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13月の解放区  作者: まつかく
9章 1120億の孤独
94/125

9-5a 山羊の夢をみたひと

自分たちの歩みが前進か、あるいは後退か、そんな事もわからないまま、菜瑠たちは道を下った。

細く曲がりくねっていた山道は、やがて角度を緩やかにし、道幅も広くなってゆく。

山を下るにつれ、放棄された家屋がポツリポツリと道沿いに確認できた。


降灰が始まる前に放棄されていたのか、それとも降灰が始まってからか菜瑠にはわからない。道路は新興住宅地の側も通った。

それぞれが庭を持ち、趣味の良いデッキや柵が見て取れる。だがどの家も見るからに無人で訪問する気にもなれない。


『閑静な住宅街』とは本来こういう趣に使うべき表現なのかも知れない。もっとも、ここは余りにも閑静すぎたが。


灰色の空に灰色の道路、家屋の屋根も灰色だ。ここに風景画家でも居れば、迷わずグレイの絵の具を買い足しに行くはずだ。フラフラと低速で走行する軽トラックの荷台では、この『予想された失望』の味見会が行われ、誰もがその風味に言葉を無くしていた。

それは、ただひたすらに苦い。無理やりに褒めるなら、深みだけはあるといえる。


麓にいた住民達は避難し、自分たちは外界の出来事に気付くこともなく、山中の地下施設に取り残されていた――。

戻ってきてみれば、世界は変わり果て、自分たちの居場所すら見いだせない。


「……浦島太郎ってこんな気分だったのかな」


菜瑠が呟くと、飽きもせずに黙って景色を観察していた遼がようやく口を開いた。


「まさに、未来に来たみたいだね。……つまらない話だけど、浦島太郎は宇宙人に拉致されたんだって話があるよ」


明らかな余談に、景色から目をそらしがちだったエイミが飛びついた。


「なにそれ。乙姫さまが宇宙人だったってこと? あんなに美人なのに」


実際にその尊顔を拝したこともないくせに、お団子ヘアーの少女はまるで見てきたかのように言う。


「それは知らないけど……。あの童話は宇宙人による誘拐を童話化して後世に残したモノじゃないかって話。竜宮城がUFOだの宇宙船だので浦島太郎が宇宙に連れて行かれていたなら、時間の流れが地上とは変わってくるからね」


「亀は?」


「さぁ、それはしらないよ」


余談を横耳に聞きながら、菜瑠はボンヤリと考えていた。あの施設が竜宮城だったとは到底思いがたいな、と。

やがて、軽トラックは市街地に差し掛かり、菜瑠の想像なり予想なりに合致した風景を見せた。


それは、まさに『味わい深い苦味』だった。

郊外都市らしく中層のビルが不揃いに立ち並び、大通りに交差する商店街はシャッターを下ろして来客を拒んでいる。もちろんこの閑散とした様子では店番を置く必要もなかろうが。


菜瑠とて予想はしていたが、やはりこうして無人の街を眼前に置いてみると気分が落ち込む。運転するケンタは、荷台の菜瑠たちになんら報告も相談もせず、ただ数キロ先に見える数本の高いビルに向かって車を走らせていた。


