10話 故郷の味を求めて(3)
今朝、初評価を頂いているのに気づきました。
やはり、読者の皆様から直に反応が来ると嬉しいですね(^^)
ありがとうございます。
と、言う訳で俺は、紅葉一つを頬に刻み込む事と引き換えに依頼を受けてもいいとアリスから承諾された訳で、
「着いたわよ。やっぱり貴族っていうのは伊達じゃないのね」
「あぁ、やっぱでっけぇなー」
あれから、依頼所を出て数日が経った。俺達はその間にゼルビアスタでよく売れる戦闘用品などや薬草を仕入れ、万全の状況で依頼を受けに来ていた。
今はタナタートの貴族街に足を運んでいて、その依頼主である貴族メルシエールさんの屋敷に俺達が到着したところだ。
やはり、貴族というのは伊達では無く、先ず貴族街に入る時には検問があり、騎士も至る所に配置されている。
ここまで警備体制が整っているなら俺達は必要ないような気もしないような。
それに、この騎士に警備を頼めばいいとは思うのだが。
「けど、騎士一人で一日辺り小金貨5枚ってのは……キツいよなぁ」
「そうね。私達に頼めば銀貨10枚で済むし、それなら納得よ」
俺は、つい先程この手の質問をアリスにしていた。貴族でも格差はある。小金貨5枚を出し渋る貴族も居るには居るって事だな。
そして、俺達は屋敷の門を潜り、予定時間よりも一時間程早く着いたが、ドアの前には使用人らしき人が直立の姿勢で俺達を待っていた。
「私はメルシエール様の使用人代表、ルビエルと申します。以後、お見知り置きを」
「あ、はい。俺は依頼を受けてきたツクルです。隣の赤い奴はアリスって言います」
「お綺麗ですね」
年はかなり喰っている男ルビエルにアリスは褒められ、下を向いて照れている。
ルビエルさんの紳士的対応に、珍しく大人しいアリス。いつも大人しかったら、アリスは可愛いのにと耽っている時。
一人のデ……いや、一人のふくよかな中年が入り口から顔を出してきた。
「これまた美しいお嬢ちゃんですね~。ボクちんの使用人にならないかね〜ん」
アリスは即答で、
「遠慮させてもらうわ」
アリスは即答だったが、なんか色々と拗らせている、ふくよかな中年がドアを開けてこちらを覗いている。
まさかとは思うが、こいつがメルシエールじゃないよな。
「ボクちんがこの屋敷の主。メルシエールという者ね〜ん。よろしくね、アリスちゅわ〜ん」
「よろしくお願いするわ」
そのまさかだった。メルシエールは言うと、アリスに強引に握手する。
アリスも依頼主とあって邪険に扱ったりはしていないが、顔には醜悪さが滲んでいた。
それにこいつ、先から俺を全く居ない者扱いしている。
「隣のえ~と、パピポ君だっけ? よろしくね~ん」
「一文字も合ってねぇ! ツクルっすよ! 宜しくです」
パピポだと? 合ってるのは文字数くらいだ。こいつ中々に巫山戯てやがる。
だが、我慢するんだ俺。これも全てお茶の為だ。
あれから屋敷の中をルビエルさんに軽く案内して貰い、俺達は再び屋敷の外に出た。
今から謁見が終わるまでの数時間、屋敷の外で不審な動きが無いか見周る為だ。
本当に何も起こらなければいいのだが。
「では頼りにしています。ツクル殿、アリスさん」
「ええ」「おす」
メルシエールには勿体無いくらい出来の良い使用人だな、ルビエルさんは。
なぜ色々と拗らせているメルシエールの使用人をしているのか訳が分からない。
世の中って不思議だよな、と思案していると、俺達は見周りを始めた。
「まぁ、こんな依頼でお茶が手に入るなら安いもんだよな、アリス」
「言っとくけど、メルシエールさんがエルレイヴ産のお茶を持っている保証もないし、交渉次第でも貰えないことを忘れないでよね」
「交渉なら任せろ。行商で培った接待スキルを遺憾なく発揮してやるからよ」
「それで、引き下がるような人だといいんだけどね」
確かに、メルシエールは常人ではない。しかし、俺には最後の切り札がある。このカードを切ればお茶は確実に俺の物だ。
「変なこと企んでる顔してるわよ」
「おっと、すまんすまん」
そんな事をしていると、きらびやかな装飾が施された馬車が屋敷の前に到着した。これが噂に聞いている会合する貴族なんだろう。
「ま、どうでもいいから二手に別れて見周るわよ」
「そうだな」
その言葉を革切りに、俺達は二手に別れた。特に何か居るわけでも無いが、俺は丁寧に見周る。
屋敷の外には広大な庭があり、一周するのにも少し時間が掛かりそうだ。
話に由れば、この広い庭はルビエルさんが一人で手入れしているらしい。
