2drink「体入試験」
店内は白い壁にピンクの照明……では無く、ベージュ色の石を積み上げたような壁に燭台が飾り付けてあり、蝋燭には火が灯っている。
部屋の四方にはギリシャの神殿を思わせる気高く重厚
感のある柱。
床のタイルはよく分からないが高級感の漂う模様をした物に変わっていた。
テーブルは一本脚だが太くアンティークな飾り付けになり、テーブル板も大きく分厚い物に。
団体客が来ても座りやすいように肘掛けのなかった白色の長ソファー。これが、肘掛け付きの濃い紅色の長椅子になっていた。
そして、何より驚いたのが部屋の大きさだ。とてつもなく広く天井が高い。テニスコートってのがどの位の広さなのか正確には分からないが4つは余裕ではいりそうだ。その位デカい。
なんだここ。
呆然としつつ振り返ると、そこにエレベーターはなく、大型バスでも通る事が出来そうな両開きの大きな扉が威圧的に見下ろしていた。
は?
状況を全く理解できない俺は、その大きな扉を前に、何も考えることができないまま立ち尽くす。
「体入は3人だと思っていたのだが、お前もそうなのか?」
え?
声がした店内の方へ振り返ると、黒いスーツ姿の男……女性がこちらへ近づいて来るところだった。
声は女性だったが、体格は男を思わせる身体つきだ。ボディービルダーのような隆々としたものではないが、引き締まった無駄の無い筋肉が服の中に収まっているように見える。首まわりや肩幅は間違いなく俺より大きく、おそらく身長も170センチの俺より高い。
声を先に聞いてなければ、完全に男性と勘違いしたかも知れない。
「おい、何か言ったらどうだ」
「は、はい」
あ、やべ。
迫力に押されて思わず、頷いてしまった。
「そうか、じゃあこっちに来い。二度も説明するのは面倒だからな」
踵を返した彼女が向かう先には、3人の女性がソファー座っていて、こちらに顔を向けている。あそこに行けという事だな。
さっき彼女がいった『体入』ってのはキャバクラ用語で『体験入店』の事だ。つまり俺を見てそう思ったって事なんだが、俺は男性だぞ?
そう思いながら自分の身体を見降ろす。
そこには、年々醜く膨らんでいく憎たらしい腹……ではなく、二つの山と一つの谷。つまりは胸があった。
女!? 俺、女になってんのか!?
「どうした? 早く来い」
「は、はい。すみません」
自分の身体の変化に驚きつつも、足を前に出す。胸の谷から見える両足も普段見慣れているゴツい物ではなく、細く綺麗だ。そして揺れる。歩くと揺れる。
え? 何がって? 胸だよ! 胸が歩くたびに揺れてるんだよ!
感動しつつ、3人の女性が座っているソファーの横まで行くと、
「お前は、そっちの椅子に座れ」
黒服の女性は側にあった椅子を指差しながら、テーブルをはさんで向かいに位置する1人用の椅子にドカッと腰を下ろす。
俺もそれに倣うようにゆっくりと座る。
「またせたな。で、どこまで話したかな」
「……これから、体入試験の内容を教えて頂くところだった」
真ん中に座っている子が発言したようだ。
黒服の女性は、おーそうだったと相づちを打ちながら、俺の方を向く。
「3人には先ほども話したが、ここ最近来店して下さるお客様が急激に増えてな。今店に在籍している人数では、回しきれなくなってしまったのだよ」
「そこで募集をかけてみたのだが、前回体入してもらった者たちはみな未経験者だったので、増えたお客様を対処できる事が出来なかったと言う訳だ」
なるほど、キャバクラではよくありそうな話だな。
急激に増えたと言う事は、最近この店に来るようになったお客様ってのが、団体で来て盛り上がるのが好きなタイプだったと。んで、団体客は大抵どこかで飲んだ後に店に遊びにくる事が多いから、酔っ払ってうるさい程に盛り上がるお客様を新人が上手くあしらえるはずも無く、疲れて本入店する前に辞めてしまうとか、そーゆー事だろう。
「でだな。私もこうやって何度も面接を行えるような時間的余裕はないので、手間を省く為に使える人材なのかを試験の結果で選ぶことにしたんだよ」
「試験……ですか?」
体入で試験なんて俺の行く店では聞いた事がないので、思わず聞き返してしまった。
「ああ。内容は、『キャバクラ道具の生まれ持つ能力を示せ』だ」
「……生まれ持つ能力?」
「キャバクラ道具とは、元来酒をより深い味に仕上げる際に使用されていたと伝承されている。つまり、お前達はこの道具の本来の性質を見抜き、酒を作ってみせるのだ」
……どうゆーことだ?
深い味に仕上げるって、よーするにあの道具で酒を作るって事だよな?
それって普通の事なんじゃないのか? いやでも伝承って……今は酒を作るために使われていない?
「ってかそれ、マジ言ってんの?」
「ああ。マジだ」
お? 今、端に座ってるギャルっぽい子の質問か? なんかこの部屋に来て初めてまともな女の子の喋り方を聞いたような気がするな。
「……いつまでに出来ればいーの?」
「いつまで……か、そうだな。今夜はお客様が来店する気配はないので、明日の夕方までを制限時間としよう」
「あ、明日の夕方までか!? それでは1日も無いではないか!」
真ん中の子が抗議してる……。いやいや、お酒混ぜるのに1日じゃ足りないって、どんだけ難題になってんだよ!
「まあ、完全に再現しろとは言わない。というより、この伝承を研究している者以外で再現できた者を私は見た事がないからな。要は、道具の本質を見抜きさえしていれば伝承から離れていようと合格にするつもりだ。気楽にやってくれ」
もっと簡単になっちゃった!?
どうすんだこれ。俺、完璧に再現できちゃう気がするんだけど?
「道具は向こうに一式置いてある。
それでは始めてくれ!」