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13月の解放区  作者: まつかく
6章 エデンの地下で 
50/125

6-3b 合流

トイレを済ませると、いくぶんか菜瑠に余裕が戻ったように見えた。5リットルの何分の1かを足さずにすんだのは幸いだったと言える。


「手分けして探す?」


この菜瑠による提案はあまり良くない発想に思えた。

一度別れてしまえば、合流が面倒だ。変に動き回ると待ち合わせにも手間取るだろう。


「いや。お前らこのままトイレの個室に隠れとけ。動かない方が合流しやすい」


四季は憂理に同意したようで、半開きの瞳のまま頷く。


「部屋を一つ一つ探す必要はないわ。ドアに細工してある部屋を探していけばいい。時間をかけないで」


そうして菜瑠と四季、ジンロクの弟妹を置いて、憂理は捜索を開始した。

もし翔吾たちも同じような環境で監禁されているのだとすると、彼らも『バケツ問題』に悩まされているはずだ。

もっとも翔吾やケンタあたりは気にしそうもない――が、彼らの排泄行為をエイミが阻止するのは明白。そうなると膀胱もストレスも怒りも爆発寸前に違いない。


そうしてジンロクとドアノブに注意しながら進んだが、30メートルも進まないうちに問題に直面した。

T.E.O.Tだ。この階を本拠地としている彼らと出会うのは順当なエンカウントだった。

サマンサ・タバタ、石井遥香。それと数人の女。


どの手にも腕章と棒きれが握られている。棒きれのデザインから見ると、木製椅子の脚を折った物らしかった。1脚から4本回収できることを考えると、武器の供給は充分だろう。


「トクラ君……」


面と向かって対峙しても、半村のような恐怖や、深川のような脅威はなんら感じない。憂理は何事も無かったかのように接してみる。


「こんちわ。俺の仲間知らない?」


むろん、T.E.O.T側からすれば無かった事になどできない。


「逃がさない。逃げちゃ駄目」


そう言って、タバタは細腕に武器を構えた。それに呼応するかのように石井たちも武器を構える。5人の武装した女。こちらはジンロクと憂理。

優勢とは言い難いが、負ける気もしない。それ以前に戦うつもりもないが。


「やめとけって。ここで俺を捕まえても、別働隊のナル子が脱走する。でもナル子を探すにしても、お前らも自由には動けないんだろ? 手遅れだ」


これはハッタリの類であった。

菜瑠たちは決して別働隊として行動しておらず、TEOTたちの抱える『脱走奴隷』問題の深刻化も憶測でしかない。


「逃げちゃ駄目だよ、トクラ君。お願い、導師の言葉を信じて」


武器を構えながら説得されても、なんら心に響かない。こういうのは説得ではなく恐喝と言うべきだろう。


「信じてるよ。疑ってない。世界は終わってる。だけど、それはずっと前からだ。学長風に言えば有史以来ってやつだ」


「そういうのじゃないの。導師はトクラ君のことを心配して……」


「うるせー!」憂理が語気を荒げると、TEOTの女性闘士たちは一様にすくみ上がった。


「監禁しといて心配してる、とかお前らアホと違うか! いやアホだ! 俺やケンタならともかく、女をトイレも無いとこに閉じ込めやがって! おかげでナル子も四季もションベン漏らすトコだったんだぞ! ションベン以外も!」


サマンサ・タバタは動揺しきって言葉が出ない。それに代わって石井遥香が抗弁した。


「すぐに出すつもりだった!」


「出すって、ションベンのことかー!」


「違うよ! 閉じ込めるのは15分ぐらいの予定だった!」


これにはジンロクが応じる。


「4時間は長かったな。ナル子も永良もキツそうだったぞ」


「半村奴隷が反乱したから悪いの!」


「そもそも、お前らが俺たちの行動を制限する権利なんてねぇだろ! なにが理想の世界だ! お前らは自分に都合の悪い人間を排除してるだけじゃねーか! 臭い物には蓋か! 俺らは臭いのか!」


