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13月の解放区  作者: まつかく
8章 法外の法の下で
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8-5b 箱船の定員


生活棟の空気は、上階のそれよりも薄く感じられる。


自然と呼吸の回数が増えて、激しい運動は禁物だと肺が示唆してくる。

先を急ぎながら、憂理はタバタに問うた。テオット活動にどっぷりとハマった人物と、じっくり話し合う機会などこれまで無かった。


「えっとさ。お前らさ、体育室で死ぬつもりだったのか?」


「導師は言っていたわ。道はひらかれる、って。そして、実際に今そうなってる。杜倉くんが言った『大丈夫』でそう確信したの」


「そりゃどうも」


「道は常に目の前にあるの。ただ私たちはソレが見えない時もある。足下に確固たる道があるの。誰かに『いけるよ』って言って欲しかったのかも」


黙って話を聞いていた翔吾が忌々しげに口を挟んだ。


「そりゃ違ぇよ。お前らは全部を『導き』だのなんだのって有り難がって、自分でなんも考えてねぇだけ」


翔吾の言葉にタバタは反論しない。ただ憎らしげに睨み返すだけだ。


「杜倉くんもそう思うの?」


「どうだろな。俺にはお前らの考えが良くわかんねぇけど……。ただ」


「ただ?」


「キリストなりブッダなり、タカユキ――そんな口が達者な奴の言葉だけを追っかけて、自分たちがキレイな存在だ! って言われても『はぁ、お好きにどうぞ』としか言えねぇよ」


「偽善者だって言いたいの?」


「タカユキになれよ」


「は?」


「むしろ、タカユキを超えろよ」


理念や信条が確固たるモノならば、タカユキの言葉にいちいち導かれる必要もない。

美しい新世界という理想を本当に実現したいならば、言葉を追うだけでなく、言葉を作る側にならねばならない。本人に確固たる礎があるならば、それは難くないことだ。


なのに彼らは先導者の言葉に追従することに重きを置き、いささか盲目的と言えるまでそれを繰り返す。これは言葉の奴隷と言い換えても良いほどだ。

そして『すばらしき新世界』の名の下に自分たちを正当化するテオットたちは、ある意味では半村たちよりタチが悪いかも知れない。


「お前らは、理想を追っかけてるんじゃなくて、タカユキを追っかけてるだけなんだよ。半村奴隷とかわらん」


「違う!」


いささかにヒステリックに叫んだタバタに対し、憂理は淡々と持論をぶちまける。

半村は暴力によって支配し、タカユキは精神を縛ることによって支配する。どちらが人間を深刻な事態に追い込むか。


「お前らは出来損ないの宗教だよ」


「ユーリ」ジンロクが渋い表情で首を振る。「上手く言えんが、全員がタカユキになったら収拾がつかん」


どこかズレているようにも思えたが、どこか深いような意見でもあった。

ジンロクはタバタを一瞥するでもなく、ただ前を向き、歩みを進めながら言う。


「こんなのを聞いたことがある。『信仰を持つものが無神論者より幸せだという。それは酔っ払いがシラフの人間より幸せなことに似ている』ってな。……まぁ、気持ちよく酔ってるなら、ほっといてやれ」


「なんだよロク。お前、酒のんだことあんの?」


「まぁ、なんだ。俺も、『清い人間』じゃないからな」


黙り込んだタバタから視線を前に戻し、憂理は歩みを進める。もし、自分が行かなければテオットたちはどうなっていたのだろうか、と『IF』を考えてしまう。

タカユキもなぜ無策で鷹揚おうように構えていたのか。自暴自棄になるには早すぎる。タカユキに希死念慮――つまりは自殺願望があったなら頷けない話ではないが、生活棟に侵略したバイタリティーがそれを否定しているようにも憂理には思えた。

