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13月の解放区  作者: まつかく
8章 法外の法の下で
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8-2 限られた救済


いままで解放されていた部屋も、遠隔ロックにより固く閉ざされ、憂理たちに重苦しい閉塞感を与える。

寝所や娯楽室も閉鎖されたなか、憂理の中には大きな懸念けねんがあった。蔵書室をロックされていたら――。


ドアというドアがロックされた状況では、洗濯室の穴にも期待できない。

それらを解放できる蔵書室のPCが頼みの綱だ。

そこが閉ざされていたら、憂理たちはただ無為に窒息を待つだけになってしまう。


だが憂理のなかに、奇妙な確信があった。あの部屋は、蔵書室は開いている、と。

そして、その部屋にたどり着いたとき、やはり確信が間違いで無かった事が確認できた。

鍵はかかっていない。


翔吾などは、「ついてるな、ラッキー」と自らの幸運に感謝するが、憂理はそれが幸運ではないと察していた。

これは四季による、あの食えない少女による、なんらかの工作に違いない。


以前、半村たちによる『深川狩り』が行われた時、リモートロックが使用された。おそらくあの時に四季が蔵書室を『特例化』したに違いない。

蔵書室のヌシが、その住処を守るため。



重苦しい蔵書の臭いが一行を歓迎する。

翔吾が『四季の椅子』にヒョイと腰を下ろし、目を半開きにし、高めの声を上げた。


「ありえないわ。ワタシぐらいの天才になるとわかるの。つまり半村もタカユキも、チンカスのブタ。ブタと猪の違いを知ってる? 猪じゃないのがブタよ。つまりテオットも奴隷もブタ。右もブタ、左もブタ、前も後ろもブタブタブタ。あなたもブタね。ピッグ、ピガー、ビッゲスト」