無駄に広い庭で最低でも三人は専門の庭師が必要らしいが、ルビエルさんには【縁力の加護】と言って、この世界のあらゆる植物に魔力干渉出来る加護があるので、その力を使って一人で手入れをしているのだそうだ。
それに、ルビエルさんは地属性魔法のスペシャリストでもある、話を聞けば聞くほど、メルシエールには勿体無い人だ。
そんな事を思っていると、
「…………クンクンッ」
「ん?」
何か今、後ろから少女の声が聞こえたような、聞こえないような。
まぁ、空耳だろう。連日の買い出しで街を放浪していて疲れが溜まってるから仕方ない。
しかし、
「…………スンスンッ」
「ん?」
また空耳かと思い、後ろを振り向くと、
「……誰も居ねーよな」
後ろに広がるのは、均等に植えられている小さめの広葉樹の景色のみ。
そして、天然芝が風で揺れているだけだ。空耳は何かストレスや疲れが溜まっているときに起こりやすいと聞いたことがある。
どうやら俺は、疲れが溜まっているらしい。
「疲れ、溜まってんなー」
そうやって伸びをしている時、俺の謎の第六感が発動する。南西の木の影に誰かが居る。
それが何となくだが分かった。
「誰だッ!」
「ふぇっ!? ニャんでッ!?」
木の影の隙間、僅かに見えたのは黒い獣耳を持った美少女。年は俺より幾分か若く、背も低い。
髪は紺色で、瞳は透き通るブルー。短い白のショートパンツに上には賊が着ているような羽織物を着ている。
そして、靴は履いていなく裸足だ。因みにこの子が俺の異世界初、会った『亜人』でもある。
「……可愛い」
「すたこらニャーん」
「ちょい待てやッ!」
俺はその容姿にたじろいでしまい、その少女を見逃してしまった。
態々、警備体制が半端ではない貴族の屋敷に侵入してくる程の阿呆だ。
余裕で捕まえられるだろう。だが、
「見つかんねぇ」
「ツクルーどしたの?」
俺が何分か、あの猫耳少女探しに奮闘している時、アリスと鉢合わせた。
俺は直ぐにアリスに事の経緯を説明する。アリスからは少し叱咤されたが、その後直ぐにアリスも猫耳少女探しに加担してくれた。
「こんなこともあろうかと、持ってきて正解だったわ」
そう言って、アリスは一冊の本を取り出す。その本は俺達の行動目的になっている謎の本とは、また違う本だ。
アリスは前に本も魔道具だと言っていたが何をするんだろうか?
「その本は?」
「これは召喚書て呼ばれる召喚術師の御用達アイテムなの」
「召喚魔法!?」
「まぁ、見てなさい」
そうして、アリスは本のあるページを開く。すると詠唱を唱え始めた。
「空の目を我に貸して下さい。召喚ピードル」
アリスが詠唱を終えると、本に書かれている文字が青白く輝き始める。
これが召喚魔法……凄いな。そして何秒か経った時、一羽の青い鳥が本の輝きの中から現れた。
「ピュルルルッ!」
「ピードル久しぶりね。早速お願いがあるの、この屋敷の中に隠れている猫耳の少女を探してくれるかしら?」
「ピュルルルルルルッ!」
鳥はアリスに返事をすると、飛び立っていった。見る限り、アリスは召喚術師のようだ。
「すっげぇなアリス!」
「召喚術師は数が少ないからね、凄かったでしょ?」
「半端なかった! 見直したぞ、アリス!」
アリスはこう見えて魔術の事は詳しい。前々から気にはなっていたが、召喚術師だったからか、納得した。
それからピードルという青い鳥が猫耳少女を探し回っている間、俺はアリスから召喚術師の事について聞いていた。
召喚術師とは、十騎士の魔術の神童と呼ばれる男が発明した召喚書を使い、この世界の魔獣を使役する者のことを指す。
この世界で数少ない魔法っぽい魔法なので憧れる者も多いのだそうだ。
現実は火水地風全ての属性適正と、ある程度の魔力量が必要な為に、道にすら立てない者が殆どである。
それに、一回の召喚に掛かる魔力量が半端ではないらしく、見た目以上に質朴とした魔術師らしい。
召喚書の原理としては、その魔獣の身体的特徴や体格を特殊な結界が張られた魔素材の紙に、地のスペルで書き、その魔獣の心理、行動パターンを水のスペルで紙に書く。
それに加えて、その魔獣の力や筋繊維、色々な器官の詳細を火のスペルで書く。
最後に全体のスペルのバランスを取る為に風属性の結界を本の装幀に施したら召喚書として完成する。
話だけ聞くと、最強の魔獣を人工的に作り出せそうだが、それは色々な理由があって無理らしい。
それは、また次の機会に説明しよう。
そして、スペル、結界、魔法陣などについてはまた違うときに言及しよう。
「聞いてるだけで意味分かんねぇけど、凄いってのは分かったぞ」
