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千の英雄   作者: 中川柊木
第1章 孤高の覇者
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1話 贖罪の始まり (1)

『小さき者、群れを成せ。猛き者、孤高で在れ』


 イノセント神代聖書、第23章第1節、『勇気』と戦争の神バルタザール「戦神の初陣」より。



  ◇



「女、子供は殺したくない。大人しく渡せ」


 どこかのドラマで聞いたことがありそうなセリフを耳にしたと同時に、俺の意識は戻った。

 まだ体は出来ていないのか、意識だけが浮遊している。眼前にはフードで顔が見えない女の子と、双鎌の男がいた。


 その男は額に大きな痣があり、彫りが深い顔立ちで、賊が着てそうな服を身に着けている。

 それに細身の割には筋肉が隆起し、身長も高い。


 武器は見た所、あの双鎌だけか? 右手にある鎌は大きく特殊な形をしている、

 刃の部分が綺麗なL字型なのだ。逆に左手の鎌は形は普通だが、刀身が漆黒で不気味なオーラに包まれている。


 ともかくなんとか間に合ったみたいだ。そう安堵した瞬間、強烈な青白い光が辺りを覆う。

 その光は俺の意識の中心から放たれている。本当に実体化する様だ。

 覚悟はしていたが、光に包まれて登場とか派手すぎるよ、神様。


「この光、何をした」


 野太く筋が入った声。奴は英雄らしいが、それが実感できる程に威圧があった。


「………ぁ」


 女の子は震えて口を動かせない。男は光を警戒して、女の子に臨戦態勢を取った。


「答えは無いか、ならば―――」


 違う、それは女の子がしたんじゃないんだ。止まれ、やめろ。


「是非は無い」


 男は女の子の眼前で左手の鎌を振り上げ、それを今にも振り降ろさんとしている。

 駄目だ、間に合わない……そう思った瞬間、強烈な光は形を生み、俺に体を与えた。


「痛ッ!」


 ドスっという鈍い音、俺は着地に失敗して尻餅を着いてしまった。

 俺の体は五体満足で、先のジャージも着ているし、日本刀も腰に三振り下がっている。

 召喚は成功したみたいだ、そして見上げると、双鎌の男と目が合った。


「転移……魔術? 貴様、魔術師ウィザードか」


 相手は俺を何かと勘違いしているのか、少し動揺している。それに加えて、益々、警戒心が強くなっているのが分かる。


「い、いや、その……瞬間移動? したのはしたんだけど」


 そう答えて、直ぐに立ち上がり、小さく構える。そして、横目で辺りを見渡すと死体が見えた。

 どの死体にも傷が1つしか無い、一矢一殺とは正にこのことだろう。

 それより、女の子を助けると言ったのは良いが、本当にこの男と闘えるのだろうか。 

 神様が言うには力はあるらしいからな。この俺にも、多分、いやきっと。


 不安が顔に現れ、冷や汗が頬を流れた。そう言えば、と日本刀を引き抜こうとするが、


「さっきと同じだ。どれも抜けねぇ……」


 どんなに強く引き抜こうとしても全く抜けない刀。やっぱり偽物をやったんじゃないよな神様の奴。

 そして、俺が刀を抜刀しようとしているのを見て、双鎌の男は言った。


「その剣、神器か」


「じんぎ? よ、よく分かんねーけど、神様にさっき貰った物だ」


 それを聞いて、双鎌の男は少し眉を上げる。その後、少しだけ思慮深げな顔をした。

 それから何かを納得したのか、言葉を放つ。


「今日は英誕セカンド・バースから千日目。つまり啓示では最後の英雄が降りる日だ。それが、貴様か?」


「確かに俺が最下位だって神は言ってたな」


 英誕って……また新しい言葉が出てきたな。それより、もしかしたらこの男は話せば分かるタイプの敵かも。

 てっきり無慈悲な殺人鬼だと思っていたが違ったみたいだ。


 そして、男は俺の答えに対して、小さく「そうか」と呟くと、



「見限られているな……私は……神からでさえも……」



 空を見て、そう言った。


 その表情からは、想像し難い程の苦難があった様な印象を受けた。

 それから、直ぐに顔つきを変えて俺を見る。


「貴様、神から『そこの女を救え』とでも言われたか?」


「あ、あぁ、そうだ」


 俺は女の子の前に立ち、そう口にした。女の子にしてみれば、とても頼りない背中に見えるだろうな、と想像し、双鎌の男と相まみえる。

