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13月の解放区  作者: まつかく
9章 1120億の孤独
95/125

9-5b はりぼての街


先ほどの『山羊』の詩文は気味悪かったが、15分ほど歩くと気分も晴れてきた。

探索というより散策で、偵察というより散歩か遊歩。そんな気分だった。見知らぬ異世界に迷い込み、居心地の良さそうな場所を探している。


暗雲立ち込める空にも、灰まみれの風景にも、不可解なモノにも不思議と慣れて――。感慨に耽る菜瑠の目が、違和感に止まった。


「四季、待って。足跡が……」


地面を注意深く見てみれば、そこに足跡があった。それは決して古くない足跡。


「誰か、いる」


四季の反応は薄い。菜瑠はいささかに慌てながら、その痕跡に目を凝らした。

古くない。自分たちの足跡と比較しても、足跡が残されたのが最近だということがわかる。

足跡は道路を何度も横断し、それを線でなぞれば右に左に稲妻のように行き来していた。


「略奪」四季が端的に言う。「道路の両側の商店から、物を盗んでる」


「どうしてわかるの?」


菜瑠に問われると、四季は足跡に並んで立ち、地面を指差した。


「足跡を中心に、微かにワダチが残ってる」


言われてみれば、うっすらとワダチが見て取れた。1メートルほどの間隔を保ち二本の直線が残っている。

だが、細い。その線は2センチもない幅だ。


「これって……」


「リヤカーを手で引いてる」


そして四季は商店を指差し、続けた。


「ガラスを割って進入してる。持ち出した物をリヤカーに積み、つぎのめぼしい店へ」


たしかに、痕跡から判断するに、四季の推測が正しいようだ。道路を横断しつつ、どんどん次の店に――。


「盗んでる……?」


「おそらく。そう」


廃墟のような街に残り、略奪。これが火事場泥棒というやつだろうか。


「さっきの……山羊の夢の人かな? なんか……怖くなってきた」


「怖がる必要はないわ」


「そ、そう?」


四季が怖いもの知らずなだけではないか――。


菜瑠が怪訝な表情をすると、四季は半開きの目のままその場に屈み、半ば泥濘化した地面の灰に指を押し付けた。


「大した相手じゃない」


雨水で固めのペースト状となっている降灰に四季の指が沈む。


「雨が降って以降、表層の水分が蒸発する以前。この街の灰が集落の灰と成分が同じなら、この状態は乾きすぎてる。3日あるいは4日前」


「わかるの……?」


問いながらも、四季の言うことなら間違い無いような気がする。


四季は「そうだと思うわ」と何者かの足跡を半開きの目で見つめ、さらに続ける。


「この足跡が雨上がり直後に付けられたのは間違いない。形が雨水で崩れてないから。そして――」


「そ、そして?」


菜瑠などは自分が名探偵ホームズの解答を聞くワトソンになった気分だ。


「私の体重……。地面に残った私の足跡の深さと比較すると、この人物の体重はおそらく60kg以上80kg以下」


名探偵が自分の体重をハッキリ言わなかったのは、どこか乙女心を感じさせた。やはり四季は人間の――年頃の――女の子かも知れない。


「足跡の力のかかり方を見れば、均等に体重が乗らず踵の部分が掠れるほど浅く、それに対して爪先部分が不自然に深いことがわかる。これは何を意味する?」


四季先生の唐突な質問に、菜瑠はドギマギしてしまう。四季は意外にSっ気が強いのかも知れない。


「えっと、リヤカーを押してた……から?」


「正しい。しかも、かなり苦労して。でもリヤカーのワダチは大した深さじゃない。菜瑠が50メートルも見過ごして、その上を歩くぐらいに」


足跡ともども気づいてたのか、と菜瑠は少しだけ腹がたつ。だが、四季は淡々と説明を続ける。


「つまり、それほど重量のないリヤカーに苦労する程度の膂力。歩幅から見て身長は私と同じか、それより低い。上り下りの傾斜に差し掛かった時からもわかるように、腕力に劣り、臆病な性格、そして愚鈍」


