第七話 【報告、そして新たな指令】
今回もまだ街の中です。
ここから強敵との戦いに赴くわけですが、本格的な戦いは二話か三話後になるかと思われます。
それではどうぞ、ご覧下さい。
「よし、戻るか」
いろいろなことがあったにせよ、当初の目的だけはきちんと把握しているヤマト。工房にこもるというエリナ、ほか二人も少しの間は工房に入っていたいそうだ。
ヤマトからしてみれば自分も残りたいところではあったが、さっさと自分のことを終わらせたかったのである。
もちろん私利私欲ではない。
エリナに対して相応の対価を払うためには、何にもまず依頼を片付けることだと判断したのだ。そして借金を片付け、金を貯蓄する。何も今日明日に彼女の仕事が完成するとは考えにくいが、だからといって悠長にしていることはできない。
また、ヤマトには別途やらなくてはならないことがある。刀の素材となりうる金属の採取である。こちらの方がむしろ急務であると言えた。
とにもかくにもヤマトにはやらねばならない事が山積されている。さすがに一つずつ片付けていくより他ない。そのために早くギルドに赴いて次の依頼を受理することが、今できる最善策であると彼は考えたわけである。
そうと決まれば彼の行動は早かった、駆け足でギルドに舞い戻る。
「さて、いるかな?」
もちろんヤマトが探しているのは、専属契約をかわしたエリーである。さすがに急いでいるからといっても、ギルドからのお達しは聞くべきである。
ヤマトが扉を押し開け、中に入る。そしていくらか喧騒の収まったギルドホーム内を見渡し、たった一人をみつけようと目を凝らす。
そして数秒の間視線を彷徨わせて、ようやく目的の人物を見つけることができた。
何故か受付の外に出て、カウンターの端でそこに寄りかかるように立っている。エリーはヤマトが見つけたことを察知して、緩く左右に手を振った。
それを見たヤマトは真っ直ぐにエリーの元へと向かう。彼の技能を持ってすれば、多少込み合っている所を通ったとしても、一度も誰かと衝突することはなかった。
「エリーさん、依頼の報告に来ましたよ」
「ええ、お帰りなさい。ふふ、何かいい事でもあったの?随分楽しそうだけれど」
「目的を見つけたってところですかね。で、今日はなんで外に居るんですか?」
「それは良かったわね。今日はここであなたを待っていたのよ、嬉しい?」
エリーの前まで行くと、カウンターによって隠されていた白くしなやかな足が見えた。流石はエルフか、とヤマトが少し感動しながら声をかける。
そして、やはりと言っていいのか、エリーは優秀な女性であるようで、ヤマトの少しの変化から正確に心を読み取ったのである。
驚きながらも正直にエリーに自分の変化の理由を告げるヤマト。ついでという風にエリーが何時ものカウンターの奥ではなく、その外に立っていたことについて聞いた。
すると少し首を横に倒しながら微笑んだエリーが、からかうようにヤマトに言葉を返した。
しかしヤマトはエリーが思っていた事とは全く別の事に驚いていた。
「待たせてしまって、すみません!早く来れば良かったのに…」
「え?そっちに反応するの?え、ええ…大丈夫だけど」
「よかった、そういうことなら早く言ってください、早くどこかに座らないと…」
「大丈夫よ、すぐに移動しなくちゃならないから」
心底申し訳なさそうな顔で謝罪するヤマト。
そんなヤマトにエリーは困惑する。少しは反応すると思っていたのだが、後ろのからかいは見事にスルーされたのである。
変な方向に全力疾走中のヤマトの脳内は、エリーの困惑を置き去りに話を進める。だが困惑から復帰したエリーに話の方向修正と、ここでヤマトを待っていた理由が告げられた。
「早速向かうわよ、ついてきなさい」
エリーは先程までの混乱を振りほどき、ヤマトに移動を促す。
そして彼女はカウンター机から遠ざかり、壁に取り付けられたドアに近づいた。ヤマトもその後ろからついて行く。
彼女がドアから突き出した円柱のようなドアノブに触れた瞬間、緑の円形魔法陣が円柱のドアノブからそれを囲うように縦に4つ飛び出し、それぞれ独立して回転を始めた。
斜めからそれを目撃したヤマトはこの世界での防犯に驚くと同時に、このような技術を作れる人材がいることにも驚いた。
ヤマトの驚きを横目に回転していた円形魔法陣がその動きを止めた瞬間、ドアがひとりでに奥に向かって開いた。そしてエリーが奥に向かって歩き出す。慌ててヤマトもその後に続いた。
そして二人が入った後、ドアは空いた時のようにひとりでに閉まった。
それを見ていたNPCの1人が呟く
「あの受付嬢、さっきまで居たっけ?」
「ああ?居たんだろ、男を待ってたみたいだしな」
