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13月の解放区  作者: まつかく
4章 ある証明
38/125

4-8 赤と黒のゲーム

T.E.O.Tたちの背中を追い、運動室のある階へ上がる。やはり先頃会合が行われていた部屋へと向かっているらしい。

もっともタカユキは『会合』と称していたが、憂理の印象で評するならば『儀式』だ。


またあの妙な問答を聞かされるのは勘弁してくれと言いたい。食料があるならそれだけいただいて、さっさと脱走する心づもりだった

『会合部屋』へ向かう道中、ひとつのドアの前で憂理は足を止めた。横耳に怒鳴り声が聞こえたのだ。

倉庫群の部屋。そのいずれかから、怒号にも似た声が漏れてきている。

先行するT.E.O.Tの連中はハネダを保護したまま大声を気にする様子もなく、どんどん先へ進んでゆく。


どの部屋からだろう、と憂理が耳を澄ませたところ研ぎ澄ませた聴覚に翔吾の声が響いた。


「もういい、ユーリ。ほっとけほっとけ、飯だけもらってトンズラしようぜ」

こんな声ほっといて、先を急ごうという。余計な事に首を突っ込みたくないという意志が、翔吾の顔に表情として浮かんでいた。


「ああ」

翔吾やケンタに背中を押され、仕方なく憂理は一歩踏み出した。

しかし、怒鳴り声は耳を澄ますまでもなく憂理の耳に届いてくる。


わたしは! 真実を探求する存在であり、この2つの眼は真実を見つめるためのものである!

よって、この眼は私の所有物などでなく、大いなる真実の所有物である!

わたしは! この日の下に一つの悪があるのを見た。それは権力者の犯す過失のようなものである!

愚か者が非常に高い位につけられ、富む者が低い席に着けられている!


私は、奴隷たちが馬に乗り、君主たちが奴隷のように地を歩くのを見た!

穴を掘る者はそれに落ち込み、石垣をくずす者は蛇にかまれる!

石を切り出す者は石で傷つき、木を割る者は木で危険にさらされる!


知恵ある者が口にすることばは優しく、愚かな者のくちびるはその身を滅ぼす!

彼が口にすることばの始まりは、愚かなこと、彼の口の終わりは、みじめな狂気!

愚か者はよくしゃべる。人はこれから起こることを知らない。これから後に起こることをだれが告げることができよう!


わたしは! 真実を探求する存在であり、この2つの眼は真実を見つめるためのものである!


――なんだこれ!?

憂理の全身を悪寒が走り回り、肺が小さく圧縮された。

『真実』がどうの、『愚か者』がどうのと叫んでいるところをみると、T.E.O.Tの手の者であることに疑いはないが……。

こんな事を大声で叫ぶぐらいなら、小学生の頃の作文を起立して読み上げる方がいくらかマシだと憂理は思う。どちらも『常軌を逸している』が、少なくとも作文なら笑いはとれよう。


