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千の英雄   作者: 中川柊木
第1章 孤高の覇者
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3話 救世か堕世か (1)

『将と成り 友共倒れ 独り成し 我が身をあげよ 雲の上まで』


(私は王となったが、友を亡くし、独り『孤高』になってしまった。全ての望みが叶う立場でこそ、手に入らない物がある。だからこそ、神よ。あぁ、私をどうか、今から友に合わせてくれないか? 大切な、友に……)


 極東の国、エルレイヴ初代国王ヤマト・リエンの辞世の句より。




 ◆




 それから、陽も落ちる時間になり、薪で休憩を取っている時。


「そうか、じゃあ魔法ってそんなに強くないんだな」


「それがそうでもないのよ……十騎士や千の英雄達で魔術に長ける者は、戦争で不利な戦局を一人で変えれるぐらいの力があるらしいわ」


「そんなに!? お、俺も使えたりしねーかな」


「もし、そんな力があったとしても迫害されて終わりよ。この国はそういう場所だから……」


「そう言えば、そうだったな」


 あれから馬車に揺られること三時間ほど、俺はアリスにこの世界のことを色々聞いていた。

 所謂、情報交換だ。その情報交換で分かったことは三つ。


 まず一つは、千の英雄についてだ。千の英雄は、千日前に突如現れた序列1の英雄を筆頭に、今まで毎日、この世界に記憶が無いまま召喚されてきたらしい。

 そして、その千の英雄の中でも序列上位の者は、一月で王になったり、人々が恐れていた魔獣を討伐したりと世界に多大な影響を与えてきたとのことだ。


 逆に、序列下位の者は戦闘が得意な者は少ない傾向があり、どちらかと言うと、芸術や音楽などの才能を持った文化人が多く見られている。

 なぜ、そんな者をこの世界に送り込むのか神様の意図は掴めないが、まぁ文化の発展も人類の進歩という認識が殆どであるから、変に裏がある訳じゃないだろう。

 因みに、俺は序列最下位のヘタレ英雄でもある。


 千の英雄について、最後。俺達、千の英雄はこの国の人々から忌み嫌われているらしい。

 何でも、この国アーレイス王国は、聖玉を破壊することを悪と見なしている。

 何故、魔の根源たる聖玉を保護しようとするのかは不明だが、それが、王のご意向らしい。

 無論、俺達千の英雄は世界を救う為に聖玉を破壊しようとする。

 それが、この国の人々にとって目の敵にされる原因なのだ。つまり、千の英雄は見つかり次第、殺害か捕縛。

 かなりの悪として見られている。そして、アリス自身は別に千の英雄のことを嫌ってはいないらしい。

 理由は分からないが……。


 そして、もう一つは、


「『魔法は専用の道具を介さないと発動しない』……か。自分から離れた何も無い空間に火を起こしたりは出来ないって……それ最早、魔法じゃねぇよ!」


 魔法についての事だ。この世界には魔力という概念が存在する。

 よくファンタジー作品の設定では、言葉を放ったり、手を翳すだけで魔法は発動するが、この世界は違うらしい。

 専用の道具を触媒として、自身の魔力を注ぎ、それを介さないと魔法は使えないのだ。

 少しは例外があるとのことだが、期待は出来ない。因みに、その例外とは数時間前に見た神様だ。

 手を翳し、短い詠唱だけで物を作り出したが、あれは正しく例外だ。


(まぁ、神様だからな、存在自体例外だし)


