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千の英雄   作者: 中川柊木
第1章 孤高の覇者
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11話 故郷の味を求めて(4)

 昼食が終わると、俺達はある目的の為にメルシエールと交渉していた。


「そこを何とかッ! 報酬は要らないので!」


「バビエル君、何を言っているねん? 『食材は金よりも切に』って言う十騎士の言葉を知らないね~ん?」


「バビエルではなく、ツクルです。そこを何とか! 『貧窮な人に情けを掛けるのなら、金ではなく食にせよ』って言う十騎士の言葉もありますし」


 交渉は思った以上にメルシエールが譲らなかった。

 やはりエルレイヴ産のお茶の葉は希少価値が高く、メルシエールであっても手に入れるのがやっとらしい。

 だが、俺は諦めきれない、『隣の花は赤い』という諺がある。人が持っている物は良い物に見えてしまうという意味だ。

 今、メルシエールがエルレイヴ産の茶葉を持っているという事を聞き、俺は居ても立ってもいられない感情に蝕まれている。

 正に、弱者特有の乞食精神が奮い立たされているのだ! 


「ツクル? もう諦めたらどうなの?」


「いや、俺には絶対に譲れないモノがある。アリスも分かってくれるだろ!」


「微塵も分からないわよ」


 すっぱりとアリスから拒絶の反応を貰い、俺は萎縮する。だが、こんな所で諦める俺ではない。

 これは、もう、こうなれば最後の切り札を切るしかないのか? いや、だが、それはリスクが大き過ぎる。

 主に俺の信頼が関わる問題だ。なるべく切り札を切らずに、この場を凌ぎたいのだが。

 メルシエールと俺の睨み合いが続く中、その静寂を破ったのは当のメルシエールだった。


「どうしても……と言うのかね〜ん?」


「……はい、どうしても」


「ならば、ボクちんを興じてみせよ! 痺れるような刺激あるものを見せてみよ!」


 なんだと!? これはあの『切り札』を使うには、願ってもない最高の展開だ。もう使うしか他にない。

 信頼など捨ててなんぼ、茶葉が手に入れば、それで良し!