翔吾もエイミも菜瑠も遼も、憂理と同じ『不気味』を感じたらしく、どの顔も訝しそうにしかめられていた。


「これが、気が進まない理由」

憂理が言うと、エイミと菜瑠は顔をつきあわせて、2人して二の腕をさすり始める。なんとも仲の良い事だ。


「これ……なんなの?」

菜瑠の問いに答えられる者はいない。そういった質問は、はるか前方を歩くタカユキにぶつけるべきであろう。

翔吾が肩をすくめ不快そうにうなじのあたりを掻いた。

「ここまで来たんだ。食いモンだけはもらって帰るぜ。オーライ?」


「オーライ」ケンタも深く頷いた。「食べ物に罪はないからね」


これは正しい。

憂理たちは無言のうちに結束を高め、小走りにT.E.O.Tたちの連なる背中を追った。

例の部屋は相変わらず薄暗く、空気が鉛でできているかのように重い。腕章をつけた数人のT.E.O.Tが床に座り、来訪者たちに笑顔を向けてくる。


「さあ、座って」


浅い呼吸のまま憂理が部屋の隅に腰を下ろし、他のメンバーたちもそれに倣った。

依然として壁面には旗がかけられ、どこか異世界を感じさせる異様とも表現されるべき雰囲気を際立たせている。


ちょうど正面に当たる部屋奥には机にワインレッドの布をかぶせた簡易な祭壇らしきものまである。

先ほどの大声をみても、本格的な『救世主ごっこ』であるらしい。これはますます早めに退散したほうがよさそうだ。


一秒、また一秒と長居するたびに、何らかの毒気に汚染されるのではないか。そんなえも言われぬ不快感があった。


人間が生み出す一種独特な熱気に胸が焼ける。

「さっそくで悪いけど」1秒でもはやく食料を入手するため、急かすような言い方になってしまう。

タカユキはサマンサ・タバタとイツキに目配せし、それを受けた2人が音もなく部屋から出て行った。


「ここ、なんなの?」

ポカンと口を開けたエイミが、部屋を右から左へ見回して尋ねた。菜瑠とシンクロして動くサマはリスだのフェレットだのの小動物の姉妹を連想させた。


「僕らはこの部屋から世界を見つめ、真実を探求している」


――アホくさ。

タカユキの言葉は白々しい。


「はぁ、真実をですかー」

呆けたようにエイミが頷くが、きっとタカユキの説明の1割も理解していないに違いない。同じように呆けたリスの姉だか妹だかもタカユキに尋ねた。

「世界を見る……って想像するって事?」


タカユキは2人の少女に微笑を注ぎ、諭すように言う。

「想像にはバイアスがかかる。僕たちが見ようとしているのは現実だよ。純然たる現実を見つめてこそ、真実を受け入れられる」


「はぁ、現実をー」

得体の知れない力に圧倒されたのか、菜瑠までが輪郭に乏しい返答をする。タカユキが羽田に何か囁きかけるのを横目に、エイミと菜瑠が耳打ちしあった。


「ナル。騙されちゃ駄目よ。顔が良い奴は何を言っても説得力があるんだから」


「うん、好みじゃないから大丈夫」


彼女たちなりに警戒しているようであるが、どこかズレているようにも思える。しかし、エイミの言には聞くべき価値がある。

もし、タカユキの薄い唇から生まれた言葉を、ケンタが吐いたなら、小太りの少年は正気を疑われたに違いない。悲しいかな、知性は外見によって測られるようにも思われるのだ。


タカユキが言えばミステリアスな言葉も、ケンタが言えば世迷い言や妄言でしかない。


「じゃあ、食事の前に」タカユキが部屋全体を見渡して、言う。「ちょっとしたゲームをやらないか?」


「ゲーム?」


「ああ、凄く単純なゲームだよ。せっかく人数もいるから」


単純であろうが、人数がいようが、それは憂理にとってゲームを行う理由にはならない。だいたい、空腹を解消するのが先じゃないか――。約束を果たすのが先じゃないか――。と、軽く憤りまで覚えてしまう。

「いや、ゲームとかいいから、メシくれよ」


あっさりと拒絶した憂理に、タカユキが少し悲しそうな表情を見せた。『まさか断られるとは思わなかった……』とでも言いたげだ。

食欲の権化であるケンタも追撃に加わる。

「メシが先だよ」


タカユキの表情はますます輝きを失い、微笑みは完全に消えた。

「そうか……」


「そうだよ。俺らはゲームしにきたんじゃない」


「そうだね……」


これは憂理にとっても不本意な状況であった。

憂理たちはゲームをするためではなく、『食料を与える』と言われてこの部屋まで付いてきたのである。

タカユキが落ち込んだのを見て、他の黒腕章たちも釣られて気落ちしたらしく、なんだか雰囲気が重い。


――えっ、俺、悪いの?

なにやら不安になって、憂理は仲間へ助け舟を求めた。

しかし、ケンタは憂理と同じように罰が悪そうにしており、さらに憂理の不安を煽る。


四季さんは床に三角座りで電源を落としている。こいつは都合が悪くなると電源を落とす仕様になっているのかと疑ってしまう。

菜瑠は非難するような目で憂理を見つめてきていた。これは『ゲームぐらい付き合ってあげなさいよ』の目だ。


その隣に座るエイミも非難の目だ。『そうよ、菜瑠の言うとおりよ、食べ物もらうんだからゲームぐらい付き合ってあげればいいじゃない。ケチ、グズ!』

憂理の被害妄想でなければ、こんなふうな事を言いたいに違いない。


こうなってくると、遼の目も怖い。

『ふん、憂理は器が小さい男なんだね。デカいのは態度と発言だけじゃないか。ゲームぐらい付き合ってあげればいい。ちなみに僕は変態なんだ、うんこ』

こう思っているに違いないぞ、と憂理は断じる。


――翔吾なら!

憂理が猫科の少年へ素早く視線を移すと、彼はタカユキの方へと元気良く手を挙げていた。

「やる、やる! おれやる!」


無邪気な事、この上ない。

『お宅のお子さんは元気が良くてよろしい』――憂理が翔吾の担任教師なら、成績表にはかくの如く書いたことだろう。だが、同時に『後先考えない、向こう見ずなところがある』だの『バカ』、とも書いたことだろう。

