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13月の解放区  作者: まつかく
4章 ある証明
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4-3a 野中ユキエの薄幸

野中雪枝は自分の名前が好きだった。


親からさずかったモノの中で、ほとんど唯一と言って良いお気に入りだった。


幼い頃はよく想像したものだ。

静まり返った野原。音もなく降り続く雪。一面の白。樹々の枝に積み重なった雪が、緩やかに枝を曲げ、やがて落ちる。

静かな雪原に聴こえるのは、その微かな音だけ。そしてまた、雪が音もなく降り重なってゆく。


凄く神秘的に思えたし、美しい名だと思った。


その美しい名に負けぬほど自分が美しければ、人生は違ったものになっていたのかも知れない。親からさずかった容姿は、雪枝の気に入るものではなかった。

腫れぼったい、糸のような眼。かすれたような薄い眉。それ以上に薄い唇。

一番薄いのは『サチ』。幸の薄い顔。


彼女を『可愛い』と言ったのは祖母だけだ。本人が自分の容姿を気に入らないのと同じように、彼女を害する側も気に入らなかった。

怒ると嫌われる。笑っても嫌われる。だから感情を面に出さなくなる。

しかしそれでも嫌われる。


嫌われているだけでなく、自分はイジメられているのだと初めて気付いたのは小学4年の頃だ。5時間目。算数の授業が始まるとき。教科書を取り出そうと机に手を入れると、指先がヌメるものに触れた。

不快感と微かな恐怖。勇気を出してソレをつまみ、取り出してみた。

骨だった。給食の残りだ。残飯だ。

雪枝のすぐ近く、あるいは遠くで誰だかがクスクス笑った。


気にしないフリをして、ゴミ箱へ捨てに行った。わざとらしく首をかしげて見せた。『どうして骨が入ってるのかしら』そんな風に。

本当はわかっていたが、認めたくなかった。


それから毎日のように『認めたくない』出来事が起き、そしてそれは日々悪化の一途をたどった。分厚かった教科書はカッターナイフで無残に切り取られ、薄くなる。

丁寧なことに今後の学習範囲だけが無くなっている。


ノートの消費も早い。気がつかない間に、殴り書きの罵倒が白紙のページを汚していた。

給食で配られるパンが汚れていた事もある。

床や廊下でこってりと味付けされたであろうパンは、雪枝の食欲をそそるモノではなかった。


机に花瓶など日常で、時には香典袋が机に置かれていた事もある。袋の中には残飯が入っていた。

雪枝はそんな事があるたびに、なんでもないフリをした。


イジメ行為に対して無視を決め込むことで、高くもないプライドを維持するしかなかった。

『アナタたちは、こんなくだらない事をして何が楽しいの?』という無言の意思表示だ。一歩引いて大人を演じる事で、無言の抗議をした。

だが、それが良くなかった。


イジメはいつしかゲームとなった。

ルールは単純だ。雪枝を反応させた者がハイスコアを得る。

雪枝が我慢すればするほどイジメ行為はエスカレートし、反応しても彼らは喜ぶ。


彼女が泣くよりも怒るほうが高得点だった。もがけばもがくほど深みにハマる蟻地獄、動かなくとも沈む底無し沼。ゲーム化されたイジメは、その両方の特性を兼ね備えていた。見かねた両親が雪枝を転校させても状況は変わらなかった。


イジメを好む者の嗅覚は、肉食獣よりも鋭敏だった。雪枝が数いるターゲットの1人に加えられるに時間はかからなかった。学校を変え、環境を変え、流転を繰り返したのちこの施設にやって来た。

だがそれも事態を劇的に変化させるものではなかった。肉食獣はどこにでもいるのだ。

その一方で、菜瑠や甚六のような者、助けようとしてくれる者もどこにでもいる。『救い』と呼べるほどの存在でなないが。


まだ、マシ。

雪枝はこの施設にそんな印象を持っていた。学長や深川は他の学校教師と違い、介入してくるのだ。そのたびに口にされる『秩序』という言葉。雪枝は『秩序』に好印象を持った。『秩序』は数少ない私の味方だ。そんな風に考えるようになった。

断続的にイジメは続いたが、雪枝は耐えた。耐え抜いた。


だから許せない。

――失禁を見られたから自殺。


そんなの許せない。雪枝は思う。私はもっと酷い目にあった事もある。今思い出しても吐き気がするような事をやらされた事だってある。失禁程度で自殺するなら、強制的に排便を撮影された私は何度自殺すれば?