四季のモノマネにしては、あまりにもクオリティが低い。憂理が万全ならば、ここぞと手本を見せるところだが、ジンロクはそれを高く評価した。


「永良か。そんな感じだな」


ジンロクは憂理を背負ったままテーブルを引きずり、PCの近くに設置すると、その上に憂理を寝かせる。

ツカサは「すぐ戻ります」と誰に言うでもなく宣言し、槍を持ったまま蔵書室から出て行った。


「で、どうすんの?」


翔吾が憂理に問うが、憂理にだって『インターネット』は良くわからない。

ジンロクが当然のことを、恐る恐るに言う。


「電源……じゃないか?」


「さすが、ロク」


翔吾がPC本体のボタンを片っ端から押すと、やがてランプが青色に光った。

「おおー」


「やったな」


始めて火を手にした人類は、こんな感じだったのかも知れないと憂理は思う。黒い画面に白いカーソルが点滅し、やがてbiosが走り始める。

起動したのはいいが、これから先の計画はない。OSのロゴが流れ、やがてスタートアッププログラムが起動する。


「なんだこれ。これでオーライ?」


「そもそも、なにが出来るんだ?」


「四季の奴はドア開けたりしてたよな」


「じゃあ、シャッターを開けよう」


「どうやって?」


「さあな」


沈黙があった。PCの稼働音だけが蔵書室を満たし、全ての視線はむなしくモニターを見つめるばかり。

だが、ただ見つめているだけでも、意味のある観察が得られた。

プログラムが映しだしているのは、生活棟の見取り図であるが、複雑に交差する直線の一部が点滅していることがわかる。ピンクと赤、その2色が図面内に点滅している。


憂理はテーブルに寝たまま、言う。


「その……赤点滅のほう……」


「ああ、いっぱいあんな」


これは少なくとも、ドアではない。以前にもロック前後のモニター映像を四季に見せてもらったが、現状での赤点滅はドアの位置ではない。


「それ……たぶん通風口だ。半村……マジだな」


通風口が塞がれたとなると、生活棟は窒息による絶滅収容所と化す。

ホロコースト、大量虐殺、全頭間引き、どの言葉が適当なのかはわからないが、どれも穏やかな行為ではない。

よほど、追い詰められたということか、と憂理はいささか第三者的に考えてしまう。


なにが起こったのかは良くわからないが、生活棟は修羅場と化しており、なかには手負いとなった半村奴隷の姿も散見できた。

自分に従った者も反抗した者も見境なく殺処分。それは現在の半村に以前ほどの余裕がないことを意味しているようにも思える。


「ピンクがドアで……赤が通風口……」憂理は独り言のように呟きながら、目を細め、図面を読む。

「やっぱ……洗濯室もアウトだ……」


穴を経由して地下へと逃れられれば、楽な話なのであるが、想像通り洗濯室のドアもピンクに点滅していた。


「で、どーすんの?」


翔吾が訊いて来るが、憂理がオウム返しに訊きたい気分だ。どうすればよいか、何をすればよいか、まるでわからない。

すると席を外していたツカサが、蔵書室へと駆け込んで来た。

そしてツカサはそのまま憂理に駆け寄ると、憂理の額に濡れタオルを乗せる。自身に熱があるのかどうか、憂理にはわからないが、多めの水分を含んだそれは冷たくて心地よい。


「ああ……助かるよ」


「はい!」


「えっと……お前ってさ……」


憂理が言葉を選んでいると、唐突にスピーカーが雑音を吐き出した。

PCのものではない。天井からだ。


「あー。まだ生きてっか? 半村だ。気が変わった。女は助けてやる。女だけ、な。あと俺の奴隷か」


なるほど自分の欲望と、所有物に関しては執着があるらしい。この執着はタカユキのソレよりもよほど分かりやすい。半村は続ける。


「助かりたい奴は、『俺の寝所』へ行け。そこだけはロックを解除して、酸素を供給してやる。俺の部下も……ユキエとカネダもそこで待機しろ。15分以内だ。15分経ったら寝所をもう一度ロックする。他のバカどもは、死ね」


半村の放送を聞いて、抜け道を見出した憂理だったが、それはすぐに塞がれる。


「PCカメラで見てるからな。関係ない奴が混じってたら、この『救済』はナシだ。俺を出し抜こうなんて、バカな事は考えるなよ」


抜け目ない男だ。この宣言により、部屋に入った者同士は相互に監視することになろう。自らの命を守るため、『招待客』以外を徹底的に排除するに違いない。


「15分だ。じゃあな」


放送の終了とともに「よし」と翔吾が頷いた。「ツカサ、お前、行ってこい」


「えっ?」ツカサは自らを指差す。「ぼく、男ですから……」


「アホ。お前、半村奴隷だろ」


そう言われれば、そうだった。憂理はツカサを見つめた。この少年は、ユキエ直属の部下、つまりは半村奴隷だったじゃないか。


しかし、ツカサは不服そうに抗議する。

「ヤですよ! 僕はもう半村奴隷じゃないですもん!」


「でもよ、まじ死ぬかも、だぜ?」


「男はタフに生きるんです!」


「口だけは達者よな、お前は」


そんな翔吾の嫌味を気にする様子もなく、ツカサはPCを覗き込む。

「なんです? これ?」


「生活棟の図面だよ。四季っつーロボット女が引っ張り出してきた」


するとツカサが、おもむろにマウスを握り、カーソルを躍らせる。


「おい! テキトーに触んな! 暴走すっだろ」


「暴走とかしませんよー」


沈黙のまま憂理はじっとツカサの操作を眺めていた。中性的な少年はいくらかパソコンに通じているらしく、メニューを開いたり、閉じたり、ウインドウを広げたりする。憂理は訊いた。


