7-9 新世界の混沌
棟全体が異世界となったような違和感があった。
遠くから悲鳴が聞こえ、十数メートル間隔で床に人間が転がっている。
倒れた者たちのそばを通るたび、ツカサはそれが『仲間』かどうか、横目で確認する。倒れ、うなっている者の腕を見る。腕章があれば敵、なければ仲間。
そこから推察できるのは、半村派が押されているという事実だ。
不意を突かれた事よりも、手にした武器の差が大きいように思われた。長い棒の先に刃物を取り付けたテオットたちは半村奴隷の手にする鈍器の射程距離外から攻撃できる。
「酷いモンだな、これは」
ジンロクなどは、しきりにため息を漏らすが、立ち止まりはしない。幼い弟の表情も冴えない。
結局、テオットも暴力に走った。その事実がツカサの心を塞がせる。
半村派が正義であるなどとは口が裂けても言えないが、食堂の大集会で『素晴らしき新世界』をうたったテオットだって同じような道を歩んでいる。そう思う。
やがて、研ぎ澄まされたツカサの五感が、何者かの接近を感じ取った。微かな足音、それも複数。
「な、七井さん、誰か来ます!」
面倒は極力避けるべきだ。半村奴隷としても、七井翔吾の弟子としても、そう思う。
「やりすごすか」
5人は最寄りの部屋へと身を隠す事にした。トラブルは少ない方が良いに決まっている。
だが、身を隠す部屋の選別ぐらいはしたほうが良かったかもしれない。
そこが、過去には『食堂』と呼ばれていた場所だと気づき、ツカサは胸を悪くした。
半村奴隷の誰もが、今は食堂を避ける。現在ではほとんど使われることもない。冷蔵庫に貯蔵された食糧を誰かが取りに行く程度だ。
それも当然のこと。
調理室から漂ってくる悪臭が、『食堂』としての存在価値を著しく損ねているからだ。
ここは、食べる場所であり、吐く場所ではない。
カガミやハラダユカの放つ悪臭が、現在では食堂を禁足地と変えていた。
「なんだよコレ、マジくせぇ」
翔吾の顔がこれ以上ないほど歪む。それは坂本兄弟にしても同じこと。ツカサも意識的に呼吸を浅くしてしまう。浅い呼吸の合間を縫って、ツカサは言う。
「調理室です……。カガミさんと、もう1人の女の人が……」
翔吾の表情から『疑問』の色は消えたが、不快の色は残ったままだ。
とりあえず、嗅覚がまだ機能していることは確認できたが、いっそのことその機能を止めて欲しいと思うほど悪臭がひどい。
露骨でないにせよ、ジンロクが表情を歪めながら言う。
「で、ユーリは何処なんだ?」
ジンロクは翔吾を見て、『知るかよ』の反応を受けるとツカサに向く。
「えっと、わかりません。少なくとも僕は杜倉さんも脱走したモノだと思ってましたから」
「アイツ、なんかテオットに用があるとか言って残ったんだわ」
翔吾の言葉にジンロクが深く頷く。
「じゃあ、上か」
「よし!」翔吾がツカサの背中を叩いた。「お前の出番だ! 偵察してこい!」
「ヤですよ! なんでボクが!」
「あのな、俺もロクもA級指名手配犯なワケよ。で、お前は半村奴隷だし、さらにザコだ。オーライ?」
「お、オーライです」
「だから施設中をくまなく、目立たず、ユーリのバカを探せる。ザコだから」
「ヤですよ! 上はテオットのテリトリーじゃないですか! ボクも捕まりますよ!」
「捕まりゃしねーよ。メダカを狙う釣り人がいっか?」
「ボクが偵察してる間に、ボクを置いて行くつもりでしょ! とにかくヤですから!」
複雑な表情でやりとりを見つめていたジンロクが、ようやく仲裁に入った。
「 まぁ、とにかく、ユーリは上か」
「たぶんな」
しかし、闇雲に探し回っても良いものか。
憂理自身が移動を繰り返していれば、かなりの時間と手間がかかる。半村奴隷とテオットの闘争に巻き込まれるリスクも高まろう。
翔吾とジンロクの間で、簡潔な会話が2、3交わされ、『適当なテオットを捕まえて尋問する』という方針が決まった。
