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13月の解放区  作者: まつかく
6章 エデンの地下で 
57/125

6-7c 深川狩り

暴君が接近すればするほど、魂が萎縮する思いがする。胃の底を焼くような威圧感、プレッシャー。暴力の代名詞が復活したのだ。


「お前。なにやってんだ?」


もう一度、半村が訊ねてきた。憂理は精一杯の勇気を振り絞って、何気なく答える。


「別に……。行商ごっこ」


「つまらんことを言うな。なんだそのリュックは。ああ?」


触れられたくないトコロをズケズケとさわってくる。言葉にきゅうした憂理に代わり、ユキエが返答する。


「食糧です。たぶん水も」


これに半村は唇を歪め、鼻で笑う。


「なんだ、彼氏。お前、外に出るつもりか? ああ?」


こんな時こそ、噂の稲上流棒術に頼りたいものであるが、始祖はモップ柄を杖にしたまま地蔵スタイルだ。


「彼氏。出られると思ってんのか?」


憂理もケンタも返す言葉がない。出られると思っている。いや、思っていた。わずか数十秒前までは。

腹の底を探り合うような気まずい沈黙が続いた。

半村は憂理たちの反応を冷笑気味に見つめ、ユキエは糸のような目で主君を見つめる。


「ここも居ないっす」


小部屋の捜索を終えたハマノが沈黙を壊した。その緊張感のない言葉遣い。それは一瞬にして暴君の怒りを臨界点まで引き上げた。


「だったら次のエリアだろッ! さっさとかかれマヌケが!」


怒鳴られたハマノはビシッと背を伸ばし、尻のポケットから四角いモノを取り出した。そして、それを口元に当てる。


「B24、いない。つぎ、B25エリア5部屋開錠! どーぞッ!」


なるほどトランシーバーとは便利なモノを使っている。階全体をリモートロックし、捜索に合わせて開錠、施錠を行っているらしい。なんと効率的な『狩り』であろうか。


「彼氏」ハマノに怒鳴りつけた激情は何処へやら、落ち着き払った半村が言う。


「お前らが逃げたら、くだらん前例ができちまうな。そりゃ面倒な事だ。脱走できる、外がどうであれ逃げるルートがあるってなると、アホが続々とあとに続くかも知れん」


「でも……」憂理は言う。「食糧は限られてるんだろ? ならここで養う人数は少ない方がいいんじゃないか」


「そうだ。節制したって、節約したって、減るもんは減る」


本当に外が壊滅しているならば、補給なぞ望むべくもなく、これまでに貯蔵された食糧がまさに命綱だ。


「だったら、俺らを解放してくれよ」


「一理あるかもな。だが……」


半村は無精髭の生えたアゴに手を当てて、ニヤニヤ笑う。


「だが?」


「お前らに食糧を一切やらなけりゃ、問題はないわな。脱走はさせない。メシは減らない。完璧だろ?」


すると、ユキエが口を挟んだ。


「社倉くん。いっそのこと、『私達』に加わりなさいよ。わたし、貴方たちのグループ嫌いじゃない。半村様がケガした時も助けてくれたし、少なくとも『敵』じゃないと思ってる。最初から高い階級にしてあげるわよ。ね、半村様」