「そうね。つまりは放出型創造系スペルを四属性全て応用して作ったのが召喚書なの」
「なるほどな、全く分からん」
先程、アリスに説明を受けている時に、ジークとの戦闘の際、なぜ召喚魔法を使って抵抗しなかったのかと問いてみた。
アリスはあの時混乱していたのもあるが、主にアリスの使役する魔獣はどれも戦闘向きでなく、仮に魔獣を戦わせていても擦り傷も負わせられないらしい。
召喚術師は自身の力量によって、扱うことができる魔獣のレベルも違ってくる。
アリスは魔力量がそれ程多くない。だから、まだまだ強力な魔獣を使役するのは難しそうだ。
「あっ、話してたら見つかったみたいよ。猫耳ちゃん」
アリスは自分の右目を押さえて口にする。手を右目から離すと、アリスの右目の色が青く変わっていた。
「って! ちょアリスさん! 右目が青くなってるんだが!?」
「これは共鳴と呼ばれる召喚術師専用魔術だから安心しなさい」
「シンクロ? ないずどすいみんぐッ!?」
「違うわよッ! いい? 召喚した魔獣はあたしの魔力に由って存在しているの。だから、感覚もある程度は共有出来るのよ!」
「はぇー、便利だなそれ」
つまり、あのピードルとかいう鳥と離れた位置にいても感覚を共有し、視界を得ることが出来るということだ。
聞くだけでロマン溢れる魔法である。
それから、俺達は猫耳少女の居場所へと向かう。猫耳少女は屋敷の窓を木の影から物色し、どこから侵入しようかと考えている所だった。
そして、アリスと俺は小さく呟きながら作戦会議をしていた。
「……いい? 剣を抜いて、強化魔術を使って素早く捕まえるのよ」
「……わかってるよ」
作戦はこうだ。先ず俺が剣を抜く、その際に強化魔法を使い、猫耳少女が逃げる前に捕まえる、という小学生でも思いつくような作戦。
シンプルはベスト。ここは誰かの言葉を引用しよう。
「しゃいくぞッ!」
そう言って、俺は剣を抜く。瞬間、魔力の流れを体が感じた。それを最大限、波をイメージして剣に注ぎ込む。
そして体に力が漲った時、俺は最大の力で踏み出した。
「ニャんとッ!」
猫耳少女は駆け出してくる俺に、直ぐ様気付き逃げ出す。少女の割にはかなり足が速かったが、
「風神の加護でもついてるのかニャッ! 君、人間辞めてるニャッ!」
俺には全く及んでいなかった。難なく少女を捕まえ、アリスの元に戻る。
少女は半ば諦めているのか、抵抗してこなかった。
「ツクル……幾ら何でも速すぎよ……」
「そうか?」
「それに、剣を持ったときは顔が『別人』みたいになるし、きもちわるい」
とまぁ、ドン引きしているアリスは放っておいて、
「おい、猫耳。何か弁明は?」
「猫耳っていうにゃーッ! メアにはメアっていう立派にゃ、にゃ前があるの!」
あぁ、これはアリス並みに面倒なタイプだ。そう思っていると、アリスが問う。
「はいはいメアちゃん、貴族の屋敷に入ってなにしようとしたのかなぁー?」
「おねーちゃん! やさしそー! この変態剣士と違って!」
アリスは「よしよし」と言うと、
「この変態剣士はどうでもいいから、何しに来たの?」
アリスの言葉の後、メアは瞳を潤ませながら話を始めた。
「メアは孤児にゃの。この前、孤児院から抜け出したの! それで、お腹減ったの。だから、美食家って言われてるメルにゃんとかのお家まできたの!」
「そ、そうか」
「そ、そうなのね」
俺とアリスは『孤児』という言葉を聞いて後ろめたい気分になっていた。
このメアっていう娘も色々と大変なんだろう。そして、そんな話をしていると、
「うっひょょょょょ〜〜んッ!!!」
「メルシエールッ! ……さんか。驚いたぞ」
いつの間にか謁見は終わっていたらしく、屋敷の前に止まっていた馬車も無くなっていた。
そんな時にメルシエールは猫耳少女のメアとアリスというダブル美少女を見つけて、鼻息荒く近付いて来たのだ。
「こんな可愛いモフモフした耳を引っ提げて、ボクちんの屋敷に入るなんて何しにきたのかね~ん?」
「うぅ……にゃ」
正しく食い物を見るような目付きでメアを見つめるメルシエール。その気色悪さに膝が震えそうになった。
その時、アリスが助け舟を出す。
「違うんですッ! この子は……」
「どうしたのかね〜? アリスちゅわ〜ん。こんな猫耳美少女ボクちん始めて見たんだけどね〜ん」
「それは……」
アリスは反論出来ないのか押し倒れてしまっている。このままメルシエールにメアが屋敷の食い物を荒らしに来たと告げればメアはどうなってしまうのだろうか。
多分、騎士に引き渡されるか、或いは……。まだ小さく、幼い少女だ。
そんなの、助ける理由には十分過ぎる!
