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13月の解放区  作者: まつかく
8章 法外の法の下で
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8-7a 棄てられた集落

中天にわだかまる雲が、不穏な遠雷をまとって流れてゆく。


太陽は厚い雲の向こうに姿を隠したままで、その居場所すら判然としない。

だが、菜瑠は日没が近いことを視覚でも聴覚でも嗅覚でもなく、それ以外の感覚で感じ取っていた。

第六感ともいえるそれは、菜瑠だけに授けられた能力ではなかったようで、エイミが歩きながらボソリとつぶやいた。


「ヤバイよ。このまま夜になったら……」


その言葉の続きは聞くまでもなかった。

舗装された道路を延々と下って来たが、ここまで救助をのぞめそうな建物、そして夜露をしのげそうな民家は見当たらなかった。

ガードレールに仕切られた右にも左にも、高い樹々がそびえ立ち、限界まで道路へと迫っている。


広大な森林を割ってゆく一筋の道路。はるか天界から見下ろせば、それは縫い糸のように頼りなく、うねっているに違いない。

この両脇の森から、いつ例の『ケモノ』が現れるか。そう考えただけで、身は引き締まり、気は張り詰める。

菜瑠は森から物音がするたび、手にした長棒を強く握り、急襲にそなえてしまう。


「大丈夫だって。まったく、生活委員は神経質で困る」


ケンタは長棒を武器としてではなく、歩行補助の道具としており、緊張感はミジンもない。菜瑠としては、その能天気が羨ましくも少々憎らしく、つい憎まれ口を叩いてしまう。


「きっと、ケモノが襲って来たら、1番にケンタを狙うよね。丸々と太って、1番美味しそうだもん」


「ほほほ。僕はね、ケモノなどに簡単に食われはしないよ。この肉を身につけるのに、どれだけお金がかかったか」


「なによ脂肪ばっかりじゃない」


菜瑠の言葉にエイミが乗っかかる。


「ケンタの肉、1gにつき、カロリー5万ぐらいありそう。ちょーアブラ身」


「ほほほ。これだから物を知らぬ素人は困る。君たちは『霜降り』と言うものを知らんのかね?」


憂理や翔吾抜きで、どこか辛辣になりきれない軽口を交わしながら、一行はひたすら山を下っていた。

野営の準備をするべきだろうか。菜瑠は悩む。日が完全に暮れる前に、ある程度の準備をしておくのが上策か。


菜瑠は先頭をゆく遼に足早で追いつくと、訊いた。


「野宿の準備……したほうがいいかな? 薪を集めたり」


遼は前を向いたまま答える。

「と、僕も思わないでもないんだけどね。残念ながら、出発からここまで良い場所が見当たらなかった。また雨が降ったら悲惨だね」


空は重く曇り、いつ雨が降り出してもおかしくない雰囲気を漂わせている。もっとも、それは今に始まった事ではないが。

菜瑠も前を向き遼の歩行速度に合わせた。


「薪も昨日の雨で大半が濡れてるだろうから、燃やせる薪を探すの大変だよね?」


「そうだね。雨が降って、日がくれて、屋根も焚火もないとなると――」


「なると?」


「やだね」


正直であり、率直でもあり、素直な感想だ。たしかにイヤだ。そんな特殊部隊の精鋭がやるような野宿は、菜瑠だってイヤだ。

菜瑠は小さくため息を吐き、歩行速度を落として後方へ下がると、今度はエイミに問う。


「ねぇ、もう日がくれるかも知れないけど、エイミはどうすればいいと思う? 夜露をしのげる家みたいな場所と、火が必要なの」


「そぉね。民家を燃やして中に入る。これで両方解決。アタシってば天才」


「まじめに」


「だって、わかんないよ。アタシが言えるのは、傭兵がやるような野宿はイヤってコトぐらいかな」


「それわかる。じゃ、ケンタは? どう思う?」


「民家を燃やして中に入る」


「まじめに! 四季は?」


問われた機械少女は、歩行による疲労を一切見せず、涼しい顔で言う。

「最悪のケースは屋根も火もない状況だわ。それだけは避けるべき」


「そうだよね。ケモノもいるかもだし……」


四季はコクリと頷き、続けた。

「でも時間的な余裕はない。では、ここで私たちに出来ることは?」


四季から発せられた唐突な質問に菜瑠は慌て、救いを求めてユキと並んで歩くケンタへと視線を向ける。


ケンタは仏のような穏やかな微笑みを見せて柔らかく頷くと、答えた。


「ふふ、ナル子。それはね、諦めないココロ、さ。諦めない事。それが僕たちに出来ること」


なるほど、と菜瑠が納得しかけた瞬間、四季が否定する。

「全然違うわ」