わかるように、などと言われても菜瑠にはなぜそう分析されたのか解らない。菜瑠にできることと言えば、感心することだけだ。


四季の半開きの目は、菜瑠が気がつかない間にどれほど膨大な情報を脳に送り、分析しているのか。


「集めているのは、食料、あるいは貴金属。リヤカーの軽さから飲料水は集めていないと思われる。必須とも言える飲料水を集めていないことから、この街の何処かに寝ぐらがあり、そこには飲用に適した水が豊富にあると考えられる。性別は男性。飲酒はしないが、喫煙はする。休憩を挟む頻度から、体力の落ちた中年。それらから判断して、寝ぐらはここから半径2km圏内にあり……」


「待って、待って、四季。一気に言われてもわからないよ。だいたいどうして男の人だってわかるの?」


「180メートル前の地点で、休憩してる。そこで喫煙、その前後に壁に向かって排尿。壁にかかった尿の高さから――」


「わかった、わかったよ。……でも、やっぱり怖いじゃない」


菜瑠からすれば、四季の説明を聞けば聞くほど怖くなる。


「脅威を感じるほどの相手じゃないわ。身長150cmから160cm。体重70kgから80kg。体型はおそらく小太り。体力にも腕力にも知性にも欠けた中年。相手が火器を持っておらず、あなたがその棒を持っている限り、こちらが優位」


「別に戦いたくないよ。勝てるから怖くない――って私は四季じゃないから怖いものは怖いよ」


「そう……。でも怖がることはないわ。だからここまで何も言わなかった。ただ――」


「……ただ?」


「怖がる必要がないのは、この足跡が続いている限り――の話。この足跡が続いている限り、遭遇する事態は考えにくいわ」


だが途切れた時には気をつけたほうがいい、と四季は言う。

「そこが、たぶん寝ぐらだから」


たしかにそうかも知れない。点々と続く足跡を眺めながら菜瑠は不安を押し殺した。四季の分析が正しいかどうか、それはわからない。


だがこうして、こちらが相手の事を把握なり分析できているのは大きなイニシアチブを得ているとも言える。

四季は微笑にも届かないほど小さく微笑んで、言った。


「何も怖がることはないわ。菜瑠は私が守るから」


この女は、とんでもない女たらしなのではないか。菜瑠の一番弱い部分を知り尽くしたかのように、いつもそっと甘える場所を作ってくれる。

そして、他の誰かになら強がってしまう菜瑠も、四季には抗えない。


「うん」


武器を持つ自分を四季が守る、というのもおかしな話ではあるが、機械などと揶揄される少女は独特の気骨を持ち合わせており、菜瑠に頼り甲斐を感じさせる。

菜瑠は思う。自分の手にした長棒よりも、四季の知性のほうが強力な武器なのではないか。


「でも、私も頼りにしてね? みんなが言うには『スジが良い』らしいから。路乃後流棒術で襲ってきたオジサン撃退する」


菜瑠が照れ隠しに、強がって胸を張ると、四季は先ほどより微笑らしく笑った。


「そういう状況を作らないため、アンテナを張ってるわ。必要でない揉め事は避けるべきね。もっと言えば、相手の事を観察し、ある程度把握するまでは接触すべきじゃない」


「うん。私もそう思うよ。でも会う人全部を敵だって思うのも、ただ敵を増やすだけのような気がする」


この『足跡の中年男性』が空巣行為を行っている事は恐ろしく思うが、菜瑠たちとて集落以来、他者の物を拝借して行動が成り立っている事実があり、実際のところ中年男性を非難する資格はない。


窃盗は良くて空巣は許されない――良い罪と悪い罪が存在する――という信条の者。あるいは自分を無制限に正当化できる性格の者なら、話は別であろうが、そのような厚顔な者を見つけるには国会議事堂まで出向かねばならない。