「違うよ! アンタらはまだわかってないだけ! どのみち、もう施設から逃げられない!」


「出る。何があっても!」


言い切る憂理に石井は皮肉めいた笑みを見せた。


「地下階へは行けないよ? 生活棟は戦場」


「戦場ってなんだよ、あほくさ」


「ユキエが逃げだした半村奴隷を集めて封鎖してる。いま生活棟に行ったら殺されるよ?」


こうも問題ばかり起きるというのは、この施設の風水にでも問題があるのかも知れないぞ、と憂理は疲れを感じてしまう。

鬼門に鏡を置けば良いと聞くが、この施設の鬼門をふさぐには世界中の鏡が要るに違いない。


「殺される……ねぇ」


「中央階段前にはバリケードがあるし、武器も持ってる」


「武器持ってんのは、お前らもだろ」


憂理の非難に女子たちは口々に護身のためだと訴えた。だが、そうだとしてもいま、げんに憂理とジンロクに武器を向けたではないか。護身用でも使い方次第では暴力となり得る。


「半村奴隷を刺激したのはお前らだ。俺には関係ないこと。俺たちは自由にさせてもらうぜ。いこうロク」


自分たちに向けて構えられたままの棍棒を手で押しのけ、憂理は女子たちの群れを割って歩いた。こんな下らないことに付き合っているヒマはない。

通り過ぎぎわ、ジンロクが足を止めてサマンサ・タバタを見つめた。


「かわいい顔して、武器か。もし、通りすがった敵が俺とユーリじゃなくて、他の弱い女子や子供だったら――お前はその武器でその子を傷つけたかも知れんな」


「こ……これは護身用! 危害を加えられない限り、誰も傷つけない!」


「本当にそう思うか?」


「よせよロク。言っても無駄だって。それになんかオッサンの説教っぽいぞ」


「ああ、すまん。いくか」


学年で言えばジンロクは憂理の二つほど上になる。オッサンと言えばオッサンか、と憂理は思う。だがこの施設に居る限り、年齢などほとんど意味をもたず誰もが横一線である。それがゆえに生み出される自由な雰囲気だけは気に入っていた。


だいたい、1年や2年早く生まれただけで偉ぶったりできる人間の精神がどうかしてるとまで憂理は考える。

半村を見ろ、深川を見ろ。彼らは果たして年相応な立派さを身につけているだろうか。


――今だいじなのは年齢じゃない、男気だ。


ふと背後に視線を感じて振り返ってみると、T.E.O.T女子たちが憂理たちの背中を見つめていた。全員が申し合わせたかのように指でキツネの形を作り、そのイビツな輪を通して憂理たちを見つめている。


――真実の眼。


どんな脅しより、どんな恫喝より、これには恐怖を感じた。

無表情な顔、突き刺してくるような真実の眼。

呪いなどと呼ばれるモノは、こうして行われるのではないか。


「なんだ、あれは」


真実の眼を知らないジンロクですら、その圧力を感じたらしい。少し顔をしかめて首を引っ込める。


「ほっとこうぜ。話を聞くのもうざったい」


背中に浴びせられる視線を感じながらも、憂理たちは先に進んだ。

交わす会話も途切れたまま通路を進んで行くと、思ったよりも早く『探し物』が見つかった。不格好な金具のまとわりつくドアノブだ。


「ユーリ。あれか」


「ん。そうかも」


じゃあ、さっそく、と金具に触ろうとしたジンロクを憂理は引き留めた。


「俺にやらせて」


憂理は金具の前で中腰の姿勢を作り、細心の注意を払って金具に触れる。音を立てないよう、内部にいるであろう『受刑者』にばれないよう。

万力の要領でドアノブを固定する留め金を、金庫破りでもするかのように慎重に、確実に解いてゆく。やがて全てを外し去ると、憂理はジンロクにニヤリ笑って見せた。


「おどかそうぜ」


ジンロクは唇をへの字に曲げて、どうかな、というジェスチャーを見せる。


「今おどかすとだな、ションベンをだ、漏らすかも知れんぞ。俺は弟に一度漏らされてる」


なるほど、ジンロクは正しい。臨界点まで達した膀胱が暴発を起こしかねない。憂理はその助言を受け入れ、おどかすのはヤメにした。

そして、音を立てないようにドアを開け……。そっと中をのぞき込む。


――いるよ、いるよ、マヌケなションベン・タンクたちが。


広くもない倉庫の中には、憂理の探している者たちがいた。

だが、奇妙だ。

円陣を組むように車座に座り、その中央にはケンタ。そのケンタが奇妙だった。

――ケンタは頭に何をかぶってんだ。ありゃカツラか?