半村は怪訝な表情ながらも、その発言を認めた。


「彼氏とお嬢のグループか。まぁユキエに任せる。今は深川と上の奴らが最優先だ。彼氏グループは逃げなけりゃそれでいい」


「テオットも手を打ってます。ひとり潜り込ませていますから、今晩か、明日には上階もなんとかなるでしょう」


「ああ、女は殺すなよ。どうも生活棟ってのは女っけがなくて気に入らん」


それだけ好き勝手を言うと、半村は肩にのせた金属バットをクルクル回しながら探索に戻ってゆく。


「どう? 社倉くん」


「どうって……?」


「私たちの仲間になる?」


落ち着いたユキエの視線。

その視線には抑制の効いた知性すら感じられる。だが、この女は普通ではない。

階級社会を作り上げ、下の者に慈悲のない命令を下すサディストだ。

憂理は決まりきった回答を先送りにし、話をケンタに振った。


「稲上流の師匠。どうする?」


ケンタはとぼけたふうに眉をあげ、ユキエに問うた。


「高い階級って、どのくらい高いの?」


「そうね、2等市民ぐらいかしら」


「ユキエはどの階級なの?」


「私はそもそも階級の外にいるわ。半村様の次よ」


「なら僕は、半村と同じ立場なら仲間になってもいいかな」


ケンタのトボけた言葉に、ユキエの目が見開かれた。


「あなた、アホ? そんなこと、出来るワケないじゃない!」


ユキエにナジられてもケンタのペースは崩れない。


「そうかなー。出来ると思うよ? 半村と同じ階級になって、『命令』で階級制度をなくすんだ。簡単にできるよ。だって、こうなる前は、出来てたんだから」


「今は違うの! 変わったのよ!」


「じゃあ、元に戻ってから誘ってよ。僕は上司にも部下にも、支配者にも奴隷にもなりたくない。タテじゃなく、ヨコの仲間が欲しい。実はネクラの憂理やアホの翔吾や変態の遼、小うるさいナル子や若いババアのエイミ。スーパーロボ永良、ジンロク弟妹みたく」


「あなたね!」


声を荒げたユキエに、ケンタは諭すように続けた。


「僕は『良き友人』だよ。『良き部下』でも『良き奴隷』でも『良き下僕』でもない。そんな風にはなれないし、そんな人が欲しいとも思わない。だから……」


いつになく感情的になったユキエがケンタの言葉を遮る。


「だから、なによッ!」


「だから、ユキエがいつか『良き友人』が欲しいと思ったとき、もう一度、声をかけてよ。部下でも奴隷でも下僕でもない、ただの稲上健太を友達にしたいって思った時、その時は声をかけてよ。僕でよければ力になれるから。僕自身、きっと『良き友人』になりたいと思うから」


憂理は奇妙な感動を感じていた。

皮肉屋の憂理からは逆さにしても出てこない言葉だった。

純朴ではあるが、ケンタがケンタである理由が充分すぎるほど詰め込まれた言葉であった。

これにはユキエも返す言葉が見つからないらしく、ただケンタの顔をじっと見つめるだけだ。


タテではなくヨコで。

思えば、このスタイルこそが半村奴隷にもT.E.O.Tにもない体制なのかもしれない。

だが悪く言えば、統制の取れない烏合の衆、無責任な自由人集団とも言える。実はネクラの憂理などは、そんなふうにも考える。実際、自分は仲間たちに置き去りにされたのだから。


憂理はそんなふうに考えてしまうが、ユキエは違う捉え方をしたようだった。

細い目をもっと細くして、ぽつりと言う。


「そんなこと、うわべの言葉よ」


これには憂理が反論した。


「こないだよ、翔吾と遼で話してる時、ユキエの話が出たよ」


「陰口なら、陰で言って」


「いや、少なくとも翔吾はお前を救えるって言ってたぞ」


「でも今まで救わなかった」


「だって俺たち神様じゃねぇもん。起こってる出来事ぜんぶは把握できねぇよ。いや、リアルな神様でも、きっと全部は把握できてねぇんだよ。だから、ワリを食ってツライ目にあってる奴が出てくる。でも、『これから』ならきっと。『これから』なら、神様でなくても何とか出来る。もし、世界が破滅して無くて、この施設からみんなが出て、そのとき、ユキエがツライ思いしてるなら、きっと力にはなれるって。正直、メンド臭いけど、メンド臭がらずにやれば、万事オーライってさ」


「調子のいいことばっかり」


「そうかもな。でも、ハッキリ言わせてもらえば、今のお前はクズだよ。被害者から加害者になっただけだ。だから、つるむ気になんてなれない」


「じゃあッ! じゃあどうすれば良かったのよッ! 救いなんて無かった! みんな、見て見ぬふりをした! 救いは自殺しかないって思ってたッ! 実際に私を救ってくれたのは半村様だけ!」


ユキエの細い目に涙が見えた。加害者を糾弾するかのような視線。まるで、憂理やケンタがイジメの主犯であったかのような。だが憂理は動じない。


「そうだな。ちょっと遅かったみたいだな。でも、これがユキエにやれること、俺にやれることの全部なのか? 多分違うぜ?」


「やれること?」


「そうだよ。ある鳥がだな……」


憂理は学長の小話を同内容で再現してユキエに聞かせた。

そして最後に自分の言葉を付け加える。


「鳥を笑った少女ってのが、すげぇ軽薄だよな。『空は落ちてこない』って常識にとらわれて、必死に頑張ってる鳥を笑うなんて。本当に落ちてきてるかも知れないのに。でも鳥は必死だったんだよな。きっと仲間の鳥にもピンチを伝えたんじゃないかな。でも、仲間の鳥も笑ったんだと思う。んで誰も取り合ってくれなくて、孤独に戦ってたんだと思う。大切な者のため、信じてくれない者も守るため、最大限、自分の出来ることをやってたんだと思う」