 近くで見ると身長の高さが際立ち、その鋭い眼光に背筋が凍った。


「つまるところ、貴様は私の敵か」


「女の子を解放してくれるんなら、な、何もしないぞ!」


「それは出来ない」


「出来ないって……な、何故そこまでして女の子を狙うのか、り、理由が聞きたい」


 終始震えまくる俺だったが、ずっと聞きたかったことを漸く聞くことが出来た。

 だが、その応えは、


「依頼だ。彼女の持つ本が欲しいとな、大口からだ。だが貴様が邪魔をするのならば、命は在るまい」


 こちらの期待には応えてくれなかった。心の何処かで双鎌の男が引き下がったりしないかなと思っていたが、どうやら衝突は避けられないらしい。

 俺は未だに、己の力がどれほどの力なのか分からない。それに戦闘になれば女の子が逃げ出す為の時間を稼げるのかも不安だ。

 それなら、残された安全策はこれしかない。俺は女の子が居る後方に顔を向けた。


「ねぇ君さ、この男の言う通りに本を渡したら?」


「………や」


「ん?」


「絶対に……いや」


 はぁ、命に替えても大事な本ってあるのか? それにその本ってどこに……ん、よく見れば凄く大事に本持ってんな。

 それより、どこから見ても普通の本にしか見えないが。


「用は済んだか、剣士」


「あぁ、心の準備は出来た」


 心の準備ってのは決して死ぬ覚悟じゃないぞ、と、男に訂正しようと思った束の間。

 男の姿が消えていた。否、消えたと思う程の速度で俺に迫ったのだ。


「ちょッ! はやっ過ぎんだろッ!」


 その俊足が魔術に依るものか、称号に依るものか俺には分からない。

 だが、一つ言えることは、この男には絶対に勝てない、ということ。

 英雄というのは人外なんだと、敵う訳ないんだと分かった。


「慈悲を」


 気付けば後ろに男が立っている。そして、その言葉を口にした時、ヒュンッという鎌を振り下ろす音が聞こえた。

 不可避の一撃。その一撃は的確に俺の首を狙っている。常人ならば避けきれるはずもない。

 だが、皆の思惑と違い、右手の鎌は空を切った。


「【心眼】を持つか……なぜ下位がその称号を……」


 気付けば俺はその一撃を躱していた。勿論、無意識でだ。それに、安全な距離まで移動している。

 不意の出来事に頭が着いていけない。


「なぜ?」と、口にしそうだったが、それは双鎌の男の一言で納得出来た。

 神様が言っていた称号の効果だろう。どんなものかは検討もつかないが、命を拾うことは出来た。


 それから、男は「ならば」と言うと、左手に持っている鎌を突き出し、踏み込んで来た。

 今度は目で追えない速度ではなかったが、その代わりに左の鎌に、紫紺、いや、黒い霧の様な何かが噴出している。

 そして、男は眼前まで迫り、鎌を振り下ろす。無論、普段の俺では避けれる一太刀ではなかった。


(でも、また避けれるはず!)


 そう、俺には称号という加護があるらしい。この一撃も……と思っていたが、瞬間、体から力が抜け意識が遠のく。


「な、んで……?」


 どうやら、踏み込みの時に噴出した霧の効果らしい、俺の体の周りはいつの間にか霧で囲まれていた。

 体が動けなければ避けることも出来ないだろう。


「【ゼノン】の慈悲を……」


 眼前には男、もう既に鎌を振り上げる動作に入っている。その動きには一切の無駄も、容赦も、なかった。


(まて、これで、おわり?)


 なんだ最初から分かっていたじゃないか。この俺では相手にもならないことぐらい。

 それに、この俊足なら女の子が逃げていても直ぐに追いつかれるのがオチ。

 そうだ、世の中なんてそんなものだ。何でも自分の都合に合わせてくれるものじゃないし、何度も死から助けてくれるものでもない。


(格好つけて、情けねぇなぁ)


 霧で意識が薄れる狭間、ふと、そう思った。世界を救うどころか、女の子1人も救えないのだ。そんな自分に心底腹が立つ。


(俺は……なんの為に……)


 目と鼻の先にある双鎌も掠れて見える。そんな死の直前、思いを馳せる。

 俺は何の為に生まれ変わったのだろうか? 誰の為に? 誰を救う為に? 何の『贖罪』の為に。


 そう思考を張り巡らせた時、言葉が聞こえた。優しい声だ。どこかで聞いたことがある様な、優しい声。

 微かに、だが、しっかりと。


(走馬灯って声も聞こえんのかよ)