不可解な奴には不可解な理由があるものか。


そうして重苦しい沈黙のままにようやく寝所、つまりは旧学習室までやってきたが、どうも静かだ。

葬式会場でも、もう少し活気があるものだが。


「いんのか?」


翔吾が誰に言うでもなく呟く。ジンロクがスッとフロートドアの小窓まで歩み寄った。


「いるな。さっきと変わらずだ」


ジンロクが場所を譲ってくれたので、憂理も小窓から中を覗き込んでみた。PCに向かってツカサが座り、際奥にはカネダが横たわっている。ハマノとコスガ、名も知らぬ男子。


「すくない……これで全部か?」


半村奴隷の人数はこんなものではない。他の者たちは何処へ行ったのか。

少し想像して、憂理は納得した。

急な遠隔操作で生活棟のいずれかの部屋に閉じ込められたに違いない。

テオットの襲撃を回避するため、近くの部屋に逃げ込んだのだろう。そこが大きめの棺桶となるとも知らず。

不憫なのか、そうじゃないのか。


小窓から覗く憂理に気付いたツカサが、いそいそとドアまでやって来た。


「杜倉さん」


「外は空気薄くなってきてる。中はどうだ?」


「わかりません。でも不自由も感じないです」


「そか」


ツカサは声をひそめて、小窓に囁く。

「防火シャッターも次々に下りてます。エレベーター前もさっき下りました。……でも半村様は悩んでますね」


「悩む?」


「あの、女性が1人もいないので……」


なるほど、『性の悩み』というわけか。憂理は呆れてしまう。

半村の予定では、女子の大半が寝所に集まるハズだったのだろう。そのためにわざわざ救済ルールを設けたのだ。

だが実際は数名の男子が逃げのびて来ただけにとどまった。これは期待外れの結果だったろう。

強制淘汰の後に、男しかいないならそれは半村にとって地獄だと言えるに違いない。

しょげかえって、全村どころか、四分の一村になってしまうのではないか。


「よし、ツカサ。お前はその線で半村を揺さぶれ」


「その……線?」


「女がいないことを強調しまくって、封鎖を解除させろ」


「いけるかどうか……」


「やらないよりマシだ。俺ら、最大限に抵抗することにした。最後の一秒まで諦めない。力、貸してくれ」


ツカサの目に力が宿った。

「やります」


「頼むよ」


「杜倉さん。PC触ってて気付いたんですケド。なんか、画面に杜倉さんがいるんです」


ツカサ流の軽口かと憂理は訝るが、表情は真剣そのものだ。画面に、憂理が、いる?