幸い、憂理は教師ではなかったし、成績表に一筆入れる権利もない。


タカユキは表情をパッと明るくして、頷いてみせた。

「七井はやるんだね」


「やる、やる。俺ゲーム好き。な、憂理もやろうぜ」

憂理の腕を掴み、体をぐらぐら揺らしてくる。


「やらねーよ」


「やるよ、お前はそういう男だろ?」

別に憂理だってゲームが嫌いなワケじゃない。だが余興は食事のあとでも何ら問題ないはずだ。


相変わらず渋る憂理に、タカユキが細い眉をひそめた。

「交換条件……なんて事を言わせないで欲しい」


「メシを食わせる代わりにゲームに参加しろってのか? ゲームしなけりゃ、メシもなし?」


タカユキは憂理の質問には答えない。卑怯にも眉をひそめたまま、肩をすくめるだけだ。これは脅しの類であろう。

すると、食欲派の最右翼である小太りの少年が重々しく口を開いた。


「やろう」


「よっしゃ、ケンタ。良く言った!」


菜瑠やエイミ、遼や四季までもが参加を表明すると、憂理だって渋々にも承諾するしかない。

「わかった……やるよ。でも何のゲームをするんだ?」


タカユキは眉を微笑の位置に戻し、まず、ありがとうと言った。

「簡単で単純なゲームだよ。まず2つのチームに分かれようか」


タカユキは祭壇の下から一枚の紙を取り出し、サインペンで紙の中央に一筋の線を引いた。

「憂理たちは半分に分かれてくれるかい。固まってちゃ楽しくないからね」


憂理たちは顔を見合わせ、ならやるかと意志を確かめ合った。


「グッパで決めようぜ」


言い出しっぺの翔吾が音頭をとり、チームはあっさりと2つに分かれた。


「じゃあ」タカユキはテオットの面々を見回した。「こちらは僕が配分するよ」


タカユキは何やら少し考えてからサインペンを走らせ始めた。憂理は床から立ち上がり、祭壇のほうへ歩み寄り、その紙を確認した。

これはリストのようになっており、チーム分けされた名前が書き出されている。


『A ○杜倉 憂理。路乃後 菜瑠。稲上 健太。永良 四季。田端 沙耶。松岡 篤志』


』B ○芹沢 嬰美。七井 翔吾。畑山 遼。箭波 いつき。堂島 光平。美木 菜々子』


全員のフルネームをタカユキがキチンと把握していた事に憂理は驚かされた。――ジノゴ……じゃなくミチノウシロね。エーミって芹沢っていうのか。


そうして興味深くリストに何度か目を通すが、そこに『降家孝之』の名が無い。

ショック状態の羽田が除外されているのは仕方なしとして、どうして発起人であるタカユキの名がないのか。

「お前はやらないのかよ」


憂理が抗議めいた言いかたでタカユキを問い詰めると、堕落の聖者はさも当たり前かのように答えた。


「僕はコーディネーターをやらせてもらう。ゲームの進行を見守る審判役さ」そして、キスが届くほど近くまで顔を寄せて、聖者が囁いた。「……ユーリとゲームを楽しめないのは残念だけど」

憂理はタカユキから体を反らし、元いた位置へと踵を返すと床に座った。


「さっさと始めてくれ」


「じゃあ、ここにチームを書いたから、チームごとに分かれてくれないか」


「よっしゃ」翔吾のテンションは高い。「Bチームはこっちこいー」翔吾の号令でBチームに振られた数人が移動を始めた。



部屋内で2つの集団が生まれた頃、ようやく田端とイツキも帰ってきた。両腕には大量の真空パックを抱えている。

食料は確かにあった。これで憂理の疑念はひとつ解消されたことになる。だが疑問の解決は新たな疑問を呼ぶ。

――どこから?


地下、あるいは調理室冷蔵庫。そのどちらかのはずだ。

憂理に見つめられたままタカユキは田端とイツキに指示を出し、両手いっぱいの真空パックを電子レンジ前に置かせた。


「じゃあ、田端はA、イツキはBチームに」


ハンバーグにソーセージ。電子レンジがあれば、味覚にも腹にも満足できる食事にありつける……。こうなって来ると、さっさとゲームを終わらせて、腹一杯に食物を詰め込みたい。

目の前にニンジンを吊されたロバのようで、いささかに情けないが、今は全力で前進すべきであろうと憂理は心を決めた。

田端がAに、イツキがBの群れに加わったのを確認し、タカユキは言葉を始めた。


「今、この施設が……酷い状況になってるのはみんな知ってると思う。平穏な日常は失われ、それだけじゃなく暴力に麻痺までしている。人が死んだのに、人が殺されてるのに、どこか他人事のように過ごしてるんじゃないか? ――七井、最後まで聞いて欲しい。この状況を生み出したのは? そう尋ねると、みんな『半村が』と口を揃えて言う。本当にそうなのかな? 路乃後はどう思う?」


