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千の英雄   作者: 中川柊木
第1章 孤高の覇者
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18話 運命に出会い、夢と別れる (3)

 ―――短い、夢を見た。


 床は無く、真っ白な世界。太陽は無い。

 そこに俺は存在した。俺は動くことが出来ずにジッとしている。

 何と退屈な世界だろう。


 それから、暫くしてメアとローラさんが現れた。二人は微笑ましそうにお互いを見つめている。

 俺は動くことが出来ないが、二人のことを見つめていた。


「ツクル様」


「ツクルぅ!」


 二人が俺の存在に気付き、そして、手を振る。夢にしては不思議と感情が芽生えた。

 俺は嬉しい。二人があのように仲良くして貰えば、きっとメアも孤児院を抜け出すことはない。

 久々にいい夢を見たな。


「お別れです」


「ばいばいッ!」


 名残惜しいがこれで夢が終わるようだ。俺は最後まで二人を見続けた。

 二人はずっと俺を見ている。そして、手を振り続けている。また、いつか会えればいいな。

 だが、


(長い)


 あれから何時間か経った頃。未だ手を振り続ける二人。中々に夢は覚めてくれない。

 それでも俺は動けない。そして、俺も退屈していた時だ。


「残念、お別れです」


「さいあく、ばいばい!」


 言うと、二人はどこまでもどこまでも俺から離れた。やっと終わるんだな、この夢が。

 無駄に長かったし、こんな夢は始めてだ。もう二度と、こんな退屈な夢は見たくない。

 もう二度と、幸せな二人は見たくない。


(あ)


 すると、二人の側に大量の獣が現れる。牙を持った犬のような獣、大きな熊、醜く汚い豚。

 様々な種類と数の獣達。あの群れに襲われたら、生きては帰れない。


「グルゥァァァッ!」


 獣共は雄叫びを上げると二人を襲う、俺は動けないので、事が終わるまでジッと待ち続けた。

 二人の悲鳴と、重ねられる断末魔。俺はそれでも動こうとしなかった。

 所詮は夢だ。無駄な労力は使いたくない。

 それに、もう二度と、幸せな二人を見なくて済む。

 最高だろう? 助ける意味なんてどこにあるのか。


「神よぉ……助け」


「いやぁ!」


 俺は最期まで、何も思わなかった。


 そして、事が終わると白かった世界が真っ黒に染まる。二人の死体はいつの間にか消えていた。

 それに懐かしい。前にも俺はここに来たことがある。前に来た時はいつだったか? 

 ま、そんなのはどうでもいいか。また、あの女性に会えるなら、どうでも。

 少し待っていると、やはり今回も優しい女性の声が聞こえた。

 あぁ、最高だ。懐かしい声で優しい。

 微かに、だが、しっかりと。



『二人も私と同じね。ツクルに殺されるの』



 俺は言葉には何も思わなかったが、嬉しかった。やっと夢が終わるから。あの女性に会えたから。本当に、本当に。


 ―――短い、夢だった。



 ◆



(何だったんだよッ! ……今の夢ッ!)


 意識が覚醒すると、そう一人思う。二人が魔獣に襲われる夢。

 俺は傍観する他なく、最期まで何もしない。女性の声が聞こえ、意味深な言葉を残す。

 唯の戯言と妄想。そんな理由で頭を整理しようとするが、何か納得がいかない。

 俺は不思議と『あれが夢であって欲しい』と思うようになっていた。

 まるで、あの夢が正夢以外の何者でも無いかのように。


「あぁぁッ! クソッ!」


 俺は隣に寄り掛かったアリスを強引に押し退けて、布団から飛び出た。

 アリスのことなんかどうでもいい。今は、確かめなければいけないことが沢山あるのだ。

 それに、外は誰かが走り回っているのか、足音が響いている。この騒ぎ、一体何なのだろうか? 