ツカサはその間もドアに耳をあて、通路の様子をうかがう。数人が食堂前を駆けてゆき、その通りすぎぎわに半村という名詞が確認できた。
生活棟はほぼテオットが制圧したような印象がある。
「もう行ったか?」
「はい」
「よし、さっさと行こうぜ。俺、ここ好きじゃない」
言うが早いか、翔吾は扉に隙間を作り、スッと抜け出してゆく。行動派の師匠に遅れを取るまいとツカサが後を追い、坂本兄弟もそれに続く。
小走りで中央階段へ向かう途中、うずくまる黒腕章を発見した。これは女子だ。
床に黒髪を這わせたまま、ピクリとも動かない。
翔吾がそばに膝をつき、いささか乱暴に彼女を揺するが彼女は『意識ある動き』を見せなかった。
「な、七井さん、死んでるんですか?」
「いや、生きてんぞ。まぶたピクピクしてっから」
鈍器で頭でも叩かれたのか、気を失ったまま女子は目を覚まさない。翔吾はそっと彼女のまぶたに指を下ろすと、唐突にそれを開いた。
上まぶたに引き寄せられるように黒目が上がり、白目ばかりが眼窩を占有している。
「いや、マジだわ、こいつ」
翔吾は感心するが、あまりにデリカシーのない行動である。ツカサより早く、ジンロクが翔吾の好奇心を諌めた。
「もう、やめとけ。いちおう女子だ」
「そだな」
翔吾やジンロクは平然としているが、ツカサなどは吐き気を催してしまう。彼女の白目が強烈な印象をもって記憶に刻み込まれた。
こんな現実、見たくはなかった。
翔吾の背中を追いながら、ツカサは下唇をそっと噛む。
シャッターの外に広がる不穏な黒雲。ユキエに強制された自慰。そして半村。
ぜんぶ夢なら良かった。
だが、甘噛みの下唇からにじむ柔らかい痛みが教えてくれる。『これは夢じゃない』と。
中央階段近くに来ると、また黒腕章が横たわっていた。これも女だ。苦しそうに両手で腹を押さえ身悶えている。
「七井。ありゃイツキだ」
ツカサはイツキと喋った事はないが、テオットの中心人物と言うことだけは知っている。
「な、七井さん、苦しんでます」
「見りゃわかるってばよ」
イツキは目を細め、脂汗に肌を濡らしていた。
腹部を一撃されたのは間違いない。ツカサなどは痛みが伝播して来るように思え、翔吾に隠れるようにして目を逸らしてしまう。
一方の翔吾は冷ややかだ。
「痛い?」
それこそ、見りゃわかるってばよ、とツカサは言いたい。
ジンロクはイツキの脇に膝を立て、指先で触診のようなマネを始める。
「ここか?」
少女は目を強く閉じて、首を動かすが、そのデタラメな動きでは肯定とも否定とも取れない。
「ここか?」
ジンロクは触診を何度か続け、やがて小さく頷いた。
「良かったな。内蔵じゃない」
ただ小さく、たぶん、とだけ付け加える。
ジンロクが立ち上がろうとすると、腹を抱えていたイツキの手が、すがるようにジンロクを掴んだ。
「痛い、痛いの、痛い」
「だろうな。腹は長引く」
「助けて、痛い。私のお腹、蹴った、痛い、痛いよ」
ジンロクは掴んでくるイツキの手に、自らの手を優しく添えて言った。
「なんでかわかるか?」
問われたイツキ、片眉を上げた翔吾、翔吾に隠れるツカサ。ナオ。この場にいる誰も、その問いに答える事はできない。
「お前たちが、強力な武器を持ってるからだ。だから跳ね返ってくるチカラもデカイ」
相手を恐怖させた分だけ、反発力が強くなる。ジンロクは苦い表情でイツキを見つめる。
「ゲンコツでいい。それ以上は持ちすぎだ。ゲンコツなら、何割かの痛みは本人に戻って来るしな」
「ロク、やめとけよ。女に言ってもわかんねーって」
翔吾の茶々に頭を掻いて、ジンロクは立ち上がった。
「ナイフ付きの槍を持ったお前は『男』と変わらん戦闘力を持つ。武器ってそんなモンだ。女だからって反撃を手加減してもらえると思ったのか?」
「違う、違う! 私たちは、違う! 半村の支配、よくないから!」
「変わらんよ、お前らは、殴られるのが嫌だから、先に殴っただけだ」