突然に話を振られた菜瑠は、タカユキの視線を跳ね返すかのように腕を組み、強い眼差しで答えた。

「あの人が来てからおかしくなった」


「そうだね。それは事実だ。でも僕にはそれだけじゃないような気がするんだ。つまり……」


「つまんねー!」

翔吾が二度目のヤジを入れた。


「わかった、わかった。じゃあゲームをしよう。今、言った事を少しは頭に入れておいて欲しい」

タカユキはそこで言葉を切ると、ようやくゲームの説明に入った。


まず、祭壇の陰から、小道具らしきものを取り出し、頭上に掲げる。

それはカードだ。トランプと同じか、それより小さいぐらいのカードである。


「ここに、赤と黒の2種類のカードがある。このゲームで使うのはこれだけだ」


全員の目がカードに集中する。たしかに、赤と黒だ。薄暗い部屋の中でも憂理の目にハッキリ識別できる。

「いまからすることは、この2枚のカードを出し合うだけ」


両チームがチーム内で相談し、どちらのカードを出すかを決める。

「どちらのカードを出すかで、ポイントが決まる」


そう言って、タカユキは右手に赤のカード、左手に黒のカードを持ち、頭上に掲げた。


「Aチームが赤を出し、Bチームが黒を出した場合。赤を出したAに+5ポイント、黒を出したBは-5ポイントとなる」


つまり、黒は赤に負けると言うわけだ。

タカユキは黒のカードを祭壇に置き、両手に赤を掲げた。


「次に、両チームが赤を出した場合。これは相打ちだ。両チームともに-3ポイントとなる」

そうして、最後に両手ともに黒のカードを掲げる。


「両チームともに黒を出した場合。これが最後のパターンだけど、この場合、両チームともに+3ポイントだ」


赤:黒=+5:-5


赤:赤=-3:-3


黒:黒=+3:+3


「これで高ポイントを狙うゲームだ。このカードの出し合いを7回やって、ポイントを決める。ちなみに6回目と7回目のフレームは、得点が乗算される。6回目はポイント2倍。最終回の7回目はポイント3倍だ」