ドアの隙間から目を凝らすと、その『かぶりもの』がモップの先であることがわかる。金具から外したモップの先糸を頭に乗せ、レゲエ愛好者のようになっている。


「なにやってるんだ?」


ジンロクが囁き声で聞いてくるが、そんなことは憂理にだってわからない。すると、車座の中央にいたケンタが言った。


「おおぅー真実の目で全部みえるー。七井ぃー君はどうかねー新しい世界はどうかねー」


「おおードーシー。新世界は最高ですー。世界なんて、ナウにデストロイですー」


翔吾が大げさに両手を挙げ、平伏するように腰を曲げる。


「おおー。それが悟りぞー。エイミ同士はどうかねー」


「おおートイレがしたいですー」


「それは目が曇ってるからぞー。僕はもうヤバイ時間帯を通り過ぎたぞー。オシッコを感じるのではなく、オシッコと同化するのぞー。修行がたらんのぞー」


「おおーなんの解決にもならないけどーありがたきお言葉ぁー」


「ショージンぞー。リョーはどーですかー元気ですかー」


「おー、僕はオシッコですーオシッコそのものですー。今まさに同化してますー」


これにはガッカリした。

憂理はガバッとドアを開けて、車座の全員をにらみ付けた。円陣の視線が集中してくる。


「おい! 何やってんだよ!」


モップの聖者が笑顔で答えた。


「テオットごっこ」


「んな事やってる場合かよ。エイミはともかく遼まで!」


指名された遼は素早くうつむく。

翔吾は憂理の眉間にまったく気にする様子もなく、体を伸ばした。


「退屈しのぎ、だよ、退屈しのぎ。こうでもしてねぇと漏らしちまう。んで、お前も監禁されてたのか? なんかイツキと付き合うことにしたって聞いたけど」


「……あー。説得はされたけどな。とにかくロクに助けてもらった」


「助けたってほどじゃないが……。お前らトイレは大丈夫か」


ジンロクに言われると、すばやくエイミが立ち上がった。


「大丈夫なわけないわ。もう! 我慢しすぎて眼から出るかと思った! オシッコと同化なんて死んでも嫌」


他のメンツも同意らしく、腹部をかばうようにしてノソノソと立ち上がる。


「とりあえずトイレだな。そこでナル子たちと合流して……。さっさと脱走しよう」



  *  *  *



男子トイレの洗面所にずらりと並び、憂理も久々に顔を濡らす。ケンタも遼も翔吾も排泄の喜びに表情が明るい。


「で、ユーリはなんて言われたんだ?」


「なにが」


「『面談』だよ。あのイツキって女に引き留められたんだろ」


翔吾は何げなく訊いてきた。憂理は髪まで流水にひたし、頭部の熱を洗う。

イツキとの一件を隠し立てするつもりもないが、ことさら詳細まで報告すべき事でもないように思われる。


「なんか、いろいろだよ」


「隠すなよな。どうせ告られたんだろ?」


憂理は髪の水分を散らし、翔吾は顔を洗い、ケンタは口をゆすぎ、遼は眼鏡を拭く。会話はすれどお互い、面と向かい合うワケでもなく、『片手間』の雑談だ。

トイレでの雑談。それは施設がこうなる以前を思い出させるものだった。


「告られた。お前らも?」


「ああ。ありゃあ、完璧に引き留めだ。でもよ、あいつらサマンサ・タバタの人選はミスったなぁ」


タバタが担当したのはケンタだ。憂理は手グシで髪を整えながら横目でケンタを見る。「ミス?」


「コイツよ、すぐさまオッケーして、『じゃあ付き合ってるんだから、チューしてよチュー』って迫ったって。んで、その後どうなったんだっけ、リョー?」


そう言って翔吾は、「キモすぎウケル」とケラケラ笑う。話を振られた遼は眼鏡を定位置に戻して言う。


「迫ってきたケンタに怯えて、サマンサ・タバタが部屋から逃げ出した。それでその部屋からのそのそ出てきたケンタをTEOTが数人がかりで取り押さえた。……だよね?」