ハッとして菜瑠がエイミへと回答を求める視線を向けると、エイミも慌てた様子で答えた。


「だ、妥協しないココロ! そうよ妥協しない事よ!」


「違うわ」


前方を歩く遼は後ろ歩きをしながらニヤニヤして、菜瑠を見つめてくる。これは『僕はわかったけど、教えないよ。なぜなら僕は意地悪な変態だからさ』だ。

ユキの幼い視線が菜瑠に刺さり、エイミも『菜瑠、アンタも恥をかきなさいよね』の目。菜瑠の脳内物質が久々に活発に運用された。

そして少しずつ論理が組み立てられてゆく。


「えっと、雨が降る前、日が暮れる前に、やらなきゃいけない事がある。それは薪集め」


四季が小さく頷くのを確認すると、菜瑠は続けた。


「で……民家は無理でも、このまま下れば屋根の代わりになる場所があるかも知れない。でも薪集めで立ち止まってたら、屋根の場所までたどり着けないかも」


「続けて」


「だから、道を進みながら使えそうな薪を集める!」


「そう。なにも難しくない、単純なことよ。そうすれば、最悪の状況を回避しながら、最良の状況を模索できる」


たしかに単純すぎた。単純すぎるがゆえに気付かない事も人間にはある。

屋根は贅沢だとしても、雨さえしのげれば炎を友とできる。

方針が決まると、菜瑠は全員の荷物を集め、その中身を再配分した。

先の民家で消費して空いたスペースに、他バックの真空パックやペットボトルを移し、空のバックパックを作った。


「ケンタが背負って」


「なんで!」


「背負って」


そうしてケンタの背中が焚き木の回収袋となり、次々に燃料に適した道端の木片が投げ込まれてゆく。

降灰に覆われた道路では使用に適した木片かの判断がつき辛く、拾う手指がペースト状の杯で鼠色に染まる。

ユキなどは、身長が足らず、バックパックに木片を投げ込むものだから、ケンタの後頭部はバスケットゴールのバックボードのごとしだ。


「どのくらいいるかな?」


エイミの質問に、菜瑠は端的に答える。


「とにかく、限界まで詰め込んで」


燃料は多ければ多いほどいい。次に降る雨が、すぐにやむ保証はないのだ。


「みて、ナル子」

相変わらず先頭を歩いていた遼が立ち止まり、道路にしゃがみこんでは菜瑠を呼んだ。


「どうしたの」


「ここの灰。ほら? わかる?」


遼が道路の一部を指差し、なんらかの発見を伝えようとするが、菜瑠にはわからない。


「わたし、灰の専門家とかじゃないから……」


「よく見て。ここだけ薄い」


言われてみれば、たしかに灰の層が薄く見える。あまりにも微かで、言われなければ見落とすような違いでしかないが。

「うん。ちょっと薄い」


「で、そっちを見て」


遼の指先に導かれるまま視線を向けると、そこにも薄い灰の層があった。


「これって……」


遼が灰だらけの指でメガネを上げた。そして立ち上がり、言う。


「クルマだ。これ車のワダチだよ。2メートル間隔の薄い灰の層が、この先までずっと続いてる」


菜瑠も遥か前方を眺めながら、ゆっくりと立ち上がった。


「灰の上にワダチがあるって事は……」


菜瑠がつぶやくと、遼が応えた。


「降灰が始まってから……少なくとも、ここまで車で来た人がいる。で、ここでUターンしてるみたいだ。つまり……」


「降灰が始まって以降も、この周辺に人はいた……。ってことは」


「降灰イコール壊滅じゃない。つまり?」


「助けを求められる人がいる」


「うん。そして、それは自動車免許を取れる年齢以上の大人って事」



 *  *  *



ケンタの背負うバックパックが容量限界を超えた頃。退屈な森林が切れて、菜瑠たちの目の前に小規模な集落が見えた。

道路に沿って張り付くように形成された村落だ。


「菜瑠! 村ある、村ぁ! 村ぁ!」


エイミが俄然テンションを上げ、指をさしては大声を上げた。ケンタやユキも喜びを奇声に変えて叫びを上げる。

新大陸を発見した瞬間のコロンブス一行もこんなふうだったに違いない。


「ナル子。ワダチもこの集落に入っていってるね」


遼に言われて車輪の軌跡を目で追うと、確かに家屋の密集している脇道へ車両が入っていた痕跡が認められる。


「誰か……人いるかな?」


菜瑠が問うと、遼は表情だけで『どうかな』と言ってのけた。

ワダチじゃ少なくとも昨日今日に残されたモノではなく、少し離れて集落を観察するだけでも『閑散』としていることがわかる。


「二手に分かれて人を探して。ケンタとユキちゃんと遼くん。私とエイミと四季ね」


そう菜瑠が言うよりも早く、ケンタとユキは集落の小道に足を進めており、慌てて遼がそれを追っていった。


「じゃあ、エイミ、四季、いこう」