たしかに単純なゲームであるらしい。これなら、すぐに終わるだろう。

「よっしゃー! 絶対勝つぜ!」


翔吾は勝負事に目がないのか、俄然張り切って叫ぶ。

こういう人材が『敵チーム』にいるのは不安であるが、要は勝てばいい。憂理は自分のチームメイトをぐるりと見やった。

物憂げな表情で真空パックを見つめるケンタ。

こいつはルールなどそっちのけで、どの食材を食べるか考えていたのだろう。


ナル子はどうだ。高い位置で腕を組んで、タカユキをじっと見つめている。『騙されないわよ』といったところか。


アツシは例の人なつっこい快活さで、「ぜってー勝とうな!」

サマンサ・タバタは、数々の少年を虜にしてきた笑顔で、「頑張ろうね!」と憂理にピースサインを見せる。

照れくさくなって、憂理が目をそらした先には四季がいた。直立不動で電源を落とす機能を実装したようだ。

言い様のない不安に、ため息が出てしまう。


「Aチームのリーダーはユーリ。Bはエーミ。カードの提出はリーダーがこの祭壇で行う。組内での相談を聞かれないよう、Bチームは別室で相談してくれ。相談時間は3分だ」


かくして、第一フレームの相談が始まった。


「赤でいいだろ?」

憂理が言うと、四季を除く全員が合意した。Aチーム。第1フレームは赤だ。


「決まったのかい?」

タカユキが問うてくる。


「ああ。赤だ」


「言っちゃいけないよ。ユーリ」そう言って、タカユキが愉しそうにクスクス笑う。「別室には聞こえないだろうけど。じゃあ、リーダーのユーリが前で待機して……」


タカユキの指示が終わる前に、Bチームの面々が帰ってきた。

「リーダー、前へ」


導かれるままに、エイミが祭壇の前にやってきた。

「決まったね?」


「ええ」


「じゃあ、両手にカードを持って……。第1フレーム開示だ。――開示」

タカユキの合図とともに、ユーリの手が動いた。それに倣うかのようにエイミもカードを差し出す。


タカユキが両者の手首を掴み、色を声に出した。

「A、赤。B、赤。相殺により両チーム、マイナス3ポイントだ」


引き分け。もちろん、この時点では、ポイントに開きはない。翔吾が奇声を上げ、アツシが騒ぐ。

「やるじゃん」


「こっから、こっから」


Bチームがぞろぞろ引き上げてゆくと、再び相談がはじまる。もっとも、『相談』と呼べるモノでもなかったが。


「赤で」


「うん」


「良いと思う」


かくして第2フレームの開示が始まる。

「A、赤。B、赤。相殺により両チーム、マイナス3ポイント」


引き分け。まだ勝負は動いていない。

憂理はなにか――腑に落ちない違和感のようなモノを感じながらも、それを深く追求しようとは思わなかった。

こんなものは、『ゲーム』とも呼べない遊びだ。さっさと7フレームまで終わらせて食事にありつきたい。


腹一杯になれば、きっと、こんな違和感は消し飛んでしまうのだから、と。


二度の『相打ち』に闘争本能に火がついたのか、両チームの間には微かに殺伐とした空気が漂った。そうして三度目の相談が始まる。


「ポイントが動かん。当たり前だけど」

憂理が言うと、菜瑠が現在の累計ポイントを数えた。


「いま、マイナス6」

どうにかして出し抜けないかなぁ、とケンタが呟く。しかし、体勢を占める意見は『再度、赤』だ。他にできる事はない。

輪になって相談するAの元にタカユキがやってきて、意見した。

「多数決を取ったらどうだい?」


これは的外れにも程がある意見に思えた。多数決をしたところで、選ばれる色は赤に違いないのだ。

しかし、時間もある。主催者の立場も考慮してやろう、と憂理は決をとった。


「じゃあ、赤がいいひとー」

四季以外の全員が手を挙げた。


「こら、四季。ちゃんとゲームに参加しろよ、お前は。俺だって嫌々やってんだからよ。団結を乱すな」


すると、四季が憂理の抗議に対して反抗するような視線を注いできた。

「黒の挙手は?」


少し圧倒されながらも憂理は言った。「じゃあ……黒がいいひとー」

四季が手を挙げた。コイツはただ反抗したいダケなんじゃないかと憂理などは訝ってしまう。

しかし、多数決で提示する色は決定している。憂理は肩をすくめて祭壇前に移動した。


「決まったかい?」


「ああ。多数決が実に参考になったよ」


「それは良かった。でもユーリ。開示の役目を受けているのは君だ。だから出す色はユーリ次第だとも言える」


「どういうことだよ」


「相談なり、多数決なりを無視して、君が好きな色を出すことも可能って事」


これはあまりに無責任な発言に思える。せっかくの相談が無意味になるではないか。


「お前な……」


「ユーリ。勘違いしちゃいけない。このゲームの目的は、高ポイントを稼ぐ事だ。『相談によって正しい色を出す』ことじゃない」


「反感くらうだろ。ナル子とかカンカンに怒って口もきいてくれなくなるぞ。また罰掃除とか食らうかもだぞ」


「相談で決定したのと違う色を出しても、ポイントをプラスにできれば誰も文句は言わないさ。さっき、向こうのチームも覗いてきたけど、向こうも多数決をやっていたよ」


「やらせたんだろ?」


「いや。方法を提示しただけさ。『多数決って手もあるよ』、と。決めたのは彼らさ。でも……みんな多数決が好きなんじゃないかな? 多数決なら『負けた』時の責任分散がしやすいから」


