9話 故郷の味を求めて(2)
むかしむかし、そのまたむかしのはなし。
あるところにりゅうがいました。そのりゅうはにんげんがきらいでした。よわくてちいさいのにちょうしにのっているからです。
あるひそのりゅうはいいました。
「わたしはにんげんがきらいだ。だからおまえらをほろぼしてやろう」
りゅうはにんげんをおそいました。なんにんもりゅうはおそいました。そんなことをしていると、にんげんもだまってはいません。
ある「???」というえいゆうがりゅうたいじにみをのりだしました。
そのえいゆうはとてもつよくやさしいひとでした。そして、りゅうたいじがおわったらけっこんしようとしていました。
こどもも、もうふたりもいました。えいゆうはほんとうはりゅうたいじにはいきたくありませんでした。
でも、しかたなかったのです。
「おまえをたいじしにきたぞ」
「にんげんめ、わたしがほろぼしてやろう」
そして、ついにりゅうとえいゆうのたたかいがはじまりました。えいゆうは、みごとりゅうごろしのたいけんでりゅうをひんしにしました。
ですが、えいゆうはふかいきずをおってしまいました。
りゅうはいいました。
「にんげんもおもしろいやつがいるんだな」
えいゆうはへんじができませんでした。えいゆうはそのときかぞくのことがあたまからはなれませんでした。
りゅうはこころをよむことができたので、えいゆうのかぞくのことをしんでしまうすんぜんにしりました。
「わたしのちをのむがいい」
りゅうはえいゆうをたすけようと、じぶんのちをのめといいました。
りゅうのちには、げんきのみなもとがたくさんつまっているからです。
そして、えいゆうはどうしてもいきのこってかぞくのもとにかえりたかったので、
「わかった」
といいました。
えいゆうはりゅうのちをのみ、くにへかえりました。なぜかかえるとちゅうになかまからこうげきをうけました。
えいゆうはなにもしていないのに、なかまはえいゆうをこうげきしつづけました。
それでもえいゆうは、かぞくにあいたいいっしんで、くにへかえりました。
「かえれ、ばけもの」
えいゆうのかつてのなかまはみんなくちをそろえて、そういいました。
えいゆうはじぶんがおそわれているりゆうがわかりませんでした。
それでもえいゆうはかずかずのなかまをかえりうちにして、やっとのおもいでくにへとうちゃくしました。
そこにえいゆうのおよめさんと、こどもふたりがいました。
いつもやさしいひとみででむかえてくれたおよめさんは、ばけものをみるめつきをしています。
いつもむじゃきにせっしてくれたこどもたちは、ばけものをみるかのようにおびえています。
いつもしたってくれたかつてのなかまたちは、ちからつきてたおれています。
そして、えいゆうのおよめさんはいいました。
「かえれ、ばけもの」
えいゆうはみみをうたがいました。そしてなきさけびました。えいゆうがなきさけぶと、みんなもなきさけびました。
えいゆうはいみがわかりませんでした。
ばけものばけものばけものばけものばけもの。
そう、えいゆうはもう、えいゆうではありません。
なぜなら、えいゆうはじぶんのすがたをみたとき―――――――
―――りゅうになっていたのです。
童話集。『りゅうとえいゆう』より引用。
◆
「―――アリシア・レッドフォードよ、話がある」
そう言って来たのは、この国の近衛騎士団団長のヴェルダンという男その人。アリスは俺の手を握ったまま、
「なんでしょう?」
平然とした様子で答えるアリス。だが、繋がっている手からは緊張を感じる。
「この男を知らぬか」
ヴェルダンは後ろに控えさせていた騎士を手招き、紙を受け取る。そして、俺達にそれを見せた。
「これって……」
そこには双鎌の男ジークの顔が描かれていた。身体的特徴である額の傷もしっかり描かれている。