「お前……インターネット詳しい系?」


「いえ、それほどでもないです。ちなみにコレ、ネットは繋がってません」


これが謙遜であったとしても、この場にいる面々よりはパソコンに造詣が深いのは間違いないだろう。

ツカサは興味深そうにメニューを調べ、やがて憂理の方へ顔を向ける。


「杜倉さん。えっと、これってなんですか?」


「俺に聞くなよ……。四季がそれを使って……半村の遠隔ロックを外してたんだ……」


喋るだけで体力を消耗する。


「勝手に触ってよかったんですかね……」


「さぁ……」


憂理は疲労を感じて目を閉じた。まぶたの作り出す黒一面の世界に、チカチカと光点が迷走する。

目を閉じた憂理に変わり、ジンロクが訊いた。


「どうにか、シャッターを開けられないか?」


「わかりません」


翔吾が「テキトーにやってみろ」だの「やればできる」だの無責任な発言に終始するが、事態はまるで好転しない。

やがて、憂理は肺の入口あたりに違和感を感じ、目を開く。

「空気、薄く……なってないか?」


被害妄想かどうか、確かめるように仲間に尋ねると、翔吾とジンロクもそれを認めた。

半村のハッタリなどではなかった事を身をもって証明できたのは良いが、それが同時に焦りを生じさせる。


あとどれほど猶予があるのか。窒息による生き地獄が生活棟にどのような光景を産むのか――現実感に乏しすぎて、憂理には想像もできない。

多重構造の悪夢から目を覚ましたら、また悪夢の中。

――まいったね、まったく。


やがて、ジンロクが重々しく口を開いた。

「ツカサ。頼みがある。手を貸してくれないか?」


「えっと、はい、なんですか?」


「ユキエを探しに行く。一緒に来てくれないか。アイツを見つけて、半村の寝所まで運ぶから、後の面倒を頼みたい」


「えっ、でも……僕は」


「半村の部屋に入れるのはお前だけだ。頼む。『ユキエがやられた』と聞いた。たぶんアイツには今、助けが必要だ。頼む」


そう言って、ジンロクはツカサに深々と頭を下げた。もちろん、一番動揺したのはツカサだ。


「いや、えっと、やめてください、ジンロクさん」


憂理には意外に思える。ジンロクがなぜユキエのために頭を下げるのか。自分が悪夢に囚われているうちに、何があったのか。

頭を下げたままのジンロクを見つめる翔吾の表情は複雑だ。


「ロクよぉ。借りとかいいじゃんよ。借りっぱでよ」


「俺と弟がいま、ここにこうして、五体満足でいられるのは、ユキエのおかげだ。アイツは問題のある女かも知れんが、俺は助けられた」


憂理は目を閉じて、言った。

「ブシドーだよな……。……男だわ。なぁ、ツカサ、俺からも頼むよ……。ユキエっさ、アイツ、結構かわいそうな奴でさ」


ユキエの人生に対する同情などではない。憂理の心のどこかに『救う』と言いながら彼女を重荷に感じてしまった自分に対する罪悪感があった。

しかし、ツカサの表情は冴えない。


「でも……僕……。戻りたくないんです『あんなこと』2度とゴメンです」


重苦しい沈黙があった。

さまざまな思惑が交差して、互いに表情を読むことすらしない。

偽善だろうか、と憂理はタカユキの言葉を反芻していた。

自分を悪者にしないための他者への施し、それは結局、ユキエのためでなく、自分のためか。

やがて、翔吾が沈黙を破った。


「ツカサ、行け。ロクに恥かかせんな。ロクも頭あげろよ」


「七井さん、でも!」


「お前、俺の手下になったんだろ? だったら言うこと聞け」


翔吾は説教するかのように、淡々を重ねた。


「前向きに考えろ。スパイだよ、スパイ。半村派にマギレこんで、内部から俺らの役にたて。脱走の段取りついたら、ちゃんと連れてってやるからよ」


「ホントに?」


「ああ、七井翔吾に二言はねぇよ。知らんけど」


「ホントのホントですか? 絶対に見捨てませんか?」


子犬のようにツカサが翔吾へ言い寄る。いかにも押しかけ弟子といった様子だ。

翔吾は頭を掻いて、面倒そうに、それでいてしっかりと返答する。


「ああ。絶対。お前は、いま『あっち側』にいた方が役に立つかも、だしな。いまは俺らも打つ手がねぇし。あっち側からなら、なんとか道ができっかも」


「ジンロクさん! 行きます! 僕、役に立ちます!」


ようやくジンロクが頭を上げた。


「すまん。恩は忘れん。じゃあ、急ごう。翔吾、憂理、ナオを頼む」


そう言って、ツカサを連れ立ってジンロクは出口へ。

2人がフロートドアの向こうへ消えるのを薄目で見ながら、憂理は思う。

ジンロクの律儀さには頭が下がる。そこらじゅうに恩を感じて……ちゃんと恩に報いて。まったくブシドーだな、と。

不器用だけど、いい奴だな、と。


このままここで死んでしまうには、もったいない奴だな、と。




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