少なくとも、菜瑠はそんな人間にはなれない。


実際のところ、いまエイミたちも街のどこかで空巣行為を働いているに違いなく、菜瑠はその行為に感じる罪悪感を『借りる』と都合よく言い換えて自分を許していた。

中年男性も、やむにやまれず空巣行為に手を染めたかも知れないのだ。

現状での中年男性への非難は天に唾を吐く行為であるといえる。


どうも、間近で深川や半村の『変化』を見せられただけに、成熟した大人という生き物に不信感を抱いてしまう。

もしかしたら、大人というのは変化に弱い生き物なのかも知れない。

偏見と経験に凝り固まり、予想外の出来事に適応する自信が持てないからこそ保守的になってゆくのではないか。


そういう意味で考えれば、自分たちは柔軟にやれている――。


「……だから、警戒は大事だけど、全てを敵視しないようにできたらいいね。 助けを求めるために此処まで来たんだから」


「正しい」


どこかしら不気味な感じがするが、施設の外に出てから施設外の人間と遭遇するのは初めてとなる。――善人でなくてもいい、悪人でさえなければ。

外界の人間とコンタクトを取れれば、何か情報を得られるに違いない。少なくとも、菜瑠や四季よりは『この世界』に詳しいはずだから。


「よく見たら足跡……結構あるね」


菜瑠は四季にならって注意深く地面を観察した。

一番新しく、目立つ足跡は『中年男性』のもの。だが、それ以外にもうっすらと足跡が残っているのがわかる。降灰のあと、すぐに街が無人になったというわけではなさそうだ。


「菜瑠。あそこが良いわ」


観察に集中していた菜瑠が、その声にふと顔を上げると四季が一つ向こうの通りにある建物を指さしていた。街並みに遮られ建物の全容はわからないが、あれは明らかに――。


「四季。あれって、その、カップルな人たちが使う……。その、なんていうか、ラブホテルってやつじゃ」


四季は菜瑠の指摘を受けて、少しだけ首をかしげた。まさか利用したことはないと思うが、全くの無知というのも考えられない。

菜瑠も入った事はない。ただ大人がいかがわしい行為に及ぶための施設だと言うことぐらいは把握している。


もしかしたら、四季は『個人的感情』のために自分を連れ込もうとしているのか――。

様々な思いが菜瑠の中を交錯し、なかば混乱しそうになっていた菜瑠に、四季は感慨無く言った。


「特種なデザインで目立つ建物だわ。ちょうど良い。それにホテルというならベッドぐらいはあるでしょう」


これは正しい。

ベッドは間違いなくあるだろう。それも――決して多くない菜瑠の知識が正しければ――かなり大きめのベッドが。



 * * *



ロビーへと通じるであろう入り口はベニヤ板で封鎖されており、やはり営業はしていない。


だが、半開きになっていたドア――従業員用の通用口とおぼしき場所から侵入することができそうだった。

菜瑠などはやはり気が進まないが、四季は何のためらいもなくドアの隙間から内部へと侵入した。


「戸締り、忘れたのかな」


「家探しされた形跡はないわ」


おそらく、避難の際に慌てて飛び出したというところだろう。通用口からすぐの場所に従業員用の休憩室やロッカーなどがある。

小さな、複数のテレビモニターは監視カメラの映像を出力していたに違いないが、今はただ灰色で菜瑠の顔を微かに反射している。


電気がないため薄暗く、窓から離れた場所には闇がわだかまっている。

どんどん歩みを進める四季の背中を追いながら、菜瑠は好奇心のままホテルの中を細かく観察する。


「なんか、すごく……思ってたのと違う」


菜瑠のイメージでは、中はもっと派手で『いかにも』というハズであった。

だが、今観察するラブホテルの内部はあまりにも無骨で小汚くすらある。


これに対して、四季は回答する。


「ここは客の目に触れる場所じゃないわ。貼ってあった避難経路図によればエレベーターも二つある。従業員が使うものと、客が乗るもの」


「なぜ分けるの?」


これには四季も、さぁね、という態度をとる。「たぶん、ここから先が客のエリア」


そう呟きながら四季がロビーへ通じるドアを開いた。

だが、その向こうには何も見えない。ただでさえ心もとない従業員控え室の窓から差し込む光が、しっとりとした闇に食いつぶされてゆく。