確認を求められたケンタはムスっとしながらもそれを認めた。


「言ったろ、わかってたんだよ? ワナだって。だからあの子を試したんだ。看破したんだよ」


翔吾は嬉しくてたまらない様子でゲラゲラ笑い続ける。


「いやいやいや、そうでも、お前は絶対タバタのトラウマになったよな! 俺がタバタだったら半村より深川よりお前がコワイって。かわいそうに、あの女、ぜったいゴブリン恐怖症になってるぜ」


どうやら多かれ少なかれ、『色じかけ』が行われたのは確かなようだ。

憂理は方の重荷が下りたように感じる。自分がイツキにとった対応は結果オーライというやつらしい。

翔吾がケンタの肩を叩いて、総括する。


「ま、誰1人裏切りがでなくてよかったぜ」


「いや」憂理は言う。「俺は正直やばかった。イツキ……脱いでさ」


きっと引き留めだと思うけど、と前置きしたものの憂理の言葉に場は静止した。数秒間の静寂が耳にいたい。


「そこまでやるか、フツー。イツキってぜんぜんそういうタイプに見えないけどな」


どこか嫌悪感を見せた翔吾と対照的に、ケンタは興味津々だ。


「で、どうなったの?」


「……寸前までいった」


感嘆の声が憂理以外の口から漏れた。


「で、どうなったの?」


「いやもういいだろ。ちょっとヤバかったって話ってだけだ」


遼はピカピカになった眼鏡を定位置に戻し、肩をすくめた。


「それもタカユキの指示なのかな。だとしたら、ちょっとやり過ぎだし、やらされすぎだね」


「ともかく」憂理は乾ききらない髪をなでつける。「裸はやばかった。ケツとか」


「なんだよ」翔吾は言った。「ケツなんてウンコの出るところだぜ」


「たしかに」ケンタも続く。「何が良いんだろうね。僕の母ちゃんのケツ、運動会のクス玉みたいだよ」


「言い過ぎだよ」遼が切り、続けた。「ともかく早く逃げよう」




  *  *  *


杜倉憂理。七井翔吾。

稲上健太。畑山遼。

路乃後菜瑠。芹沢嬰美。

永良四季に坂本甚六。その弟ナオとユキ。


合流してみれば、10人にも及ぶ大所帯だ。


「どうするの?」などと菜瑠が訊いてくる。


エレベーターは動かせないか? 憂理は考える。

洗濯室に掘った穴もいまだ完成しておらず、地下階を経由する脱出路も『手っ取り早い』とは言い難い。エレベーターを動かすならば、必要なのはコントロールパネルの鍵。それはいま誰の手に?


憂理は誰に言うでもなく呟いた。


「ともかく……生活棟に降りないと。なんかヤバイみたいだけど、どのみち道はねぇしな」


ジンロクの端的な説明で、全員が現在の状況を把握した。現在いる階にはT.E.O.T。一つ下の生活棟は半村奴隷。上は大火事、下は洪水というやつだ。


「下に行くなら、学長先生の様子を見ておきたいわ」


菜瑠の主張にエイミも同調する。これには憂理とて同感だった。もし、学長の意識が戻っていたなら、脱出に有益な情報がもたらされるかも知れない。もっと他の情報も。


「下行くんなら、まず武器、だろ?」


これには意見が割れた。

確かに身を守る護身具のたぐいはあったほうが良いかも知れない。だがその一方で半村奴隷を刺激することになるのではないかという懸念。

結局、翔吾とケンタ、憂理と遼、ジンロクだけが武器を持つことになった。男は女を守るもの、という翔吾の信念によるものだ。


ケンタと翔吾が先ほど閉じ込められていた部屋からモップの柄を持ってきて、それぞれに配布する。

『掃除道具』としてではなく、『護身用武器』としてこの棒を手にしたとき、憂理は思わずもてあました。

120cmほどの長さ。手には馴染むが、これでどう戦えば?

