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13月の解放区  作者: まつかく
1章 拷問部屋を探して
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1-6 何かが棲む場所


ケンタとエイミが去った管理室には後味の悪さばかりが残った。重機械たちのあげる唸りが幾重にも重なり、反省に必要な静寂すら奪うのだ。しかし、無為に時間を浪費していても仕方がない。

憂理がようやくのことで口を開いた。


「とりあえず、ノボルを探そう」


夕食までの時間は限られている。それまでにノボルを見つけて連れ戻し、いったんは生活棟に戻るべきだ。

『痩せ女』『大人』『消えた80人』

気になることは多々あるが、その解決を今すぐに求めるのは浅慮、無鉄砲というものだ。


「こういう事いうと、翔吾や憂理は怒るかも知れないけど、エイミの言ったことも一理あるよ。遠回りでもコツコツと情報を集めるのも大事だ」


「わかった、わかった。説教はやめてくれよ。今はノボル探しに全力であたろうぜ」


ウンザリと言った様子で翔吾が言う。しかし、せっかく手に入れた見取り図はケンタが持って行ってしまっており、全体の広さを知ってしまった今、無闇に探し回るのも時間の浪費に思える。

この、管理室があるエリアも各部屋を合わせればかなりの広さを有している。


「今が、午後3時。夕食の7時まで、4時間だよ」


唯一、腕時計を巻いている遼に言わせれば、実質3時間であるという。

生活棟に戻り、ケンタやエイミとも話の裏をつけておかねばならない。1時間はそのために使う。


「俺は戻らない」


遼の言葉を翔吾が止めた。


「ノボルが居ないってなれば、普段からつるんでる俺やユーリ、ケンタが追求されるだろ。そん時にバレて学長に拘束されるぐらいなら、地下に残った方がいい」


「先のことは、後で考えよう。そもそもそれも、ノボルが見つからなかった場合だろ?」


憂理は翔吾をたしなめながら、管理室のドアを開いた。

翔吾の気持ちも理解できる。

退屈な日常に降って湧いた不可思議な現実。生活棟に戻って、何気ない日常に戻るぐらいなら、刺激とスリルの中に身を置いていたい――。そんな気持ちがあるに違いない。


しかし、そうやって日常と非日常を分けるのも、脳天気な考えかも知れない。様々なことを知ってしまった今、今まで通りの日常へは戻れないのだ。

憂理は複雑の気分のまま、緑色の通路を進む。


「この管理室のある区画は袋小路だ。手分けしてもはぐれることはないだろ。俺はボイラー室を探してみるよ」


憂理の提案を受け入れ、翔吾はポンプ室、遼は浄化コーム施設を探すことになった。

見取り図を思い出せば、どの部屋も小ホールほどの面積はあったはずだ。

それが10部屋、管理室を除けば9施設。

この管理室区画だけでも三時間は浪費するかも知れない。


三人はパッと別れると、それぞれの部屋に向かった。ボイラー室のプレートが貼ってある部屋のドアノブは、触れると油でぬめっている。

不快ながらも強く握り、そっと押すと鉄のドアはゆっくりと開いた。


内部からあふれ出してくる熱気に、思わず目を細めてしまう。

電灯は点っていなかったが、警告灯や管理灯が赤く点灯しており、通路の緑光世界とは違った世界を演出している。体育館の半分ほどはあるだろうか。無機質な大部屋に無数のパイプが縦横無尽だ。

憂理は内心に怖じ気づきながらもノボルの名を呼び、赤と黒の世界に足を踏み入れた。


施設内における給湯をすべてまかなっているとしても、このボイラー室の全景はいささか大掛かりに思える。

各ボイラーに張り付いたメーターは、緩やかな稼働状況や温度変化をつぶさに指し示し、生み出された熱が部屋全体にうねっていた。


照明のスイッチを探して赤の機械世界を右に左に見回すが、それらしきものは見当たらない。壁には各種様々なレバーが張り付いているが、いったいどれがスイッチなのか。


無闇に触れて、稼働が停止したり、壊れたりしても面倒だ。と憂理は警告灯の赤だけを頼りに、一歩、また一歩とボイラー室の奥へと進んだ。


――何気なく生活してきた。

憂理は施設での日々を思い返す。

スイッチを切り替えれば、明かりが灯り、大浴場へ行けばすぐに湯が出る。それが当たり前で、疑問すら覚えなかった。


だが実際は、こうして地下で電力や熱湯が作られていた。もし、この様々な供給を絶たれれば、自分たちはまともには生活できない。

そう考えると、少しばかり恐ろしくも思えた。

自分は機械に生かされているのだ。機構も仕組みもわからない機械に。それは飼われていると言っても過言ではない。


足元は暗く、摺り足気味に進む。不安にノボルの名を呼ぶが、機械世界の雑音にあっさりとかき消される。


ノボルはすでに捕らわれたのではないか。捉えられ、痩せ女と同じように収監されているのではないか。

赤の世界に、想像の牢獄が重なる。


「ノボル!」


ひときわ大きな声で呼びかけた。だが、返事はない。熱気に触れ続けた肌が汗を吹き出し、泣いたかのように睫が濡れた。

不安に前進をやめ、足元へ目をやると、太いパイプの下に何かがあった。


なにか、機械的ではないなにか。憂理は息を飲み、少し膝を曲げた。

赤い光の作り出す闇に、それは柔軟な形を見せている。


――ノボルか?


