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千の英雄   作者: 中川柊木
第1章 孤高の覇者
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8話 故郷の味を求めて(1)

「ふぅー。ジャージよりも動きやすい服装があるなんてな」


「ま、ちょっとだけ……少しだけ……か、かっこよくなったじゃない」


「ん?なんか言ったか?」


「べ、別に! なんでもないわ!」


「あっそ」 


 いつもの決まりのやり取りを交わすと、馬車の近くに着いた。そこで俺達は、ある確認をすることにしている。

 先程貰った剣、あの剣以外にも俺は色々な属性の剣を持った。無属性から始まり、火水地風の属性がある剣。

 全て触ったが、どれも結果は、全ての剣に属性の適正があった。そこには斧や槍といった武器があったが、どれも適正は無かった。

 ただ剣だけには全ての適正が俺にはあるようで、じいさんもアリスも始めて見る適正結果となったのだ。


「じゃあ先ずは魔力を体全体で流れるイメージを作るのよ」


「あぁ、それなら感覚的に……剣を抜いた瞬間にあるから大丈夫だ」


 そう、俺はどの剣を抜くときにも何かが体の中を流れる感覚がある。それは魔力と呼ばれる、世界の全てに干渉し、全ての可能性がある物だ。


「そう。じゃあ剣に付けられている魔石はね、大抵は【逆流石】と呼ばれる自身強化型魔術専用の魔石よ。だから、イメージするの。剣に魔力を送って跳ね返る。波のようなイメージね」


「分かった」


 俺は、言われると波のイメージを頭に作る。自分が起こした波が堤防に打ち付けられ跳ね返るイメージ。

 そして、魔力を流れる水に例えるようにだ、すると、


「すげえ! 体が軽くなったぞ、それに力も」


 これが魔法なのか。俺の体に流れる魔力の波、それはいつも感じる物より大きく、そして重厚だ。

 これは自身強化型魔術、通称強化魔法と呼ばれている。逆流石と呼ばれる魔石を用い、一度外に出した魔力を増幅し、体の中に力の源として逆流する作用を持つ初級魔術の一つ。

 今となっては練習さえすれば、ほぼ全ての人がこれを扱う事ができる。初級中の初級魔法だ。


「嘘ッ……幾ら何でも早すぎるわ。常人ならそこまで行くのに一月は掛かるのに……」


「それこそ嘘だろ? 結構簡単じゃね?」


「はぁ。やっぱりツクルは腐っても英雄ってことなのね」


「そういうことなのかもな」


 アリスから剣を振って体の調子を見てみてと言われたので、剣を振ってみる。

 前に振った時よりも感覚が研ぎ澄まされ、速度も上がっている。それに自分の横に伸びる影でさえ、美しい動きをしていた。


「なんか……綺麗ね」


「この動きが、人を殺す為の動きじゃなかったら……そうだな」


「もう次にジークに出会った時には倒せるじゃないの?」


「それは分かんねーな」


 奴には神器と呼ばれる武器があるし、それにあの霧をまともに食らうと動けなくなる。

 速度も今の俺でも敵わないだろう。しかし、剣を持つ時だけ、俺は動きが別人になり、強くなる。

 自分は経験したことがないのに、動きが分かるのは変な気分だ。これももしかしたら称号の効果なのかもしれない。


「じゃあ次の目的地にいくわよ」


「おう」


 それからアリスと俺は昼飯を済ませ、次の目的地に行っていた。

 タナタートの街は中々に広い方なので馬車でも中央街に戻るまでに時間が掛かる。

 中央街とは、この街のメインストリートで良く行商人が居たり、至る所に出店がある。そして、俺達はそこに到着した。


「じゃあいつものように、売りまくるわよー!」


「俺は始めてだけどな」


「あっそうだったわね。じゃあ今から行商人としての極意を教えてあげるわ」


 そんなこんなで今、俺はアリスから行商の極意を教えて貰っている。

 元々ジークに襲われる前からタナタートに来る予定だったアリスは、前の街でタナタートで良く売れる日用品や雑貨を仕入れていた。

 まぁ商売は買い出しに始まり、笑顔で接待して、金額を受け取ればいいらしいので前の世界とやり方は変わらない。

 俺でも問題はないだろう。問題は……。


「えーと銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で小金貨1枚、小金貨10枚で大金貨1枚だな」


「そう! 覚えた?」


「あぁ、アリスの店では銀貨と銅貨しか殆ど扱わないんだろ? じゃあこの文字とこの文字だけ覚えれば俺にも出来るな」


 この世界では予測だが、銅貨1枚が10円程の価値があるらしい。

 必然的に銀貨は千円、小金貨10万円、大金貨は100万円となる。

 簡単だな、後はそれぞれの文字と数字の形を覚えればいい。


「数字もやっぱり簡単だな。覚えたぞ」


 そして、全ての金の文字と数字を覚えた俺は、早速、店先に立つ。

 護衛だけじゃなく行商でも役に立とうと思った時だ。

 

