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13月の解放区  作者: まつかく
8章 法外の法の下で
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8-7b ささやかな役割


ちゃぶ台の上に残されていた食べかけの食事は、黒なり茶なり――到底食欲をそそらない色に変色していた。

こんな風ではハエたちも愛想をつかすに違いない。もっとも羽虫の類は依然として姿を消していたが――。


「発電機はダメっぽいね。動かし方がわからない」


囲炉裏の周囲め残飯を片付けていた菜瑠のところへ、裏口近くで発電機をいじくっていた遼がやってきた。ロウソクを片手に報告する姿には疲れが浮かんでいる。


「電気はだめか」


そもそも、発電機に頼らなくともこの村には電線があり、電力の恩恵にあずかれるはずであった。

だが、むき出しの電球を始めとした電化製品は、スイッチを入れてもその役目を果たそうとしない。


これは停電ないし断線か。あるいは送電自体が行われていないのか。

結局は、ほとんど使われなくなっていた様子の囲炉裏に薪を組み、照明は数本のロウソクに頼るという――例の廃屋と変わらぬ文化水準を余儀無くされた。


もちろん、電力がなければ電話も不通であり、手軽に救助を求める事はできない。

裏口から出た場所にポンプで汲み上げる井戸があり、基本的なライフラインは確保できた。


かくして各自に雑務を振り分け、菜瑠自身は風呂の支度を担当していた。

電気給湯器を使用するはずの風呂は、廃屋のように薪で直接湯を沸かすこともできず、囲炉裏で加熱した熱湯でバスタブを満たすという、いささかに骨の折れる作業となった。


だが、住民が使っていたであろう洗剤や鍋などがそのまま残されていたのは、サバイバルをしている身分としては有難い。


「四季ぃ、やったよ、布団あった」


上階からバタバタと降りてきたエイミが、掃除に従事する四季に言う。


「臭うのはイヤだわ。許せない」


「大丈夫、大丈夫、圧縮袋に入ってっから! たぶんケンタと遼の分もある」


二階はこじんまりとした部屋が数部屋あり、今回は男子も文化的に眠ることが可能であろう。湯を沸かしながら、手際よく食事の段取りも菜瑠が始めていると、遼が囲炉裏のそばに座り込んだ。