正にジークの顔がそこにはあった。俺とアリスは話題の中心がジークであることに、一先ず安堵する。
「はい。知っています」
「うむ。ならばこの男と出会った時の話をしてくれぬか?」
アリスは「はい」と言うと、ジークに出会った時の話をした。俺がアリスを助けた所は、勿論アリスが上手く誤魔化す。
お陰で俺の話は聞かれない。このヴェルダンという男も疑う耳を持たず、真摯に受け止めてくれた。
なんとかこの場を乗り切れそうと思った時。
「嘘を…………いや、辛い話をさせてすまぬ。だが、余と、この騎士達がお主の仇を討つと誓おう」
「御武運を」
アリスもここまでくれば盤石と、焦りの感情はすっかり無くなっていた。俺が千の英雄だと悟られることはないだろう。
「少し、私情を挟もうではないか。隣の者、面を見せてみよ」
俺はギクリと肩を震わせる。大丈夫、何も悟られるようなことはしていない。
大丈夫、そう自分に言い聞かせて、勇気を出しヴェルダンの方を見る。
「ど、どうか、しまひた?」
緊張と焦燥と恐怖、色々な感情が一緒くたになって俺を襲う。そのせいか口調が大分おかしい。
「何、驚く事は無い。少し、その髪色がな―――」
「はっ、はい」
ヴェルダンは思慮深く目を閉じ、思いを募らせている。そして「ツバキ」と小さく俺に聞こえるか聞こえないかの吐息を漏らし、俺に言う。
「―――余の妻と同じ色をしている」
俺と同じ? ということは、ヴェルダンの妻はエルレイヴ出身という事なのか?
この世界では黒髪はエルレイヴにしか居ないから必然的にそうなる筈なんだが。
ツバキというのは、ヴェルダンの奥さんなのだろうか。
「じゃあ、奥さんは俺と同じエルレイヴ出身なんですね」
「――――――」
ヴェルダンは返事をしなかった。ただ少しだけ首を横に振っただけ。
俺にはそれが肯定か否定かは分からない。ただ、肯定であって欲しかった。
「―――――妻は……既に……」
「へ?」
「何、つまらぬ話をさせてしまったな。だが、お主らの情報で確信は得た。この場に居る全ての騎士の意を借りて、礼を言う」
ヴェルダンがそう言った瞬間、店の外で整列をしている騎士達が敬礼を俺達に向けてきた。
依頼所は大きい窓が沢山ある造りなので端から端まで騎士の総敬礼が見える。
俺はその動きに驚きと共に感嘆の声を漏らした。
だが、腑に落ちない事がある。それは、このヴェルダン改め、近衛騎士団がジークの居場所を突き止めている事だ。
近衛騎士団は前々からジークの居場所を探っていたらしい。それとは別に、俺は三人の騎士達の亡骸を見てある約束を自分にしていた。
ジークに仇を討つ、と。だが、その代役を近衛騎士団がしてくれるなら別にいいじゃないかとは思うのだが。
でも、それでも俺には諦めきれなかった。ここは駄目元で居場所を聞いてみようと問いを口にする。
「この男の居場所を知っているんですか?」
「無論、知っている」
「それじゃあ少しだけ教えてくれませんか? 別に首を突っ込もうとか思ってないんで」
まぁ、思っているけどな。そして、ヴェルダンの答えは、
「はっはっはっ、酔狂な真似を。いい在り方である。決意の瞳とは……これまた。……話を戻す、場所であるが戦来の街ゼルビアスタに男は居ると見て間違いないであろう」
戦来の街ゼルビアスタ。アリスから少しだけ話を聞いたことがある。
そこは戦闘を職に持つ者が好んで集まり、アーレイス王国唯一の闘技場がある街。
王都アーレイスに次ぐ、アーレイス王国二番目の都市だ。
やはり、ジークの居場所は極秘情報だったのか、一人の騎士がヴェルダンを止めに入った。
「団長ッ! その情報はッ!」
「何、まだ若いが要領は得ておる。心配せんでも下手な真似はせぬ」
ヴェルダンは「それにな」と言って、
「黒髪を見て、少し、情が湧いたのだ」
「ですが……しかし」
