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千の英雄   作者: 中川柊木
第1章 孤高の覇者
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13話 アリストツクル

 あたしはアリス。アリシア・レッドフォードよ。


 今は、ツクルと一緒に薪で休憩を取っているの。馬車を何時間もっていて疲れたからよ。


「アリスお疲れ」


 そんなあたしを労うようにツクルは言った。ツクルはたまに気が利くから苦手なの。

 あたしの深くまで入ってくる感じがして嫌なの。


「別に……こんなの当たり前よ」


 そんな何時もの会話をツクルとしていると、ツクルがふと立ち上がった。

 そして、荷台にある水のスペルが刻まれた布を取り出して、メアちゃんの汗をそれで拭い始めたわ。

 ツクルって本当に、偶に、優しいのよね。


「た、たまに優しいわね……ツクルって」


「ま、気になったからしただけだ」


「あっそ……」


 ツクルは何時もそれ。メアちゃんを助けた時も、何時だって自分がしたいからって。

 そんなの本心じゃないに決まってるわ。でも、


(あたしも誰かに優しくされたいな)


 あたしもメアちゃんみたいに優しくされたい。誰でもいいから、一人は『もう』嫌だから。


 そして、あたしは薪に近づく。何してるんだろう、こんな汗流して、何の為にあたしはこんな暑い所にいるの?


「熱中症になっても知らねーぞ」


「暑い……よ。ツクルぅ」


 暑い。本当にあたしは何してるんだろう。それに、ツクルは何でかあたしから視線を逸してる。

 やっぱりそうなのね。ツクルは、あたしには……構ってくれないんだッ!


「ねぇー暑いってば!」


「暑いなら離れろよッ!」


「メアちゃんには、優しくしてたのに……あたしにはしないんだ!」


 ツクルはあたしの言葉を聞いて直ぐに立ち上がると、もう一枚水のスペルが刻まれた布を持ってあたしの隣に座ってきた。


「ほらよ、アリスお嬢様」


 あたしにそう言うと、ツクルは手に持った布であたしの汗を拭って来た。

 ツクルは乱暴に拭うんじゃなくて、繊細に汗を拭ってくれた。少し、嬉しかった。


「きゃ、冷たい」 


「汗なんか出しまくってっと、後から風邪引くぞ」


 ツクルはそう言って、あたしの首に布を巻きつける。

 冷たい。でも、暖かい。なんでだろう? 

 冷たい筈なのに、なんで、こんなに……。


「ありがと」


 あたしは小さく呟いた。



 ◆



 あたし達は薪での休憩を終え、馬車をまた動かし、見晴らしのいい道に出ていた。

 道の両脇には魔獣が襲ってこないように魔除けの結界石がしっかり置いてある。ここなら安心して寝れるわね。


(楽しみ……だな)


 不思議と胸が高鳴る。それはツクルと約束してるから。一緒に同じ布団で寝るって約束したから。

 なんで、あたしはあの時あんなことを言ったのかな? 

 

 でも、


「んじゃ、おやすみー」


 ツクルはやっぱり、あたしとの約束なんて覚えてなかった。あたしはあの時、あんなに勇気を出したのに。

 もう、知らないッ!


「……………」


 ツクルは、やっぱり動かない。何分待っても動かない。

 やっぱり覚えてないのね。じゃあ、もう、いいわよ。

 全部、あたしの勝手にしてやるんだからッ!


 あたしはツクルの布団の中に入る。熱気が篭ってる。だから、あたしが入った時には、もう、暖かった。

 すると、ツクルがあたしに気付いて振り返って来た。予想通り、約束のことを覚えてないのか驚いた表情をしてる。 


「……やくそく」


「って! 何で居るんだよ! ……ん? あ、約束とかしたっけか?」


「……したじゃないッ」


「そうだったな。まぁ、安心しろ何もしねーから」


「しらないッ!」


 そう言って、あたしはツクルの掛け布団を奪い去る。約束を放ったらかしにする奴なんて風邪でも引いちゃえばいいんだ!


「よいしょっと」


「ひゃんッ」


 乱雑に布団を奪ったのに、ツクルは怒ることもなく、あたしの掛け布団の中に入って来た。

 何で? あたしはあんなに自分勝手なことをしたのに、何で、ツクルは怒らないの? 


