1-8 罰則者たちの夜
学長が直々に騒動の当事者たちの名を挙げることは、憂理たちにとって幸運だったと言える。夕食の途中で、翔吾が地下の鍵を返していないことに気がついたのだ。
アヒル口の少年はいささかに慌てて、パニックを引き起こしかけた。
しかし、前半グループが食事をとっている食堂に、学長は見あたらなかったことから、おそらく後半グループへの罰の発表とともに、そのまま後半グループとともに夕食をとるに違いない――。
そんな遼の言葉により、なんとか場は収まった。
そうしてちょうど、後半グループの夕食が始まるころ、憂理たちは洗濯室に集まっていた。翔吾は鍵を返却するために執務室へ行き、遼は配膳当番で席を外している。
「エイミ、この図面助かるよ」
どういたしまして、と眉をあげるエイミはどこか誇らしげだ。
「書いてる途中で菜瑠に見つかって、危なかったけどね」
「ナル子にしても、ガクにしても、ちょっと周囲が騒がしいな。エイミは俺らとつるんでて大丈夫なのか?」
「どうだろーねー。でも、面白いし、罰を受けない限りは大丈夫だよ」
罰則。憂理とケンタは、明日より3日間は目立った行動はできない。自由時間に従事させられる掃除も、ガクなり誰なりがサボらないよう監視につくことは必至だ。
束縛の日々を思うと気分は沈んでしまうが、心の片隅には興奮がくすぶっている。退屈な日常が劇的に変化する『何か』があると考えるだけで、昂揚がわき上がるのだ。
「罰掃除はグループに分けてやるんだよな?」
憂理の問いかけにケンタは丸い肩をすくめた。
「たぶんね。前もそうだったし」
前例に倣えば、5人1組のチームに分けられ、各担当エリアの清掃に従事することになる。
「上手く……俺たちが同じチームになれるよう根回しできないかな?」
「生活委員が決めることだからなぁ。たぶん今回もクジ引きだろうケド、ガクに頼めば……」
『ガク』という時点でそれは無理な話であろう。5人全員が気の知れた仲間ならば、時間的な融通も利こうが、残念なことに翔吾や遼、エイミは罰則者ではない。少なくとも3人は部外者になると覚悟しておいた方がよい。
「……しょうがないな。3日間はおとなしく掃除でもしてるか」
「その間にアタシたちが謎を暴いてみせるって」
にんまり笑うエイミは自信に満ちあふれている。憂理はショートケーキのイチゴを奪われたような気分だ。手柄を奪われると言えば聞こえは悪いが、重要な部分を手放すのはやるせない。
「でも、しかたないか」
自分でまいた種であるし、受け入れるしかない。憂理が何度目かのため息を吐いた瞬間、洗濯室のドアが勢いよく開いた。翔吾だ。
猫科の少年の登場にエイミが即座に反応した。
「おかえり」
「ああ」
「なぁ翔吾。明日から俺とケンタは動けないから……」
「わかってるってばよ。俺と遼とエーミで調べなきゃ、だろ?」
翔吾の口から名前が挙がったことが嬉しいのか、エイミは小さなガッツポーズを見せた。
「行けない俺が言うのもアレだけど……。『痩せ女』の所に行って欲しい」
あの女が何者で、なぜ地下に監禁されているのか。それが憂理にとって最大の関心事である。全員の瞳を順に見回し、憂理は続けた。
皆は、親に預けられてここにいる。なのにあの痩せ女だけが何故監禁されてるのか。何故これほどまでに待遇が違うのか。
翔吾が洗濯機にちょこんと腰掛ける。
「まぁ……俺たちも外にでられない以上、監禁されてるみたいなモンだけどな」
エイミが肘を抱いて言う。
「その女の人、脱走しようとしたんじゃない?」
「かもな」
翔吾の相づちに憂理も頷き、論理を組み立てる。だとすると、サイジョーも監禁されているかもしれない。
もっと言えば、脱走しようとした者にそのような処遇がなされるのであれば、学長の横暴と言うほかない。
しょせんは生徒を預かっているだけ……一時的な保護者に過ぎないのに、それを監禁するなど虐待に近しいではないか。
「とにかく風呂に行こうよ」
まぶたを半開きにしたケンタが疲れを隠さずに言った。「眠いよ」
「朝から散々だったからな……」
「今日はさっさと寝るべき……だな」
アクビとため息が各々の口から漏れて、その気だるい響きが洗濯室を満たした。
大浴場にて湯を浴び、頭を洗っているときも、全ての事柄を地下に結びつけてしまう。この湯は、地下のボイラー室から送られてきたものだ。
このタオルだって、地下の倉庫に積まれていたモノかも知れない。そんなことを考えていると、自然と口数は減り、ケンタとの喧嘩で切った口内がヒリヒリと痛んだ。
そうして日付が変わる頃まで、ほとんど一言も発せず、憂理は床についた。布団を頭までかぶって胎児のように丸まる。
誰かの歯ぎしりやイビキ、あるいはうつろな寝言が部屋の闇に飛び交っている。
それらの、あまりにも無粋な子守歌が、思考に疲れた憂理を、とろりと深い眠りへと誘った。