黙って聞いていたケンタが付け加える。


「きっと、鳥は空が大好きだったんだろうね」


どこかズレているような気もするが、憂理は「そうだな」と認めた。

誰も本気で耳を貸してくれない訴え。孤立無援での戦い。そのツラさを想像なんてしているから、自分は『ネクラ』などと評されるのか。


「なんかさ、俺さ、『少女』が嫌いだ。すげぇ嫌な奴だよ。だから、鳥の味方をするよ。どんな馬鹿らしい話も、ちゃんと受け止めて、俺に出来ることをする。常識で切り捨てたりしない」


憂理は胸を張って、ユキエに言った。


「だから、来いよ」憂理は言う。

「俺たちと一緒に来い。イジメの過去も、半村の世界も、腐った人間関係も、わだかまりも。その全部を捨てて、俺らと一緒に来いよ。お前が俺らにしたこと、全部を無かったことには出来ないけどさ、でも変えられるし、変わってゆくよ。みんなで努力すりゃあいい。だから、俺たちと一緒に来い。お前、もう、充分に戦ったよ」


今、自分ができること。それはユキエを連れ出すこと。

ユキエを救う義理はない。だが、本当の意味で『救済』が必要なのはこの少女であるに違いない。憂理にはそんな確信があった。きっと、この少女の空はすぐそこまで落ちてきていたのだ。誰もが耳を貸さない間に。


「そうだよ。一緒においでよ。それなら僕も『良き友人』になれる。いまならまだ間に合うかもだし」


ケンタが屈託無く笑う。


「そんなことッ! 出来るワケない!」


拳を固く握ってユキエが断言すると、そこに憂理でもケンタのものでもない声が響いた。


「オイ! ユキエ」


唐突に名を呼ばれ、ユキエが硬直した。

見れば行ってしまったと思っていた半村が、憂理たちの至近にまで戻って来ていた。


「そいつらの食料、没収しとけよ! そりゃあ『俺のモン』だからな」


なんとも抜け目のない暴君だ。抜け目も思いやりも慈悲もない。行商人たちのリュックに半村の視線が注がれている。


「だいたい……。お前ら、どこで食いモンを手に入れた? あぁ? 彼氏よ」


ロン毛のニーちゃんに分けてもらった――などとは到底いえない。突然のピンチに憂理が口ごもっていると、ユキエがさらりと言い放った。


「……中身、食料じゃありませんでした。着替えとか私物です」


思いもよらぬユキエのフォローに憂理は驚いた。だが表情に出さぬよう意識する。

報告を受けた半村は訝しげにまじまじとリュックを見つめていたが、やがて舌打ちをひとつ鳴らした。


「ふん……ならいいがな。で、私物ってなんだ」


これには、ケンタがボソリと呟きで応じた。


「……エッチな本」


半村の目がこれまでになく大きく見開かれた。


「は? エッチな本?」


「ユーリが沢山隠してたんだ。でも今は施設がこんなだから、盗まれたり、燃やされたりしたら嫌だからってんで隠し場所を変えるんだ。僕は悪くない、手伝ってるだけだから」


半村は大口を開けてゲラゲラ笑った。


「そうか、宝物ってワケか! こりゃ大層な量を溜め込んだなぁ彼氏! オイ、ブタ、彼氏はどんなんが好みなんだ⁈」


「ブタじゃないよ、ケンタだよ」ケンタは半村の重圧に動じる様子もなく、自分へ向けられた悪口を非難し、でまかせを続けた。

「なんか、オバさん……僕の母さんぐらいの歳の女の人の本ばっかりだよ。僕はこういうの……なんか気持ち悪い」


――熟女なんて!