「その子は孤児でメアちゃんと言います。孤児院から抜け出し、迷子になっていたんです。そして、この屋敷に間違って入ってしまったみたいですね」
「う~ん、ドリコ君。それは本当かね〜ん?」
「ドリコではなくツクルです。はい、嘘は言っていません。因みにお腹が減っているらしく、美食家のメルシエールさんに是非、ご馳走になりたいそうですよ?」
「メアちゅわ〜ん? お腹減ってるね〜ん?」
メアはメルシエールに怯えているのか、返事をせず、首を縦に振るだけだった。だが、当のメルシエールは俄然乗り気になり、
「そんな……こんなか弱いメアちゅわ〜んがお腹を空かしてるなんて……美食家として許せないねん。ルビエル! 今すぐ食事の準備を!」
「はい。我が主」
言うと、気配なく忍び寄っていたルビエルさんは、早足で屋敷に戻る。俺達とメアも屋敷に案内され食堂へ向かう。そんな時、アリスが俺に話し掛けて来た。
「ツクルも……そ、その」
「そのなんだよ」
「そ、その……やる時はやるじゃない」
「そうか? メアはまだ小さいし、当たり前だろ?」
「―――――ッ」
「どうした? アリス」
「い、いや……別に……何でも」
アリスは何故か俺の方を見て、頬を紅く染めている。それに瞳もいつもより潤んでいるような、気のせいか?
「着いたね~ん。ここがボクちんの家の食堂ね~んッ!」
そうやって無駄に大きい扉を開き、メルシエールが自慢げに俺達の方を向く。
美食家と自称しているだけあって、食堂もかなり広い。奥には専属の料理人も見える。
既に机には幾つかの料理が運ばれていて、どれも豪華だ。ローストビーフのような物に、赤いスープ、出来立てサクサクのパンも置いてある。仕事が早いな。
「まぁバベルレール君たちも今日は頑張ってくれたし、存分に味わうね〜ん」
「バベルレールではなく、ツクルです。ご馳走になります」
最早、文字数さえ原型を留めていないが、ここまでの料理をご馳走してくれるんだ、名前を間違えるくらいは全然許せる。
アリスはあまりご馳走を見て驚いている様子はない。おかしいな、いつものアリスなら目を輝かせそうな場面の筈だが。
それと打って変わって、メアは目を星のように輝かせて料理を見ている。
メアの口からは滝のように涎が流れ、それを給仕の人が拭い続けている。
なんとも不可思議な光景である。
少し時間が過ぎて全ての料理が机に揃った。大きい机の端から端までを埋め尽くす皿の数。
俺は思わず唾を飲む。そして、この世界の頂きの挨拶が始まる。
皆、両手を組む。俺も既に慣れた動作だ。
そして、メルシエールがそれを謳い始める。
「では、今日も一日。この食糧を味わえることに『親切』と地母の神メイレルに、感謝を」
「「「感謝を」」」
「そして、私達の生きる糧となってくれた数多の食材に―――」
メルシエールは瞳を閉じて、
「―――感謝を!」
「「「感謝を」」」
そうやって挨拶を終え、美食家メルシエール主催の昼餐が始まった。
そして、とある猫耳はこの豪華絢爛な昼餐が終わるまで、ただの一度も、伏せることは無かった。