イツキの目がカッと開き、ジンロクを睨みつけた。
「じゃあ!」ジンロクを睨むその視線は苦痛と怒りで怨念じみたものがにじんでいる。「じゃあ、どうしろって言うの! あなた達は逃げてるだけじゃない! わたしらは違うの! 変えるの! ここから、始める! 戦ってる!」
「えっと」ツカサは控えめに言葉を発した。
「ちょっと、いいですか?」
自分でも何故口を挟んだかわからない。だが、気がつけば翔吾の背中から一歩踏み出していた。
「えっと、僕、流されてました。怖いから、流されて、流されて、気がついたら半村さまの側からアナタたちを見てました」
ツカサは、どもりながら、つっかえながら、言葉を重ねる。
「半村さまは怖いです。嫌になります。もし『裁判』がなかったら、ボクは今頃その槍を握ってたかもです。でも、今は、あなた達も怖い」
ツカサは翔吾を見て、ジンロクを見て、ナオを見て、最後にイツキに視線を戻す。
「逃げちゃ、駄目なんですか? 誰も傷つけないために戦わないのも勇気じゃないですか? 逃げながら答えを探しちゃ駄目ですか?」
言葉を吐きながら、自らの唇が震えている事にツカサは気付いた。唇だけじゃない、膝だって震えている。
自分の意見を表明するのが、こんなに怖いものだとは。
ツカサはいつか読んだSF小説の内容を胸の奥で反芻していた。
――自らの信念のために人を殺す事は、金銭のために殺人をおかす事より下等な行為である。なぜなら、金銭の価値は万人に共通であるが、信念の価値は当人にしか通用しないから――。
テオットたちの理想や信念は、崇高なのかも知れない。
だが、いまテオットたちが半村派を非難するのは納得できない。彼らの信念も汚れてしまったのではないか。
これは防衛などではない。侵略だ。先ほどのタカユキを見れば明らかではないか。
タカユキの信念に賛同しない者からすれば、半村もテオットも大した違いはないのではないか。
「あなたたちは」
ツカサの言葉を翔吾がさえぎった。「もう、いいって、やめろ」そして面倒そうにアゴを掻き、イツキの前に立つ。
「なぁ、お前らアホ同士の喧嘩とかどうでもいいんだけど、お前ならさ、ユーリがどこにいるか知ってんじゃね?」
翔吾の言葉。その言外に、『お前幹部なんだからよ』という響きがある。
問われたイツキは脂汗まみれで、眉間にシワを寄せた。
「ユーリ……くん?」
この反応を見て、翔吾は返答すらせずイツキの前から立ち去った。
「いこうぜ」
「おい、翔吾、いいのか?」
戸惑うジンロクに向き直りもせず、「いい、いい」とおざなりな反応を返し、翔吾は中央階段へと進んでゆく。ツカサはワケがわからないまま、翔吾の後を追った。
無人のバリケードをすり抜けて、上階への階段を登る。
「七井さん」
「ユーリの居場所わかった」
「えっ? どこですか?」
翔吾は立ち止まりもしないまま、後続の仲間たちへイタズラっぽく笑う。
「イツキの反応見たろ。あの女、ユーリが出て行ったと思ってる」
「みんな、そう思ってますよ。僕だって、まさか杜倉さんが残ってるなんて思いませんでしたもん」
翔吾は手を軽薄にヒラヒラさせて、満足げだ。
「お前はザコだから、そーだろな。でもイツキは違う。テオットの幹部だろ。そのイツキが知らねぇ、でもタカユキは知ってる」
ジンロクはムウと唸るが、ツカサはイマイチ要点が掴めない。
「だからよ。タカユキ以外のテオットの目につかない場所。んで、タカユキが管理しやすい場所」
ジンロクが頷いた。
「タカユキの部屋、か」
「たぶんそれ。ただ……」
「ただ?」
「格好つけて速攻上がってきたケド、俺、タカユキの部屋を知らねぇ。それに今、気付いた」
「僕、イツキさんに聞いて来ます!」
翔吾はワザとらしいほど大きく頷いて、「頼むわ。今さら戻ったら、ダセーから」
* * *
ツカサの案内に従い、翔吾たちが『テオット棟』を進んでゆく。ようやく翔吾の役に立てたように思えて、ツカサは誇らしい気分だ。
