4話 救世か堕世か (2)
―――アーレイス王国。
極東の国エルレイヴと『フィーナ海』、『フィーナ山脈』で隔てた場所にあるその国。
この世界に大陸は三つあるが、その一つである東の大陸の七割以上の面積を持つ大国。
そして、この国は俺が今いる国だ。
この東の大陸も、今でこそ平穏な生活が送れているが、僅か三十年前は人間が魔獣の襲撃を受けることなど日常茶飯事だった。
何せ国土は今の二割弱、それに加えて、今よりも強力な魔獣が至るところに群生していた。
人々は恐怖に震え、大人はいつ死ぬのか、子供は親がいつ居なくなるのか、そればかり考えていた。
長年に渡る魔獣の襲撃、亜人との戦争は熾烈を極め、どの大陸でも人間は数の暴力と、その頃まだ人間は扱えなかった亜人からの魔術による殲滅に為す術は無く、人類に未来は見えなかった。
だが、ある日、奇跡は起きた。
これは、世界で『聖誕』と呼ばれ、三十年語り継がれてきた歴史の一片の話。
戦乱に揺れる、ある日。北の大陸に居た大予言者が言った。
「不吉な数字だ」
その次の日。東の大陸に居た予言者が言った。
「神のご行為の成せるがままに」
その次の日。南の大陸に居た年老いたエルフが言った。
「夢を見たのですね」
その三人は人々にその言葉を託すと、皆同じように「救われた」と口にした。
その次の日、北の大陸で聖誕が始まる。
昼の3の13の刻、北の嘗て、『希望』と夢見の神エルフィスの聖地と呼ばれたライフリック平原に光の柱が落ちる。
その柱の中心には、若い男女が十人。後の十騎士と呼ばれる英雄達が降りていた。
その者達は神から選ばれた、違う世界の英雄達だと瞬く間に人々の間に知れ渡る。一部の民には希望が宿った。
だが、大方の民は言った。
「高が十人、それでは何も変わらない」
だが、人々の期待とは裏腹に―――――
「高が十人、されど十人」
――――その十人は、少しばかり強すぎた。
民の多大なる支持を得て、その圧倒的な力を見せつけ、民を恐怖に陥れ、形は違えど半数は王になった。
その時から世界の歯車がずれ始める。
奇特な将才で、ただ一人の力で、民を思うがままに動かして、形は違えど十人は少しづつ魔獣を亜人を殺していった。
ある者は、聖玉を追い求める為に―――
またある者は、力を追い求める為に―――
またある者は、悪為すことを追い求める為に―――
形は大きく違えど、世界を変えていった。
一人は聖光に愛され、一人は勝利に愛され、一人は恐怖に愛されて。
形は全く違えど、我道を極めた。
ある者は希望の光を従えて―――
また、ある者は限りない圧倒的な力を手に入れ―――
また、ある者は絶望の闇の淵に浸かり酔いしれ―――
また、ある者は永劫の愛を賜り―――
また、ある者は永劫の愛を誓い―――
また、ある者は魔術で世界すら変えて―――
また、ある者は調和を轟かせ―――
また、ある者は人の身を捨て志潰えて尚も民を見守り―――
また、ある者は前世で果たされなかった願いを叶え―――
また、ある者は……何も分からなかった。
十人それぞれの『全て』が己の夢を叶えた。中には、命を絶やすことさえ厭わず、己の信念を貫いた者も居た。
そんなある日、序列第一の騎士が一つ目の聖玉を破壊した。
またある日、第二の騎士が二つ目の聖玉を破壊した。
またある日、第九の騎士が三つ目の聖玉を破壊した。
それから、何かを追い求め続けた三人の英雄達は、そこで世界を根底から救う事を諦めた。
これが聖誕の終わり。それが終わる頃には人々の暮らしは変わり、皆、平穏な日常を手に入れましたとさ。
◆
聖誕、俺はその出来事をアリスから聞き、そして、自分なりの解釈でアリスに説明していた。
「我ながら、上手く纏めた感じあるぞ」
「ま、ツクルにしては上出来ね」
「聖誕か……こんなの覚えて何になるやら」
「これも私達の常識の一つだから、覚えて貰わないとね」
「何でもかんでも、『英雄は非常識、だから勉強よ!』っていう体で変な知識植え込むなよな」
「仕方ないじゃない。千の英雄達は嫌われてるんだから……少しでも周りと違ったら疑われて一生牢獄生活よりはましよ」
「そりゃそうだけど……」
「文句言わないの! 字が読めないんだから口で言うしかないでしょ!」
俺は、あれから馬車に乗り込みこんな事ばかりしている。どれもこれもこの国のせいだ。
千の英雄を忌み嫌い、迫害している国はこの国だけじゃないらしいが完全にやり過ぎだろ。
英雄は見つかり次第、国が抱えている近衛騎士団が追って来て、抵抗すれば殺し、投降すれば武器を奪われ一生牢獄。
どんなに危険性がない英雄でも同じ目に遭う。その徹底的な潰し様に呆れて物も言えない。
先人である十騎士達は何を考えているんだ? それに、神様は人類存亡の危機、とか言っていたが、俺が今来ている時代は結構平和じゃねーか!