棍棒と言うには長すぎて、槍と言うには短すぎる。槍になりたかった木刀か。棒術の心得があれば充分な護身具になるに違いないが……。


しかし、これは『いざという時』に身を守るための道具に過ぎず、使う機会がないことが一番望ましい。機会さえなければ。


「じゃあ、さっさと行くか。食料とかは地下で調達するか、諦めよう」


そして、10人は脱出に向けて行動を開始した。もはや迷っている時間はない。


ようやくやって来た中央階段では、およそ日常からかけ離れた光景と直面した。階段から通じる踊り場。その横幅いっぱいに机と椅子が積み上げられている。机の山には、谷がある。人ひとりがようやく通れる、それは通路らしい。

5名ほどの男子が例の棍棒を持ち、番人よろしく立ちふさがっている。


これはなんだ、なにしてる、などと訊ねる必要もない。これは下の階にあたる生活棟から『賊』が侵入しないように築き上げられたモノに違いない。


T.E.O.Tの番人たちはゾロゾロとやって来た憂理たちに最初は厳しい視線だけを送っていたが、武器となるモップ柄を手にしていることに気がつくと、姿勢まで厳しいものにした。

その番人たちの中には、『厳しい表情』がひときわ似合わない人物もいる。アツシだ。

憂理は仲間たちに待機するよう伝え、単身で番人たちの前まで歩み寄った。そしておびえるでもなく、威嚇するでもなく、なるべく普段通りに接する。


「なぁ、アツシ。俺ら通りたいんだけど」


アツシはひょいと片眉を上げて、小さくうなだれた。言葉にはならなかったが、そのしぐさが『まいったな』を表現していることぐらいはわかる。つまりは否定だ。通すわけにはいかない、まいったな、だ。

憂理はそのしぐさの意味をくんだ上で要求した。


「通してくれ。お前らの邪魔はしない」


「誰も通しちゃダメだって指示されてんだよな。それに下はアブナイぜ? ユキエがブチぎれてるってさ。だから俺らもこうして防衛線はってんだ」


「聞いてるよ。でも行く」


「勘弁してくれよ。俺、ユーリとモメたくないんだ。お前にゃあ、借りもあるし。嫌いじゃない。タカユキくんがどうであれ」


「俺だってモメんのはゴメンだ。でも行く」


「なんかな、いまは本格的にやばいんだって。俺らの仲間が下で襲われて、ひでぇ怪我させられてさ」


「お前らも悪いだろ。裁判とか言って半村奴隷を排除しようとしたんだろ? 反発くらって当然だ」


アツシは頭を掻いて、また『まいったな』だ。


「あれさ、一部の女子が言い出したらしいんだよ。半村奴隷だった奴は信用できない、って。俺もタカユキくんも知らないトコでさ。まいったよ、ホント」


アツシは弁解じみた言い方をする。現在の対立構図はT.E.O.Tの真意ではないと言うことが言いたいらしい。


「この際だから聞いとくケド。アツシも『新世界』を本当に実現したい?」


「ああ」アツシは迷いなく答えた。「やってみる価値はあるだろ?」


「俺さ、ルールとか規則とか馬鹿らしいと思ってる。常識だってアホかって思うモンもある。でもそれが必要なのもなんとなく理解はしてる」


「じゃあ、そのおかしいルールを……」


「最後まで聞けよ。俺はまだルール変更が必要だとは思わない。もっと言えば、その新しいルールをタカユキが決めるのは違うと思う」


指導者がタカユキであるから反発を覚えるのか。

タカユキ個人に対しての不信感がまずあって、それがゆえその思想に対しても疑心が働くのか。

一瞬の沈黙のさなか、憂理の胸中には様々な思いが浮かぶ。

タカユキの人格がどれだけ破綻していたとしても、その『思想』や『構想』が間違っているという証明にはならない。


音楽家は生み出した楽譜によってはかられ、画家はその絵画によって、作家は著作によってはかられる。それぞれに生み出された作品の良し悪しは本来作家の人格とは切り離して評価すべきで、これは思想とて例外ではない。

