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13月の解放区  作者: まつかく
7章 Evil and Flowers
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7-3b 歪んだ聖者

杜倉憂理は奇妙な場所にいた。


空には極彩色の雲が流れ、そよ風にのって音楽が聞こえる。琴だハープだの、細かい違いは憂理にはわからないが、ただそれは好ましく、心地よかった。

暖色の草原に、小川が流れ、その川水は水銀のように輝き、極彩色の空を映している。


そこに、翔吾とケンタがきた。

「やあ、トクラッツィオ」


「ああ……ここは?」


「外だよ、外! きまってんだろ。ようやく、脱出、したんだっての。なのに、お前はこんなトコでボンヤリしやがって」


そう非難されて、憂理はもう一度周囲の景色を見渡した。

見覚えのない景色。天国と地獄の境目にいるような、不思議な焦燥感。外とは、こんなふうだったか?


だが、翔吾が言うなら、そうなのだろう。憂理は納得する。


「そっか……。よかった」


「じゃあ、行こうぜ」


「どこへ?」


その問いかけに、返事はない。ケンタと翔吾はいつものようにケラケラと笑いながら、憂理に背中を向けて、暖色の草原を進んでゆく。

だが、なぜか憂理は動けない。


見れば、翔吾たちが向かう先――草原の遠くには仲間たちがいた。


遠く、丘の上から手を振ってくる。あれはエイミじゃないか。

遼もいたし、ジンロクもその弟妹も。四季は相変わらずで、菜瑠は腕を組んでいる。あれは『バカね、はやくきなさいよ!』だろう。


しかし、憂理は動けない。

急かすように背中に風が吹きつける。だが一歩も進めない。前にも後にも、どこにも。

足が地面から浮き上がらず、歩くことができない。


「おい、待ってくれよ!」


その声は届かない。

遠く、丘の上で人影が揺れて、遠ざかってゆく。小さかった影が、もっと小さく――。


「待ってくれって!」


人影が消えてゆく。仲間が行ってしまう。


でたらめな景色の中で、杜倉憂理は1人になった。


「まてったら!」


「大丈夫だよ、ユーリ」


どこからとも知れぬ声が聞こえる。


「大丈夫だからね」



悪夢にうなされ、ベッドで身をよじる憂理に、タカユキはこうして何度も語りかける。


「もう、怖くないよ。怖くないからね」


半睡半醒の憂理は全裸のまま――焦点の合わない二つの黒目を泳がせ――真っ白なシーツの中で虚ろにつぶやく。


「大丈夫……?」


添い寝するタカユキは後から、より強く憂理を抱きしめ、耳元に囁いた。


「ああ大丈夫。よく頑張ったね。もう大丈夫だ」


杜倉憂理は虚空を見つめたまま、熱病患者のごときうわ事をもらす。


「そか……。おれ、なんか、すごく疲れて……でも今はすごく……」


ぎゅっと、いっそう強く抱きしめ、タカユキは言う。


「いいんだよ。今は良い気分だろう……?」


「……ああ、すごく……」


肌と肌が触れあい、憂理の鼓動がタカユキの体に届く。2人の間には何もない。滲む汗が潤滑油のようにぬめる。ただそれだけだ。

薬漬けにされた憂理は、全てから自由になっていた。脱走も施設も、怒りも悲しみも、なにもない。

杜倉憂理という人格からも解放されていた。


「……なにか、尻……あたって……熱い」


尻の辺りに違和感をうったえるが、憂理は身をよじろうともしない。タカユキはそんな憂理を強く抱きしめたまま、自分の性器を押しつける。

新しい世界のメドが立つまで――と挿入は我慢している。それも時間の問題ではあろうが。


「大丈夫。ちっともこわくない。きみのせいだよ」


「おれ……どうなって」


ごめんね、ユーリ。だけど、こうするしかないんだ。今は。

君の肌はもちろん、その手を握ることすら、良しとされない世界だから。でも……。