そういって、クスクス笑う。タカユキの意図がわからない。コイツは、このゲームを通して、自分たちに何をさせようとしているのか。

かくして、第三フレームが始まる。


「開示!」


タカユキの合図とともに、憂理は『赤』を握った手を出そうとした。

これは多数決で決まった色であるし、憂理自身も『赤しかない』と考えていたからだ。

だが、なにかが憂理の体を支配した。

それが何なのか、憂理には理解できない。反抗心か、気まぐれか。あるいは閃きか。


「A、黒。B、赤。 A、-5ポイント。B+5ポイント」


負けた。

Bチームに歓声が生まれ、エイミがチームメイトたちにガッツポーズを見せた。


一方のAチームは言葉を失っている。菜瑠は何が起こったのか理解できない様子で、ぽかんと口を開けている。

タバタやアツシも『嘘でしょ?』だ。


――俺。やっちゃった。

盛り上がったBチームがゾロゾロと部屋から出てゆくと、憂理はようやくチームメイトのところへ戻った。

ケンタが険しい表情で睨んでくる。「ユーリ!」


菜瑠も完全に詰問の構えだ。「なんで黒をだしたの!?」


「みんなで決めたのに……」タバタの表情が曇り、アツシも眉間にシワを寄せる。「右手と左手間違えた?」


ちょっとした、気まぐれでした。とはとても言えない雰囲気である。

押してはいけない非常ベルのボタンを押してみたくなった事はないのか、などと逆に問い詰めたくなる気持ちを憂理はなんとか抑えた。

黙って頭を掻いた憂理を見つめながら、菜瑠が累計ポイントを呟く。


「私たち、マイナス11。Bはマイナス1。差が開いたわ」


「悪い。ちゃんとやる……。じゃあ、赤がいいひとー」


四季以外全員が挙手した。


「お前なぁ……」


「黒の挙手は?」


ため息を吐きながらも、憂理は言うしかない。

「黒がいいひとー」


「はい」と四季。


「はい。決まりました。5対1となりましたんで、今回は赤でいきます」


なんだか丁寧な言葉遣いになりながら、憂理は決意を新たにしていた。

こんな生粋のパンクに付き合っていられない。よくよく考えれば、こういう反乱分子を黙らせるための多数決じゃあないか。

ため息を吐きながら憂理が祭壇に戻ると、席を外していたタカユキも部屋に戻ってきた。


「決まったかい?」


「ああ。もう何もいうな」


「わかったよ」


やがてBの連中が部屋に戻り、開示の瞬間がやってくる。


「開示。A、赤。B、赤。相殺により、両チームにマイナス3ポイント」


憂理がチームメイトのところへ戻ると、菜瑠が累計ポイントを呟く。

「私たち、マイナス14。Bチーム、マイナス4」


アツシは気を取り直すように笑顔をつくり、憂理の肩を叩いた。


「最後の2フレームはポイントが2倍3倍らしいから、それに一発逆転かけようぜ。いけるって絶対」


確かにまだ一度しか負けていない。挽回は十分に可能だろう。だが、憂理の思考のどこかに奇妙な引っかかりがあった。


――このゲーム。

「なぁナル子。このゲーム……。『赤』以外出せなくね?」


一度でも黒を出せば、二度と這い上がれないゲームなんじゃないか。菜瑠は顎に指をあて、なにやら考えこんだ。


「赤なら少なくとも引き分けで負けないもんね……」


「だから、敵チームも赤しか出せないよな」


「そうなら、私たちだって赤しか出せない。黒を出しちゃいけない、負けるのはわかってるから」


論理的に考えれば、これが正しく思えた。

「じゃあ……あんま意味ねぇけど一応、多数決すっか。赤がいいひとー」


また四季以外全員だ。

「お前、バグってる?」


「黒の挙手。はやく」


「はい……黒がいい四季ー」


「はい」


チームメイトたちの視線を一手に集め、それでも四季はひるまない。ここにきて、菜瑠がようやく四季に尋ねた。


「えっと、四季は、なんで黒がいいと思うの?」


「黒を出すしかないゲームだから」


「さっき、私たちが話してたの聞いてた?」


四季は挙げた手を下ろして、コクリと頷く。

「私は、黒を出すゲームだと判断したわ」


いつも通りと言えば、いつも通りの四季ではあるが、余りにも自信に満ち溢れて見える。菜瑠は自分の組み立てた理屈に不安を覚えたらしく、憂理へと視線を逃してくる。


「黒ってお前……」


「私が杜倉憂理なら、黒を出す」


「いや、きみね、俺は杜倉ってモンだけどね、杜倉憂理は赤をだしたいん……」


「相談時間、終了!」


タカユキによるタイムアウトが告げられ、相談は中断された。祭壇にはすでにエイミが立っており、赤黒のカードを両手に遊んでいる。


「いらっしゃい、トクラ氏。あたしと勝負よ」


エイミの表情には余裕と、かすかな闘志が見え隠れしている。憂理は祭壇へと歩み寄り、二枚のカードを手に取った。

――赤が正しい。どう考えても赤だ。


自分自身に何度も言い聞かせる。

――これは不安に負けず、赤を出し続けるゲームなんだ。


水中で息を止め、限界まで潜り続けるゲーム……。我慢比べ……。

「開示!」


カードを隠すかのように背後に回されていたエイミの腕がしなやかに動き、それに合わせて憂理も動く。

――相手の動きに合わせて、出す色を決めれば。などと一瞬頭をよぎるが、とても間に合いそうにない。


「A、黒。B、赤。 A-5ポイント。B+5ポイント」


歓声がBから生まれ、どよめきがAから生まれる。

「よっしゃあ」エイミが華奢な体で目一杯に男らしくガッツポーズし、Bチームのメンバーたちに勝利をアピールする。

「圧倒的、だわ。これ!」


Bが結婚式ならば、Aはお通夜である。戻った憂理に視線は冷たい。

『ユーリ、なんで黒をだしたんだ?』だ。

しかし、声はない。なじられたり、けなされた方が幾分かマシであるようにさえ思えてくる。

「私たち、マイナス19。敵チーム、プラス1」


菜瑠の累計が耳に痛い。Bチームがとうとうプラス圏へ上がってしまった。卑怯にも、憂理は四季のせいにしようと半開きの瞳を睨み付けた。

「で、四季よ。どうして黒なのかを教えてくれ」


全員の視線が憂理から四季へと移るが、四季は全く動じない。

「これは、黒を出すゲームだからよ」


「理由になってねーよ」


文句を言いながらも憂理自身、『引っかかるモノ』の原因を探りたかった。タカユキの言う通り、単純なゲームだ。いっそ底が浅いと言い換えても良い。

ゆえにプレイヤーの行動は縛られ、制限される。それは『赤しか出せない』という結論に導かれてゆく。

それはBチームの動きを見ていても明らかで、彼らは一貫して赤しか出していない。


なのに、なぜ四季は断固として『黒』を指示するのか。なぜ憂理は『引っかかりを』感じるのか。

菜瑠も不安になったようで、四季の半開きの目に問いかける。

「私たちの理屈が間違ってる……ワケじゃないよね?」


「理屈は正しいわ。これは『赤を出すしかないゲーム』」