「ツクル……痛いよ。どうしたの?」


 寝起きで眠そうなアリスを無視して、俺は身支度する。アリスから途中、色々質問されたがどうでもいい。

 俺は悪くない。俺は悪くない。


「うるせぇ黙れッ!」


 俺は乱暴に言い捨てると、三振りの刀と一振りの剣を携え、荷台を出た。

 後ろでは、酷く寂しそうな顔をしているアリスが、


「まって」


 と、小さく呟いていた。



 ◆



 道中、かなりの騎士達を見掛けた。徒事ではないようだ。騎士達は早朝にも関わらず、かなり忙しく走り回っている。

 俺は、その中の一人に話しかけた。


「この騒ぎ、どうした?」


「あぁ、大聖堂で誘拐があったんだ。千の英雄の仕業らしい。街は今から厳戒態勢に入る!」


「嘘……だろ? クソッ!!」


 妄想が確信に変わる。誰か嘘だと言ってくれ、こんなの夢だろう?

 それから俺は騎士に礼も言わず、駆け出す。俺が見た夢、あれは正夢なんてものじゃない。

 現実だ。まさかとは思っていたが、その夢と今同じことが起きようとしている。あぁ、何で、なぜ……。


 なぜ、数ある教会の中でも、そこを選んだッ! 

 なぜ、大切なメアがいる場所を選んだッ! 

 なぜ、そう裕福でもない教会を選んだッ!

 なぜ、なぜだ? 俺と関わると皆……そうなってしまうとでも言うのか?

