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13月の解放区  作者: まつかく
7章 Evil and Flowers
68/125

7-5b 性欲、抑えがたく

目覚めは物音によってもたらされた。

階下からケンタと遼、そしてエイミの笑い声が上がってくる。


開け放された窓の外は、やはり暗い。朝だと言うのに夕立が来そうな雰囲気だ。

もし、雨が降ったなら、それは灰まみれの雨粒に違いない。それは雨と呼んで良いモノなのだろうか。


横を見れば、四季がまだ眠っている。

菜瑠は枕に頭を乗せたまま、しばらくその寝顔を見ていた。

美しいと思う。全てが計算されつくしたような顔だ。


きっと性格が『四季』でなければ、こんな場所で一緒に眠っていないと思う。

だから『四季』でよかったな、と思う。一緒にいたい、いて欲しい。もっと見ていたいと思う。

菜瑠が腰から半身を起こすと、四季の目も半分だけ開いた。


「起こしちゃった?」


「起きてたわ。待ってたの」


まったく、『四季』だ。

煮ても焼いても食えやしない。


「顔洗いにいこ?」


菜瑠はそう言って、バッグから洗面用具を取り出した。四季は黙って起き上がり、寝起きを思わせない様子で立ち上がる。

そうして2人して階段を降りると、土間のあたりでケンタたちがなにやら話し込んでいる。

おはよう、もないまま、エイミが言う。


「菜瑠、いまからワナを作るって!」


「ワナ?」


これにはケンタが答える。


「この家の周りにヒモを張って、近くに何かが来たら、音が出るようにするんだ。なんかヤバいのがいるんでしょ?」


なるほど。ワナと言うよりも警報装置であるが、悪くないアイデアだ。

ケンタは得意げに計画を披露する。


「ヒモに何かが引っかかったら、家の中の木片が鳴るようにしとく。そしたら、鳴った瞬間に臨戦態勢で、不意打ちされないしね」


「うん。いいアイデアだと思うわ」菜瑠はじゃあ、と続ける。「私たちは他の使えるモノを探してみる」


「ウイッス。よろしくー」


「じゃあ、顔洗ってくるね」


「川、風呂のあたりから森に入ったとこにあっから」



四季と連れ立って外へ。

朝だと思う。夜よりは遙かに明るいのだ。だが、空一面に広がる灰色の雲は、やはり陽光を遮断している。


「やな雲だね」


菜瑠が言うと、四季が頷く。


「ただの雲じゃない」


歩きながら菜瑠は自身の推測を話した。


「きっと、ここら辺にあるような灰を含んでるんだね。だから濃くて暗い」


「電磁波も発生させてる」


「火山の噴火……なのかな?」


「それだけじゃ、説明がつかないわ」


森には小道のような筋があり、2人はそこを進んでゆく。きっと、元の住人が利用した小道なのであろう。その筋は、やがて小川へと2人を導いた。


幅にして2メートルほどの小さな川であったが、ブロックを利用した足場と木を組んで作られたささやかなダムが充分な水量を保っていた。


菜瑠は足場にちょこんとしゃがみ、手で水をすくってみる。

骨まで染みるような冷水だ。これは湧き水に違いない。


2人は歯ブラシを濡らし、プラスチックのコップに水をくんで、歯を磨いた。

大自然のなか、半開きの目のまま、唇を真っ白にして歯を磨く四季。どこかシュールだと菜瑠は思う。

四季を見つめ、奇妙なモヤモヤを胸の内に感じながらも、菜瑠は呟いた。


「昨日の『生き物』なんだったんだろ……」


歯磨きに集中しているのか四季がまるで反応しないので、菜瑠は自分で考える。

そもそも、あの施設から逃げ出して以降、生き物と遭遇していない。

鳥の1羽や2羽ぐらい目にしても良さそうなものだが、その鳴き声すらない。


虫もそうだ。

だとすると、食物連鎖はどうなっているのか。

仮に半年前に降灰を引き起こす『何か』が起こったとして、まだ過渡期であるのは間違いない。


これは、死神の順番待ちではないか。

