢になった時の自分の顔は見てなかったな。
次に行けたら見てみよう。
そう思いながら、携帯電話に表示されている時刻を何気なく見ると。
『20**/02/** FRI 22:37』
は?
確か、店に入ったのが21時ジャストだったから、あれから1時間半しか経っていない。
これいつも俺が飲んでる時間と一緒だ。
少し歩きだすと、案内してくれるスタッフが、ありがとうございますと一礼してきた。
て事は、やっぱりピョンピョンで飲んでいた事になってるのか。どうなってんだ?
……まぁ、良いか。
またあの店に行けるかどうかも分からないし。不思議で楽しい時間だった。
この時期の寒さは変わらないが、家に帰る俺の足取りは少し軽くなっているように思えた。