「誰もいませんね」
「総力戦、ってやつ、だな。タカユキの奴、完全にイカれてるわ。前々からヤバい奴だとは思ってたけどな」
「ホントに半村さまを殺す気なんですかね」
「お前、見たろ? タカユキのやつ、迷いなくコスガを刺したんだせ? いくら相手がカスでハナクソ以下のコスガでも、ちょっとは迷うのが人間だろ」
黙っていたジンロクが最後尾から訊いてくる。
「ユキエはどうなったんだ?」
「なんで?」
「いや、色々、助けてもらってな。借りができた」
「借りたままでいーんじゃね? 貸せ、って頼んだワケじゃねーだろ?」
「七井さん。ここのハズです」
もっとも中央階段から離れた場所。通路の突き当たり、そこにタカユキの部屋はあった。最深部とでも言うべきか。だが、余りに簡素なドアだ。生活棟に見られるようなフロートドアではなく、クリーム色の木製ドア。
翔吾が不穏な声色で軽口をたたく。
「ユーリくん、あそぼ」
返事も、反応もない。翔吾はジンロクを見て肩をすくめてから、ノブを回した。
「なんだよ、鍵かけてやがる」
まさに、留守か。
ツカサは木製ドアに耳をあて、内部の音を探ってみた。
「七井さん。静かです。推理ははずれた……」
「ロク。ノックしてくれよ。ノック。ボロいドアに、めいっぱい『キッツイ』やつ」
翔吾の意図を察したジンロクは、小さく「仕方ないか」とこぼす。
「のいてくれ」とジンロクがツカサをドアから強引に引き離した。
そしてジンロクは目を閉じ、胸郭が膨らむほど大きく息を吸う。パッと目が開かれた瞬間、ジンロクの足がドアを蹴破った。
中央階段まで届きそうなほどの大きな破壊音をたて、チープな鍵はその役目を終えたわけだ。
「いいか、ツカサ。これがノックだ」
翔吾は得意げにアヒル口を歪め、ジンロクの功をねぎらい、そそくさと開いたドアから侵入してゆく。
やはり、杜倉グループは道を作る人たちだ、とツカサは謎の感動を覚える。
部屋のなかは思いのほか広い。だが、簡素だ。
天井には電灯のソケットがぶら下がっているが、電球は差し込まれていない。
部屋のあちこちに点在する卓上ライトが光源となっていた。
倉庫、それも下の下。
大きいだけが取り柄の机には、様々な本が崩れそうなくらいに積み上げられ、金属製の棚には薬品らしき瓶、アンプル。無数のダンボールが規則正しく積まれ、部屋の奥にはカーテンが引かれている。あの向こうには何があるのか。
錬金術師、あるいは神秘主義者の部屋。そんな印象だ。
悪魔を呼び出す儀式をしていた――と言われても、ツカサは驚かない。ジンロクは金属棚のアンプルを手に取り、首をかしげ、ナオはそんな兄をじっと見上げる。
「ユーリ。いるかー」
呼びかけながら翔吾がカーテンへと歩み寄り、ツカサもついてゆく。そして、翔吾の手が垂れたカーテンを掴み、右から左へと開いた。
そこにはベッドがあった。
寝台の照明が弱々しい光を放って、シーツを白く照らしている。
そこに、杜倉憂理はいた。
「ビンゴ」
ジンロクもやってきて感慨深そうに安堵のため息を吐いたが、ツカサにはそれほどの
感動はない。
最重要人物である杜倉憂理との接点は、自慰を見られた、という一点だけだからだ。
それ以外には話した事もなく、憂理がツカサを意識する事もなかったろう。
「おい、ユーリ、起きろ」
翔吾が憂理の頭を軽くはたくが、憂理は目を覚まさない。
「だいたい、なんでコイツ、優雅に寝てんだ?」
翔吾の疑問はもっともである。清潔なシーツで安眠している姿は、とうてい虜囚のものではない。
囚われる、というのは先ほどのジンロク兄弟のようにミジメで野暮ったいモノだ。
「起きろ! なぁ、ユーリって!」
目を覚まさない憂理に業を煮やし、翔吾が布団をめくり上げた。
そこで、時間は止まる。
白くシーツの上で眠る憂理。
彼は胎児のごとく体を丸め、そして胎児のごとく一矢纏わぬ姿だった。
――なぜ、全裸で!