 良く、死の直前に追憶に耽ることはあると聞いていたが、声まで聞こえるとは。

 人生、何でも体験してみるもの、とは良く言ったものだ。

 しかし、その声は俺の期待とは裏腹に、


『また、繰り返すの?』


(いや、違う)


『また、同じ目に遭わせるの?』


(違うッ……)


『また、私を殺すの?』


(ち、がうッ……俺はッ! ただ君を……)


 何か悪い夢を見ているようだった。でも、これだけは分かる、この女性とは何処かで、会ったんだな、ということは。

 しかし、それ以外は微塵も分からない、ただ、去りゆく意識の中で、男から視線だけは逸らさなかった。

 最期まで信念は揺るがないと主張する為に。心の奥にある、この想いは何時だって変わらないと示す為に。


「あ」


 思わず気の抜けた声が漏れると、双鎌の男が鎌を振り上げる。ついにここで終わりか、と思っていた瞬間。

 



 世界は暗転した。







(おい、どこだよ、ここ……)

 

 ここは? 何処だろう? 地獄?

 そこは敢えて説明するならば、ただ暗い場所。

 光などとうの昔に逃げ帰ったぐらいに思える場所。何もかも黒く染まっているんじゃないかと思える場所。


 そこには希望も未来も決意も欲望さえも全て闇に呑まれる。不安を駆り立て、絶望が仰ぎ見て、だが死は遠い。そんな場所だ。


(お、い……どこ……だよ)


 そんなの嘘だ。何で俺は、嘘をつく。ここが何処かなんて、俺が一番知っているじゃないか。

 あぁ、ここは俺しか居ない。ただ、そこにあるのは俺の意識。

 現実と乖離した意識だけ―――


(は?)


 ―――のはずだが、声が聞こえた。優しい声だ。何処かで出会ったことがある女性の声。

 微かに、だが、しっかりと。







『想い、出して』







 優しい声だ。いっそこのまま死んでしまいたくなるような、酷く、優しい声だ。

 微かに、だが、しっかりと……。



 




「あぁぁッ!!」


 そして、ふと意識が戻る。今のは何だ!? あの女性の声は何なんだ?

 それに、目の前には男も霧もない。ついに死んだのかと思ったが、


「黒い……壁?」


 意識が覚醒すると、俺の四方に黒く半透明な壁が展開されていた。

 そして少し離れた所に、驚愕の顔を浮かべる男が一人。後ろに女の子も確認出来た。

 双鎌の男は目を見開きながら言った。


「黒い……【魔力壁レジスト】だと。貴様、前世で一体どれ程の悪を……どうすればそんな加護が……」


 霧が消えた原因、それは男が言った通り、黒い半透明の壁。その壁は霧を瞬時に露散させ、俺の体の中に入った霧も消したみたいだ。

 そして、男はその壁を警戒したのか、鎌を振ることなく退避している。お陰で助かった。


 そして、男はこちらに向き直ると、悪魔を見る様な目付きをし、だらりと力を抜いた。つまり、構えるのを辞めたのだ。


「ジーク・ヴァン・クリーフ……私の名だ」


 そして、後ろを向き、小さく口にする。


「認めよう。今の私では、貴様に傷一つ付けることは出来ない。そして、貴様と剣を交えるのは危険と判断した」


 それから、


「故に、私は今回の依頼を諦める。貴様の勝利だ、剣士」


 それを捨て台詞にし、意外にも男は走り去った。あのまま続けていれば、間違いなく俺は倒されていたはずだ。

 なぜあっさりと諦めたのかは分からないが、助かった。まぁ、助かったならどうでもいいか、と一蹴し、俺は女の子の方へ振り向く。

 振り向いた瞬間、黒い壁は消えていた。そして、未だ顔も分からない女の子に声を掛ける。


「な、何か、助かったみたいだけど」


 この場合助かったのは、俺と女の子の2人ということになる。大変情けないが。

 だが、本当に二人共に生きてジークという男から助かることが出来て良かった。本当に良かった。

 そして、漸く女の子から返事が来た。


「………とう」


「ん?」


 さっきもそうだったけど、人見知りなのか? 俺も人のことは言えないが、彼女は人見知りだな、と雰囲気で察する。

 しかし、その第一印象は直ぐに崩れ去る。


「あ……ありがとうって言ってるのよッ!」


 ま、まさか恥ずかしがってただけ? そして、その余りの威勢の良さに、顔を隠していたフードが翻り、彼女の顔が見える。


 その顔は―――






























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