16話 運命と出会い、夢と別れる (1)
物悲しい別れを終えた俺達は、戦来の街を散策していた。それは、明日から行商をする為の場所探しと、単に興味があったからだ。
そして、俺達はある程度行商をする場所に目処を立て、ある店に足を運んでいた。
「ここが名立たるゼルビアスタで最高と言われる鍛冶屋か。うん、薄汚いな」
「でも、見なさいツクル、この客の数。もう夜になるってのに、この数よ。恐ろしいわ」
「確かにそうだな。タナタートでこの服をくれたじぃさんの友達ってだけはあるな」
そう、俺達が訪れている場所は、戦来の街で一番と呼ばれる鍛冶屋だ。
アリスが言うには、ここの店主はタナタートで出会ったビルじぃさんの嘗ての仲間らしい。
店主が中々に癖があると有名だが、それでも十騎士の神器さえ手直しした事があるという、超一流の職人だそうだ。
あのじぃさんの友達なら絶対に凄い人だとは思うのだが。
「おめーさん、始めて見るツラじゃあねぇかぁ」
「どうも、今日は俺の剣を見てもらいたくて来ました」
店主はドワーフ族と呼ばれる種族で亜人だ。ドワーフ族は高度な鍛冶や工芸技術を持っている種族で、この人は数少ない人間と共生しているドワーフだという。
背丈は俺の半分もなく、店の台に座りこちらを見上げている。店主の手は、正に職人の手という感じでゴツゴツしていた。
「初見の野郎は大抵クソみてぇな武器を持ってきやがる。おめーもそうなら出禁にすっからな」
「その心配はないっすね」
「えぇ。きっと貴方も喜ぶと思うわ」
俺とアリスは自信満々に言う。俺が袋で隠して持ってきているのは神器と呼ばれる超一品だ。
きっとこの店主も喜ぶだろう。そう、俺達は抜けない三振りの刀の謎を解こうとしてここに来た。
少しでも謎が解明すれば御の字だが。
「ガハハハッ! おめぇら偉く自信あんだな! ガハハッ! ビル坊の弟子に始めて会った時を思い出した。あぁ、でも、あいつは……死んだのか……。フッ、まぁいい、おもしれぇ見せてみろ」
「ビル坊って……やっぱりアンタは……じぃさんの……。あ、失礼しました。じゃあ裏で見せますよ。ここではあまり見せたくないんで」
店主は「へいへい」と言うと裏に俺らを案内した。ここからは俺達も慎重に動かなければならない。
「じゃあこの剣を見せる代わりに一つ約束があります。これから見たことを誰にも言わないで貰えないすか?」
「フッ、大体おめぇの正体が読めてきたが、安心しろ。オイラは客と向き合うことなんかしねぇ。剣と向き合うだけだ」
俺はこの店主の言葉を信じて、袋で隠してある三振りの剣を見せた。
すると店主はジッと剣を見て、指一本触れずに言った。
「ハァあッ!? なぜこんな複雑な結界が張り巡らせてあるんだぁ? しかもどれも呪いの類い。こりゃオイラにはお手上げだ。すまねぇな」
そう言って、俺達の方を見て首を振る店主。思った以上にあっさりと話が終わってしまう。
「この剣抜けないんっすよ、どうすればいいか分かんないすか?」
「まぁ、おめぇが千の英雄だとは分かったが、こりゃ珍しすぎる。形もそうだが、強い呪いと複雑な結界で、『誰にも使わせねぇ』ってレベルだ。オイラは何人か千の英雄の武器を手直しして来たが、こりゃオイラの領分じゃねぇ。諦めな」
そこまで言われると俺も引き下がるしか他にない。そして、店主は続けて、
「だが、小僧。気をつけろ、この剣はどれも抜かない方が身の為だ。『得るモノより、失うモノの方が遥かに大きい』よく覚えておけ」
「じゃあ、使うなってことすか?」