あるいはそうであったなら、救われる話だ。ノボルの手を引いて、生活棟へ戻り、何事も無かったように夕食を腹に流し込めばいい。

だがそれは、想像しているような物質ではなかった。

毛布だ。


「なんだよ……」


パイプの下に乱雑に押し込まれた毛布は、どこか不自然で気持ち悪い。

しゃがみ込んで、よくよく見てみると、半メートルにも満たないパイプ下の空間に、ゴミが散乱していた。

真空パックを破ったようなビニールに、紙屑。毛布の端から覗くのは枕だろうか。


――誰か、寝泊まりしてる。

途端に、気味の悪さが胃を刺激した。


――なんで……こんなところで……。

ここへ、施設へ入る以前。秘密基地と称して、仲間たちと学校の裏山に寝泊まりできる場所をつくった事がある。


ダンボールを組み合わせ、その上からビニールシートをかぶせた簡素な作りだった。菓子やジュースを持ち寄り、午後いっぱいを過ごした日もあった。


ある日のことだ。ランドセルを背負ったまま、秘密基地へ行った。

晩夏の涼しい日、なんの不安もなかった日だ。

そこで憂理は、いまと同じような感覚……微かに香る恐怖と出会った。


腰を曲げなければ入れないダンボール小屋。その闇の奥に誰かが居た。仲間なんかじゃない。大人の臭いだ。

闇から突然に怒鳴られ、意味もわからないまま逃げ出した。


誰かがあとでホームレスだと言った。

自分たちの作り上げた秘密基地は、あっさりと乗っ取られたのだ。


不条理。抗えない恐れ。そんな苦さに似た感覚。それは嫌悪感かも知れない。


「おい!」


人間の発する有機的な声が、ボイラー室を駆け巡った。

思わず、腰を抜かしてしまいそうになるが、汗ばんだ顔を声のした方へと向ける。


「ユーリ! なにしてんだ! タラタラ探してたら置いてくぞ」


入り口のドアが開かれ、赤の部屋の片隅に緑の世界が見える。


「どうした?」


「いや、なんでもない」


縦横に走る赤いパイプ。そのいずれかの陰に隠れた誰かに見張られているのではないか。そんな無意味な想像に背中を押され、憂理は足早に緑の通路へと戻った。


「ここにはいない……」


「ポンプ室も駄目だ。機械だらけで気分が悪くなる。遼は発電機がどうので端の部屋へ行ったぜ」


ボイラー室のドアをきっちり閉め、憂理は翔吾を見つめた。


「この部屋に……誰かが住んでた形跡があった」


翔吾の表情に緊張の色が宿る。


「住んでた? 例の『大人』か?」


「わからない。けど……」


憂理は続ける。

誰か、なんてわからない。ただ、気になるのは隠れるように暮らしていること。生活するならば、ボイラー室のパイプの下より管理室のほうが適した環境だ。


ボイラー室でなければならないとすると、やはり『隠れていた』線が濃厚になる。仮にそれが例の『大人』だとすれば、これまでの推測。


――学長が『大人』の存在を隠している。という疑惑は払拭される。


学長も気付いていない、という可能性が生まれるのだ。憂理の脳内では、ある程度の秩序をもって推理が働いていたが、上手く言葉にできない。


「ワケわかんねぇな。他の奴って可能性もある、だろ?」


少なくとも、確認できただけで、この地下には『痩せ女』『大人』『ノボル』が存在している。

痩せ女は助けを求めたことから捕らわれているという線が濃厚であり、ボイラー室での生活跡とは繋がりがたい。

捕らわれる以前なら話は別だが。

かといってノボルの可能性は低いように思われる。だとすると……。


憂理の頭脳は限界まで回転した。様々な可能性が浮かんでは消える。何かメモにでも残さないと、頭が破裂してしまいそうだ。

憂理は降参を決め込んで、天井に息を吐いた。


「やめた。こういうのはリョーに任せよう」


「ああ」


「じゃあ俺は、あっち側を調べてくる」


憂理が管理室やボイラー室とは逆側にあたる通路を指さした。まだ部屋は沢山あるのだ。


「わかった。じゃあ俺はここら辺を潰していくか」


翔吾と別れ、緑の照明の下、奥の通路へと急いだ。ちょうど中間地点となる連絡通路へのドアを通り過ぎる。

一番奥まで行き、戻ってくる形で一部屋ずつ調べてゆけば、そのうち翔吾か遼とぶち当たるだろう。そんな段取りを考えながら歩みを進め、右や左のドアに視線だけを送る。