「じゃあ、赤でいいじゃんか」


四季はメンバーの顔を順に眺め、やがて言った。

「あなたたち、このゲームのルールを勘違いしてるわ。間違っているのはそこ」


「ルールを間違ってる?」


「目的と言い換えた方が理解が進むかも知れないわ」


「何が言いたいんだよ。時間がないんだからさっさと言えよ」


「このゲームの目的がすり替わってるの。目的を達成するに、さっきの5フレームが最後のチャンスだった。目的は勝つことじゃなく――」


「相談時間、終了!」


タカユキの号令により、四季の唇は動作を停止した。

結局、聞きたいことのほとんどを聞けないままだ。後ろ髪を引かれる思いで憂理は祭壇の方へと歩みを進めた。提示する色すら決まっていない。

小走りに祭壇にやってきたエイミが、二カッと笑って二枚のカードをひらひらさせた。


「とどめを刺してあげるわ。ユーリ」


もはや絶望的状況であることは憂理だって認めざるを得ない。


「このフレームは……ポイントが倍なんだよな?」


いかがわしい審判にルールを確認すると、タカユキは静かに頷いた。

「このフレームは倍。次の最終フレームは三倍だよ」


敵チームが連続で黒を出せば、逆転もあり得る。だが事がそうなる確率は、期待できるモノではない。


永遠の命を持ったサルが、タイプライターを適当に打鍵し、それがシェイクスピアの戯曲と全く同文となる確率。

時間が永遠にあれば、確率はゼロじゃない。だが、いまこの状況にあって、その確率はゼロと呼ぶにふさわしい。


「開示!」

憂理は迷うことなく、カードを握った。


「A、赤。B、赤。 A、-6ポイント。B、-6ポイント」


予定調和的な絶望。予期できた落胆である。

「私たち、マイナス25。敵チーム、マイナス5」


だれも、『逆転できる』などとは言い出さない。

敵チームの立場に立てば、何の相談も苦悩も必要なく、ただ赤を出せばいいのだ。こちらが赤を出そうと、黒を出そうと、彼らのポイントはAを上回る。


「なぁ、四季さん。どうすりゃ良かったんだ?」


「私たちがゲームに勝つには、最初から最後まで黒を出し続けるしかなかった。もう手遅れ」


「でも、お前、それじゃ敵チームに一方的に負けるだけじゃないかよ」


「最初から『敵チーム』なんて存在しないわ。このゲームにはAとBに分けられた、同じ立場のプレイヤーしかいない。言うなれば、主催者VSプレイヤーが本質」


「タカユキが敵?」


「二元化するなら、そうね。ただ、勝てる見込みは最初から無かった。どちらのチームも最初に『赤』を出したもの」


「相談時間、終了!」


わけの解らないまま、徒労感だけが憂理の肩を重くする。どうにもマズった事だけは理解できたが、どうすれば良かったのかはわからない。


「ごめんねーユーリ。私ら、赤出すわ」


「べつに、エイミの自由にしていいんだぜ? 多数決で決めたとしても、カードを出すのはエイミだ。別に黒を出したって良い」


タカユキにならって、わざとらしく微笑みまで浮かべ、意味のない揺さぶりを掛けてしまう。


「あんた、アホ?」


すんません、と言いたい。


「開示!」


予想に違わず、赤が並んだ。

「A、赤。B、赤。 A、-9ポイント。B、-9ポイント」


「いえーい!」


「ウイーン!」


ポイントが確定した瞬間、Bチームは大いに盛り上がった。万歳もみられたし、ハイタッチもみられた。

なんだか、悔しい。悔しい上に、申し訳なくも思う。


最初から最後まで、赤を出し続ければ、少なくとも優劣はつかなかったのだ。

タカユキが祭壇上の紙を頭上に掲げ、最終結果を報告する。


「Aチーム、マイナス34。Bチーム、マイナス14」


約20ポイントの差だ。

勝利を祝うハイタッチや歓声を、タカユキの声が制した。


「何を喜んでる?」


それはとても、冷たい声だった。

喜びから遼にヘッドロックをかけていた翔吾が、キョトンとして応じた。

「えっ? 喜んじゃだめなのか?」


「なにを、喜んでるんだ?」


タカユキの顔に、いつもの微笑はない。落ち着いた目が冷淡にすら思える。今のタカユキが見つめれば、熱湯だって凍り付くのではないか。

氷に閉ざされる直前、翔吾のアヒル口が動いた。

「何をって、お前。勝利を、だよ。ウィナーだぜ」


「勝利? 何を言ってる? 君らは何に対しても誰に対しても勝っちゃいない」


「お前、さっきポイント発表しただろ」


「あれは勝ち負けを決めるためのモノじゃない」


タカユキの顔が怖い。

なにか怒らせるような事をしたなら謝りようもあるが、少なくとも憂理は思い当たるフシがなかった。


「君らは、さっき言ったね。もう一度言おうか? 君らはこう言ったんだ、『半村のせいでおかしくなった』」


「それ言ったの、ナル子なんで」


手を挙げて憂理が発言すると、菜瑠も競うように手を挙げた。

「今もそう思ってる」


しかしタカユキは2人を無視して、全体を見渡す。

「このゲームでわかるのは、君らの愚かさだ。君らは半村のせいにして全てを解決しようとしている。だけどこのゲームの結果を見る限り、君らも自分本位で半村となんら変わるところがない」


なんだか、酷く非難されている気がする。イタズラを見咎められ、まとめて説教を食らっている小学生の気分だ。


「僕は、『ゲームに勝て』などと一言も言っていない。『高ポイントを獲得しろ』と言ったんだ。なのに君たちは、相手チームを勝手に『敵』チームと呼称し、その『敵』に勝つ事ばかりを考えた」


ゲームの参加者たちが一様にポカンとしてタカユキを見つめると、タカユキは小さく首を振ってから続けた。


「このゲームはね、君たちの本質が洗い出されるんだ。君たちはいつの間にか、『高ポイント=敵チームの失墜』と考えていたんじゃないか? だから、赤を出し続けた。『敵チーム』に『負けない』ために、だ」


タカユキの言は冷たくも熱があった。薄い唇から生み出される糾弾が部屋中を満たしている。悲しげな激高。それには反論を抑制する力があった。


「君らの『敵』はどこにいた? どこにも居やしない。『敵』なんてものは君らが勝手に作り出した存在だからだ。Aチーム、Bチームと分かれるだけで、君らは闘争心をむき出しにしたんだ。協力し合うという意識が、協調しようという精神が致命的に欠けてる。ガッカリだよ。こんな結果になるなんて。

高ポイントを得るのが目標なら、互いに黒を出し合うしかない。互いに黒を出し合えば、最終的には両チームプラス30ポイントで終われたのに。なのに君らは『勝とう』『出し抜こう』そればかりだった。『赤なら負けない』だって? どうかしてるよ。勝つため、負けないため。君らはその時点で思考停止したんだ。結果、両チームがマイナスポイントだ。しかも、マイナスに優劣をつけて喜んでさえいる。僕は知っているよ。このゲームの本質に気付いて、『黒』を出すべきだと主張した人もいる事を」