ワダチを追跡していた遼が道路から逸れた小道へと行ってしまったので、菜瑠はワダチをなぞって進むことにした。


「誰かいるー?! アタシよー、スーパーアイドル芹沢エイミちゃんが来たわよぉぉ!」


冗談とも本気ともとれない呼びかけが、シンとした寒村に響き、やがてマヌケな反響を聴かせる。

「菜瑠、誰もいない?」


ここは棄村だろうか。前近代的な住居が密集しており、軒先には干からびた野菜などが吊されていた。

だが、先頃まで滞在していた廃墟よりは状態が良く、つい最近まで誰かが生活していた雰囲気を感じる。


木材を多く使用した家屋群の脇には薪が規則正しく積み上げられ、どの家の引き戸もキチンと閉じられており、窓などに破損はない。

心強く感じるのが電線の存在だ。

コンクリート製でなく、スチール製の細い電柱ではあるが、数本の電線が各家屋に配られているところを見ると、例の廃屋よりは文化的に過ごすことが可能に思われた。


薄くつもった灰に残されたワダチは、民家の前をしっかり通っていた。


「四季はどう?」


「シャワーを浴びたいわ。頭がかゆいの」


「そうじゃなくて。ちょっと待ってね。とりあえず、このワダチを」


説得しようとした菜瑠の目の前で、四季が地面を指さした。


「降りてるわ」


すぐに指がさした先を確認すれば、たしかに人の足跡があった。エイミが近寄って、じっくり観察する。


「やだ、なにこれ。2人いる?」


ワダチの横に唐突に生まれたそれは、たしかに2人分の足跡だった。複雑に交差し、形を崩しかけてはいるが、確かに足跡だ。

足跡を追って視線を走らせると、2人は近くの家屋に立ち寄り、入り口へ向かい、窓まで移動し、やがて車に戻ってきていた。

引き戸が半分ほど開いているが、中まで立ち入った様子はない。


「人がいるか調べたのかな?」


「そー考えるのが自然よね。アタシにいわせれば、救助の人よ」


「救助」


「みんながちゃんと避難したかどうか、調べに来たんでしょうね。で、戸が開かれてたから呼びかけた、ってトコ。うん」


推測するに材料は決して多くなかったが、菜瑠にはエイミの言が正しいように思われた。


灰が積もった中をやってきて、家屋内をうかがうようにして調べ、また立ち去っている。

この推測が正しいなら、この集落も無人であるという結論が出る。

菜瑠は不安を口にした。


「なんか怖い……。何が……おこったんだろ?」


「外もタダゴトじゃない……ってコトは確実ね」


「……とりあえず、今日はこの家で泊まる? これ以上は進めないし」


その家は古くさい家屋群にあって、一際古くさい造りをしたモノであったが、不法侵入するにしても、新しい家より古い家の方が精神的負担は少ない。


「ナル子ぉ!」


道の先から、ケンタたちがやってきた。なぜ、前から? と菜瑠は奇妙に思うが、小道は集落をグルリと一周する作りになっているらしい。やってきた彼らも不思議そうに手を振ってくる。

遠くから、静かな村に遠慮もないケンタの大声。


「誰もいないー。車はまた道を下っていったみたい」


そして控えめに遼の声も続く。

「家の鍵もかかってるよ。棄てられた村みたい」


今日の所は、この戸の開いた古家で過ごさせてもらうのが賢明のようだ。


「今日はこの家を借りましょう」


半分開いた戸から、菜瑠が内部を覗くとそこは廃屋よりは生活に適しているように思えた。

菜瑠は家屋内に向かって、挨拶をする。


「えっと、わたし、路乃後菜瑠って言います。ちょっと問題があって山を下りてるんですけど、泊まるところがなくて」


むろん、返事はない。木造家屋の隅々にまで菜瑠の声が染み入ってゆく。


「えっと、今晩ここでお世話になります。汚したり壊したりしないので、えっと、どうぞお願いします」


すると、家屋内からでなく、背後から返答があった。ケンタだ。


「ナル子、そんなん言う必要ないよ。家だって誰かに使われるほうが幸せなんだから。カモーンって言ってるはずさ」


などと自分勝手な主張をしながら菜瑠を押しのけ、ケンタはズカズカと家屋内へと侵入して行った。

遅れまじとユキが続き、肩をすくめながら遼、エイミ、そして菜瑠の目を見て四季が満足げに小さく頷いた。そして入ってゆく。


家屋に入る前に、菜瑠は空を見上げた。

杜倉憂理たちは無事だろうか。廃屋に残してきたメッセージに気付いてくれるだろうか。

はやく追いついてくれれば良いのだけれど。


こうして見知らぬ集落で菜瑠たちは夜を迎えようとしていた。




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