そして店主は今までにない程、真剣な顔つきでその質問に答えた。
「いや、何れ、使う時が来るだろうな。だから、その時に良く考えろ。この剣の封印を解くだけの価値があるのか。失うモノで後悔しないのかをな」
「はぁ……」
「特に、この玉の輪が付いてる剣と紙が貼りまくってある剣。これはヤベぇ。黄色いこの剣はある程度呪いは弱いから、大丈夫だろうな」
「それだけ分かれば良かったっす。お金の方は?」
「何言ってんだ、小僧。オイラの腕不足で手も着けれねぇんだ。金なんざ要らねぇよ」
「そうすか、じゃあ失礼します」
店主は不躾に手を振ると、店の奥に入って行った。剣のことは抜いたらヤバイということしか分からなかったが、それだけでも収穫が有ったと言うべきか。
そして俺達は店の外に出た。辺りはすっかり暗くなっているので、俺達は停泊所へと戻る。
その道中、大きな建物に遭遇した。
「遠くから見てたけど、近くで見るとすげーな」
「えぇ、アーレイス王国、唯一の闘技場だもの」
「そうだな。でも、偉く遅くまで人が働いてるんだな」
「もう少しでアレが始まるからよ」
「ん? アレってなんだ?」
そして、闘技場の正門をアリスは指差す。そこには大きな看板が建てられていた。見た感じ、祭りか何かか?
「2ヶ月に一度の祭典、グランド・トーナメントが開催されるのよ!」
そして、アリスはグランド・トーナメントについて説明を始める。
その催しは、二ヶ月に一度開催され、各地方の腕自慢や傭兵、魔術師、偶に騎士などが参戦するトーナメント方式の戦いだ。
戦闘不能、若しくは何方かが死亡するまで戦い続ける、デスマッチ。
観客は連日溢れんばかりの量が詰め掛け、決勝などは乱闘騒ぎも毎回起こる程だ。
トーナメント優勝者には闘技場の『覇者』と戦う権利が与えられ、その覇者に勝てば何でも一つ願いを叶えれるらしい。
勿論、限度はあるのだが、主催者の金の力でどうとでも出来るそうだ。
だが、この覇者戦は今まで一度も挑戦者が勝ったことは無く、今では覇者戦の賭けレートは脅威の覇者が一倍という凄まじいことになっている。
「まぁ、こんな目立つようなこと。俺はしねーけどな」
「そうね。もし、出たとして覇者にはツクルでも勝てないわよ」
「だろうな」
そんなこんなで闘技場を抜け、俺達は停泊所に着いた。夜飯は済ませてあるので、俺は直ぐに布団を敷く。
恥ずかしそうにしているアリスを手招きし、同じ布団で寝させ、手を繋いだ。
「じゃあ明日からの行商に向けて、寝るかぁ〜」
「そ、そうね」
「ジーク探しも始めなきゃな」
「それは……反対よ」
「大丈夫、少しでもアリスに危険があると思ったら直ぐに手を引くから」
「むぐぅ。……約束ね」
俺はゼルビアスタの街を散策している時に、何人かの騎士に近衛騎士団のことについて聞き込みをしていた。
英雄を捕縛か殺害したなら直ぐに報告があるそうなんだが、まだ無いらしい。
つまり、まだジークは捕まっていないということだ。
「寝たか……」
アリスは幸せそうな顔で寝ている。馬車を長い間、動かしていたから疲れが溜まってるんだろう。
俺はそっと繋いでいた手を離し、馬車の外に出た。
今宵は小望月。その真南には、いつの時かに見た赤い星がある。とても綺麗だ。
「アリスにあんま心配かけたくねーからな」
今から俺が始めることは……説明するまでも無いだろう。そして、これが俺なりに出来るアリスへの最大の配慮だ。
この件については誰の力を借りることなく、俺一人の力で終わらせたい。
そんな独り善がりな野望を抱え、俺は夜の戦来に繰り出した。