4drink「部屋が気になる」
試験開始から数時間がたった。
といっても、実際時計を見たわけではない。体内時間だ。何故かというとキャバクラには掛け時計がないからだ。昔からこういう大人の遊び場ってのは時計が設置されていない事が多いのだ。
理由として『時間を忘れて楽しんで欲しい』っていうのが表向きの理由。実際は『時間を忘れてお金使いまくろーぜ』だ。その為、昔の遊郭などはトイレに行った客が我に返らないように、用を足している最中にも面白い話を聞かせる落語家などを雇っていたらしい。なので、現状で時間をちゃんと把握しているのは黒服の彼女だけだろう。
ぶっちゃけると、俺はかなり暇を持て余している。最初からお酒の作り方は知っているからな。
なので、ずっと気になっていた彼女の言い回しを考える事にした。
恐らくこの場所は、俺がいる世界とは別の世界に違いない。理由として、俺が入ったキャバクラビルの大きさからはおよそ考えられないくらい、この部屋が広い事。お酒作りが伝承になっている事。客が来ない事を気配と言った事。キャバクラ道具を本来の性質と言った事だ。
・部屋の広さ
これはエレベーターの扉が開いた時点で移動したに違いない。原因などは分からないが、部屋を改装したとかでは絶対無いはずなので、移動したと考えるのが妥当だ。転移のほうが合ってるか。
・お酒作りが伝承
つまり、この世界の現在ではお酒を作る行為はしていないと考えられる。それなのに、ここがキャバクラだとか客が増えたとか色々疑問はあるが、今は思いつかないので、そこで納得するしかない。
・客の来店を気配という
これもこの世界ならではなのかも知れないが、店の外に出なくても分かる何かを持っているのかも知れない。保留だな。
・キャバクラ道具の本来の性質
こっちはもっと謎だ。道具は道具としてでしか使い道が無いはず。俺の知っている使い道は、たぶん本来の部分だ。という事は、普段は違う使い方をしてると思うんだが、道具をよく見ても違和感は無い。
最後に、俺が歩くたびに揺れる目を下に向けると見ることが出来る2つの山。そう、女になっているという事。
これにも理由があると思いたい。男の俺が若い女性になった意味。今のところ思いつかないが。
そうだ。この身体になって分かったのだが、自分の胸をどれだけ見ても何も感じない。それより周りの女性の胸を見る方が、やはりというか、良い。よく女性が自分の大きな胸を見て、これ邪魔なんだよねとかいっていたが理解できる日がくるとは思わなかった。人生とは何があるか分からないものだ。まぁこれも時期に分かるかも知れない。保留にしとこう。
まだ時間があるようなので、この広い部屋を見て回る事にする。
石積みの壁やギリシャ風の柱を、触ったり爪で削ってみたり、長椅子やテーブルを持ち上げようとしてみたりした。
総じて分かったのは、この部屋に存在する全ての物が、凄く頑丈でした。壁は一切削れないし、軽く見えるテーブルもビクともしない。まるで1つの硬い塊から切り離す事なく削って形を出したような感じだ。
おかげで爪が痛いし身体も筋肉痛の前触れみたいなダルさを感じている。
「……お前はさっきから何をやってるんだ?」
そんな事をやっていたら、後ろから声をかけられる。この声は黒服の彼女だ。
「あ、いやなんか暇……じゃなくて、頭のリフレッシュでもしようかと」
「リフレッシュにも程があるだろう。私はお前が道具を触っているところを、5分ぐらいしか見てないぞ? だが、諦めているようには見えない」
あれ、結構監視されてた? こっちからはあまり見かけなかったんで安心してたんだけど。もしかしてこれも気配とかで分かるのか?
「まぁ良い、そろそろ時間だ。こっちに集まるよう皆に伝えてくれ。どうせ暇なのだろう?」
ちょっとだけ悪い目をしながら行ってしまう黒服……さん。聞こえていましたか。ちょっと怖いので、これからは心の中でも『さん』を付けて呼ぶ事にしよう。
俺は気を取り直し、3人に話しかけて黒服さんの元へ集めた。
「では、これから道具の生まれ持つ能力を示して貰おう。準備の出来た者から、そこのVIPルームに入って来てくれ。その他の者は、そいつが出てくるまで待機だ」
来た! VIPルーム!! 物凄く気になってました!! でも入ろうとする度に黒服さんが睨むから辞めてたのだ!
試験に使うなら、そういってくれればよかったのに。
とか思っていたら、そのVIPルームに入ろうとしてたはずの黒服が俺の腕をガッシリ掴んだ。
「あ、そうだ。やはり最初はお前にしよう」
ほひ!?
「え、な、なんでですか! じゅ、準備が出来た者からって話じゃ」
「お前は暇だったのだろう? なら準備は万端なはずだ」
め、目が怖い……。試験が舐められているとでも思ったのだろうか。
しょうがない、俺も男……いや今は女か。腹を括ろうではないか!
「わ、分かりました。行かせてもらいます!」
「うむ、かかってこい!」
なんか試合するみたいな言動になってるが、あながち間違いじゃないから別に良いか。俺が本当のお酒の作り方を見せてやるのだ! キャバクラ通い歴20年の名にかけて!