 巫山戯てやがる。何もかも……。


「オラあぁぁッ!」


 こんなの間違っている。罪悪感と嫌悪感を払拭しようと、俺は安い剣を抜いて強化魔法を発動させる。

 教会までは遠い、だが、この足の速度なら直ぐに着くだろう。俺は早馬よりも鳥よりも早く走った。



 ―――何分か経った頃。



「はぁ……はぁ」


 俺は教会に着く。そこは不思議と静まっていた。悪寒がする、目の前の光景を見たくない。

 だが、俺は扉を開ける。夢が現実にならないでくれと神に祈りながら、俺は扉を開けた。


 そこには、


「お主……この前の黒髪か。やはり、来ていたのだな、戦来に……」


 そこには、隻腕で近衛騎士団団長のヴェルダンと、目撃者と思しき一般人が居た。

 俺は走る途中、殆どの騎士を追い抜いていたので一番乗りだと思っていたが、それは違ったようだ。


「何なんだよ、この魔法陣……」


 そして、俺はあることに気付く。教会の床、椅子や装飾品を退かれた大きな空間に、特大の魔法陣が描かれていた。

 それに教会の中では何かが巡る感覚がする。恐らく、魔力だろう。

 この肌にさえ纏わりつくような膨大な魔力……これが千の英雄が残した魔力なのだろうか、恐ろしいな。

 それに昨日は無論、こんな魔法陣など無かった。つまり、昨晩に誰かが作ったものだと推測される。

 そして、俺は最悪な妄想をしながら、ヴェルダンに話し掛けた。


「ローラさんと孤児が見当たらないが、どうなった?」


「分からぬ」


「は? 分からないって? あぁ!? ふざけんな! 無事なのかって聞いてんだよ! 団長ならそのくらい分かるだろッ! クソッ!」


 駄目だ、今の俺には冷静さが欠けている。自分でも感情の枷が外れているのが分かる。

 だが、こんな状況で冷静になれと言われても無理な話だ。

 あの夢、そして、現実の今。何もかもが淡い妄想、夢であって欲しいのに、それは叶わない。

 そして、ヴェルダンは憤怒に狂う俺を邪険に扱うことなく、言った。


「確証は無いが、死臭はない。死してはいないであろう」


「あ? 何を根拠に……」


「長年の勘、というものであろうか。死体を……少しばかり見過ぎたのでな」


 ヴェルダンは伏目がちに言った。あの、近衛騎士団団長の言うことだ、期待は出来るのかもしれない。期待だけは……。


 そして、俺は昨日見た孤児達の事と昨日の出来事を思い出していた。

 皆気持ち良さそうに寝ている傍ら、俺の隣には、大事な、そして大切な、


『メアは、メアにゃの!』

『メアは孤児でお腹減ってるの……』

『このアリス大好き変態剣士ッ!』


 そして、俺はふと思い出す。孤児の中にはメアもいる。

 短い間だったが共に過ごした大切な仲間で、アリスが18になったら必ず迎えに来ると約束を交わしていた。

 可愛らしい瞳と、触り心地の良い獣耳、だが、その姿を今、見ることは叶わない。

 

 まさか、と冷汗が全身を覆った。本当に大切な、大切な仲間だ。

 だから、メア。メアだけは。メアだけは生きてくれ。だれか、めあだけは、ころさないで。

 俺は膝が折れる思いで、ヴェルダンに問う。


「こじいん、には、はいったか?」


 既に放心状態の俺を面倒に扱うことなく、ヴェルダンは答えた。


「入ったが、皆、忽然と消えていた」


「じゃあ早く、さがしにいくぞッ!」


 ヴェルダンは冷静だ。首を振ると「少し待て」と俺に告げた。そして、やっと残りの騎士達が教会に到着すると、ヴェルダンは早々に指示を出す。


「いつものように、この現場は任せる。後は、いつものように、全て……余に任せよ」


「「「ハッ!」」」


 なんだと? この数の騎士に助力を求めないのか? ヴェルダンは何を考えてるんだろうか。

 話によれば、相手は千の英雄らしいし、数が居るほうが心強いと思うのだが。

 それに、いつものように、とヴェルダンは言っていた。つまり、ヴェルダンは今まで一人で千の英雄達の相手をしてきたと言うのか……。


「では、『ツバキ』今日も宜しく頼もう。余の背中を預ける、余は天に、亡き妻に、お前に、この命を、剣と共に誓おうぞッ!」


 そして、ヴェルダンは言うと教会の扉に向かった。ツバキとは一体誰なのだろうか。

 そんな疑問を抱えながら、俺もそれに続く。

 ヴェルダンに近づくと、何かが渦巻くのを感じた、この溢れ出す気は魔力なのだろうか? 

 ヴェルダンから溢れ出す魔力は、ここに残っている魔法陣から発せられる魔力よりも、強い存在感を示していた。

 二つの強い魔力を肌で感じながら、俺はヴェルダンに問い掛ける。

 

「今から孤児とローラさんを助けに行くのか?」


「うむ。だが、お主は来るな。最悪の光景を見るやも知れぬ。少しばかり、事が起きてから時間が経ち過ぎておるようだ」


 俺は一瞬、最悪の光景を想像する。だが、直ぐにその妄想を止め、ヴェルダンに向き合う。

 今でさえ、これが夢であって欲しい。俺は心の底から、そう、思っていた。そう、『思っているはず』だ。


「俺は何が何でも着いていく。嫌なら、俺を殺せ!」


 決意の眼差しをヴェルダンに送る。ヴェルダンは背中に背負っている大剣を抜くと、魔力をそこに注ぎ込んだ。

 先程の溢れ出す魔力よりも強い魔力が渦巻くのを感じる。その圧倒される程の魔力を俺は身近に受け、身震いが起きた。

 そして、ヴェルダンは嬉しそうな顔をしながら、俺に言った。


「その瞳、の『レイベルト』を思い出す。よかろう。ついて来れるものなら、ついて来い。黒髪の剣士よ」


 ヴェルダンはそう言うと、風になった。

 あの速度、追いつけない速度じゃない、俺は必死にヴェルダンを追いかけた。

 瞬間、ヴェルダンの横顔が垣間見える、その時のヴェルダンは本当に嬉しそうな、心底楽しそうにしながら、風を斬っていた。


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