まず環境の変化に弱い小さな虫が死に絶え、それらを捕食していた鳥や小動物が姿を消す。そして、さらにそれらを捕食していた大型動物が飢え……やがて死ぬ。


鳥や虫によって支えられてきた森の循環はその働きを止め、やがて生きながらに腐ってゆく。

死神がその仕事を終えるに、あと何年かかるのか菜瑠にはわからない。

ただ、いまが『進行中』だという確信めいたものを感じる。


そう。途中。

大型動物は、まだ死に絶えてはいない。飢えながらにも、生きている。そう思う。


口をゆすぎ、顔を洗い、少しだけリフレッシュできた。

――調べなきゃ。


憂理たちが帰って来るまで、遊んでいてはいけない。

自分に出来ることをせねばならない。

そして、流水の冷たさをもう一度確認し、『冷蔵庫』の代わりになるか考える。


きっと、これならミートボールが長持ちする――。




 *  *  *



巧妙に張られた『警報装置』を見て、菜瑠は忍者屋敷などを連想してしまう。もっとも、中で待機しているのは気だるそうな怠慢忍者ばかりであるが。


遼は床に寝そべってノートに書き物をしているし、ケンタはユキと納屋から出してきた農具の金具を外している。

エイミは土間に四季を座らせ、ずっとその髪で遊んでいた。


「みてみて、四季もお団子ー」


お団子にするだけで、四季が幼く見える。

そんな仲間たちをぼんやり見つめていると、ユキが菜瑠の目の前に駆けてきた。


「ナル子ねぇちゃん。これあげるね!」


そういって、長い棒を差し出してくる。

汚れが染み込んだソレは、いつかのモップ柄を思い出させる。


「これ……」


「ケンタと作ったの! ケンタがナル子ねぇちゃんに、って」


すぐにケンタへと視線をやると、ケンタは次の農具を解体し始めていた。そして言う。


「ナル子も武器もっとくべきだよ。強いんだし」


「別に強くなんかないわ」


「いや、少なくとも棒に関してはまぁまぁやるほうだよ」


認めて欲しいワケでもないが、なんともしゃくに触る言い方ではあった。

――まぁまぁ、ね。

ケンタは金具を外しながら続ける。


「まぁ、稲上流、ジンロク流とは違うタイプだけど、充分やれるよ」


「そうよ、ナル、あん時すごかったじゃん! 格闘ゲームだったら、アタシ、絶対ナルを使うから!」


菜瑠自身はわからない。だが、たしかに棒を構えて半村奴隷と対峙したとき、一対一では負ける気がしなかったのも事実ではあった。


「妙な動物がいるかもだから、一応持っててよ」


「そうね。そうする」


「なんか、本格的に雨が降りそうだよ。めちゃ暗い……」


エイミが窓際から空を見上げて言う。


「今のうちに、やるべきことをやらないと」


風呂の水を入れ替えて、薪となる木片を集め終わった頃、ぽつり、ぽつりと雨粒が落ちてきた。

一時間か二時間、淡々と聞こえていたそれは、やがて豪雨へと変わった。


菜瑠は窓辺から手を伸ばし、雨粒を手のひらで受け止めた。

それを囲炉裏の光で観察してみると、やはり灰まじりであった。水滴の中に、小さな粒子が漂っているのがわかる。


――灰、か。


意外な発見ではなかったが、決して無意味な発見でもなかった。やはり、あの黒雲は灰に起因するもの。

外は文字通り土砂降りで、その轟音で古民家の中の会話すら遮られる。



初日の成果はまずまずだった。

黒雲の正体に迫る発見。

数個の桶。数箱のロウソク。

少々カビ臭くも、ビニールに包まれていたおかげで充分に使える4組の布団。


ティッシュが貴重であることにも気づき、トイレには水汲み用の桶が置かれる事にもなった。ウォシュレット、などと言えば聞こえはいいが――。


憂理たちと合流するまで、食事も質素にする事が全員の合意によって決められた。

1日、2パックの配給制となり、その2パックを食べ終わればその日の配給はない。

ケンタはなどは不満をもらしたが、大人ぶったユキにたしなめられ渋々合意した。

意外とこの2人は相性がいいのかも知れない。