変電室だの、下水分離室だの興味を引かない部屋ばかりだ。男女のマークが仲良く並んだプレートはトイレのマークか。

行き当たりまで到達すると、最奥に位置する部屋のプレートを確認して、憂理はドアノブに手を当てた。


――空気循環制御室。


ぬめるドアノブはヒヤリと冷たかった。


数時間の間で、何度ノボルの名を呼んだかわからない。管理室のある区画を全て調べ終わった時には、午後6時を回っていた。夕食が始まるまで1時間を切っている。

三人は管理室に戻り、くたびれた顔を付き合わせていた。


「ノボル……夕食に間に合わなかったな。どうする?」


どうすると言われても、どうする事もできない。憂理は天井にため息だ。


「仕方ない。いったん戻ろう」


昼食はおろか夕食にまで憂理や翔吾、遼がいないとなると要らぬ疑いを招く結果になりかねない。


「憂理と遼は帰れ。俺は残る。どうせバレるんなら派手にやりたいしな。地下の秘密を全部暴いてやる」


鋭い眼光でアヒル口の少年は言う。

憂理は椅子の背に深く背中を預け、天井を仰いだまま血気盛んな少年をたしなめた。


「駄目だって。翔吾がいないとなると、さすがに普段つるんでる俺たちにも疑いの目がかかる。それに腹も減ったろ?」


憂理の言葉に遼は頷き、加勢する。


「そうだよ。とりあえず引き上げよう。ノボルの件はなんとか誤魔化せると思う」


「どうすんだ?」


遼は眉間に指先を当てながら、ぽつりぽつりとアイデアを披露してゆく。ノボルは体調を崩して、トイレに籠もりっきり……と言うことにする。

翔吾なり憂理なり身の軽い誰かが、個室に鍵をかけ上部の隙間から抜け出せばいい。


怪しんだ誰かが外から問いかけても、ノボルは病的な無口で有名だから返事しなくとも不自然ではない。

明日の朝までは時間が稼げる。

体調不良を心配した学長や深川が介入してくれば露見するかも知れないが……。


「下らない工作だけどね」


「やらないよりはマシかもな」


腑に落ちない表情ながらも翔吾も承諾し、夕食に合わせて階上へ戻ることになった。連絡通路を抜けて、地下の入り口となる鉄扉まで帰ってくるまで憂理の気持ちは晴れなかった。


この広大なフロアのどこかに多くの謎、多くの疑問が残されている。

このまま帰って本当に良いのか。あるいは翔吾の言うように階上へ戻らず、ここで……。


「この時間なら、学長は食堂か調理室にいるよな。とりあえず鍵を返さないと、だな」


翔吾がポケットから取り出した鍵を指先にクルクル回す。


「なんとかコピーでも作れないかな?」


遼が眉間のあたりを掻きながら言うが、憂理も翔吾も肩をすくめるばかりだ。そんな技術は学校で習っていない。


「それが出来たら、そりゃ楽さ。でもさ、いやさ、お前らはいいケドよ? 拝借するとき俺にリスクが……」


ドアの前に翔吾が立った瞬間、突然に鉄扉が開いた。

背後の二人に顔を向けていた翔吾はそれを避けることもかなわず、鉄扉に激突した。


施設の全てに反響するかのような鈍い振動。隙間から侵入してくる白い光。翔吾は「ぐわ」と情けない声を上げてドアの前に尻餅をついた。


――誰か!


諸悪の根源、学長の登場かと憂理が身構えた瞬間。ドアの隙間から、丸い顔が覗く。


「あ、ごめん」


どうにも緊張感がない声、ケンタだ。


「おま、急に開けんじゃねぇよ! ビビるじゃねぇか! ドングリでも食ってろ!」


「それどころじゃないよ!」


「どうした?」


憂理が翔吾を起き上がらせながら問うと、ケンタは荒れた呼吸を数度の深呼吸で整えてから言った。


「ノボルが、ノボルが帰ってきてる!」


半開きになった口が三つ、ポカンと小太りの少年に向けられた。額に浮いた汗をぬぐい、ケンタは続ける。


「早く、洗濯室で待ってる!」


それだけ伝えると、ケンタはドアの向こうに消えた。

いま、微動だにせず呆然と立ち尽くす3人を誰かが目撃すれば、その誰かは自分以外の時間が止まったのか、などと思ったかも知れない。



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