その判断を菜瑠は無言で支持する。

おそらく、あの高いビル群の麓が駅前であり、『有人都市』であった過去には、一番栄えていた場所だったに違いないからだ。

死んだ街をゆっくりと車が進み、まるでこれがテーマパークのアトラクションのようにも感じられる。


目で見て、肌で感じながらも、まるで現実感がない。係員がいるならば、いますぐ引き返させて欲しいぐらいだ。

荷台で行われていた厳かなる味見会は、ようやくエイミによって閉会された。


「いや……これ、誰もいないとか冗談でしょ?」


手の込んだサプライズパーティーじゃないか、アタシは騙されないわよ、と灰まみれの街を眺めて快活な少女はそんな事を言う。

予想された失望の味はお気に召さなかったようだ。

菜瑠自身失望してはいたが、その失望を言葉にしてしまうと心が闇に取り込まれそうに思え無理やりに軽口を叩いた。なるべく、杜倉憂理のように。


「……ゴーストタウン、だね。幽霊はいるかも」


自分でも上手くないと思う。

エイミも眉を寄せたまま不安げだ。

遼などは荷台で立ち上がりキョロキョロと注意深く周囲を観察し、やはり四季はピクリとも動かない。


「遼くん。やっぱり、みんな避難したのかな?」


菜瑠の質問に、遼は頭をかき、荷台にドカリと座り込んだ。


「だと思うよ。住宅地でもそうだったけど、ほら、駐車場や道路に対して、車が少なすぎる。たぶん、みんな車で避難したんじゃないかな。街は、捨てられた。こんなコト言うとアレだけど、これ警察へ行っても無駄足だと思う」


エイミはそれを聞いて、露骨に不満を表情に出す。


「無責任! コームインは残るべきでしょ! なんのために税金払ってると思ってんのよ!」


あからさまに的外れな批判であった。これには菜瑠も控え目に反論する。


「まぁ、誰も居ない街なら、公務員の仕事もないだろうし……仕方ないよ」


「菜瑠は甘い! 公僕を甘やかしても税金は返ってこないのよ!?」


すると、ようやく運転席からケンタが口を挟んだ。


「エイミ、たいした金額収めてないじゃん」


「お黙り!」


公務員批判はともかく、警察が機能していないとなると、せっかく街までやって来た意味がない。

そして、エイミの心情に沿うような殊勝な警察官が残っていたとしても、意味はないと思う。街がこの有様ではきっと、『MF地下施設への介入』どころではないだろう。


ゆるり、ゆるり、と軽トラックは大通りを進み、幽霊にすら見捨てられたゴーストタウンを巡ってゆく。ビル窓が灰に汚れている。それだけならまだ良いほうで、中には無残に窓ガラスが割れている物も散見できる。