尚も引き下がらぬ騎士にヴェルダンは怪訝の目を飛ばす。瞬間、騎士の体は固まり、直ぐに下がった。
有無を言わせない威圧が、その瞳には宿っていた。このヴェルダンという男は只者じゃない。
そんな雰囲気が感じられる。
「では、これで余は失礼する。時間を取らせて済まぬな」
「「はい。お気を付けて」」
「また―――会える時を楽しみにしているぞ……黒髪の剣士よ」
振り向き様に呟く、ヴェルダン。俺達はそれを見送り、騎士達が居なくなるのを確認すると、二人して安堵の溜息を吐く。
「はぁ、バレたかと思ったわよ」
「あぁ、俺もだ。ありがとなアリス」
「べ、別に」
「別に?」
「別に良かれと思ってしただけなんだからッ!」
俺は「はいはい」とアリスをあやすと、未だ繋がれたままの手に気付いた。
「げっ」
「あ」
アリスは勢い良く手を離し、沸騰するかの如く、顔を赤くして俺に渾身のビンタを食らわせる。それは不思議と静まっていた昼の依頼所に、やけに轟いた。
◆
それから、周りに居た傭兵などが俺達に野次馬を仕掛けて来るのを躱していた時。
俺達はそのときに来た質問をアリスと二人で話を合わせ、難なく乗り切っていた。
それから、アリスが俺が何故ジークの居場所を聞いたのか質問してきた。
俺はそれに男のプライドだと答え、また一発ビンタを貰う。そんな時だ。
「色々とご苦労様でした」
俺の両頬に出来た紅葉を痛そうに見つめながら受付嬢が口にする。
俺はその気遣いに礼を言うと、受付の席に座った。アリスもそれに続く。
「じゃあさっきの依頼の事なんだけど、是非とも受けさせて下さい」
「承りました」
受付嬢は鮮やかな営業スマイルを浮かべ、俺達に説明をする。俺達は依頼を受けるのが始めてなので色々と手続きをしなければならないからだ。
小一時間程で全ての手続きを終え、了承の朱印を依頼書に貰う。俺達は受付嬢に礼を言うと、そそくさと依頼所を出た。
その時、アリスが俺に話し掛けてきた。
「全く、わざわざジークに挑もうとしてるなんて」
「まぁ、騎士団がさっさと片付ければ何もしねーよ。少なくとも俺達が依頼を済まして、戦来の街に行くまでには捕まってるだろ」
「え!? ゼルビアスタに行くの?」
「依頼を熟したらな。そんなに遠くないだろ?」
「確かに遠くはないけど……」
「じゃあ決定だな」
「むぐぅ」
俺達は依頼所を出て馬車の方に向かっている時、そんな会話をしていた。
だが、アリスは口をアヒルのように尖らせていて、全く乗り気じゃない。
俺はジークと会うことに変な使命感を抱きながらも、強引に要望を押し通す。
「ま、まずはツクルの言う、アレを手に入れてからね」
「そうだな、まずはアレを手に入れてからだ」
そう、今回俺達が依頼を受けた理由、それは報酬目的ではない。ある大事な目的があるのだ。
◆
――――数日前の事。
俺はある故郷の味を渇望していた。それは、
「お茶? 別にあるわよ」
「本当か!? この世界にもやっぱりあるよなぁ!」
「フンッ、別にツクルの為じゃないけど、あたしが今からお茶を淹れてあげるわ」
「おう頼む」
お茶、それは前の世界で飲まれていた最強の飲料水。お茶と括るには沢山の種類があるが、どれも味は最高に美味しい。
それに増して、お茶には美肌効果、夏バテ予防、口臭予防に加え、リラックス効果まであり、正に最強の一言。
そして、作り方も簡単という、穴がない飲み物なのだ。そして今俺は、それが飲みたくて飲みたくて堪らない。
俗に言う、禁断症状と言われるやつかもしれんな。
「出来たわよ」
そう言ってアリスが持ってきたのは二つのティーカップ。火の魔石付きのポッドのような物にお茶が入っていて、ティーカップにアリスはそれを注ぐ。
注ぐ瞬間に芳醇な緑の香りが辺りを覆い、正に俺が追い求めていた味が俺の手に持たれる。
俺は舌鼓を打ちながら、恐る恐るお茶を口に運ぶ。これは……正しくッ!