 そして、俺はアリスを手招きし、こちらへ呼ぶ。切り札の主役はアリスだ、これから茶葉を手に入れれるか、その命運はアリスが握っていると言っても過言ではない。


「アリス大事な―――話がある」


「そ、そんな、真剣な顔で……な、なによ」


「アリス聞いてくれッ!」


「はっ……はい!」


 何故かアリスがもじもじしているのが気になるが、そんなのはどうでもいい。

 俺は今からアリスにこの交渉の運命を握る話をしなければならない。

 そして、アリスにそれを耳打ちする。


「…………と言う訳だ。勿論、やってくれるよな?」


「ふっ」


「ふ?」


「ふざけんじゃないわよッ! 期待して損したじゃないッ!」


 食堂全体に大きく響き渡る乾いた音。もれなくそれはアリスのビンタの音である。

 だが、それも覚悟の上だ。


「でも、もうお茶を手に入れる方法はこれしかないんだッ! 頼む!」  


「じ、じゃあ、それをやる代わりに一つ……お願い……があるわ」


「あぁ、分かった何でも聞いてやるから」


「本当に? じ、しゃあ。こ、今度から……」


「今度から?」


「い、一緒の……布団で寝てよ」


 アリスは今何と言ったのだろうか? 確か、布団がどうとか言ったような気がする。空耳だろう。


「は?」


「だからッ、一緒の布団で寝てて言ってるのッ!」


「わかった」


「べ、別に……好きとかじゃなくて! って? え? いいの?」


「あぁそんなの何回でもやってやるよ。だから早く終わらせてくれ」


「分かった。約束……だからね」


 俺は「あぁ」と承諾すると、アリスを見守る。

 俺がちゃんと耳打ちした通りにすればメルシエールは撃沈、いや爆死する筈だ。

 後、俺に出来ることは見守ることしかない。アリス頼んだぞ。

 そして、アリスはメルシエールの方を向き、言った。    


「め、メルシエールさんじゃなくて―――」


 アリス、頑張れ、


「―――ご、ご主人様、お茶が、ほ、欲しいです」


 瞬間、場が凍りついた。この場だけ氷河期が訪れた並みに凍っている。

 当のメルシエールは心ここに非ずと言った表情をしていた。アリスの恥じらうアドリブも完璧だ。

 これはっただろう。


「うっひょょょょょやぁぁぉぉんッ!!!」


 メルシエールは謎の奇声を発すると、抜け殻のように固まり、「もう死んでもいい」と何回も言っていた。とても気色が悪い。


「よくやったな、アリス」


「ふんっ、ちゃんと約束守りなさいよ」


「分かってるって。てか、メルシエールさん? そんでお茶は?」


「ボク……ちんの、極東のお茶……全部持っていくがいい……ね、ん」


 メルシエールは言うと、ルビエルさんに何かを告げると床に倒れ込み、メイドが体を揺すってもビクともしなかった。

 それから、ルビエルさんにエルレイヴ産の茶葉を大量に貰うと、俺達は早足でその場を後にした。

 メアは暫く俺達が面倒を見ることになり、もと居た孤児院にメアを送ることになっている。

 メアはすっかりアリスに懐き、孤児院へ帰ることに二つ返事で承諾してくれた。

 そして、俺達は屋敷の無駄に大きい扉を抜け、ルビエルさんにお礼の言葉を告げる。  


「今日は楽しかったっす。ルビエルさん」


「ルビにゃんありがと! またメア! ご馳走しに来る!」  


「今日はバカツクルがお世話になったわ」


「いえいえ。また皆さんに会えることを心待ちにしております」


 ルビエルさんは終始、紳士的対応を崩さず、笑顔のままだった。

 そして、それを別れの言葉として、俺達三人はメルシエールの屋敷を後にした。



 ◆



「メアが前に居た孤児院の場所、教えてくれよ」


 俺達三人が屋敷を出て、馬車を停めている場所に向かっている時。俺はメアに質問した。

 短く黒い尻尾をブンブン振り回し、メアは答えた。


「るんる〜ん! ばしょ? えっとね〜、ゼルビアスタのでっかい教会にゃん! そこに君達のお目当てのジ……と、とにかく! ゼルビアスタにあるにゃん!」


 メアはご馳走を腹一杯に食って機嫌がいい。それに、ゼルビアスタか、それは都合が良いな。

 俺達もお茶を手に入れたことだし、今直ぐにでもゼルビアスタに行こうと思っていた所だ。


「よし! アリス今からゼルビアスタに出発するぞ」


「えぇ。でもその前に……」


 アリスは俺の手に持たれている、お茶の葉が小さい袋に沢山詰め込まれている箱を見ている。

 そうだ、先ずは、このお茶を味わなければいけなかった。

 そして、馬車に到着すると、俺とアリスは含み笑いをしながら、お茶を嗜む準備を進めた。



 ◆



 ―――――そして、時は来た。



「ついに、出来たのか……お茶が……」


「ええ、バッチリよ」


「それにゃーに? アリスー?」


 三人それぞれの思い入れがあるお茶。馬車のいつもより狭くなった荷台に俺達三人は居た。 

 そして、三人それぞれが手に持っているのは、貴族でしか味わえない珍味―――お茶である。

 何時でも準備万端と言うぐらいに、本若と湯気が立ち昇り、茶柱も完璧な直立を見せている。


「アリス、いつでも乾杯の準備は出来てるぞ」


「心得てるわ」


「ねぇー、二人共これにゃーに?」


 一匹、これを手に入れるまでの苦労を知らない子猫がいるが、無視しよう。

 今は目の前のお茶に集中したい。俺達の勝利と努力の祝酒なのだから。

 これを手に入れる為に、思えば、様々な困難があったような無かったような……そう思っているとアリスが言った。


「じゃあ、尋常に、ね」


 アリスはティーカップを手に持ち、高らかに上に上げ、口にする。


 乾杯が――――今、始まる!


「乾杯よ〜!」


「乾杯ッ!」


「かんぱーい」


 三人それぞれが乾杯を終え、境地に達していた。俺はティーカップに口を付ける。

 色は紅茶のように赤くはない。濁った緑。そこから幻想さえ出来る、緑の森林の香り。

 まるで自分が一人、大自然の中を彷徨っているのを彷彿とさせるような薫り。

 これは、正しく、俺が求めていたお茶である。種類は予測だが緑茶。そして、この濁り具合、完璧である。


「感謝を」


 俺は『親切』と地母の神メイレルに心からの感謝をして、それを口に運び始める。


「では、一献!」


 これは……美味い、美味すぎる。あぁ、口に広がるのは、それは最早、お茶では無かった。

 それは大地、いや世界。悠久の時を経て、根を伸ばし、陽光を一杯に浴びて、葉を形作る。

 その全ての過程が垣間見える。お茶とはこうも深い味わいをしていたのか……。

 身近にある程、当たり前のことに気づかない。灯台下暗しの極みである。

 ここまでお茶の素晴らしさに気付かなかった俺を、神よ許し給え。


「あぁ、最高だ」


 そして、この喉越し。温かい自然の塊が俺の喉を通り、体の芯から暖める。

 正に、素晴らしいの一言。もう、お茶さえあれば俺は何もいらないような気さえしてくる、愛も、名誉も、信頼さえも、だ。


「うん、思ったより美味しいわね」


「うぅ。メア苦いの苦手にゃ」


 アリスとメアも二人共大いに満足している。嬉しい限りだ。

 そして、


「よし、お茶も飲んだことだし」


「出立ちね、タナタートも」


「おう」


「にゃッ!」


 そして出発の時、俺はお茶を片手に、どこまでもどこまでも森の景色を眺め続けていた。


















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