タカユキが四季に視線を送り、次に遼をみた。


「だけど、君たちは多数決によってその意見を黙殺した。思慮深く真実を見つめた目が、勝利を渇望する曇った目に負けたんだ。正しい道に導いてくれようとした人を、君たちがないがしろにしたんだ。どうだい? 多数決は正しかったか? 多数派にいると安心か? 数が正しいと思っているのは民主主義が正しいと錯覚してるからだ。でもね、羊を導くのが、いつも優しい羊飼いとは限らないんだよ。妄信的に数をたよるなんて、実のところ正しくもなんともない。多数決は便利で、楽なシステムってだけだ。僕に言わせれば、必要悪でしかない」


タカユキの言葉は論理が飛躍し、焦点がぼやけているように思われる。だが、こうも一方的に非難されると、憂理のなかにも『申し訳ない』という感情が芽生えはじめた。

タカユキが悲しそうに激高する様をみて、自分が悪いように思えてきたのだ。


『赤』を出し続けるのは、自分本位で争いを生み出す考えかた。怖かろうが、不利益があろうが『黒』を出し続けることが真のヒューマニズム。タカユキはこのような事を言っているらしい。


たしかに、赤を出し続ければマイナスが降り積もってゆくだけ。互いに黒を出し合えば、両チームともプラスで終わることもできたのに。だが、これは欺瞞なんじゃないか、と憂理は訝る。


タカユキは確かに『高ポイントを狙え』と言った。だが『競い合うな』とは一言も言っていない。


チームに分けられ、対戦を余儀なくされる以上、競争心が生まれるのは当たり前のことじゃないのか。

それをこうして非難されるのは、どうも腑に落ちない。


しかし、タカユキの言葉は続く。


「わかったかい? これが世界だよ。これが現実だよ。『今の状況を作ったのは半村だ』って君たちは言った。本当にそうなのか? それが暴力による強制であったとしても、彼の存在を受容する受け皿があったから、物事は悪化の一途をたどり、こんな風になってしまったんじゃないか? 皿が無ければ、醜悪な料理は盛りつけられることもなかったんじゃないか? ユーリたちはともかく、T.E.O.Tに参加してる僕の同士――タバタやイツキ、アツシやナナコ。君たちは、この社会を変えたいと言った。

この世界が『汚い』とさえ言った。なのに、君たちは深く物事を考察することもせず、ただ盲目的にゲームに乗った。そして、人間の汚い部分を露わにして、ゲームを台無しにしたんだ。君たちも、汚い世界の受け皿なんじゃないか? 対立を作ったのは君たちだ。対立を煽ったのも君たちだ。そんなことじゃ、何も変わらない。そんな君らに何かが変えられると僕は思わない。失望だよ。本当に」


言い過ぎなんじゃないかと憂理は思う。

ゲームの説明自体がアンフェアであったのに、一方的に参加者をなじるなど腹立たしくもある。

タカユキが不機嫌そうに祭壇から降り、部屋を去ろうとすると、ドアのところで誰かが呼び止めた。


「ごめんなさい! わたし、全然なにも見えてなくて! 何も考えて無くて! 自分に、腹が立ちます! 私……」


サマンサ・タバタだ。

彼女は去りゆくタカユキの背中に謝罪の言葉を投げかけた。薄暗い部屋の中でも、彼女の頬が濡れていることが解る。心からの謝罪というのはこういうのを言うのだろう。

タバタの言葉が終わる前に、イツキの口からも謝罪が漏れる。


「私も、ごめんなさい! わたし、自分勝手で、真理とか、全然理解してなかった! これからは、ちゃんと考えるようにします! だから……!」


T.E.O.Tたちは口々に謝罪の言葉を生み出した。しかし、タカユキは彼らを一瞥もしない。ドアの前でただゆっくり振り返り、憂理を見つめた。


「ユーリ。こんな事につきあわせて悪かったね。つまらないモノを見せてしまった……。食事はそこにある分、ぜんぶ食べてくれて良い」


そうして、膝を立てて立ち上がったT.E.O.Tたちと視線すら合わせないままタカユキは部屋から出て行った。

――なんかよくわからん。……でも飯はゲットしたぞ。


喜んで良いのかそうじゃないのか、憂理には解らなかった。もっとも、タカユキの意図せんとするところが一番わからないのであるが……。

なんにせよ、ゲームは終わり、食料を得た。


皮膚の一番浅いところで感じる違和感は、憂理の空腹を忘れさせるほどのものではない。

T.E.O.Tと称する集団をあくまでも観察者の立場で見ていた。妙な奴らが、妙なことをやっている。それだけのことだ。


いずれ訪れる嵐の兆候も、いまの憂理には肌を洗う涼風程度でしかなかった。だが風は確実に渦を巻き、形をなし、拡大、発達し続けている。

透明だった風が、様々なものを巻き上げて、おぼろげながらも姿を現しつつあった。


だが気象予報士だって、そよ風から台風などは予測しえない。



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