 肩と肩が擦れる程の距離。少しだけ、何でか分かんないけど、心拍数が上がる。

 誰かが後ろに居る。ただ、それだけで……安心出来る。


「どういう風の吹き回しなんだ?」


「…………」


「返事は無しか」


 あたしがツクルと一緒に同じ布団で寝たい理由? そんなの言えないよ。自分の本当の気持ちなんか言えない。

 あたしはいつも独りなんだから。


 でも、


『あたたかったな』


 また、あの時みたいに、抱き締めて欲しい。一人、いや独りは嫌だから。

 また、誰かの温もりを感じたい。独りは嫌だから。また、誰かの優しさを感じたい。

 思い……出したいから。


『アリシア……いい子ね』


『アリシアはお父さんの自慢の娘だ!』


 昔の記憶。誰にも、言ったことがない。あたしだけの記憶。

 お父さん、お母さん、家族の記憶。

 あたしは何であの時……。本当にごめんなさい。

 全部、全部全部全部全部全部あたしが悪かったの。お父さんとお母さんは何もしてないのに。


『―――アリシア』


 また、誰かを信じたい。でも、友達なんて出来たことがないあたしにそれは無理。

 人を信じるなんてもう無理なの! あたしは独りで居るしかない。孤高で在るしか……ないの。


「なぁアリス……お前は……」


 ツクルがあたしに声を掛ける。あたしは想ってる、ツクルがもしかしたら、あたしの本当の気持ちに気付いてくれるんじゃないかって。

 でも、そんなの自分勝手な妄想でしかない。あたしは何時だって他人に自分の気持ちを明かさないように振る舞ってきた。

 壁を作って、人を遠ざけて来たの。その結果が、これ。遠回しにしか自分の気持ちを伝えられない。

 そんな駄目な女の子になっちゃった。


(だきしめてほしい)


 そんな要望だって言えない。勇気を出して、言えばいいのに。でも、そんなのあたしには無理だよ。


 でも、それでも、ツクルは―――


「寂しいんだろ?」


 ―――分かってくれた。

 ツクルはあたしを抱き締めた。


「………ばか」


 何で分かるのよ。何で分かってくれたのよ。あたしは寂しい。何時だって誰かの側に居たい。どんな時も誰かを信じたい。

 ツクルとはまだ出会って二週間しか経っていない。でも、日々を重ねるごとに少しづつ、ほんの少しづつだけど、信頼出来るようになった。

 少しづつ、寂しく無くなった。


だから、『もう』、あたしは―――




(心配しなくていいのね)




 そう思っていると、ツクルがもっと強くあたしを抱き締めた。

 

 嬉しい。優しさと温もりを体感出来るから。

 嬉しい。ツクルがあたしの本当の気持ちを分かってくれたから。

 本当に、もう、心配しなくていいのね。


「アリス――――俺はッ!」


 あたしは心から安心して、そこで意識が無くなった。  




 ◆



(……あったかいな)


 朝だ。猫の声が聞こえる。あぁ、メアちゃんか……。それに、暖かい。

 こんなに暖かい気持ちで朝を迎えたことなんて久し振り。もう、あたしの側にはツクルがいる。

 本当のあたしの気持ちを分かってくれる、かけがえのない人が、居る。

 だから、寂しくなんかない。


「おはよう、アリス」


「おはよう……ツクル」


 目の前にはツクルが居る。黒髪の短髪で中肉中背、これといった目立った要素も無く、だけど、人一倍優しい男の子。

 でも、なんか顔が近いような。


 そして、ツクルは言った。


「もう、寂しくないか?」


「――――ッ」


 もう、寂しくなんかない。寂しくなんかないよツクル。ツクルは夜の時と同じようにあたしを抱き締めている。

 あたしを寂しくさせないように、優しく、抱き締めている。


 だけど、その時、


(え? 君は?)


 理由は分からない。でも、ツクルの顔を見たとき、『懐かしい』って思った。

 おかしいわ、ツクルには前に会ったことなんて無い。二週間前、始めて会った。

 きの……せいよね?


「しばらく………このまま……がいい」


「はいはい」


 あたしは、もう、本当の気持ちを伝えることに抵抗が無い。今でも少し恥ずかしいけど我慢するんだ! 


そして、ツクルとの抱擁はあたしが人の温もりと優しさを存分に感じるまでそれは続く。

 心が始めて、通じ合えたと思った。


(もう、心配しなくていいのね)


 あたしは心底、そう思い続けた。



































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