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千の英雄   作者: 中川柊木
第1章 孤高の覇者
16/19

15話 戦来万来(2)

「タナタートとは……全然違うな」


 衝撃に愕然とする俺。今、俺の前にはゼルビアスタの街並みが広がっている。

 流石、アーレイス王国、第二の首都と呼ばれるだけはある。見渡すばかりの人、人、人だ。

 清廉としていたタナタートの街並みとは随分対照的なゼルビアスタの街。

 人々の多くは剣や杖を持ち、鎧で身を固めており、身体的障害がある者も少なくはない。

 馬車を動かす傍らでは、男同士の喧嘩があったり、それをどちらが勝つか賭けている野次馬など、野性味溢れる光景がかなりあった。

 どれも新鮮で刺激的だが、アリスとメアは不満げな顔をしている。


「だから、あたしは来たくなかったのよ」


「メアもこのむさ苦しい感じ……キライにゃ」


「へぇ。俺はこのワイルドな感じも好きだけどな」


 確かに、女の子が好きそうな雰囲気ではない。馬車の横窓から景色を見るとあることに気付いた。

 圧倒的に男が多い。歩き回る人々は当たり前だが、店の店主やウェイター、果ては子供に至るまで男しかいない。

 女性が近寄りたくない雰囲気なのは分かるが、これは有り得ないだろ。


「それに魔道具店多すぎないか?」


 この周辺一体だけだとは思うが、西の店も魔道具店、東も、その隣も、そのまた隣も、魔道具店だ。

 これでは競合相手が多過ぎて売上が伸びないだろう。頭の中が脳筋な野郎しかゼルビアスタにはいないのか。

 まぁ、これだけ男が多いんだ、脳筋になるのは幾分か仕方ない。


「それでも売れるのよ。魔道具が」


「いや、これじゃ競合相手が多過ぎて売れるとかの問題じゃねーだろ」


「馬鹿みたいな需要過多。これがこの街が戦来の街と呼ばれる理由ね」


 そして、俺は魔道具店を熟視する。どの店にも絶対に何人かは客がいた。

 俺はその事実に驚愕すると同時に呆れ顔をした。


「確かに需要がハンパねーな」


 魔道具店も他店との差別を図る為、様々な店がある。言葉に表したくないのでオブラートに包むと、ピンクな雰囲気の店だったり、ブラックな雰囲気な店だったり。

 男としてはどちらも足を踏み込んでみたくなるものだ。一つは思春期に、もう一つは反抗期に。


「ここからはキャラバンで行けないから、この停泊所に停めるわよ」


 アリスが言った先には、停泊所があった。そこには大小様々な馬車が停まっているが、その馬の多くが馬鎧を着けている。

 ここにも需要過多の片影が見えるとは、恐るべし。


 そして、俺達は馬車から降りてゼルビアスタのダウンタウン的な場所に向かう。

 馬車の荷台の入り口には特殊な魔法陣が描かれてあるので、積荷が盗難される心配はない。

 停泊所には騎士も居るし大丈夫。それから歩く途中、少しづつ女性達が見え始め、住宅も増えてきた。


「メアまだ二人といたいにゃ〜。あの、ほ……いや、二人といるとたのしいし」


「俺もそうしたいのは山々なんだけどな」


「メアちゃん。孤児院の人達が心配してるわよ」


 メアは「でもぉ」と弱音を吐くと、諦観したように顔を下げる。

 法律上、孤児院から抜け出した孤児は見つけた者に返還義務があり、十八歳にならないと孤児の親権は貰えない。

 俺は英雄で正確な年齢が分からず、アリスは十六だ。だからメアを引き取ることが出来ない。

 この国では十五から成人として認められているが、孤児は引き取れない。

 主に所得の問題があるからな。


「そんな無駄に前の世界っぽい要素いらねーよな。誰だよ法律作ったの」


 俺はそんな愚痴を漏らすと、メアの方を向く。いつもはピンピンの猫耳に、常時上を向く短い尻尾がどちらもしゅんとなっていた。

 このまま、悲壮な感情を抱いたまま彼女と別れるのは嫌だ。何かテコ入れしなければ。


「孤児院に着くまでに、メアが好きな魚料理食いに行くか!」


「それはいいわね、探しながらいくわよ」


「ニャんッ! 魚料理! うれしいニャ! さすが、序列さい……いや、さすがツクルにゃ!」


 先とはまるで別人になったように耳と尾の毛を逆立てるメア。やはり、メアはこの元気な姿が可愛い。

 将来は良い婿の所に娶って貰えるだろう。そんな子供の親が考えるようなことを思案していると、


「美味しそうな専門店があるわよ」


 アリスが見つけたのは小ぢんまりとしたレストラン。店の看板には魚の絵が描かれてあるので専門店なんだろう。

