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13月の解放区  作者: まつかく
1章 拷問部屋を探して
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1-4 騒動にまぎれて

三人が肩を並べて通路を移動していると、『面談室前騒動』の噂が広がりつつあることがわかる。

生徒たちの口から口へと、話が伝播しているのだ。

憂理とケンタは、挟み込んだ遼を半ば引き摺るようにして、ようやくアジトである洗濯室に辿り着いた。


いまだ咳き込む遼を椅子に座らせて、憂理とケンタは一息だ。洗濯機に背中を預け、額に浮いた汗をぬぐう――。そんな二人に対し、眼を細めた遼が呆然とした。

「あれ……。君たち、ケンカしてたんじゃ……」


弱々しい声。憂理はポケットにねじ込んでいた遼の眼鏡を持ち主の太ももあたりに投げた。


「ああ、でももう仲直りした。誤解からショーじた、ちょっとしたショートツだったんだろうなぁ。なぁ、イベリコよ」


「そうだね、ウンコマン」


眼鏡を装着した遼の瞳に、懐疑の光があった。憂理はいささかに申し訳ない気分になり、何でもない言葉を探す。


「眼鏡、無事で良かったな。壊れちまったらおしまいだ」


「ありがとう、ユーリ。でも……」


「いやー、あのタカユキはマジでヤバいな。なんか悪魔とでも契約してんじゃないか」


「あいつが騒ぎをでかくしたようなモンだしね」


「まったく、とんでもねぇキリスト様だよ」


露骨に話を逸らされて、遼の疑念はいよいよ強まったと見える。口元に指を寄せ、軽く指を噛んではじっと憂理とケンタを見比べている。


「じゃあ、俺たち忙しい身なんで……これで」


居心地の悪さに憂理が別れの言葉を吐きかけた瞬間、洗濯室のドアがそろっと開き、微かな隙間から声が入り込んできた。


「見ぃつけた」


驚き、ドアの隙間に視線を向けると、大きな瞳が爛々(らんらん)と輝いている。

――女。

三人の視線がドアの隙間に集中すると、隙間は次第に大きくなり、やがて栗色の団子髪を頭にのせた少女が現れた。


「なんだ、エイミかよ」


エイミは不敵な笑みを顔面に貼り付けて、スッと洗濯室に入ってくると、後ろ手にドアをそっと閉めた。

「ユーリ、ケンタ。どこに逃げたかと思えば、こんな所に――。って探し始めて一発目に発見ってのも、アタシの勘が鋭いのか、アンタたちが短絡的なのか……」


「うるさいな、女はアッチ行けよ。いまは忙しいんだ」


「あら、そんなに素っ気なくしていいの? アタシ知ってるんだよ?」


エイミは名探偵よろしく腰で手を組んで、コツコツと3人の居る方に向かってくる。


「あの騒動、ユーリとケンタ、ショーゴがワザと仕組んで引き起こした。理由は分からないけれど、絶対に何かを企んだ」

エイミの目には確信の光があった。

「その事実を学長に言ったら、どうなるでしょうね?」


黙り込んだ憂理とケンタに、遼の厳しい視線が刺さる。


「ワザと?」


「ええ、ワザとよ。少なくとも、この2人のケンカはね」


あーとか、えーとかしか言葉が出ない。誤魔化すにしても上手い言い訳が思い浮かばず、時間の経過とともにだんだん息苦しさを覚える。

プレッシャーに耐えきれず、イベリコがとうとう口を割った。


「ごめん。実は……」


「おい! ケンタ!」


憂理の制止にケンタは苦く笑い、頭を掻いた。


「ほら! やっぱり裏に何かあった」


遼は非難と困惑の色を眼鏡に映している。

「どうして……」


エイミは言う。菜瑠から『3人組が何かを企んでる』と聞いて、すぐにあの騒ぎ。そして騒ぎの渦中にユーリとケンタが消えるなど、『何かある』と考えない方が不自然だ、と。

「わかった」憂理はため息をはいた。

「嘘に嘘を塗り固めるのも馬鹿らしい。ちゃんと、説明するよ」


「それでいいのよ」


「でも」


「でも?」


「条件がある」


「続けて」


「今から話すことは誰にも言うな。で、聞いた以上は何かあったときには……俺たちと一緒に責任を取ってもらう。それでも聞きたいか?」


逆効果ね、とエイミは笑う。

そんな言い方をされれば、最後まで聞きたくなって仕方がない。下世話だけれど、そのためになら地獄にだって堕ちる。

エイミがそんなことを言うと、遼も疑念の光を残しながらもそれに同意した。

咳払いを一つして、憂理は全員を輪にした。そして寄せ合う頭と頭の間で、昨晩からの流れを端的に説明する。


消えたサイジョー。

広大な地下。

謎の人物。

誰とも知れぬ少女の叫び。

地下に取り残されたノボル。

ノボル救出のための計画……。


「俺たちも必死なんだ。メシ抜きとか罰掃除とか、そう言うレベルじゃない」


エイミは眉と眉の間に薄い溝を作り、すっかり冷やかしの色を消していた。一方の遼も、疑念の色を困惑の色に変えている。


「地下って……そんなんなんだ?」


「ノボルの救出も重要なんだけど、色々と奇妙な事実がある。それも調べてみたいし、この施設で何が起こってるのか知りたい」


「考えてもみなかったよ」遼が唇に指を当てる。「地下はただの倉庫だと思ってた。学長と深川先生の他に大人がいるなんて……。すごく興味深いよ」


「あたし……サイジョーの噂は聞いたことあるよ。でも、ユーリたちの知ってる話じゃない」