「ナル子。さっきケンタとぐるっと回ってきたけど、駐在所があったよ」


「警察の?」


「うん。警察官が住み込みで働く場所。もちろん、誰もいなかったけどね」


「じゃあ、泊まるの――そっちを使ったほうが良かったかな? 一応、公共の施設になるかもだし」


「んー。でも狭いしね。コッチで正解ってことにしとこうよ。で、明日、徹底的に駐在所を調べてみる。なにか情報がゲットできるかも知れない」  


たしかに警察の管理家屋なら、何か資料があるかも知れない。

日報のようなモノに、『何が起こったか』が書かれていれば大収穫だ。あるいは、避難所に指定されている場所がわかればそこを目的地にできる。


「あと、車もあったよ」


「それって、あのワダチをつけた車?」


「いや、違う。ワダチは集落を出て、さらに山を下ってたから、たぶんこの集落の誰かの車だよ。軽トラだけど」


「そう……」


住民が避難したという事実が、この集落は危険だという事を示唆しているように思えてならない。その危険がなにを指すものか、それすらも判然とはしないが。


「わからない事ばっかりね」


「まったくだよ」


「施設から持ってきた食料も、かなり食べちゃったし……」


「補給しないとまずいね」


「何か考えて」


「いや、勘弁してよ。やらなきゃいけない事が多すぎて、体一つじゃ足りないよ」


そう言って、遼が苦笑する。だがこれももっともな話だ。施設を出てから、遼に対する負担が大きいのは菜瑠も意識していた。

多少、官僚的ではあるが、物事を任せるに遼が一番頼みやすい。

だが、押し付けすぎてストライキなどやられては共倒れとなろう。


「役割を決めようか?」


「そのほうがいいかもね。面倒なことは分担した方が不満もでないし」


「とりあえず、食べ物の担当を決めましょう。真空パックも無限にあるわけじゃないし、他に食べられる物を考える役」


「ケンタ」


この選任は短絡的と言えよう。ケンタが食料の管理をすれば、横領が発生する恐れがある。信用しないわけではないが、リスクは低減させるべきだ。

それにズボラなケンタならば、菜瑠たちが到底口に出来ないような代物でも、平気で食料扱いするに違いない。

控え目に菜瑠が否定すると、次の案を遼が提示する。


「エイミ」


「妥当かも」


「じゃあ食べ物の事は、エイミに任せよう。飲み物も」


かくして決められた食料大臣という役職は、夕食の席で菜瑠の口から発表された。

エイミはその激務を想像してか、指名された当初は難色を示したが、菜瑠が頭を下げて頼むと、断り切れずに引き受けた。

新大臣のスピーチは以下のような物だった。


「じゃあ、食べ物はアタシが仕切るから、口出しは許さないわよ。いーわね? もし逆らったら、飯抜き」


まばらな拍手を一身に受け、かくして芹沢エイミは食料管理大臣に就任した。

これで飲食物の調達から配給、準備などに関する権限はエイミの元に集中することになる。

大臣などと呼称するのは、いささかに幼稚かつ陳腐な発想とも思われたが、権力を象徴させるにそれ以外に適当なアイデアもなく、菜瑠自身が自分のセンスの限界を良く理解していた。