「四季、暗いよここ」


「……妙ね。ロビーなのに」


菜瑠は四季に寄り添い、その手を握った。底知れぬ闇がそこにあって、気を抜けば魂を吸い込まれそうだ。


「なんで、ロビーなのに窓がないの?」


菜瑠のイメージでは、ロビーなり玄関ホールなりと言うものは、採光がしっかりされており宿泊施設の内部において一番煌びやかな場所のはず。

なのに、なんだ、この宇宙のような闇は。


「懐中電灯はある?」


「車の荷物の中にはあると思うけど……。入るの?」


「気に入ったの、ここが。敷地面積は狭く、それでいて高層。目立つ造形。複数の部屋と複数の階段。何かあっても対処しやすいわ。エイミたちも連れて来ましょう」



 *  *  *



ラブホテルと聞いた時のエイミの表情は、様々な感情が入り混じったものだった。

興味と興奮と少しの嫌悪、だが少なくともNOとは言わなかった。


むしろケンタや遼のほうが戸惑っていたかも知れない。男2人顔を見合わせて、無言の苦渋を確認しあっていた。

だが、それらの反応に対し四季が淡々と、それでいて雄弁にラブホテルの利便性について語ると誰も反論できなかった。


四季が言うならそうなのだろう、という予断が大きく働いたハズだと菜瑠は思う。

そうして、駅前に車を置いたまま菜瑠たちはホテルの前まで戻った。その建築様式を見たエイミは、またなんとも言えない表情で言う。


「たしかに、目立つわコレ」


周囲の建物と明らかに違う凝ったデザインは、その存在感をもって宣伝効果を得ていたのだろう。

スラリと高いビルの屋上には、明らかに場違いなヤシの木などが見える。もっともそのビルに漂う南国風の装いも降灰にまみれて寂しさばかりを増していたが。


そうして、ぞろぞろと通用口から侵入し、従業員用の休憩室に来るとケンタと遼が荷物を下ろした。


「なんか疲れた……」


食料班の成果はゼロ。コンビニを数件回ったが、目につく場所に食料はなかったという。棚が空っぽか、腐って酷い色をしているか――。

その徒労が疲労感を増し、ケンタと遼から活力を奪っているらしい。


「で、ここに泊んの?」


休憩室を見回したケンタが不服そうに言う。

菜瑠はケンタが下ろしたカバンを漁り、その中から懐中電灯を取り出してから言った。


「ううん。客室に、だよ」


そして、椅子に腰を固定した男2人とユキを置いて、エイミと四季と3人でロビーの闇へと近づいた。


「え、ここがロビーって、マジ?」


「そのはず」


菜瑠がドアの位置から懐中電灯で内部を照らすと、たしかにロビーらしい佇まいがあった。

わざとらしい南国風の木が埃をかぶり、立派なソファーも並んでる。だが、壁を照らせどどこにも窓らしきものが見当たらなかった。


「ラブホってこんなんなんだ?」


「みたい」


すると、唐突に四季が闇の中へ足を踏み入れた。菜瑠の照らす明かりを頼りに、ロビーの壁際までスタスタ進んで行く。


「ちょっと四季、気をつけなさいよ!」


エイミも言うには言うが、自分も闇に入ろうとはしない。

なにせ光線の外側は深すぎる闇なのだ。なにか――実体を持たない何かが、その闇に何かが潜んでいるようにも思えてならない。

四季は壁を上下くまなく見回したのち、やがて何かを呟いた。だがその呟きはエイミにも菜瑠にも聞き取れなかった。


「ねぇ、四季なんか言ったよ?」


「なんて言ったの?」


「わかんない」


瞬間、縦一線の光が菜瑠とエイミの瞳孔を刺激した。床から天井に向かっての一線。それは一閃と言い換えてもいい。

菜瑠が目を細めていると、線だった光がどんどん太くなり、その場にいる四季の後光となった。


「四季、なに……?」


後光を浴び、振り返った機械少女はその容姿も伴ってどこか神々しい。


「壁全体に覆いがしてある。隣の壁もそう。窓を隠す意図、内装なりデザインを優先したのね」


かくして、次々に窓の覆いは取り除かれ、ロビーに光が溢れた。

こうなると途端に不穏な雰囲気は消える。

それほど広くはない。テニスコート半分ほどの面積に、所狭しと様々なオブジェなどが置かれており、中央には水を湛えた小さな水場がある。これは小規模な噴水だろう。


「なに、いいロビーじゃん。イャッホウ!」