 驚愕の事実が判明する。


「さぁ、あたしの商品を買いなさいッ!」


 アリスまさかとは思っていたが、客と対応する時もその口調なのかよ。あり得ないだろ……。

 前にアリスは売上はあんまりとか言っていたが、原因が今分かった。


「お前はアホか!」


 アリスの額にデコピンを入れる。これでは、どっちが非常識なのか分からない。


「いてっ! 何するのよ!」


「アリスこそ何してんだよ。そんな口調で客が寄って来るわけないだろ」


「べ、別に今は来てないだけよ!」


「まぁ、いいから変われ」


 アリスを強引に後ろに下げると荷台の前に立つ。馬車は行商する時に中を見せれるような造りになっていて、正に行商人専用という感じだ。


「お、そこの若い奥様方! お綺麗ですね! 今日はどんな御用で?」


 そうやって、馬車の前を通り過ぎようとした奥様に声を掛ける。お世辞にも程があるが、


「あらまぁ……この子分かっているじゃない。今日はね、美容品を買おうと思って中央街に来たのよ」


 お? これは食いつきがいい『鴨』だ。それにここまでくれば商売の必勝パターン。今に見てろよアリスの奴。


 俺はタナタートに来るまで、アリスから馬車の積荷のことは腐る程聞いてきた。

 だが、確か化粧品は仕入れていない。それなら年頃の奥様が欲しがるような美容アイテムはこれしかない!


「それでは……うーん、この水の【スペル】が書き込まれている布など如何でしょう?」


「それはどんな効果があるのかしら」


「はい、これは美しい奥様の顔を潤った水で覆い、朝のお顔の浮腫み解消や、お化粧前などの下地作りの際に活用出来るかと」


「それは素晴らしいですわ! 是非買いますわ!」


「毎度あり!」


 まず幸先よく、一つ目の手柄を上げるとアリスの方にドヤ顔で振り向く。

 アリスは口を噤み、少しだけ悔しそうだった。


「た、たまたまでしょ」


「だといいがな」


「ふんッ! 知らない! どうせ何度もまぐれは続かないわよ」


 アリス今に見てろよ。その言葉、後悔させてやる。俺は不敵な笑みを浮かべると声を出し続けた。


 ―――そして、あれから数時間後。


「毎度ー! それにしてもこの行列……捌ききれっかなぁ」


「嘘よ……こんなのって」


 あれから数時間が経ち、馬車の前には長い行列が出来ていた。既に馬車の中に一杯に積まれた品々は半分も無い。

 これだけ売るとアリスもぐうの音も出ないだろう。


「癒しを求めるのなら……少々お高いかも知れませんが、こちらの緑獣の息袋が加工して入っている壺など如何ですか? 常に変わり変わりに良い匂いが漂っていますよ」  


「えぇでは、こちらの珍しいお皿などどうでしょう? これは……」


「そうですね、年齢的に考えるとプレゼントは………」


 そして、客一人ひとりに誠心誠意対応して、すっかり日も暮れた頃。


「ふぅ、終わったぞー。アリスー?」


「シンジラレナイ……モウシラナイ……」


 抜け殻のように固まるアリス、アリスを弄るのはとても面白い。これは暫く抜け出せないな。 

 そんな悪い考えをしていると、グゥと腹の虫が鳴る。


「今日は奮発して良い物食わせてくれるよな?」


「そうねあたしもお腹減ったし行くわよ……バカツクル」


「そうだなバカアリス」


 その日は最後まで二人で罵り合いながら眠りに着いた。

 それから数日で馬車の品物は全て売り切ってしまったので、タナタートで次の街に向けて、一週間程、買い出しや準備をしていた頃。

 