ケンタのデマカセに憂理は発狂寸前まで追い込まれた。だが、憂理の名誉をおとしめたデタラメの効果は決して低いものではない。

半村は身体をくねらせ、自らの両目を片手で覆い、地上まで突き抜けるような笑い声を聞かせた。腹がよじれる、とはこういう状態を言うのかもしれない。


やがて涙目をこすりながら、半村が憂理に言う。


「いやー。ケンタには理解してもらえなかったかー。しっかし、渋いっすね、彼氏。その歳でババ専とはなぁ。さすがだわ。俺でもその境地には達してねぇのによぉ。――ホントかユキエ?」


「……はい。太った50代ぐらいの女性ばかり。やっぱりこの人を仲間に入れるのはやめます」


半村はより一層激しく笑う。


「そりゃサベツだぞ! ひでぇサベツだ、ユキエ。彼氏が何で抜こうが自由だろー。いくらデブったババアでしか勃起しない変態でもよ。なぁ彼氏よ?」


憂理はケンタの嘘に内心で腹を立てながらも、とりあえず彼のシナリオに乗る。

落ち込んだ演技をして、うつむき加減で呟いた。


「俺、変態なのかな……」


半村はすっかり上機嫌になり、憂理の肩を励ますように叩いた。


「気にすんな。チンコ勃っちまうもんは仕方がねぇよ。まぁ、えげつないぐらい大事なモンってのはわかった。いやー彼氏えげつねぇわ」


「もう、ほっといてくれよ」


「あーワロタわぁ。まぁ、せいぜい上手く隠せ。ケンタもちゃんと手伝ってやれ。まぁ盗まれる事も誰かに使われることもねぇとは思うが、万が一、なくしたときは深川で抜け」


半村はさんざん笑って満足したらしく、「しっかし、彼氏がマニアとはねぇ。じっさい世も末だわこりゃあ」と呟きながら深川探索に戻って行った。


ようやく難が去って、憂理はさまざまな意味のこもった溜息を漏らした。

そして、ケンタを睨む。


「お前さ、もう少し、マシな話を作れないモンかね?」


だがケンタは得意げだ。


「適当だったけど、上手くやれたね。熟女悩殺のユーリ君。いや、悩殺されてるユーリ君か」


「まったく……勘弁しろよ」


憂理はケンタの肩を拳で叩き、一呼吸を置いてからユキエを見た。


「お前。俺らをかばって、良かったのかよ」


ユキエは微塵にも笑顔を見せず、感情の読めない細い目で床を見ていた。


「わからない……」


ユキエの心中に明らかな変化が生まれ始めていることを憂理は感じ取った。

きっと、この女は『誘われる』ことに慣れておらず、戸惑っているのだ。拒絶され隔絶され、孤独の中に生きてきたに違いなく、その自分が仲間に誘われている事実、それに戸惑っているのだろう。