「紅茶じゃねーかッ!!!」
俺は自分の求めていた物と大分違うそれを盛大に吹き出し、アリスに告げる。当のアリスは面倒臭そうな顔をこちらに向けていた。
「こんなのお茶じゃねーよッ!」
「はぁ、紅茶以外に何のお茶があると言うのよ」
「いやそれは、緑茶とか麦茶とか色々あるだろ?」
「りょくちゃ? むぎちゃ? なにそれ?」
そのアリスの言葉を聞いて、俺は戦慄した。いや震えが止まらなかった。
この世界には俺が探し求めているお茶が無いだと? 有り得ない、お茶無しで俺は生きていける自信が無い。
ハムやベーコンなどの加工食品は、こっちにもあったのに、何でお茶だけないんだッ!
もう終わりだ……そう思っていた時。
「そう言えば、極東のエルレイヴには珍しいお茶があるとかないとか」
「なんだと……? アリス今直ぐそれを買いに行くぞ! きっと行商にも役立つ筈だ!」
「無理よ。エルレイヴ産のお茶は生産量が少ないし、貴族が買い占めてるから私達平民には回って来ないの。先ず、回って来たら行商人であるあたしが買い占めてるわ」
俺は再び肩を落とし、溜息を吐いた。貴族にしかあの味は味わえないのだ。
前の世界では腐るほどあったというのに。残念で仕方がない。
ここは、『所変われば品変わる』という言葉を引用しよう。俺の場合、場所じゃなくて世界なんだが。
まぁ、土地が変われば、物の値段や価値は全く違うものだな。
だが、それでも、お茶は諦めきれない。
「あぁぁぁ、どうにかして貴族からお茶貰えないのかよ」
「そんなの無理に決まってるじゃない。貴族から貰い物がある時なんて、依頼所に頼まれてる依頼を達成した時くらいなのよ」
俺はその時、一筋の可能性を感じた。まだ道が寸断されたわけじゃない。
残された僅かな希望が、そこにはあった。
「アリスそれだ! 貴族の依頼を完璧に熟して金の代わりにお茶を貰えばいい!」
気付けば俺は熱くなり過ぎたのか、アリスの両肩を握り、前後に揺さぶっていた。
アリスは俺に触れられた事に動揺しているのか頬を染めている。少し可愛い。
「………ちょ、と、離して」
「いーや離さない。アリスが認めるまでな」
「………むぅ」
アリスは不思議なことに抵抗して来ない。俺は調子に乗って、肩を揺らす力を大きくした。
アリスの柔らかな赤髪が時折、俺の手に触れる。なぜかアリスは満更でも無さそうなんだが。
「わ、分かったから……だから離して……よ」
「フッ、いい子だアリス。そうやって大人しかったら可愛いのにな。勿体無いぜ、全く」
「―――――ッ!」
「ん? どうしたアリス?」
「ツクルは……女の子の気持ち……分かってないッ!」
街の外れ。中央街から西に少し離れた場所で、盛大な爆発音のような音が聞こえたと。
その日、タナタートでは少し話題になっていた。
読了、感謝です。
ブクマありがとうございますm(_ _;)m
宜しければ、感想、評価頂けると嬉しいです。
少しづつ増えるPV、ブクマを見てるだけでもモチベ上がりまくりですね(笑)