「でもさぁ、さっき見たときは居なかったんだよなぁ」
「じゃあ幽霊か何かだっていうのか?飲みすぎて記憶なくなってんじゃねぇかよ馬鹿」
呟いた彼は仲間たちから笑われ、それに対して怒り出す。
そのせいでこの出来事のことなど、忘れ去った彼なのであった。
「よぉ来たのぉ、ヤマト」
「どうも…」
「なんじゃ、その不満そうな顔は」
ヤマトはエリーに連れられて、ギルドホームの奥に入り階段を2つほど上がった後、廊下を歩いて豪華な扉のある部屋に到着した。
エリーがノックの後、扉を開ける。そこに待っていたのは、ギルドマスターであるルーカスであった。
ルーカスは豪華な机の先にある椅子に座っており、何らかの書類にサインをしていた。だがヤマト達が入ると同時にその存在に気がつき、作業を中止して右手を上げた。
そしてエリーは一度頷き、ヤマトのギルドカードを回収して耳元で依頼の処理をすると告げると、一礼の後に部屋から出ていく。
それを見送ったルーカスはヤマトに声をかける。ヤマトは返礼するも、初対面の時のことが思い出されて、渋い顔になっていた。
ルーカスはそれに対して苦言を漏らすと、椅子から立ち上がってヤマトに近づいた。
「ここはギルドマスター、つまり儂の部屋じゃ。ほれ、立っとらんで座れ」
「ええ、ありがとうございます。で、要件は?」
「…一応、わしはお前さんの上司なんじゃが?冷たすぎやせんかの」
「ご自分の行動を思い返されてみては?」
ルーカスは気さくにヤマトに声をかけ、ソファーに座るように促す。ヤマトは礼を述べて座ったものの、早く帰りたいと顔が語っている。
ルーカスは少し落ち込んだように話しかけるが、ヤマトには取り付く島もない。とはいえそこまで嫌悪しているわけではないので、すぐにヤマトは警戒を解いてルーカスを見る。
その見られたルーカスはヤマトから机を挟んで正面のソファーに座ると、ヤマトに対して一枚の書類を提示した。
「さて、その紙の話に入る前に、儂に言っておくべきことはあるか?」
ルーカスはまず、このように聞いてきた。特に隠し立てする気もなかったヤマトは、報告を行う。あった事をあった様に、隠し立てすることなく話す。
ルーカスはその全てを聴き終えると、ひとつ大きな溜息を吐いた。
「ふむ、話はわかった。お前さんが解体した魔石は、お前さんが待っといて良い」
「ええ、どうも」
一気に話を終えたヤマトに、ルーカスはこめかみを押さえながら声をかける。話の途中で見せていた狂化の魔石も、ヤマトに向かって投げた。
魔石については、貴重なものではあるが、それを調べても大したことはわからないので、ヤマトが持っていても問題ないということだった。
ルーカスから手荒に返却された魔石を掴み、ヤマトは少し観察と鑑定をする。その間にルーカスはさらに深い溜め息を吐くと、話を先に進めようと息を吸った。
「なんというか…今回お前を読んだ理由もそれなのじゃ」
「つまり、調査というわけですか?」
その通りだと首を縦に振るルーカス。ヤマトは魔石をアイテムボックスに戻す。
ヤマトは自分が呼ばれた理由についてなんとなく察しはついていた。守兵から話を聞いたこともあって、わざわざ自分が呼ばれる理由などこれくらいしかないと思ったからだ。
ただ、守兵の話では高位のギルドメンバーが来るという話だったので、自分がこのように呼ばれることは少し予想外だったりする。
「まあ、調査だけしてもらえれば良い、報酬も出す。できれば北に向かって欲しいのじゃが、ええかの?」
「問題ないですね」
「うむ、それを聞いて安心した。ついでに何か依頼を受けていくと良いぞ」
大雑把にだが、指令の内容について説明をするルーカス。それに対しヤマトは了承の返事を返す。
その返事に満足げに頷いたルーカスは、自分の机から持ってきた紙束をヤマトに渡した。
「それで、報酬のことなんじゃが。その紙束に書かれていることから選べ」
「…あの、エリーの膝枕券とか、受付嬢一日彼女券とか、一枚目の最初に書く事じゃないでしょ…」
「うむ?ああ、食いつくかと思って入れておいたぞい」
「食いついても、殺されそうですよ…」
ルーカスが投げ渡した薄い紙束の中身は、報酬のカタログだった。この中から選べということだろう。
欲しい物がある身として真剣に見始めたヤマトだったが、一枚目の最初の数行を見ただけで口元がひきつり始めた。
確かに、男児としては惹かれる面がないとは言い難いが、惹かれたところで地雷にしか見えない。否、黒服のマッチョ男がポーズをとっているようにしか見えない。