憂理の表情がガラッと変わったことに驚いたのか、エイミは眉間の溝をさらに深くして言う。

「地下に連れて行かれた、拷問部屋に連れて行かれた、っていうのじゃなくて、自分から地下に行ってたって……」


「学長に連れて行かれたんじゃなくて?」


ケンタが不思議そうに訊ねた。


「えっと、女子にイツキって子いるの知ってる?」


――樹。

真っ白い肌の女、髪は真っ黒で、前髪が切り揃えられてて……。ほとんど喋った記憶はない……むしろ、記憶がない。憂理の印象はこんなところだ。

憂理はぼやけた記憶を思い起こしながら生返事をした。


「そのイツキちゃんの髪を切ってあげてるとき、聞いたのよ。サイジョーくんが脱走しようとしてる、地下から外に逃げる――って」


普段、あまり口を開かないイツキが珍しくそんなことを言いだしたので、鮮明に覚えているの。エイミは何度も頷きながら続けた。


「なんでも、イツキちゃんってサイジョーくんと仲が良かったみたい。まぁ、サイジョーくんが一方的に言い寄ってただけでしょうけど」


「地下に脱出口?」


「それを聞いたときはアホくさって思ったけど……。地下がただの倉庫じゃないなら……」


「思うんだけど」遼が目を閉じて言う。


「サイジョーが行方不明になった。それはここから脱走したということにイコールでいいのかな」


「どうかしら。イツキちゃんの話では、サイジョーくんが一緒に逃げようとか言ってたみたい。でもあの子、別に好きな人がいるって話だから……」


「少なくとも、サイジョーはやっぱ地下に行ったんだな」


「あたし、すごく興味ある。えっと、今からユーリとケンタは地下に行くん……だよね?」


「ああ。ショーゴが先に行ってるはずだ」


「あたしも行きたい。行って良いよね?」


「僕も」


思わぬ事で同道者が増えてしまった。秘密を共有するものが増えれば、それだけ露見のリスクも高まる。これはどうしたものか。憂理はいささかに逡巡する。


そうして僅かばかりの間を置いたあと、憂理はようやく2人の協力を受け入れることにした。女子の事情に詳しいエイミ。知識豊富な遼。

コレはきっとマイナスではない。

憂理はゆっくりと頷いた。



 * * *


洗濯室から憂理がそっと通路をのぞき見るが、あたりは静まりかえっている。暇をもてあましていた生徒のほとんどがケンカ騒ぎを見物に行ったのだろう。


この状況ならば、誰に見咎められることもなく地下へ行ける。ドアを開き、憂理が通路へ出るとケンタ、遼、エイミが続く。


「大階段まで行く」

誰に言うでもなく憂理は呟いた。目的はノボルの探索であるにも関わらず、それ以外の謎解きに頭脳は回転し続けていた。

道中でエイミが、ノボルが見つからなかった場合の対応を尋ねてきたが、憂理は答えかねた。

見つかる前提で地下へ行くのだ。見つからなかったら――などというのは想定すらしていない。

黙り込んだ憂理のフォローをするように遼が考えを口にした。


「きっと見つかるよ」


語尾には『ただし』がついた。見つかって、生活棟に戻って来たとして、僕たちは今まで通り平穏な生活とはいかない。学長や深川が何かしら隠している事を知り、脱走の手段まで掴みかけている。

好奇心に誘われて、謎は探求するであろうし、秘密は暴きたくなる。

満たされない日々の解法を知ったら、それを解かずにはいられないだろう。


「いつも考えてた。どうしてみんなは此処に居るんだろうって」


どうして帰らないのか。どうして帰れないのか。

どうして、どうして。

疑問符ばかり抱えて、なにひとつ納得できず、それでいて、どこか施設での日常に満足している。


「あたしは満足してないよ」


「でも脱走を企てるほどじゃない」


「だって、そのうち……」


「パパとママが迎えに来る?」


エイミが黙り込むと、遼は低血圧気味のため息を吐いた。


「ごめん。……でも、僕も自分にそう言い聞かせて、いつの間にか1年と2ヶ月が過ぎた。そろそろ解答が欲しいんだ」


薄々脳裡に思い浮かべていた答え。それが正解であろうと不正解であろうとも、解答が欲しい。それだけ言うと遼は口を閉ざした。

憂理には憂理の思惑があり、遼には遼の思惑がある。


当然、呑気なケンタや好奇心旺盛なエイミにも、それぞれの思惑があるのだ。

地獄へと通じるような大階段をくだり、鉄扉の前に立つと憂理はゆっくり扉を引いた。

開かれた隙間から閉じ込められていた空気がフワリと脱出し、憂理の鼻先に割れる。


「開いてるな。翔吾は中に入ったみたいだ」


憂理は振り返り、全員の顔を見比べて細かい指示を出した。もし万が一はぐれたら、すぐにこの場所に戻ること。もし危険を感じたら、すぐこの場所に戻ること。

気になる事は多々あるが、目下の目的はノボルの救出である。それを果たせば、執着無く階上へ戻ること。


ドアの向こうは緑光にてらされ、コンクリートの無機質がさらに際だっている。エイミが心細げに肘を抱いた。


「なんか、広いんだね」


「生活棟と同じぐらいか、もっと広い。急ごう」


前回の探索と同じように、最寄りの部屋を開けては内部を確認してゆく。

ノボルがいずれかの部屋に隠れ、中から鍵を閉めている可能性もあり、鍵の閉まっている部屋では、ドアの隙間あたりにちいさな声で呼びかけた。


時間が、飛ぶように過ぎていった。



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