失禁女にイジメられた事もある。


この程度で。

お漏らしを見られた程度で。


――こんな程度で!


――あの女。

あの女にもイジメられた事がある。

あの女、自分が自殺するような事を私にさせていたのか。


シャワーの音を横耳に、着替えを用意して雪枝は待っていた。シャワーが『ルール違反』だとユキエは充分に自覚していた。この女、入浴した。入浴させてしまった。

バレなきゃ大丈夫だとは思う。だが半村への後ろめたさが付きまとう。


長いシャワーだと思った。自分が苛立っているからそう感じるのかと思った。


だが違和感があった。シャワーの音が単調すぎる。ずっと同じ音。雪枝は訝って浴室をのぞいた。シャワーヘッドに少女がぶら下がっていた。

汚れた着衣を細く捻り、それをロープがわりにして首に回し、彼女は死んでいた。

濡れた髪が水流にあらわれ、黒い雨のように垂れていた。


――許せない。

雪枝は食堂の椅子に座ったまま、誰とも目を合わさず、ただ怒りを混ぜ返していた。


――コイツら、弱い。

私の受けた扱いの半分も耐えられないに違いない。


――私は、強い。

どんな事にも耐えてきたし、今は実際に力がある。


ずっと続けばいい。この状況が、ずっと続けばいい。ずっと暗黒時代を生きてきた雪枝にとって、今この施設を覆う闇は心地よい。

半村様は『救い』だ。私を救ってくれた。それだけじゃなく、新しい秩序まで創ろうとしている。

この程度で根をあげるなんて、許さない。もっと、もっと……。新秩序はこんなものじゃない。私の救いはまだ終わってない。


かくして、美しい名を持つ少女は、暴力によって創られる『新秩序』にその身を捧げる決意をした。それが半ば復讐に近いものである事を、雪枝はきっと認めない。

美しい雪原に降り続いていた雪は、やがて吹雪となった。

全てを凍らせるために。



 * * *


『死んでる』と聞いた瞬間、憂理は反射的にユキエの手をみた。

椅子に座り、だらりと垂れた腕。その手に握られた棍棒。だが血痕はない。

――ユキエが殺ったんじゃないのか。


どういう事かと皆が不安げに互いの表情を読み合うが、情報を握っているユキエは微動だにしない。そして、『証拠品』が食堂の入り口からやってきた。ジンロクが背中に担いでやってきたのだ。

黒い濡れた髪。タオルにくるまれた体。


髪がまるでイビツなイソギンチャクのように垂れたそれは、先ほどエイミが寝かされていた場所に置かれた。誰も一言も発しない。皆がただ目を見開いて、我が目を疑うだけだ。


血の気の抜けた白い肌に、紫色の唇が貼り付いている。先ほどまで泣きわめいていた少女。それと同人物だと思えない。

嘘だろ? 憂理はつぶやくしかない。


こんなのは出来の悪い冗談で、しかも悪趣味のたぐい……とてもじゃないが気が利いた冗談とが言いがたい。食堂に点在する全ての眼が、死した少女を見つめる。


「自殺よ。目を離した隙に首を吊ったわ」


ユキエの言葉は端的だった。その言外に弁解や釈明、言い訳といった響きはない。嘘だろ。もう一度、憂理はつぶやいた。


どこに死ぬ必要がある?