言葉の意味がよくわからない。

キョトンとした憂理に、ツカサが慌てて説明を付け加える。


「ええっと、なんかですね、杜倉さんそっくりのキャラがたまーに、ピコピコ画面内を横切るんですよ」


「なんだそれ」


「僕が聞きたいです」


ツカサの説明を想像し、ようやく憂理の脳細胞が活発に活動し始めた。

どこかで……。


「ソレって2頭身? 腕をパタパタ動かす? 眼鏡のキャラもいる?」


「ソレです!」


「四季だ……」


完全な記憶が憂理の脳内で再生される。

蔵書室で四季に捕まり、遠隔ロックの説明を受けた時、たしか憂理のキャラクターが画面内にいた。

それが、半村のPCに入っている。これは四季が何かしらの工作を行ったに違いない。


「四季って女が、なにかしてる。ツカサ、突き止めろ。なにかある、それは」


「わかりました。調べます。やれるだけやってみます!」


「俺たちは他の手を探す」


「杜倉さん、こっちと蔵書室のPCでやりとりできるんで、何かあったらすぐにメッセージ飛ばします。音声チャットは半村さまに聞かれるので無理ですけど」


「ああ。頼りにしてるよ」


ツカサは小さく頷いて、すぐにPC前へと戻って行った。

憂理は四季の暗躍を感じる。あの笑わない女は何を考え、何を仕込んだのか。

それがわかれば逆転は無理でも現状を好転させる事は可能かも知れない。

だが謎解きだけに時間を使うワケにもいかない。少しでも多くの可能性を探すべきだ。


「医務室だ。学長を起こそう」



 *  *  *



予想に違わず、医務室のドアは堅固に閉ざされていた。

面会謝絶というワケでもなかろうが、少なくとも閉鎖病棟である。


ドアを叩き、学長を呼び、やがてその行為の無駄に気付いた憂理は諦めにため息を吐いた。

おそらく、遠隔操作による施錠がなされたドアは内部からも開くことが出来ない。

中から開ける事ができるなら、半村奴隷たちか通路に溢れていてもおかしくない。そうであるから深川狩りの際も、ロックが意味を持ったのだ。


「ユーリ。どうするよ?」


翔吾の表情に疲れが見える。ジンロクにも、タバタにも同様の疲労が浮かんでいる。憂理だってそうだ。


「なんか、歩いただけなのに……体力消耗するよな」


ジンロクが小さく頷く。

「空気が薄いからだろうな」


動けばそれだけ死を早めることとなるのか。かといって消極的に行動していては道もひらけまい。そんな単純なジレンマが焦りを生む。


「杜倉君」


突然の呼ぶ声に振り返れば、医務室の小窓から学長の目が見えた。


「学長……無事で」


「ドアが開かないが……半村君がロックしたのか」


「うん。ドアだけじゃなくシャッターも下りてます」


学長の目に驚きはなく、ただ思慮深い知性がうかがえた。

憂理は続ける。


「通気口も閉じられました。このままじゃ窒息だよ。どうしたらいいですか。学長なら何か……」


「なんてことを……」


「生活棟と上階あわせて、50人はいると思います。学長。どうすれば?」


小窓のガラスの向こうで、初老の男は顔のシワを一層深くする。これは困惑の表情だ。なるべく見たくはなかった表情だ。


「エレベーターの鍵を……」


「エレベーターは壊れました。それに防火シャッターも……」


「防火か……実際には防水でもあるが……気密性の高さがアダになるか。皮肉なことだ」


翔吾が不遜な態度で学長を糾弾する。


「なんとかしてくれよ。死ぬのはいいけど、殺されんのはゴメンだ! ミジメったらしく殺されるなんてな! 学長がしっかりしねぇから、こうなったんだからよ!」


これはほとんど敵意と言い換えた方が良い批難であったが、学長の表情は変わらない。


「半村君は地下階か……」


「地下に行く手立て、なんかないすか」


「なくはない」


どうも日本語として怪しい返答であったが、それを指摘している余裕はない。


「どうやって?」


「ダストシュートだ」


一瞬、その単語が憂理の脳内で検索にかけられ、すぐに該当があがる。

――ゴミ箱?


1部の部屋や、通路に点在するゴミ箱。それを『箱』と表現するのは間違いだ。

くるぶしの高さほどにある、押したら開くステンレスの蓋。それにゴミを投入すれば地下の焼却施設まで落ちるという単純な仕組み。

陳腐な表現を使うなら、ゴミ箱でなくゴミ通路、と評価するのが正しいかも知れない。


たしかにダストシュートは地下階へ繋がっている。だが、解決策にはなりがたい。

ダストシュートは狭すぎた。憂理が赤ん坊であってもギリギリ通れるほどの広さしかない。到底、脱出口にはなり得ないのだ。


「学長、無理だよ。狭すぎる」


憂理がそのアイデアを否定すると、学長は小さく首を振る。


「通るのは、杜倉君、君たちじゃない」


「じゃあ誰?」


「誰でもない」


学長はそこで間を置いた。まるで、言葉にすることをはばかっているかのように、表情をいっそう苦くする。


「杜倉くんと話したい。七井くん、坂本くん、田端くん。すこし離れていてくれないか」


翔吾は疑り深い視線を学長へ刺しながらも、ジンロクに肩を叩かれその言葉に従う。

3人が充分に離れたのを確認すると、学長は小さく頷き、言う。


「……杜倉君。水だ」


「えっ?」


「全ての水道の蛇口を開き、ダストシュートから地下階へ水を注ぎ込むんだ。排水ポンプの容量を超えるほどに。平たく言えば……水攻めだ」


憂理は返す言葉がなかった。ただ唖然として小窓の向こうの学長を見つめる。


「地下を水で満たし、機能をショートさせなさい。そうすれば、安全装置が働いて、システムが非常時運転に切り替わるだろう。非常時運転になれば、安全確保のため、すべてのドア、すべてのシャッターは解放される」


「それで助かる?」


学長の表情は冴えない。


「助かる、か……。杜倉君。これはむしろ危険だ」


「なんで……ですか」


「システムがシャットダウンすれば、少なくとも地下階は壊滅し、排水機能が止まる。そうなれば流入してくる地下水を排出できない。水道水を止めても、延々と水位が上がり続けるだろう。この階も、上階もだ」


水没するのは半村だけではない。水攻めを使えば、自らの首をも締める結果となろう。諸刃の剣の見本のような話だ。


「泳いでも無理?」

憂理が伺いをたてるように聞くが、学長は首を振るばかりだ。


「中央階段はコンクリートで封鎖されている。エレベーターの昇降路だけが脱出口になるだろうが……50名もいては全員の脱出は到底無理な話だろう……。多くて10名ほどしか助からない」


学長は淡々と説明する。浸水が一定以上になれば、非常時用の緑光ランプも消えるだろう。水泳に達者な者でも、完全な暗闇の中で泳ぎ切れはしない。

大半が溺死するはずだ。こんなモノは『代替案』とも『手立て』とも言えない代物だ、と。

だが、完全に八方塞がりなら、あるいはソレに賭けるしか無くなるかも知れない。

憂理はポツリと呟いた。


「切り札ってやつ……か」


「杜倉君、切り札なんてものは、切らない方がいいんだ。本当はね。だが、選択肢の一つとして頭の片隅に置いておくといい。私は動けない。だから君に判断は任せよう」


箱船は浮かぶのか。浮かんだとして、少数の命のために、多数の命を犠牲にして良いのか。あまりにも現実離れしたような決断を任され、憂理の思考は奇妙な浮遊感さえ覚えていた。


誰がために船が浮くのか――かりそめの救世主には、全てを救えない。

全能であるはずの神とて、ノアの箱船に乗船定員を設けたのだから。




 * * *

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