わびしい夕食が済むと、また囲炉裏での歓談が始まる。


「そういえば、サイジョーどうなったんだろ」

ケンタがポツリと呟いた。「山、降りたのかな」


おそらくそうだろう。この山中に潜伏しているとは考えづらい。菜瑠自身、もし1人で脱出していたなら、まっすぐに街へと向かう。

エイミは火をかき混ぜながら肩をすくめる。


「あの『生き物』がサイジョーだったりして」


それは上手くない冗談だった。四季などは表情を変えず、ポツリと言う。


「今日だけで、5回聞こえた。遠く、あるいは近く。もしかしたら、複数……」


「来たらカラカラ鳴るから大丈夫だよ。僕が追っ払うよ。クマまでならイケる」


「クマ以上が来たら?」


「バカだなぁ。地上ではクマが最強だよ。デカさではクジラかもだけど、あいつら海しかでかいツラできないからね」


「じゃあ、クマが2頭きたら?」


「余裕余裕。稲上流奥義『それは残像だ』を使う」


エイミがアハハと笑う。

「ケンタの残像って、肉が揺れてすごそう」


「だからこそ、クマもビビるよ。そのために太ったんだから。まぁ20頭ぐらいまではサバける自信あるから」


「恐竜は?」


「ものによる」


根拠のない自信が菜瑠には羨ましい。楽天家が長生きするというのは、きっとケンタが証明してくれるだろう。


夜が更けてくると、やはり男子の2人が一階で、女子たちは2階での就寝となった。

2階には薄い布団のセットが3組。ケンタと遼には1組。2人は『敷き』『掛け』の両布団を床に敷いて、雑魚寝だ。


2階では川の字に布団をくっつけて、エイミ、ユキ、菜瑠、四季の順に並ぶ。マクラはやはりバッグを使う。

早々に眠りについたユキの寝息を聞きながら、マクラの向こうにロウソクを置いて、3人はその火を見つめる。


「布団が臭うわ」


四季が無表情に文句を言う。


「ホンノリってだけでしょ。仕方ないじゃん。床よりマシ。掛け布団ありで寝られるなんて、奇跡だと思わないと」


「明日、雨がやんでたら干してみよっか?」


とりとめのない会話を続けていると、やがてエイミが寝息を立て始めた。


「寝よ」


菜瑠はロウソクの火を吹き消して、第1日を終えた。そして闇の中、自らの身体が火照るのを感じる。

欲しい。これは本能的な欲求か、あるいは薬の影響か。


――やめなきゃ、やめなきゃ……。

『菜瑠ちゃんド変態なんだね』

なじるユキエの顔が思い出され、さらにうずく。

――違う、違う……。


すぐ隣では四季が寝ている。――四季に近寄りたい。


拳を強く握り、胎内を駆け回る耐え難い欲求を抑えながら、やがて菜瑠は眠りに落ちて行った。




 *  *  *



2日目も豪雨は続いた。

雲がまるごと落ちてきたかのような濃霧すら立ち込め、家屋全体が豪雨の音に包まれていた。

菜瑠が半身を起こすと、エイミとユキの姿がない。


「えっと、四季?」


「起きてるわ」


2人して階段を降りると、仲間たちは囲炉裏周辺で気だるそうにしている。


「つまんないわ」


エイミのテンションはほぼ全員が共有するものだった。身動きがとれず、ただ時間の経過を待つだけ。

四季と菜瑠はペットボトルの水で歯をみがき、顔を洗い、その気だるい集団に加わる。


しりとり、怖い話、笑える話。そしてこれからの話。


こうして2日目は過ぎてゆく。

豪雨は夜になっても続き、何度も会話を途切れさせる。

もしかしたら、この雨は永遠に降り続くのではないか、そんな不安にもかられる。


やがて、就寝時間を迎えると、菜瑠たちはカビ臭い布団へ戻った。


「2日目だね」

エイミがポツリと言う。


「戻ってこないね」

菜瑠も呟く。


これは、時間を指定した待ち合わせではない。上手く事が進んでいれば、1日目に憂理たちが戻ってきてもおかしくはない。3日、それは最大限の時間でしかないのだ。

待てる猶予。菜瑠たちが動き出さねばならないタイムリミットでもある。


あと、1日。