しかし、タカユキはダメだ。これを理屈ではなく本能によって憂理は判断していた。


「なんでタカユキくんがお前らにこだわるのかわかんねぇけど……。まぁいいか」


アツシは例の『アツシらしい笑み』を見せて言った。「通って良いよユーリ」


「いいのか?」


「ああ。どうせすぐ戻ってくるしな」


そういってアツシは意味深に笑うが、生活棟がどうであれ憂理は突き進むしかない。戻るなんてあり得ない。

――半村にもT.E.O.Tにもウンザリだ。

やれやれといった調子で憂理がため息をつくとアツシは続けた。


「ま、意地張るのもいいさ。でも、マジで気をつけろよ。下は……」


言えたのはそこまでだ。

アツシの頭が憂理の目の前でガコンと下がった。


下がった頭の中央で、二つの黒目が焦点を失って白くなる。アツシがゆっくりと崩れ落ち、その後方にカネダの姿が見えた。

角棒を再度振り上げるカネダの目を見れば、アドレナリンが過剰に分泌していることがすぐにわかる。まるで獣のような目だった。

斜めに振り上げられた角棒が、崩れ落ちるアツシの背中に追い打ちをかけた。アツシの体表ではなく、体内から響いてくるような重い打撃音。


「来たッ!」


T.E.O.Tの番人が悲鳴とも怒号ともとれる叫びを上げた。だがそれは遅すぎた。

倒れたアツシをまたいでカネダが中央の通路を乗り越え『こちら側』へ侵入してきたのだ。

カネダだけではない。複数の半村奴隷が我先にと向こう側から殺到してくる。


T.E.O.T1人に対し、半村奴隷2人が襲いかかった。

通路近くにいた憂理も例外ではない。例の獣のような目をしたハマノが、突入の勢いのまま憂理に角棒を振り下ろしてきた。

反射的にその一撃をモップの柄で受ける。


手抜きのないハマノの一撃は柄を握る憂理の手に不快な衝撃を伝え、一瞬にして痺れを生じさせた。

アツシ襲撃からここまで数秒。


ハマノによる最初の一撃は防いだ憂理だったが、つづく第二波は防げない。

ハマノの背後から殺到してきた別の奴隷が横なぎに角棒を振るう。ヒュッと角棒が空気を切って、ガラ空きであった憂理の横腹に一撃を加える。


一気に体の芯まで伝わる衝撃。痛みに体勢を崩した憂理にハマノが再び角棒を振り上げる。


だが次の瞬間、ハマノに向かって翔吾が駆け寄り、大上段に構えたハマノの腹に蹴りを叩きこんだ。

物理法則のままにハマノは後方へ倒れた。


だが混戦は終わっていない。

通路からは次々に半村奴隷が侵入し、『こちら側』に溢れてくる。


「ユーリ、下がれッ」


誰かが叫んだが、痛みでとっさには動けない。憂理は情けなくも横腹を押さえたまま床に両膝をついていた。

瞬間。スッと憂理の両腕の付け根に誰かの腕が差し込まれ、そのたくましい腕が強引に憂理を後方へと引きずった。横腹の痛みが波のように押し寄せるなか、その腕がジンロクのものだとわかる。