 俺達は依頼所に『ある目的』の為に足を運んでいた。


 その依頼所と呼ばれる場所は、ファンタジー世界でよくある冒険者ギルドのような所で、腕利きの傭兵や戦闘を職に持つ者がそこの依頼を熟し生計を立てている。

 なんとも異世界感満載の場所なのだ。


「見ない顔ですね? 如何様でしょうか?」


 そう言って、俺に声を掛ける女性は受付嬢と呼ばれる人だ。そこは洩れなく美女が座るポジションで、それはこの世界でも例外ではなく、この女性も綺麗だった。


「まぁ、アリス程じゃないな」


「ふぇっ?」


 そう、信じられない話だがアリスはこう見えて超絶美少女。悔しいが、受付嬢より可愛いのは事実。

 俺はいつだって自分に正直だからな、多分。それに自分自身に嘘はつけない性格だ、多分。


「えーと、今日は貴族の方が出してる依頼がないか見に来ました」


「貴族? そうですね……こちらなどどうですか?」


 優しい口調の言葉を口にして、紙を一枚取り出す受付嬢。そこには文字と少しの図が描かれている。 

 ここは俺の専門外なのでアリスに翻訳して貰おう。


「これは、受付資格無しで依頼内容も屋敷内の見周り兼護衛『大事な謁見があるので責任感ある者求む』って感じね。報酬も中々良いわよ」


 アリスが言う分には、この依頼は中々良さそうだ。一日だけ屋敷の敷地内で不審な動きがないか監視し、有事の際には護衛をすればいい。

 流石に俺達が行くときに限ってそんなことは起こらないだろうし、大丈夫だろう。

 それに俺達のある目的も叶いそうだしな。後は、この貴族の性格次第なんだが……。


「ん?」


 そんな時、あれだけ傭兵達が騒いでいた場が静まり返る。俺でも肌で感じる程の威圧。

 全てを服従させる勢いで来るそれは、俺が生まれて始めて体験したものだった。

 心拍数が上がり不思議と緊張で身を固める。何事かと、その隠しきれない威圧を感じた方へ振り向くと―――



 ―――隻腕の男が居た。



「世は……されど語る程でもないだろう。人を探している。ここに居ると報告があったのでな」


 男は重々しい声で、そう口にする。男は壮年と言ったところで、50は超えているだろうか。

 身長は入り口の戸の高さをゆうに超え、筋骨隆々。正に武と共に歩んで来たと見れる体格。

 体や顔の至る所に傷があり、未だそれが色濃く残っていた。顔付きは綺麗な茶色い双眼に、濃い顔をしている。


 そして、男は剣を背負っていた。人一人、否、それを凌駕する程大きい。あまりにも大きい剣だ。

 そんなもので一体何を屠るのか。想像しただけで冷汗をかく。男は後ろに多くの数の騎士を引き連れているので、それの代表だろう。

 それに後ろの騎士達は見事な整列をし、入り口の前に並んでいる。店の中からなので数は分からないが、相当な数を引き連れているようだ。


 そして、男には見逃せない特徴があった。後ろの騎士たちは鎧で身を覆っているのが全てだが、この男だけは急所だけを守るような鎧なのだ。

 俺の着ている魔道鎧のように動きやすさ重視なんだろうか? 体格的には素早く動けるような体格をしていない。

 どちらかというと、がっしり構えて迎え討つような、そんな体型だ。細くなく太い。

 そして、この男にはある物が無かった。


「左腕が……この人まさか……」


 驚きの顔を浮かべるアリス。そう、今アリスが言ったようにこの男には左腕が無い。

 隻眼ならぬ、隻腕なのだ。切断部は厚く隠してあり、見ることが出来ない。

 男は人探しをしているとのことだが、俺達には関係ないだろう。だが、周りで昼から酒を交わす傭兵達でさえも畏怖の目で見る男の正体だけは気になった。


「おい、アリスはこのおっさんのこと知ってんのか?」


「おっさんなんて呼ぶのは失礼よ、だってこの人は―――」


 そう言ってアリスが男を見ていると、男も此方を見た。そして、目を細め、何かを納得したのか俺達がいる場所まで近づいて来る。

 最初は人違いか何かと思ったが、男が段々と俺達に近付いて来るに従い、その願いは酒の匂いと共に消えていった。


「俺……口を滑らしたりなんかしてないよな」


 そう言った瞬間、アリスは俺の言葉の意図を読んだのか。俺を見る。そして、手を繋いで来た。

 暖かい女の子の手だ。それは『心配しないで』と訴え懸けてくるようで優しい温もり。

 俺はそれに強く握り返して返事をする。そして、男は俺達の前に立ち、口を開く。


「無粋だが名乗らせて貰おう。余はアーレイス王国、近衛騎士団、団長を務めているヴェルダン・カーライルという者だ。今から、アリシア・レッドフォード。お主に話がある」


 近衛騎士団。その名を聞いて俺達は固まる。その集団は主に千の英雄を殺す為に集まっているような集団で、騎士団とは名ばかりだ。

 それに俺は一応英雄でもある。まさかと冷汗が伝い、アリスの繋ぐ手からもそれは感じられた。


 そして、男の話が始まる。この先の俺達の未来を揺るがすであろう話が、今始まる。



























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