驚きにツカサが思わず顔を逸らした先にジンロクの渋い表情があった。
「翔吾。こりゃあ……ただ寝てるだけじゃない。アレじゃないか?」
ツカサには『アレ』が何を意味するのかわからない。だが翔吾には伝わったらしく、翔吾の表情にも渋みがにじんだ。
「ああ、たぶん、だな。ケド、コイツ完全に……」
「俺たちとは比べモンにならん量を投与されたのか」
ジンロクと翔吾の間に存在する『アレ』という合意。ツカサはとうとう我慢できずに問う。『アレ』とは何か。この問いに対して、ジンロクはクスリとだけ答え、翔吾が補足した。
「お前、しらねぇのかよ。タカユキの野郎が変なクスリ使ってやがんだよ。遼は合成麻薬とか言ってたけど。ロクも『くわされた』よな?」
ジンロクは自分の体験を語り、それが拒絶反応だったのではないかと述懐した。ケンタは射精し、菜瑠も豹変。現状でもジンロクには軽度の嘔吐感が残っているのだと。
投与後の『誘導』いかんで、その人物を洗脳ないし操作できるのではないか。
「じゃあ、杜倉さんも……」
「いや、コレ間違いねぇから。ほら、コイツ、寝てるワケじゃねぇよ?」
翔吾がかすかに開いた憂理のまぶたを強引に開くと、黒目が何かを追っていた。
なんだ、これは、とツカサは動揺してしまう。テオットの連中は、なにをしようとしているのか。
「ど、どうするんですか?」
「連れ出すに決まってんだろ」
強気に答える翔吾ではあったが、かすかに困惑の色もあった。大丈夫なのだろうか、杜倉憂理は。翔吾はきっと、こんな事を考えている。
ツカサから見ても、憂理がマトモな状態でないことはわかる。
端的に表現すれば、廃人、だ。黒目に光は無く、唇が何かを呟いている。
自身が引き籠もりであった頃、ツカサは自分を廃人だと自己評価していた。だが、今見る憂理こそ真に廃人なのではないか――。
「オイ、ツカサ! ボヤボヤしてんな! 服探せ、服をよ!」
ツカサは翔吾に怒鳴られて、アタフタと着衣を探し始めた。探しながらも、翔吾とジンロクの会話に耳をそばだてる。
「元に……戻んのかよ、ロク」
「さあな。だが一番効果が激しかったナル子も1日ほどで正気に戻ったからな」
「戻んなかったら?」
「それも、さあなだ。とりあえず連れ出すしかない」
「タカユキの野郎、タダじゃおかねぇ……」
「あいつなら、『戻しかた』を知ってるかも知れんな」
ようやくツカサが見つけた服を、3人がかりで憂理に着せた。まるで、遺体の着付けをやったような、奇妙な作業だった。
一人の人間を薬物によって廃人のようにする――。そんなことができる人間がこの世には存在して、なおかつすぐ側にいる。涼しい顔をして、そしらぬ顔をして。
ユキエの闇も見た。タカユキの闇ものぞいた。
もし、こんな『闇の顔』を見てしまうぐらいならば、表面上だけのつきあいでいい。ツカサはそう思う。
* * *