「次。稲上ケンタを防衛大臣に任命します」


「防衛大臣? 僕が?」


「危険からみんなを守る役目よ」


この言葉を聞いて新任の食料大臣などはケラケラ笑う。


「ケンタこそがデンジャーだから」


「いいの。ケンタは武器も作ったし、アイデアマンだし、一番大事なのは好戦的じゃない事」


これは菜瑠の独断と言っていい。

防衛大臣の適任者を考えた時、パッと思い浮かぶのは七井翔吾の顔などであったが、あの猫科は争いのない所に火種を作る可能性があった。

ジンロクがいれば問題なく防衛の任を任せるのだが……。


「ふうん僕がね。まぁ、いいや。じゃあ軍事費まわしてくれる?」


「予算はないの」


「それじゃ守れないなぁ。話にならんよ」


本物の大臣が見せるような、『イヤらしい苦笑』を見せたケンタに、食料大臣が厳しく当たる。


「じゃあケンタには、アタシの権限で食べ物まわさないから。働かざるもの食うべからず、よ。昔の人は良いこと言うわぁ」


この発言により食料省と防衛省の間に、ある種の緊張が生まれた。

張り詰めた糸、綱引きをやればどちらが勝つのかは言うまでもない。生命線である食料を押さえられた敗軍の将が菜瑠に不満そうな視線を向けた。


「ナル子はなにやるのさ?」


「首相、かな」


「じゃあ、遼は?」


「ええっと、総務省?」


「総務省ってなにやるの?」


ケンタの素朴な質問には遼自身が答えた。

「雑用だよ。僕は全員の手伝いをする」


「じゃあシッキーは?」


これには菜瑠もたじろいだ。

正直、エイミとケンタの役割以外は考えていなかった。思いつくまま発言してしまう。


「四季は法務省よ」


「法務省はなにするの?」


「ルールを作ったり……。揉め事があったとき、四季に裁定してもらうの。四季さんはいつも冷静だもん。ね?」


菜瑠に同意を求められた四季は、しばらくの沈黙ののち、小さく頷いた。


「逆らえば死刑」


物騒な物言いではあるが、四季が四季である以上、しかたがない。思いつきでの選任であるが、案外これはうってつけかも知れない。


「わたしはー?」


ユキが不満そうな目を向けてくる。


「ええっと、ユキちゃんは……。第三者機関かな。みんなを監視してちゃんとやってるかを調査評価するの。特にケンタを。サボってたら私に言ってね」


「やるー」


かくして、各自の役割が明確化された。

むろん、手が空いているときは他省庁の仕事を手助けするというルールも作られ、合理的に事が進むよう全員が努力する事となった。


そうして、簡素な食事と手間のかかる入浴が済むと、自然と就寝の段取りが始まった。

ちょうど3部屋ある2階の部屋割りは、菜瑠の独断によって決定した。男子2人、エイミとユキ、そして菜瑠と四季。

ここには菜瑠の個人的な思惑が入り込んだが、各省庁からの指摘はなかった。

二階の部屋から窓を開け、菜瑠は夜の風を入れる。


「誰もいなかったね」


菜瑠が言うと、ロウソクの光に照らされた四季が小さく頷く。


「でも、痕跡はあった」


「うん」


窓から吹き込んだ夜風にロウソクの火がさらされ、四季の影を揺らす。


「布団が臭うわ」


「仕方ないよ」


菜瑠は木製の窓を閉めて、布団の所へ戻った。

明日はこの集落で情報収集にあたろうと思う。


今の自分たちを取り巻く状況を少しでも把握しておきたい。

空を覆う黒雲と雨に混ざる灰。生活臭を残したまま消えた住民。食べかけの食事が、不穏な印象をもって菜瑠の心をざわめかせた。

焦燥感と恐怖感に対し、開き直れるほど強くはない。


「四季の布団で……一緒に寝ていい?」


「臭うけど、それでもいいなら」


早々と布団を胸までかけていた四季が、掛け布団を上げて菜瑠を誘う。菜瑠は呼ばれた仔犬のようにその布団に入り込み、四季に密着する。

シンとした夜だ。隣の部屋からはエイミとユキがふざけている声が聞こえる。


「四季……いい?」


尋ねるまでもなかった。言葉に間をおかず、四季の唇が菜瑠それに重なり、舌が侵入してくる。

互いに体をまさぐり、全てを忘れる時間が始まろうとしていた。


この瞬間だけは、世界も状況も焦燥も恐怖も、全てが無に感じられた。

四季の体を借りて現実から目をそらしているだけ、気付いて自分でも嫌になる。

落ちてゆく、どこまでも。


だが世界がこんなふうなら、きっとこんな自分だって許される。そう思いたい。



 *  *  *



目覚めた時、菜瑠の頭の下には四季の腕があった。腕枕で目覚めるなど人生初の体験だ。行為が終わった後に服は着たが、どこか照れくさい。

四季の横顔を見てみれば、機械少女は呼応したかのように瞼を半開きまで開いた。


腕は痺れないのだろうか。ふと仲間たちの間でまことしやかに噂される四季機械説に考えが及んでしまうが、菜瑠はそんなヨタ話を振り払うように氷細工のような横顔に声をかけた。