脳みその議席が本能に占拠されていれば飛びついて議決するかもしれないが、生憎とヤマトの脳内は正常そのものである。無言でソファーに深く沈み、他の報酬を見始める。それを見たルーカスは面白くないとでも言いたげに溜息を吐き、ソファーに深く沈み込む。
そんなルーカスの様子を横目で睨みながら、ヤマトは視線を上から下に動かしていく。そしてあることに気がつく。
「これって、出来高制ですよね。評価は誰が?」
「儂に決まっとるじゃろ?」
「はい、ですよね」
先程の異物混入のせいで、ルーカスに対してなんとなく嫌な予感がしてきたヤマトだった。ルーカスもギルド長という身分上、しっかりとした人物なのだが、ヤマトはイマイチ信じきれないのであった。
「失礼します。ヤマトくん、報酬を渡しに来たわよ」
「ありがとうございます」
「…まあ依頼の報酬は、終わってから考えてもよかろう。そして、これが正式な指令書だ」
「ええ、どうも」
ルーカスとヤマトの二人きりの空間に流れていた妙な空気を破ったのは、報酬と共に依頼の処理を終えて戻ってきたエリーの扉をノックする音であった。
エリーから報酬金とギルドカードを受け取ったヤマトは、エリーに礼を述べると同時にそれらをアイテムボックスに収納する。
そのタイミングを見計らって、ルーカスは一枚の紙を渡すのと同時にヤマトに声をかけた。報酬のことで多少悩んでいたヤマトはその言葉に頷き、ルーカスの差し出した正式な指令書を受け取る。
「…調査と、可能な様なら撃派もしくは解決ということで。…はい」
「それで間違っとらんぞ。確かに受け取ったからの」
「くれぐれも気をつけるのよ?死んだら元も子もないからね?」
「もちろんです」
ヤマトは指令内容の確認を済ませると、手早くサインをする。それをルーカスに渡すと、ルーカスも自身のサインを紙に書きなぐった。
そして二人分のサインが追加された紙はエリーに渡される。渡されたエリーは紙を確認しながらも、ヤマトの身を案じる。
それに対してヤマトは自信あふれる言葉と、微笑みを持ってエリーへの返答とした。
これをもって、ヤマトに新たな指令が出されたことになる。
「じゃあその報酬の書かれた紙を返してくれんか?」
「え?持って行っても良いんじゃないんですか?」
「う、うむ。こっちの正式な方をやるから、そっちは返せ」
意気揚々とルーカスの部屋を出ようとしたヤマトにルーカスから声がかかった。調査をしながらこの薄い紙束をみて、報酬を考えようとしていたヤマトは思わず聞き返す。
そのヤマトの言葉になぜか慌てだしたルーカスは、別の紙束を持ってヤマトに小走りで近づいた。ヤマトも正式な物と聞いては是非も無いとルーカスに持っていた紙束を渡そうと、その紙束を差し出す。
それを見たルーカスは安堵したかの様に差し出された紙束に向かって手を差し出し、ヤマトの手から紙束を―――
「…ほう、興味深い内容ですね」
「Oh…」
「速い…ッ」
―――受け取る事はできなかった。
神速のステップでヤマトとルーカスの間に出現したエリーによって、紙束が取り上げられたからである。
ルーカスはこの世の終わりかと言わんばかりの絶望をその瞳に覗かせ、ヤマトは自身でもできないであろうエリーの高速移動に驚嘆の声を漏らす。
そんな二人の様子を横目で見たエリーは、ため息をつく。その表情は、氷の女帝と言っても問題などなかった。
「はぁ…これは重要案件なので、受付嬢総員で共有させていただきますね」
「ちょっと待ってくれい!それでは儂の威厳が…」
「なにか?」
「…何でもないのじゃ」
エリーの口から告げられた言葉にルーカスは静止をかける。だがこの場での権威の頂点はエリーである、相手にもされない。
ヤマトは直感でルーカスによる報酬への異物混入は独断であったことを悟り、自分に危害が加わる前に逃げることを考え始める
「あの、エリーさん。僕はそろそろ調査に行ってきますねー…」
「ああ、そうね。帰り道は来た時と一緒だけど、わかるかしら?」
「ええ、もちろん把握しておりますー…」
「ならよかった、行ってらっしゃい、ヤマトくん」
「行って参りますー…」
声をかける瞬間はヤマトも僅かに体をこわばらせたが、意を決して話しかける。その後は語尾が不自然に伸びながらも何とかこの場から逃げ出すことに成功するヤマト。
扉を閉める前にルーカスと視線が合い、気まずくなるという事態は発生したものの、ヤマトはゆっくりと扉を占めた。
心の中でルーカスに敬礼を行い、ゆっくりと廊下を歩き出す。否、かなりの早足で。
もろもろとなにかございましたら、感想欄までどうぞ。
最近、寒さがやばいレベルにまで到達してきました。やはり定番はこたつにみかんでしょうか、ストーブやエアコンなんかもあったかくていいですよね。みなさんもどうかご自愛下さい。