数秒で最前線から離れた場所までグイグイと引きずられ、やがて遠く離れた壁に憂理の背中が接した。


「じっとしてろ」


それだけ言うとジンロクは騒ぎの渦中へ舞い戻って行く。憂理が薄目に見てみれば、いまだに木棒どうしが激しく振られ衝突は続けていた。

不格好なチャンバラ。そう言うしかない。

だが、不格好であれ不作法であれ、振るわれる木棒には人を傷つける充分な威力がある。

へたり込んだままの憂理、その目の前に菜瑠がしゃがみ込んでくる。


「大丈夫?」


言葉にはできない。これが痛くなかったら、自分はゾンビだ。憂理はそう思う。

壁際には騒ぎから避難してきた菜瑠、エイミ、そして四季と四季をかばうように立つ遼。ジンロクの弟妹。

安全地帯というワケでもないが、少なくとも喧嘩に巻き込まれる距離ではない。


翔吾とケンタは長すぎる木棒をもてあますように振り、半村奴隷に応戦していた。


ジンロクを数に入れても8対3、人数で言えば劣勢も劣勢だ。だが、倒れたT.E.O.Tに執拗に《《トドメの攻撃》》を加え続けている半村奴隷もおり、まだ一方的な暴行とは言えない。


ジンロクは木棒を『防具』として使用するばかりで反撃に転じようとせず、ただ必死に説得を続けている。

離れた場所にいる憂理たち。そのなかにいる菜瑠が声をあげた。


「とめる!」


「ダメだって! 菜瑠! あぶないよ!」


ハマノと一対一の勝負をしていた翔吾が、ハマノの攻勢に飲まれようとしていた。

長すぎる棒を使いこなせず、なおかつ片腕を吊ったままでは上手く戦えないのは明らかだ。

ハマノが横なぎに振った棒が、翔吾の治りきらない腕を直撃した。翔吾は叫び、手にしていた武器を床に落とした。


「し、しねよ!」


圧倒的優勢に立ったハマノだったが、その表情に勝者の威厳などみじんにもない。

怒りと、興奮。優越感と高揚感。そして多分に怯えがあった。

翔吾の危機を察したジンロクが素早く翔吾のフォローに回ろうとする、がそれも他の奴隷の間断ない攻撃で抑制される。移動すらできない。


ハマノは聞き取れない奇声を発し、倒れた翔吾を見すえて棍棒を大上段に構えた。

そのとき、時間は止まった。


少なくとも、ハマノの挙動を見ていた者たち、そしてハマノ自身の時間が止まった。

止まった時間のなか。後方からスッと伸びてきたモップ柄がハマノの胸を突いていた。


ハマノの動きを止めた一撃。

それに威力はなかったかも知れない。だが翔吾に訪れんとしていた数秒先の未来は変わった。

突きに怯んだハマノが一歩だけ後ずさり、もう一度構えようと――。だが、スッと引かれた木の棒が再びハマノを突いた。今度は右肩だ。

小さな威力を積み重ねるように、棒はすぐさま左肩も突いた。


「やめなさい!」


菜瑠だった。

長いモップを広い間隔で持ち、暴徒をみすえている。両足を揃えて立ち、華奢な体を微動もさせず、まっすぐにハマノを睨んでいる。


憂理たちがもてあましていた武器。それが菜瑠の手にあっては途轍もなく頼れる武器に見えた。

床に対して斜めに構えられたモップ柄。

ハマノが武器を構えようとした瞬間、その斜めに構えられた棒から素早く小さな突きが放たれ、事前にハマノの動きを抑制する。


「やめなさい」


ハマノに道はない。攻撃のための動作は一切許されない。それらは予備動作の時点で菜瑠の鋭い突きによって抑制される。


――すげぇ。


憂理は素直に感心する。


木の棒やら鉄パイプ、金属バット。椅子の脚に棍棒。今まで、それらを利用しての攻撃は乱暴に振り回されるだけだった。奇声をあげ、怒鳴って。振り回す。

それが常識であるかのように錯覚すらしていた。


それがあの少女はどうだ。きちっと足を揃えて微動もせず、敵の動きに呼応して最速かつ最小の攻撃。あのような細い棒で。細い腕で。

憂理はこれを美しいとすら感じた。


騒然としていた場は粛然となった。菜瑠は他の半村奴隷たちに一瞥もくれず、ただ彼らに勧告した。


「あなたたちもよ。やめなさい。規則違反よ」


戦乙女かと、戦いの女神かと見まごうていたが、最後の一言がどうしょうもなくナル子だった。