「起こしちゃった?」


「起きてたわ。動くと貴女を起こすから待ってたの」


優しいのか、そうでないのか分からないが、やはり四季だと思う。そして機械説を捨てきれない。


「顔洗いにいこ?」


ガバッと起き上がり、四季の手を引っ張ってバックパックから洗面用具を取り出すと、連れ立って一階へと降りてゆく。

囲炉裏の周辺には誰もおらず、ただ真空パックが二つ置いてあった。両方ハンバーグだ。

これはエイミの仕業であろう。


菜瑠と四季は裏口から外へ出て、井戸の前まで行く。

空模様は相変わらずだ。このまま年月が積み重なってゆけば、そのうち辞書から『晴れ』という項目は削除されるに違いない。

菜瑠がポンプを上下させると、数度の往復で蛇口から水が溢れでた。冷たく澄んだそれは、下に置かれた桶に打ち付けられる。

2人して唇を真っ白にしていると、唐突に背後から名を呼ばれた。


「菜瑠、四季」


呼ぶ声に振り返れば、エイミが裏口から顔を出していた。


「ちょっとケンタとユキ借りていくね。食べられるモノ探してくる」


なるほど、早速業務を始めるらしい。これは実に心強い。勤勉なことだ。


「あと、囲炉裏んトコにアンタたちの朝ごはん置いといたから、食べて」


「遼くんは?」


「なんか、調べ物とかで単独行動。まだ出発しないんでしょ?」


「うーん。うん」


「じゃ、行ってくる!」


エイミを見送ると、洗顔を終えて菜瑠と四季は囲炉裏へと戻った。そして、遅れ気味の朝食をとった。


「四季。私、洗濯するよ。施設でてから、一度も洗濯してないし、みんなの分も溜まってると思うし。洗剤もあったから」


四季はハンバーグを咀嚼しながら、コクリと頷いた。

非協力的な四季とともに全員のバックパックから服を取り出し、洗濯板もないままに洗濯し、それらを干し終えた頃、体感では昼過ぎになっていた。


菜瑠と四季が次の仕事を探し始める前に、遼が戻ってきて、囲炉裏へと腰を下ろした。眼鏡の少年はだらしなく足を放り出し、天井へ向かってため息をはき出す。


「つかれた……」


「おつかれさま。何かわかった?」


「んー。あそこの駐在所にいたのは片岡って警官だね。日誌の文字は汚くてあんまり読めなかったけど、避難については少し書かれてた」


「ここの人たち、やっぱりどこかへ避難したって事ね」


「うん。ただ、奇妙なんだよ」


「奇妙?」


遼は頷いてから頭を掻き、眼鏡を上げた。そしてその一連の動作が終わっても菜瑠の問いかけに対する返答をよこさない。

言葉にすることを躊躇っているような印象――菜瑠が微かな不信感を確実のモノとする寸前に、ようやく遼は応えた。


「日誌の最後のページまで、灰の事が触れられてないんだ」


「どういうこと? 避難したんでしょ?」


「それが、どうもここの住民の避難は降灰が原因じゃない」


「じゃあ……どうして……」


遼はチラチラと燃える薪を見つめながら、思索を深めるように言った。


「日誌の最後らへんは、医者を呼んだり、病状についての記述ばかりだった。この集落には医者がいなくて、麓から往診に来てもらってたみたいだ。で、医者の判断で重病者は麓の病院に入院させて……」


「みんな病気になったから、この集落は無人になった?」


「だと思う。確実に言えることは、かなり感染力の高い感染症だったみたいって事。たぶん、駐在さんも……」


思わず、菜瑠は肘を抱いた。全滅。のどかな山間の集落を襲った悲劇が、『食べかけ食事』のイメージと重なり、胸を焼く。


「降灰で退去したワケじゃない。それだけは確かだよ。みんな麓の病院へ行った。そして……」


「誰も帰って来なかった」


その後に降り始めた灰により、帰宅が困難になったのか。あるいは……。


「なんか、怖い」


「病気の原因が気になるんだ。もし、この集落に感染源があるなら……」


「あるなら……?」


「僕らも感染したかも知れない」


菜瑠は言葉を失った。

集落を全滅させた感染症、そして誰も帰っていない現状、それらから判断してこの場所に原因を求めるのも浅慮ではなかろう。

この集落に地理的、ないし環境的原因がある。だから誰も戻らず、棄村となった。その可能性は捨てきれないのだ。


「まぁ、考えすぎかも知れないけどね。休憩したら、もう少し情報を探してみるよ」


「私たち、大丈夫かな?」


「日誌によると、まず、最初に微熱が出るみたい。そこから長くて1ヶ月ほど元気になって、そこから急激な発熱。免疫系の破壊……。うーん」


「なぜ、元気になるの?」


「その間に感染を拡げるため……かな。ウイルスなりの戦略かもね」


集落を襲った脅威。暗雲を形作る灰。それらに相関関係があるのかどうか、菜瑠にはわからない。

だが、相関関係があって欲しいと思う。

もし、それらが別個の脅威であるなら、あまりにも救い難い状況に思えるからだ。


まさに『前門の虎、後門の狼』という故事成語そのものでないか。そして右門にはテオット、左門に半村だ。


「ここに居たら……まずいかな?」


「さぁ……わからないよ。それも含めて調べてみる」


「私たちも手伝うね」


「うん」


どこかで聞いた問答が菜瑠の脳裏に蘇っていた。

『世界が破滅するなら、複合要因だ』と。

火山の噴火に加え、強力な感染力を有した致死率の高い感染症、その二つでも凶悪なコンビネーションを発揮するのは想像に難くない。だが、その両方も確定したワケではない。

今は正しい情報を得ることが重要だ。

自分たちで調べ、考え、行動する。


これは生きるために当然の行動だといえる。だが、今までの自分を省みたとき、その『当然』を行ってきただろうかと菜瑠は考え込んでしまう。

果たして自分は、自主的に調べ、独創的に考え、自発的に行動してきただろうか。


なんらかの枠組みや、なんらかの軌道に乗って、ただ流されてきただけなのじゃないか。それは生きてきたと言うよりも、生かされてきたという受動的なものでなかったか。


そうして今、世間なり社会なりと定義される軌道から外れ、路乃後菜瑠は一個の人間として真価を問われている。無軌道の中で自分の軌道を歩まねばならない。

そうして小さな成果を積み上げて、目を開いて、たくましくもない両足で立ち、前を向く。そうして現実と向き合おうと菜瑠は思う。


今や進路希望シートには1行しか欄が無く、そこには『路乃後菜瑠』と書くしかない。




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