注意深く観察してみれば、割れて窓枠に残ったガラスに白い鳥のフンが付着している事に菜瑠は気付いた。


鳥たちが割れた窓からビル内に入り、風雨をしのいだのか。

これは小さな発見に思えた。


――鳥がいる。

山では見かけなかった鳥がいる。

これは餌となる虫のたぐいが街には居ると言うことか。コンクリートジャングルなどという手垢の付いた表現が、いままさに体現されているのかも知れない。


人間たちの退去にあわせて、動物が都市部へと生活圏を広げているのだろうか。

仮にそうだとしても、菜瑠にはその因果関係が良く理解できない。だが、それは正しい推測に思えた。

やがて、ケンタの運転する車は駅前のロータリーをぐるりと一周して、停車した。


駅名の表示は名守駅。

ロータリーに面した交番には名守駅前交番とあった。

郊外都市らしく、駅前はほどほどに栄えていたらしく、重厚なホテルビルにコンビニエンスストア、カフェなどの商業施設があった。

もちろん、現在ではどれも営業を無期限停止しているようだが。


「駄目だね菜瑠」


エイミが渋い顔で言うまでもない事を言う。


「他の街に行くしかないかな……」


ドアを開き、運転席から降りたケンタが菜瑠の呟きに肩をすくめた。


「ナル子。ガソリンがもうないよ。どっか行くにしても補給しなきゃ」


じゃあ、ガソリンスタンドに行こう、などとエイミは能天気に返す。

だが事は簡単ではない。ガソリンスタンドも間違いなく無期限の営業停止中であろうからだ。それに金の持ち合わせもない。

遼が荷台から飛び降り、足元の灰に足を滑らせそうになりながら、ようやくでバランスをとって眼鏡を直した。


「んー。もうすぐ日も暮れると思う。これ以上の移動は無謀だよ。少なくとも、この街の住人たちが何処へ避難したかを調べてからの方がいいと思う。それに食べ物も必要だ」


遼の言葉の最後の文節に、ケンタがわかりやすく反応する。


「そうだよ。僕らにも燃料を補給しないと。お腹すいた……」


もっともな意見だ。


菜瑠がエイミを見ると、エイミもウンウンと頷いていた。


「そーね。食料大臣としては、食べ物の確保が急務だわよね。街なら沢山あるかもだし、探してみよっか?」


「四季はどう思う?」


「シャワーを浴びたいわ。頭がかゆいの」


つまりは移動はしたくないと言うことらしい。

ユキは助手席で眠っており、どのみちケンタに同調するであろうから、滞在に1票だ。菜瑠は全員の視線を受けながら少し考え、やがて言った。


「じゃあ、今日はこの街で泊まろっか。じゃあ、食料を集めるグループと、寝る場所を探すグループに分かれましょう」


むろん、食料収集班のトップはエイミで、お団子少女はすぐさま男2人に言い放った。


「ケンタと遼は食料組ね!」


力仕事が予想されるゆえ、ヤリ手の大臣は男手を最速で押さえにきた形だ。だが遼はご指名に不満げだった。


「いや、その、僕は情報を集めようかなぁって」


だがエイミの目は厳しい。


「んなこと、食料を集めながらやんなさい。調達業務をナメるんじゃないわよ」


「いやぁ、集団行動って苦手で……」


「アタシに逆らったらどうなるか……わかってないワケ? 四季、教えたげな!」


コメントを求められた四季は、いかにも法務大臣らしく重々しく頷いて、言う。


「死刑」


「わかったよ……」


食料収集班が決まると、残るは菜瑠と四季、そしてユキ。自動的にこの3名が宿営地探索班となる。だが、実質は菜瑠と四季だけ。足を腫らしたユキを連れ歩くのも可哀想に思えるからだ。