唐突にドアがノックされ、向こう側から声がする。


「導師、報告があるんですけど」


遠慮がちな女の声。

タカユキはベッドから起き上がり、薄暗い部屋の片隅に脱ぎ捨てていた着衣を拾い上げる。汗ばんだ肌にシャツを着て、勃ったものを強引にズボンにねじこむ。


そうして憂理の横顔に軽くキスをして、ベッド前のカーテンを引き、外から見えないようにしてからドアへ。


「タバタか。どうしたんだい」


開かれたドアの向こうにはサマンサ・タバタがいた。タバタはタカユキの眼を真っ直ぐに見て、報告する。


「いま、半村たちが生活棟を空けたみたいです」


「あけた?」


「ええ。なんだか、大騒ぎして地下の方へ行ったみたいで。ほとんど人が残ってないみたいです」


「来たね……ようやく。チャンスだ」


タカユキが微笑むと、タバタも嬉しそうに頷く。


「よし。全員に招集をかけてくれ。武器も忘れないよう。これを機に、生活棟も頂こう」


「刃物はどうします?」


タバタは自分の手にしている武器を指さした。モップ柄長の棒きれの先端に刃物をくくりつけたモノだ。

槍と呼ぶにはあまりに洗練が無く、無骨すぎて、中世の簡易武器バヨネットを思わせる。


だが、どれだけ古風な武器であれど、簡素な武器であれど、その威力は充分に武器として通用するもの。人を殺める武器に上品下品などない。


タカユキは微笑みのまま少し考え、やがて言った。


「使ってくれて良い。深川もいる。でも、なるべく誰も傷つけずに事が済むといいね」


「はい。じゃあ、なるべく多く用意します」


「頼むよ。体育室に全員を集めてくれ。僕もすぐに行く」


「はい」


小さくお辞儀して美少女が行ってしまうと、タカユキはベッドの側へ戻った。

そして生まれたままの姿で眠っている憂理にそっと耳打ちする。


「いよいよだよ憂理。僕たちの世界が始まるんだ。僕たちの物語……ただ一つの物語が始まるんだ。嬉しいかい?」


「……うれ、しい……? わからない……何も……」


「そうだね。嬉しいね。君のおかげだよ。内通者を教えてくれた。でも、もう少し、待たせることになりそうだ。でも序章は始まってる……」


タカユキはスッと背を伸ばし、乱れた髪をただした。

そうして深呼吸をひとつして、『導師』に戻る。


薬の分量が多すぎるかも知れない――朦朧としている憂理が気がかりだ。廃人となってしまわないだろうか、と。

だが、そうなってもいい。自分が一生面倒を見ればいい。


それに、あの女――深川の娘のように『手遅れ』ではない。自分が完全に杜倉憂理を掌握していればあんな廃人にはならない。

あの女には、死こそが救いであった。


両手に残る、痩せ女の不愉快な首の感覚。それを上書きするように、タカユキは憂理の首に手を当てる。汗ばんだ肌の向こうに、憂理の生命を感じる。この命を守りたい。


「僕はもう、許されないよ憂理」


返事か、反論か、憂理が何か聞き取れないウワ事を吐く。


「そうだね。憂理は許してくれるよね。いつも、そうだった」


杜倉憂理の髪に触れて、タカユキはじっと愛する少年を見つめる。

自室に杜倉憂理がいる。これは無上の喜びである。


だが、それだけでは足りない。常識の全てを覆し、新世界を創造せなばならない。

手の届く位置に世界があって、キスの届く距離に憂理がいる。

だが、まったく足りない。


自分が歪んでいる事をタカユキは自覚していた。だが、その歪んだ自分を作り上げたのはこの世界。

だったら、自分に合わせて世界を歪めてやろう。


全ての報われない者のため、救われない者たちのため、自分のため。この壊れた世界を再構築する。

新世界の創造。旧世界の常識を完全に破壊せしめる大事業。


――さいわい、それは容易いことだ。

タカユキはそう思う。



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