まぁ、俺は黒髪であること以外は目立った特徴は無いし、千の英雄であると悟られることはないと思うが……。
「でも俺は強そうに見えないだろ。下手に口を滑らせなけりゃ」
「そうね。でも、もしもがあるから」
強そうに見えると言えば、この武器(三振りの刀)くらいだな。
双鎌の男、ジークが言っていた神器と呼ばれるこれは、神から与えられた反則級の代物らしい。
人々の間では、この神器の強さ半分と英雄自身の強さ半分で英雄の強さが計られるとも言われている。
普通は一つ、或いは二つしか貰えないのだが、何故だか俺は四つも貰ってしまった。
そう、抜けない刀三振りに加えて、もう一つ俺は持っている。
「そういや指輪とか貰ったな」
俺の右手中指には立派な指輪が嵌められている。前に、指輪を嵌める指によって意味が違うと聞いたことがあるが、右手の中指は何だったっけ?
何かから守るとかの意味があったような、無いような。
「綺麗な指輪ー! すごい見せて!」
アリスは赤く澄んだ瞳を燃え滾らせるように俺に迫る。そんな目で見られると流石に気が引けるというか……。
まぁ仕方ないな、外して見せてやるか。
「って、あれ?」
「どしたのー? はやくしなさいよ!」
「いや外せねーんだけど」
「ええええぇぇーー! なんでよぉ?」
「何でって言われても、外れねーし……」
指輪をよく見る。煌く白銀の腕に、碧くなったり紅くなったり、果ては翠に染まる中石。
俺でも分かる魔石と呼ばれる中石はとても美しく座っている。虹の色とはまた違う、それぞれに深みがある色。
でも何でだろうな。親しみがどの色にもあるのは……。
「ツクル、指貸しなさい」
「へ? っておい!」
アリスはいつの間にか馬車を止めて、俺の右手の中指を強く掴んでいた。そして、そこにあるブツを思い切り、
「ちょ、アリスさんそれは……」
「ふぬぬ〜。問答無用! おりゃゃゃー!!」
「ちょ待っ……痛ってぇぇぇぇ!」
その言葉にするにも恐ろしい激痛が終わるのは十秒程経った時。指輪はビクともしてないが、俺の指は真っ赤に腫れていた。
「ほんとに外れないなんて……」
「だから言っただろ」
俺は今、かなり苛立っている。頭から角が生えてくる位の勢いはある。
アリスも悪いことをしたと自覚はあるのか、俺に頭を下げて、
「ご、ごめんなさぁぁい」
アリスは目尻に少し涙を溜めて謝罪してきた。普段の純粋無垢な俺ならばノックアウトしていたところだが、生憎、今はそれで収まる器量は無い。
「おらよ」
俺はそう言うと、アリスに渾身のデコピンをかます。少しばかり感情が入ってしまったような気がするが、大丈夫だろ。
「あいたっ! 何するのよ!」
「何って、デコピンなんだが」
「男の子に打たれたことなんて無いのに……さいてー!」
「はぁ……ほんとにお前ってやつは」
アリスが暴力を振るわれない原因はその容姿にあるんだろう。
万人が見ても美少女と区別されるルックスがいけないんだ。まぁ、俺には『効かない』けどな。なぜだか。
「そんなことよりアレを見なさいッ!」
アリスは遠くの方を指差す。そこには、
「光だ。あれがタナタートの街か」
俺の目先には、タナタートという街の光が見える。辺りはすっかり暗くなっていたが、それを不安にさせないかのように街の暖かな光が、俺の心を包んでいた。