 そこで、俺達はメアと最後の食事を取ることにした。



 ◆



 それから食事を済ませた俺達は、大聖堂と言われている教会の前に着いた。

 中では信徒が居て、牧師と思われる人が聖書を説いている。メア曰く、『賛美歌を最後に歌うから、それまで待つにゃ』とのことだ。

 俺は暇なので耳を澄ませた。


「では、【神代聖書】の513ページを開いて下さい」


 教会の窓が開いているので、声とザーっと本の紙が捲る音が聞こえる。

 そしてまた、牧師が説く。


「では、説きます。神代聖書、第23章、『戦神の初陣』」


 透き通るような女性の声。前の世界では女性が神父になったり、牧師になったりすることは出来なかったが、この世界では違うみたいだな。


「『小さき者、群れを成せ。猛き者、孤高で在れ』後の戦神と呼ばれる、『勇気』と戦争の神、バルタザール様のお言葉。その者は誰よりも高潔でありました。ですが、誰よりも残虐でもありました」


 一呼吸置き、


バルタザール様は成人となり長い旅に出ました。母からは仔羊のはらわたを、父からは祖父の形見の剣を授かって。ですが、バルタザール様は魔除けとして貰った仔羊の腸が心底気に入らなかった。それで、旅路に着く前に母を殺し、その腸を割いて、代わりに仔羊の腸をそこに納めました。父はそんな息子の姿を見て凛々しく、誇りに思いました。当時の男性は、強さは美しさと同義に捉えていたのです。そして、バルタザール様は誰よりも勝利に愛されました。独りではありましたが、その者には既に有るべき感情が一つを除き、失われていました。戦神に残されたのは、ただ一筋の『勇気』のみ、だったのです」


 おいおい、本当に聖書かよこれ。

 中々にエグい内容だな、この世界の聖書。


 だが、俺は耳をそこに傾け続けた。


「バルタザール様には息子も百人は居ました。見込みがない者は早々に首をもがれましたが……。産んだ母親も依り代に相応しくありません。バルタザール様は妻も殺しました。百人目に見込みのある者が生まれたのですが、自分より強くなる見込みがありました。バルタザール様は後の自分の名誉の為に、百人目の子と妻も首を撥ねました。やはり、戦神は一人だったのです。ですが彼の生き様は多くの人を魅了しました。勇気を与えました。ですから、その者は成るべくして、神になりました。私達が恐怖に震える時、祈るのです。バルタザール様よ勇気を我に貸して給えと。するとバルタザール様は微笑んでくれるでしょう。勇気以外何も残っていない、その、瞳で……」


 バタンッと本を閉じる音が聞こえた。今日はここまでと言った所か。

 それにしても、聖書に有るまじき表現が多々あったのは世界が違うからか? 

 どうでもいいが、良くこんな聖書で信者が集まるものだ。


「23章はまだ続きますが、今日はここまでとします。最後にイノセント12神に誓いのコトバを届けるため、『エルフィスの希望』を歌いましょう」


 その言葉を尻目にアカペラの歌が聞こえた。中には子供も居るので、音程を外す者もいる。

 だが、それを差し引いても楚々たる曲調だ。聴き惚れる。


「終わったみたいね」


 いつの間にか賛美歌は歌い終わって、教会の中から信徒が外に流れてきている。これでメアともお別れのようだ。


「失礼します」


 俺は教会の扉を開けて小さく黙礼をした後、そう口にした。中には何人か信徒が残っているが、牧師の女性に問題なく話しかけられる雰囲気だ。


「この教会の隣の孤児院から抜け出したメアちゃんを連れて来ました。どうか牧師様」


 牧師は目を瞑り、祈りを捧げている最中だったが、俺の言葉を聞いてそれを止めた。

 すると、先程まで落ち着いていた女性の表情がみるみる驚きに変わり、それは軈て感嘆になった。


「メアッ……! 心配しましたよッ! 本当に良かったッ!」


 彼女は俺に挨拶を言うのも忘れ、走り出し、遂にメアに飛びつく。瞳には涙が溜り、感無量といった所だ。


「うむぅ……ローラ……胸がにゃ」


 牧師の豊満な胸に圧殺されそうなメア。割と本気でヤバそうなんだが。

 仕方ない、助け舟を出すか。


「どうかその辺りでご勘弁を」


「これはッ! わたくしとしたことが……申し訳ありません」


 彼女は頭を下げると、


「わたくしはこの大聖堂の牧師、ローラ・オークウッドと申します。この度は態々足を運んで頂き、誠に御礼申し上げます。そして、メアを……また会わせて頂き……本当に有難う御座います。あぁ神よ、宣うことを聞き、祈ることを辞めなかったわたくしにこの幸福を与えて下さり、感謝を。そして、この御人に幸あらんことを……」