つまり、明後日の朝には行動を開始せねばならない。街を目指して山を下りる――。

考えれば、少し菜瑠は怖くなる。ここを離れれば、もう2度と憂理たちと会えないのではないか。そんなふうに思ってしまう。もう、2度と。


ロウソクの火を消し、闇の中で様々な思いが錯綜さくそうする。

行かなければならない。だが、戻りたくもある。


憂理に翔吾にジンロク。そしてユキエ。彼らを置いて行って本当に良いのか。もし警察が機能していないならば、街へと下りても無駄なんじゃないか。


それに、薬――。

あの薬の存在が、精神安定剤のような働きをしている事を菜瑠は自覚していた。


嫌なこと、耐えきれない事があっても、アレを使えば真っ白になれる。

真っ白になれるから、自分はなんとかやっていける。あれは救いだ。情けなくもそんなふうに思う。


そして、こうして考えれば、また衝動が襲ってくる。

完全に、中毒なのだと菜瑠は自覚している。

どうしょうもなく弱い、クズだ。と。


そうして闇の中で、マクラの1番底からミートボールの袋を取り出す。気温が低いためか、まだ痛んではなさそうだ。


不安になる自分、恐怖する自分。いまはそれから逃げたい。救われたい。

そんな自己弁護を胸の奥で繰り返し、やがて一粒を口に入れる。


だんだん、自分が大胆になっていることも分かっている。こんな場所で、真横に仲間たちがいるのに、なのに。


闇はある種の魔力をもっている。

誰の姿も確認できないような闇に包まれると、自分のすべてを解放しても許されるような錯覚が生まれる。

口に含んだミートボールを噛み潰さず、菜瑠はそれを転がした。


長い間、転がして遊んでいるうちに、取り返しがつかないほどに興奮してしまう。

自分が異常者であると、変態であるのだと、胸の中で卑下するたびに興奮が高まってゆく。

下半身が疼き、血液が沸騰したかのごとく、熱い。


菜瑠はミートボールを噛み潰し、ゴクリ、と飲み下した。


ジワジワと高まってくる快感が、理性にかわって菜瑠を支配する。

そして『欲求』は日を追うごとにエスカレートしていた。一人で慰めるだけでは、完全に満たされない。もっと、もっと。


菜瑠は隣で眠る四季の布団にスッと入り、眠っている彼女に寄り添った。

四季の体温が移った布団が温かい。


――寝てるよね、四季、ちょっとなら、大丈夫だよね?


自分で自分を慰めながら、そっと、あいた手を四季の腹に手を乗せてみる。

四季からは微かな鼓動が伝わってくる、起きていたらどうしよう。


バレたらどうしよう。

それがなおさら自分を興奮させるのだと気付くと、泣きたい。だが、欲望が全身を支配して、指が手が止まらない。


声を殺したまま、菜瑠は四季の胸に手を当てた。

やはり、大きい。乗せただけでもわかる。スレンダーに見えるのに、実はそうじゃない。菜瑠にとって四季は完璧すぎた。


菜瑠は自らの身体をすり寄せ四季に完全に密着する。四季の首筋に軽くキスをして、興奮を高める。

バレてしまう。これ以上は。


だが、歯止めが効かない。これは薬によるものか、あるいは自分の本性か、菜瑠にはわからない。

数度、四季の胸を優しく揉んでみると、欲望はさらにエスカレートする。

――直接……四季に触りたい。


思い切って、四季のシャツ少しめくり、汗ばんだ手を侵入させる。


指先にキメの細かい肌を感じる。興奮から息が荒くなってしまう。自分は生きる芸術品に触れている。

バレたら、きっと嫌われる。軽蔑され、罵倒され、否定される。

わかっていながらも、どんどん菜瑠の指は胸を目指し、やがて下着に触れた。


――四季、いいよね?


ブラの端から指先を侵入させた瞬間、唐突にその手を掴まれた。

一瞬で手首を握られ、進むも退くもできない。

菜瑠の全身を包んでいた熱い汗が、一瞬で凍りついた。


「あなた、問題を抱えてるわ」


闇の中で四季が言った。




 *  *  *

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