 そして、もう一つ。この世界の魔力はヒト、魔獣、亜人自身にしかないということ。

 よくファンタジー世界では、世界に魔力が充満したりしていることが多いが、ここでは完全に生物自身の魔力しか存在していない。

 即ち、魔力を持たぬ者は魔法が扱えないのだ。勿論、適正の魔法は人それぞれだが。


「魔力神経って俺にもあんのかな」


「何言ってるのよ! 英雄が魔力神経を持ってないわけないじゃない」


 そう、この世界では魔力を作り出す器官のことを魔力神経と呼んでいる。

 未だその正体は明かされておらず、生物としての尊厳という声だったり、神からの恩寵だったり、五臓六腑の見えざる七腑目だったりと様々な憶測が飛び交っているらしい。


「それを確かめる方法ってないのか?」


「魔力の有無は実際に魔道具を触ったほうが早いわ。タナタートに行けば沢山あるしね」


「ホントか! 楽しみだな」  


 そして、最後の一つは、


「あ、話変わるけどさ……その本も魔道具なんだよな?」


「まぁ、そうだけど。まだ扱える人は見たことないわね」


 アリスがジークから奪われそうになった本のことだ。この本はアリスの出自に大きく関わっている。それは、


「亡くなったお父さんの形見……か。でも、命に換えても守りたい物か? それ?」


 しかし、金持ちが狙うほどの代物だ、余程の物なんだろう。そして、アリスは結んでいた口を解き、俺に話してくれた。


「……約束、だから」


「約束?」


「死んじゃう少し前のお父さんと交わした約束。あたしを命を賭けて逃がしてくれたお父さんとの約束なの」


「そ……っか」


 約束の内容が気になるが、ここは聞かない方がいいだろう。あまり悲壮を思い出させるのはいけない。

 最後に命を賭けて逃がしたとアリスは言ったが、多分魔獣の類いだろう。

 それに暗い話だけでもない、アリスにも大きな夢があるのだ。




 ◆




 ―――数時間前のこと。


 ふと気になったことがあった。行商と言えば男性の仕事の印象があるが、なぜアリスは態々行商の道を選んだのだろうか。

 置いている品々も、最初こそ驚きはしたが、統一性がなく拘りがあるようには見えない。

 では何故、アリスは行商で身を立てているのか? それが、純粋に気になっただけだった。


「アリスは何で行商を始めたんだ?」


 馬車の荷台に揺られ、山々の木々から漏れる微風を浴びながら俺は口にした。


「始めた理由?」


 アリスはあれから一時間以上馬を走らせている。幾ら慣れているとはいえ、流石に疲れはあるはず。

 だが、そんな様子を出す気配もなく、こうやって俺の質問に答えてくれている。


「そう、始めた理由」


「別に、お金持ちになりたいとかじゃないの」


「じゃあ何で?」


「そうね。それは―――夢を、レッドフォード家の悲願の為よ」


 始めて見る、真剣な顔付きのアリス。馬を繰っているので横顔しか見えないが、決意の一端が伺えた。

 そして、少しだけ可愛いと思ったのは内緒だ。


「夢? その夢って……聞いてもいいか?」


 アリスは「勿論」と言うと、


「国と国を渡れるような大行商になって、いつか……いつかきっと―――」


 陽の光のような明るい風貌を、さらに明るくさせて口にする。


「この本の、謎が解けるような大魔術師に会うのッ!」


 綺麗な瞳を爛々に輝かせ、そう言ったアリス。右手に持たれている、紙が古びて尚も綺麗な茶色い装幀が活き活きとしている本を見せながら言う、赤髪の少女。

 その時のアリスの希望に満ちた顔は、夢にでも出て来そうだった。だから、俺は勢い余って、



「じゃあ手伝ってやるよ」

 


 ただ純粋に、口にした。媚びる訳でも、諂う訳でもない。ただ純粋な善意。

 俺は、損する性格なんだろう。それでも、自分の気持ちには正直でありたいと思う。


「え?」


 困惑の顔を浮かべるアリス。そりゃそうだよな、いきなりすぎる。


「だから、その本の謎が解けるまで手伝ってやるんだよ」


「手伝う?! ツクルには何にも良いことなんか無いのに?」


「別に、俺がやりたいだけだ。それに、俺は世界を救うことに拘りは無いし、これから何もすることないしな」


 アリスは「そう」と相槌を挟むと、少しの間もなく、


「じゃあぜひぜひ! お願い! 英雄が味方に居れば怖いものなんてないわ! また、今回みたいに襲われるかもしれないし!」


 即答だった。アリスは深く考えず、直感で動くタイプなんだろう。色々問題があるように感じるが、快く、俺の助力を許諾してくれた。

 それに人から頼りにされるのは、なぜか、とても嬉しく感じる。それはこの世界に来て、始めて自分が頼りにされたからなのか。


(いや、それは違うな)


 違う、そんな理由じゃない。もっと、根本的な何かが……。俺は、もしかしたら、俺は―――


「ねぇ! 話! き! い! て! ま! す! か!?」


「う、うっさ」


「何考えてたのよ! 急に黙り込んで……」


「別に変なこととかじゃねーからな」


「はッ……もしや、これから私と一緒に行動するから……ツクルもしかして」


「あの、話聞いてますか?」


「なによ! よ、夜……え、エッチなことして来たら、ゆ、許さないんだから!」


「あの、話聞いてますか?」


「あ、あたしにはツクルより強いコワモテのおっちゃん、いっぱい知ってるし! 変なことは考えないほうがいいわよ!」


「だからあの、話聞いてますか?」


 アリスは聞く耳を持ってない。こんなことでこれから先、俺は無事にやっていけるのだろうか。主に精神的な意味で。


(うん、無理だな)


 そうやって俺の心配のベクトルが妙な方向にズレたのを革切りに、この話は終わった。




 ◆




 とまぁ、色々あった訳でこれから暫くアリスと行動を共にすることになった。勿論、今の所変なことは考えていない……断じて。


 俺がこれからのことを考え、肩を重くしている時、また、ふと思った。


「あ、てかさ、本の中身見せてくれないか?」


 これからの行動理由になる物だし、一度は目を通したいと気になっただけだが、アリスは嫌な顔一つせず、上に羽織っている薄手のコートに手を入れ本を取り出す。

 そして、二つ返事で本を渡してくれた。


「いいわよ。ん、ほい」


 俺はアリスに小さく礼を言うと、本の1ページ目を開けた。そこには見たこともないような文字がビッシリ書かれていて、その文字の形は殴り書きをした小学一年生の文字のようで理解不能。

 それから何ページか捲っても、限りは無く、同じ形の文字が羅列しているだけだった。


「なんだ? これがこの世界の文字だっけか?」


 いや、違うはずだ。つい先程、アリスにこの世界の文字のことを教えて貰った時、文字は一種類しかないと言っていたし、実際に俺も少し見せてもらった。

 無論、読めなかったが、この本の文字とは形が全く違う。


 俺が文字を見て思案していると、その時、アリスが呟く。


「……神代文字」


「ん? なに?」


「いやいや! 何も無いわ! えへへー」


「態とらしいな。変なこと考えたりすんなよ」


「はあぁぁぁ!? ツクルにだけは言われたくないわ」


 俺は大きな溜息を吐き、


「はぁ、全く」


「な、なによ! それより、そろそろ陽も落ちて来てるし出発するわよ」


「そうだな、そうするか」


 俺は頷き、アリスに本を返すと、軽く片付けをして馬車の方に向かった。

 タナタートの街までもう少し。だが、この長い旅はまだ始まったばかり。

 矛盾とも言えない矛盾に、俺は、胸の高鳴りを感じていた。

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