「そんな丁重に為さらないで下さい。俺は当たり前の事をしたまでですから」


「あぁ、神よ。世知辛いこの世に未だこのような聖人が居られました。神に幸あれ、この者に希望あれ」


 ローラと呼ばれる牧師は完全に自分の世界に入っている。それだけ、メアが戻ってきたのが嬉しかったんだろう。


「御人よ、どうか教えて下さい。……何故、騎士にメアを届ける事なく、この地へ?」


「そうですね。先ずは御人と呼ばれるのは些か抵抗があるので、ツクルと呼んで下さい。隣の赤い奴はアリスっていいます」


「ツクル様。アリス様。名前の程、ご享受して頂き、感謝を。貴方達の恩は然と受け取りました」


「はい、こちらこそ。えーと騎士にメアを引き取らせなかったのは、俺達の目的地がゼルビアスタだったので、可愛らしい子ですし、是非とも思い出でも作ろうかと。身勝手な真似をしましたが、御蔭で楽しい時間を過ごさせて頂きました」


 これはお世辞でも何でもなく本心だ。メアと一緒に居ることで俺は本当に楽しかった。それはアリスも一緒だろう。


「分かりました。優しい御方なのですね貴方は……では、メア……お別れの言葉を」


 ローラに促され、メアは俺達の方を見る。顔には名残惜しさが浮き出ていた。

 俺は良くメアに罵倒されていたが、それと同時に、メアは俺に懐いてくれた。本当に短い間だったが、メア、ありがとう。


「いやだ……メア……まだ一緒にいたいよ。離れたらみんなこ―――なきゃいけないし、いやだよ!」


「俺もそうは思ってるんだけど、法律上それは出来ないんだ」


 俺は「でも」と続けて、


「アリスが18になった時、また迎えに来るよ、メア」


「全く、ツクルはいつもそうね」


 アリスもそれには同意らしい。良かった。メアの伏せていた猫耳も幾らか張っている。約束だ。必ず守る。


「え! ほんとに!? やくそくにゃ! それまでにふたりとも生きてたらだけどネ!」


「ん? それってどーいう意味……」


「ひ〜み〜つ〜にゃ。明日にはわかるかもネ!」


「へ?」


 メアは悲しさ半分、嬉しさ半分という表情で跳ね回っている。今から遠足に行く子供のようだ。


 そして、ローラさんがもう一度、感謝の言葉を言う。


「あぁ。神よ、この御人、いや、聖人に感謝を」


 遂に聖人認定されたが、俺は否定することなく孤児院に向かった。

 メアを最後まで見送りたいからだ。孤児院は教会のすぐ隣にあり、孤児たちは今、お昼寝時間らしい。

 だから俺達は静かに孤児院の扉を開けた。


「うわっ! この数の孤児……養うのは大変でしょうね」


「えぇ、『あの人』が居なければ、この子達は今頃……」


 目の前には30人程の孤児がいた。養うには、かなり金が掛かるだろうが、国から補助が出ているのか? 


 そして、当のローラは少し頬を赤らめている。そこには誰かに対する愛情が見受けられた。

 あの人とは一体誰だろう? 


「あの人とは? 牧師は恋愛とか大丈夫何ですかね?」


「あ、いえ! 忘れて下さい。後これは、恋愛などではないですよッ!」


「はぁ……」


 ローラは顔を真っ赤にしているので、説得力が皆無だ。『あの人』が誰かは言えないらしいが、色々事情があるんだろう。


「本当にお別れだな、メア」


「うむぅ。……ばいばい……でも本……いや、アリス達のことはみまもってるからね」


「うん。じゃあね、メアちゃん」

「じゃあな、メア」


 俺達はメアにお別れの挨拶を済ませ、孤児院を出た。メアの隣には俺達が見えなくなるまで、頭を下げ続ける女性がいた。

 そして、涙を一杯に流しながら、薄ら笑っている子猫が一匹、そこにいた。
























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