「じゃあ、先に終わった組は、車まで戻ってクラクションを鳴らすのでいいかな? それを目安にもう一つの組も戻る、と」


菜瑠の提案に、3つの頭が頷いた。頷かなかったのは遼だ。


「それは、やめとこう」


「なんで?」


「誰か、いるかも知れないから」


その言葉には、明らかに不穏な響きがあった。

本来なら『誰か』がいれば喜ぶべきこと。――だが、喜ぶべきでない――というネガティブなニュアンスが込められていた。

その『誰か』はワダチの2人かも知れない。そうじゃなく、他の誰かかも知れない。


この荒廃した街に滞在している――その時点で怪しむべきということか。予断も偏見も良い事ではないが、警戒して損はない。

言葉の真意を察し、菜瑠は方法を変更する。


「じゃあ、クラクションはマズいね。それにこの場所は目立ちすぎるかも……。ケンタ。車であとどれくらい走れそう?」


「さあ? でもメーターはEになってる。へんなランプも光ってた。車も僕も燃料エンプチーだ」


「できるなら少し駅前から離れて、別のとこへ……どこか……」


車を停車しておくに、どこが良いのか。菜瑠には見当もつかない。

初めて来た街で、初めての状況。これで即断できる方がどうかしている。確たる方針もなく、ただ呟くしかない。


「この電気って……使えるのかな」


この疑問には遼が答える。


「ここまでの道のりで、信号機が1つも動いてなかったからダメだと思う。たぶん灰の重みでどこかの電線が切れたんだろうね」


こうなると、様々な懸念が菜瑠の脳裏に浮かぶ。

電気が使えないとなると、ガソリンの補給はどうすればよいのか。ガソリンスタンドの給油機も、その作動に電力を使用しているのではないか。


四季が望むシャワーはどうか。

水道は電力なしでも使用できるのだろうか。しかし仮に上水道が生きており、水が蛇口から出たとしても、温水は望めまい。


――ここはハリボテだ。


菜瑠は降灰に埋もれた街並みを眺め、感慨にふける。

一見、市街地の体裁が整って見える、だがその全ては表面的なものでしかない。

菜瑠が考え込んだのと同じように、仲間たちもそれぞれ思うところがあるらしく、それぞれがそれぞれの表情でハリボテの街を見回していた。


少なくとも、シャワーが使えないとなると、先程まで滞在していた集落の方がマシかも知れないと菜瑠は思う。

大量の湯を沸かすに、この街では薪となる木材も望めまい。かといって、修行僧のごとく冷水での行水など、四季が納得するとも思えない。


「四季。シャワー無理かも」


菜瑠がうかがいを立てるも、四季はピクリとも反応しない。まるで都合の悪い情報をシャットアウトしてるかのようだ。

一方のエイミは、元気よく四季の肩を揺する。


「大丈夫よ、四季ぃ! なんとかなるって! 今までも何とかしてきたじゃん! ね、何とかなるでしょ、遼!?」


唐突に話を振られた遼は、目を上方に逸らし、曖昧に言う。


「えっと、そうだね。そうだといいけど。努力はしたいよね」


「アンタね、弱腰過ぎるでしょ! ヘリーポッターらしく魔法でも魔術でも使いなさいよ!」


「……もうコンタクトにしようかな」


「ともかく」菜瑠は右から左へ全員を見回して、腕を組んだ。


「急がなきゃ、日が暮れる。とりあえず、車はここ。もし怪しい人に見つかったら、それはその時考える。でもクラクションは鳴らさない。別れて2時間以内にこの場所に戻る」


菜瑠の提案にエイミ班長は大げさに頷いて、親指を立てた。


「オッケェ。それでいこ」


「四季もそれでいい?」


「菜瑠と一緒なら、なんでも」


「もう……」


投げやりにも聞こえる四季の言葉に小さなため息を返しながらも、悪い気はしない。菜瑠自身、四季と一緒に居たいからだ。


「んじゃあ、食料班でるわね。行くよ、手下ども!」


ケンタはその言葉を受け、助手席を覗き込んでは浮かない顔をする。


「ユキを置いていくの、可哀想じゃないか」


目覚めた時にこんな所に独りぼっちだったら、ユキじゃなくとも不安になる――。ケンタはそんな事を言う。


「じゃあ、ケンタ背負ってあげて」


能天気なエイミの指示に、ケンタは肩をすくめた。


「食料集めに行くのに、ユキを背負ってたら役に立てないなぁ。うん。僕はここでユキを守っとくよ」


「また、そうやってサボろうと!」


エイミが大声でケンタを非難すると、眠っていたユキがパッと目を覚まし、周囲をキョロキョロ見回した。そして、すぐさま助手席から降りると、ケンタに抱きつき、その柔らかそうな腹に顔を埋めた。


「ユキ、歩ける?」


「うん」


これにはエイミ班長がニンマリ笑い、ケンタの肩を叩いた。


「はい。問題解決。ユキ、足痛かったら言ってね。ケンタがおぶってくれるから」


「うん。歩けるよ」


「うっし。じゃあ食料班、ゴーゴー。行くよ、手下ども! 」


遼とケンタのボヤきを華麗にかわしながら、エイミ班長は颯爽と駅の方へと歩いて行った。

士気の低い部下たちは、ボヤきながらもそれに続いてゆく。


「じゃあ、私たちも行こっか?」


四季は黙って頷く。従順な四季を見ながら、『二人きりになっても、今はそういう事はしないぞ』と菜瑠は心に決める。

とはいえ、四季に迫られたら到底あらがえはしないが――。


菜瑠は護身用の長棒をトラックの荷台から取ってから、四季と車から離れ市街地の方へと歩みを進めた。


「車、あそこに置いたままで大丈夫かな? 『誰か』にバレたらマズいのかな?」


閑散とした街並みを見上げながら菜瑠が言うと、正面を向いたままの四季が言葉を返す。


「気にするだけ、無駄。取り越し苦労だわ」


「そうなの?」


邪気なく菜瑠が首をかしげると四季は小さく頷く。


「足跡。私たちの動きは、全て地面の灰に記録されてる。とはいえ行動しないワケにもいかない」


なるほど。確かにそうだ。振り向いてみれば地面には菜瑠と四季の足跡が点々と続いている。これが降雪の上の足跡ならば、さらなる積雪、あるいは融解により消えるかも知れないが……。