「社倉くんは……半村様に好かれてるわ。あの人、他のどんな人にもあんな態度とらない。私にだって……」


「好かれたくもねーんだけど……」


「ずるいよね」


「なにが」


「なんで努力もせずに人に好かれるの? なんで好き勝手に振る舞って、みんなに嫌われないの? ずるい」


好かれているかどうか、など憂理の知るところではない。だが好き勝手な振る舞いというのは認めるべきだろう。なんてったって、パンクなのだ。


「わかんねーけどさ、好き勝手に振る舞ってるから仲間が増えるんじゃねぇかな?」


憂理は言った。

自分の行動や発言に対して、ムカつく奴が99人いるとする。でも1人は共鳴したり強烈に指示してくれたりする。そうやって仲間が出来ていくんじゃないか。

全員に好かれようなんて、面倒臭くて。


「私は……もう戻れない。いじめられっ子のユキエには」


「戻る必要もねぇじゃん。普通でいろよ」


「私はッ! ナンバー2の女ッ! 半村様の次に偉いの! みんな、私を怖がる!」


「怖がられたいのか?」


「そうじゃない! そうじゃないけど! こうするしかないの! こうしないと生きてるのがミジメでどうしょうもなくて!」


「だから、俺たちと来ればいい」


憂理はポツポツと語った。

元々つるんでいた翔吾やケンタ。それに遼やエイミや菜瑠。四季にジンロク。

とても奇妙な組み合わせだよな、と。わけわけんねぇよな、と。


でも、仲間たちはきっと自分らしく振る舞っていると思う。

個性を尊重するというと大げさかも知れないが、自分たちの間では、個性そのものが空気みたいなもの。あって当然で、気にもとめないもの。


作り笑いする必要も、無理に話を合わせる必要もない。

そういう雰囲気が楽だと思う人間が集まったんだと思う。だから、ユキエが加わったとて、きっとなんの問題もない。


当然、最初は難色を示したり、露骨に反発する奴もいるだろう。

だけど、話せばわかってくれる。そういう奴らだから。

俺自身、こうやってユキエを説得してるのが奇妙すぎて笑えるモンな、と。


「だから、来いよ。強制はしないけどさ」


人間というものは、実のところ偶然で巡り会うものでは無いのかも知れない。

自分が興味を持った相手、関心を寄せる相手。その人物と知り合ってゆくのは必然なのではないか。


心の奥底、精神の最奥で、その人を求めているから知り合って、関係を深めてゆく。それ自体が運命なのではないか。


憂理の側を通り過ぎていった人たちは、きっと憂理の運命の人ではなく、側に留まってくれた人たちが必然的な運命の人なのではないか。

無論、通り過ぎていった人たちにだって男女を問わず運命の人がいて、きっと、どこかで、必然的に巡り会う。


それは街角のカフェや、満員電車の中、あるいは教室の隅で偶然を装ってやってくるのではないか。惹かれる心、興味を抱く心。それこそが運命の探知機なのでないか。


大事なのは行動すること。

偶然を装っているものを、自発的な必然に変えてしまうこと。

勇気が人生を変えるかも知れない。それが、ほんのちょっとの勇気と、とまどいがちの行動であっても。


憂理は言った。


「何かの縁、って言うよな。俺、正直、お前が怖かった。もしかしたら、半村以上に怖かったよ。でも、なんか違ってた。こうして、こんなところで、こんな恥ずかしい話をしたのも何かの縁ってやつだろ。変えれるよ、きっと。お前の運命。今日から変わるよ。だから、来い。これ以上恥ずかしい話をさせんなよ」


ユキエは通路に膝を落として、泣き崩れた。そして、何度もごめんなさい、を繰り返し、やがて言った。


「私、ほんとうに?」


「変える気があるんなら、変われるよ。きっと」


ケンタが行商スタイルのまま、のっしのっしとユキエに歩み寄り、顔を覆うユキエの腕を掴む。


「ほら、立ちなよ。そして、僕のリュックを代わりに背負いなよ。それが仲間ってもんだ」


これはとても『良き友人』の振る舞いではない。

だが物理的な『重荷』ではなく、精神的な『重荷』を分け合って背負うなら、それはたしかに『良き仲間』かも知れない。


「そうだ。ユキエ。仲間の重荷は背負ってやらないとな。んで、ケンタは代わりに俺のリュックを背負えよ。そしたら、俺がユキエのリュックを背負ってやる」


「無理よッ! 全部綺麗事! 変わるはずがない!」


そうかもしれない。そうでないかもしれない。

でも、こんな時だからこそ綺麗事を言うべきなのではないか。憂理はそう思う。


結局、綺麗事であろうと、そうじゃなかろうが、変化出来るか否かはユキエ次第で杜倉憂理は通りすがりでしかない。それを無理やりどうこうしようとは思わないし、これ以上踏み込む気にもなれない。


「無理強いはしない。好きにやれよ。ただ付いてくるってなら、受け入れる。……じゃあ俺たちは行くぜ。さっきはフォローありがとな」


憂理はケンタと連れだって、その場を後にする。重い荷物を肩に感じながら少しずつ前へと進む。

すると、10メートルほど歩いたところでケンタが言った。


「ユキエ。ついてくるよ?」


見れば、たしかに距離が離れていない。ユキエは涙に濡れた顔を床へと向けながら憂理たちに近づきもせず、遠ざかりもせず一定の距離を保ってついてきていた。

なにより、その距離がユキエの葛藤をあらわしているようにも思えた。


「どうするの?」


「わかんね。あいつ次第だろ」


憂理は不安に思う。これまで、あれだけ精神の闇を露出させてきたユキエが、変われるだろうか。

ユキエという人物を知ったのが運命か。ユキエが飛び込んできたのが運命か。

この運命がどのような結果を生むか、憂理は後世の歴史学者に聞いてみたい気分だ。

だが歴史学者は言うだろう。

『杜倉憂理? 野中雪枝? そんな人物は知らないね』


歴史書に1行も載らないような、小人物。こんな小物にも運命がある。


運命があって、つながりがあって、決断があって、出会いがあって、別れがあって、泣いて、笑って、また泣いて、毎日を必死に歩いてゆく。

そこに間違いも正解もない。



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