エイミがソファーに腰を投げ出すと、窓からの光に、巻き上がった埃が舞う。

だが、それが灰でないことが菜瑠にはすこし嬉しかった。

見れば、ロビーには見慣れないパネルがある。様々な部屋の写真、ボタン。どうやらここで部屋を選ぶシステムらしい。


「なんか、それぞれ部屋の内装が違うんだね」


菜瑠などはそれを不思議に思う。

ビジネスホテルなどには泊まったことがあるが、どこも似たような部屋だった。だが、このホテルの部屋は、それぞれテーマをもってデザインされているらしかった。


「じゃあ……部屋を確認しよう?」


菜瑠が言うと四季は頷き、エイミもソファーの弾力を利用して立ち上がる。

懐中電灯の一筋の光を頼りに3人一塊となり、階段を上がる。床は赤い絨毯が敷き詰められており、足音の一つもしない。


慎重に2階へと上がると、そこもやはり闇の中だった。

だが懐中電灯で照らしてみると、中央の通路に対してドアがポツリポツリと並んでおり客室であることがわかる。

エイミは四季の背中にピタリとくっつき、客室ドアの上部を指差した。


「203。って書いてある」


四季は背中にエイミをひっつけながら、スタスタ203号室へと歩み寄ると、そのノブを回す。


「いけるわ。開いてる」


そして、菜瑠やエイミの返事を待たず、そのままドアを開けた。


「暗いよ」


やはり内部は闇。懐中電灯一本では心細くなってくる。

どうしてこのホテルは自然採光というエコロジカルな思想を捨てているのか、と菜瑠は少しばかり腹立たしくも思う。


「窓があるはず。開けるわ」


四季はズカズカと室内に足を踏み入れ、唯一の明かりを持つ菜瑠の方が慌ててしまう。四季に続いて部屋に入り、壁際をぐるりと照らして見るも、四季の方が早く窓を見つけ、また光を作った。

四季は暗視センサーを実装したのかもしれない。


そして、光とともにエイミのテンションも戻る。


「イャッハー! いい部屋じゃん! なんか可愛い!」


たしかに、洒落た部屋だった。

大きなベッドにソファー、そして無意味にカウンターまで。

菜瑠が恐る恐るに入り口近くのドアを開けると、洗面所があった。そして、洗面所の隣にはトイレもあった。施設以来、懐かしの水洗トイレだ。


「トイレ!! 水洗!」


思わず菜瑠が叫ぶと、エイミもベッドの上から奇声を上げる。

四季は冷静なもので、コクリと一つ頷いてから次のドアを開けて風呂場を発見する。風呂場の窓を開放して、ようやく闇は駆逐された。


「最高の部屋! アタシ、ここ住むわ!」


エイミは俄然テンションが上がったらしく、引き出しを開けたり、引き戸を開けたりする。

無論、電気が使えないせいで冷蔵庫もテレビも沈黙したままだが、それでも施設の部屋よりは居心地が良い。


「お風呂も広いね!」


菜瑠が言うと、四季も満足そうだった。この広さなら、2人同時どころか3〜4人は入れそうだ。だけど、と菜瑠は思う。


「だけど、お湯はどうやって沸かそう……。ここじゃ薪の火でお湯を沸かせないよね」


四季はそんな菜瑠の呟きを聞いているのか、聞いていないのか、風呂場内に置かれたシャンプーを手に出しては、なにやら調べている。

すると、背後からエイミがやってきて菜瑠の肩に腕をまわした。


「こんなん、アイデアしだいよ、アイデアしだい。薪がない? 電気がない? じゃあ代用品を探せばいいじゃん? パンがなければケーキ、ケーキがなければマカロン食えばいいのよ。ここ、街だよ?」


そう言って不敵に笑う。そして訝る菜瑠に、エイミのアイデアが披露された。


「どっかの店で、ヤカンとカセットコンロ借りてくりゃいいのよ。乙女が清潔でいるためなら、神様だって許してくれるわ」


「でも、この湯船を満たすとなると、すごい量のお湯がいるよ? ヤカンじゃ……」


ここでようやく四季がシャンプーの容器を床に戻し、言った。


「発電機と給湯器を借りてくればいい。あと、ちゃんとしたシャンプーとリンスも必要だわ。こんなもので私の頭は洗えない。ボディソープも」


なにやら、色々と必要になりそうだ。菜瑠は小さくため息を吐いた。




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