彼らが規則のどの項に違反しているのか憂理にはわからない。ケンカか、襲撃か、武器の携帯か。憂理にしてみれば半村に従っているという一点だけで十分な違反に思われたが。


「ナル子がいってるんだ。もういいだろ。もうやめろ」


ジンロクが便乗して説得する。だが、そんな事でサヤを収められるほど襲撃者たちは大人ではなかったし、一部はより反発した。特にカネダだ。


「なに偉ぶってんだ!? キソク? んなもん知るかッ! 半村さまにヤられておかしくなったんじゃねぇの!?」


微動もしなかった菜瑠の全身だが、この挑発を受けて一部だけかすかに動いた。

唇が小さくへの字に曲がる。


「おい! ブタとロクとナル子だけだ!」カネダは『追い打ち』に執心していた奴隷たちに怒鳴った。「全員でやるぞ」


横腹を痛めた憂理と腕の痛みにうずくまったままの翔吾、むろんアツシを始めとするTEOTたちは『追い打ち』によって動けない。

なんだかんだでまだ頑張っているケンタが憂理には少し誇らしい。

ジンロクの周囲に、ケンタの両脇に、菜瑠の前に半村奴隷たちが集まってくる。


「やめなさい」


菜瑠と対峙したカネダが怨念じみた視線を少女に突き刺す。


「やめてどうなる? 俺らみたいな半村奴隷は許されないんだろ? また俺らを『有罪』ってすんのか? 罰か? 処刑か? やめてどうなるんだ?」


「無罪じゃない」


菜瑠は静かに言った。


「アナタたちは自分のやったことをちゃんと受け入れるべきよ。アナタたちは決して無罪じゃない」


「ふん……。だからもうやるしかねぇんだよ。そうだろ」


「違う。アナタは自分が無条件に許されたいだけ。自分の罪を無かった事にして欲しいだけ。救いがたい甘ったれってだけだわ」


菜瑠の横に遼が立った。こちらも『もてあまし系』らしく、モップ柄の持ち方からして頼りない。


「もうやめなよ。暴力は良くないよ。こんな対立も馬鹿馬鹿しいよ。僕らが外に出て――」


「うるせぇ! 外なんてねぇんだよ! 半村さまにも確認した! もうここしかねぇんだよ!」


憂理は半村奴隷たちが暴徒化した理由をぼんやりと理解した。

問題は実際の世界破滅うんぬんではなく、半村奴隷たちが世界が終わったと信じたこと。

ここしかない、となれば誰だって自分の居場所を確立したいと考える。

そうなったとき、半村奴隷たちには窮屈な居場所しかない。そしてそれは先の簡易裁判で立証されてしまった。


彼らは自分が『社会の敵』なんじゃないかと不安に思い、実際にそう断じられた。

そうなれば半村による施設支配を強固にし、自分の居場所を確立しようとするのは自明の理。本能的行動とも言える。

憂理はエイミによってジンロクの弟妹が保護されていることを確認すると、痛みをおして立ち上がった。


深く染みこんだ痛みが呼吸の障害となる。

――格好つける、ってなんでこんなに痛いんだよ。

憂理は頼りない足取りで前線までやって来ると、一触即発の場に言葉を投げた。


「お前ら、どうしょうもないけどよ。一つだけ良いことがあった」


中途半端に言葉を止めて、憂理は床に転がっていたTEOTの武器を拾い上げた。


「お前らのおかげで、俺は自分が間違ってないって確信できる。ヒーローなんかにゃなれねぇけど、少なくとも自分が正義なんじゃないかって思える。お前らよりゃあマシだ、って」


痛みに脇腹を押さえるせいで、片手武器となり心もとない。

だが恐怖はない。負ければこれ以上の痛みを味わう事になる。だが怖れはない。


半村が施設を支配すれば、心ない暴力が日常となる。それはきっと自分に嫌悪感を与え、絶望を与え、向かうあてのない悲しみを生む。かつて菜瑠が暴虐にさらされたとき、自分が感じた無力感、自分への失望、それらが再現されることになる。

それこそ、何度も、何度も。


無力だから。自分はどうしょうもなく弱いから。未来の自分も弱いから。

いま力を出せる場所があるなら、それに全力であたろう。未来はいつだって、今の先にあるのだから。


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