「灰……また降るかな? 足跡が残るのなんかヤだな」


「逆に考えれば、足跡があればエイミたちとはぐれにくい」


「そっか」


唐突に四季が立ち止まり、通りの向こうに顔を向けた。菜瑠が四季の視線を追うと、そこにはホテルがあった。それもなかなか豪壮なホテルだ。


「あそこ? グランド……キャッスル名守」


どうやら、四季は高級ホテルがお気に召したらしい。


「あそこがいいわ」


「中を見てから決めようよ。ちゃんと泊まれるか、ね?」


自分でもおかしな事を言っていると思う。あの建物はホテルなのだ。ちゃんと泊まれないほうがおかしい。

外観はまさに高級ホテルの佇まいがあった。

正面玄関前には楕円形のロータリーがあり、ロータリーの中庭部分には彫刻が置かれている。


このグレードの宿泊施設に菜瑠は一度も泊まった経験がない。そして、今を逃せば一生宿泊する経験はできないだろう。


四季と道路を横断し、菜瑠は恐る恐るホテルの敷地内へと足を踏み入れた。

ロータリーを通り正面玄関に着くと、菜瑠は微かに安堵した。入り口は完全に封鎖されている。ガラスを保護するためか、シャッターが下ろされ窓も同様に封鎖されていた。

正面シャッターには貼り紙がされており端的に『営業停止中』とだけ無機質な文字が印刷されていた。


「だめっぽいね」


四季は相変わらずの半開きの目で、失望の色も怒りの色も見せなかった。ただいつものように小さく頷くだけだ。


「ほかを探そう?」


菜瑠は内心で、ホッとする。このような格調高いホテルというのは緊張してしまう。たとえ世界が灰まみれであっても、自分には小ぢんまりとした民宿の方が合っていると思う。

菜瑠は踵を返し、正面玄関から去ろうとした。

だが四季は動かなかった。


「いこう?」


菜瑠が呼びかけると、四季は足をピタリと止めたまま、正面玄関の一部……下ろされたシャッターを指差した。

何事かとその方向へと目を向けると、そこには『文字』があった。


シャッターに映える赤い文字。それは乱暴とも言える赤い文字で、ペンキを使って書かれていた。

張り紙の『営業停止中』に欠けていた『感情』がその文字からは感じ取れた。殴り書きの見本ともいえる汚い文字を、菜瑠は目を細めて解読する。


それは、こうあった。



私は夢を見た。

空の暗い農園の丘に山羊がいた。


その山羊は草木を揺らす強風に体を晒しながら、「鳥になって農場の束縛から逃げたいのだ」と言った。だが嗄れた声のせいで、農園の動物たちの誰も自分の話を聞いてくれないのだと。


鳥になりたくも羽はなかった。


山羊は嗚咽を漏らしながら自分の体を齧り、干し草を食べるかのように身も血も粉にして、やがてそれを吐いた。


その粉は強風に乗って、南から西、西から東へと遠く飛んで行った。

皆の声が山羊と同じように、嗄れた。



「なに……これ」


それは夢の感想にしては気味が悪く、詩文にしては情感がなかった。


だいたい、意味がわからない。もちろん、意図もわからない。

人がいる――あるいは人がいた痕跡ではあったが諸手を挙げて喜ぶ気にはなれない。なぜ、こんな意味不明の文を、わざわざペンキで書く必要があるのか。


「気持ち悪い……」


菜瑠が言うと、四季も無表情ながらに頷いた。


「こんなことは、個人的なメモ帳にでも書くべきよ」


「誰が書いたの? ホテルの人……かな?」


少なくとも、シャッターが下ろされて以降に書かれたと考えるのが妥当だろう。そして、書いた人物がいささかに正気を失っていると考えるのが妥当だろう。


「四季、行こう」


菜瑠たちは逃げるようにしてグランド・キャッスル名守の玄関から離れ、宿営地に相応しい場所を探し、あてもなく廃墟の街を歩いた。


この街。灰の降る以前、あるいは人々が暮らしていた頃にはきっと様々な音や色彩に溢れていたに違いない。

だが今は違う。

どこまでも静かで――どこまでもが灰色だった。



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