失禁を大勢に見咎められ、カネダなどは彼女に暴言を吐いた。しかし、たとえそれがどれほどのショックであろうと、到底、極端な手段を取るほどの事とは思えない。

「なんで……」エイミの呟きには混乱の色がある。


事情を知っている憂理でも疑問符を抱かざるをえない状況であり、気絶から復帰したばかりのエイミには夢の続きにでも思えるのだろう。動かなくなった少女を見つめ、憂理は罪悪感に胸を痛めた。

彼女の名前すら、知らない。

それが憂理の罪だ。


友人でも知人でもない少女の死。

それが自然死であるなら救いもあろう。だが彼女は自殺したのだ。それも、追い込まれての自殺。故意的でないにしろ、これは殺人と言っても過言ではない。

自分がその死を未然に防げたはず――などと考えるのはおこがましい事だろうか。


実際に憂理はこの場に立ち会い、流れに身を置いていた。しかし、なにも出来ずに、今もただこうしてただ立ちつくしているだけ。流れに身を置いていた者たち、つまりは全員に罪があるのか。憂理はそう考えたし、そう考えたかった。


しかし、罪をかぶることを潔しとしない者もいた。たとえば、カネダだ。


「お前のせいだぞ!」


カネダはユキエに向き直り、幽霊少女をなじった。


「お前がッ! お前がちゃんと見張ってないからだ!」


あまりにも幼く、あまりにも身勝手な主張であった。

彼女が『死んだ』状況に問題があり、『死を選んだ』心境や過程には考えが及ばないらしい。しかしユキエは動じない。椅子に腰をおろしたまま、冷徹に言ってのけた。


「勝手に死んだのよ」


カネダとユキエの根本的な差異は、その意識かも知れない。少なくとも、カネダは『罪』の存在を認め、それに怯えている。その『罪』を誰かに押し付ける事により、責任から逃れようとしているのだ。

だが、ユキエは違う。

ユキエは明らかに『罪』の存在そのものを認めていない。


「この程度で死ぬなら、最初から生まれてこなかったら良かったのよ」


あまりにも容赦のない言い様だ。

ほとんど切り捨てに近い対応に、カネダも尻込みしたようだ。糾弾の勢いは完全にそがれている。ユキエのその冷淡な態度に憂理は強い憤りとともに、戦慄を感じた。この女、どこか壊れているんじゃないかと。


人が1人死んだというのに、それも自らが原因の一つであるのに。3人目だ。痩せ女、カガミに続き、3人目。

退屈だが平穏だった日常から、人の死を指折りで数える状況に変わってしまった。

無数のなぜ、どうして、が憂理の膝を震わせた。


「ど……どうすんだよ」


すっかり萎縮したカネダがアゴで遺体をさした。


「……さぁ?」


ユキエは他人ごとのような態度で応じる。このやりとりに憂理の怒りは沸点に達した。

「さぁ? じゃねぇだろ! お前ら何かんがえてんだッ! 今すぐ、今すぐ警察に行くんだ! こんな事、もう終わらせろ!」


憂理の怒号を呼び水として、食堂内にはユキエらを非難する声が溢れた。

口々に発せられる非難にカネダや見張り奴隷の少年はうろたえ、オロオロしはじめる。

ジンロクは険しい表情で遺体を見つめるばかりだ。


「半村が寝てんなら、今がチャンスだろが! 警察に通報しろ!」


「黙れ!」


ユキエが声をからして叫んだ。


「黙れッ! 黙れッ!」


しかし非難の声は止まらない。それらは次第に熱をおび、あわや暴動の再来を予感させる。憂理は縛られた後ろ手を遼に押し付け、「ほどいてくれ!」

しかし、遼が結び目を解く前に、暴動は沈静化された。


飛び跳ねるように椅子から立ち上がったユキエが、一番近くにいた男子に襲いかかったのだ。

大上段に掲げられた棍棒が一閃、少年の頭上に振り下ろされる。少年はとっさに頭を反らしたが、完全にかわすには一瞬遅い。棍棒は少年の側頭部をかすめ、彼の肩をとらえた。

少女のような細く、情けない悲鳴を上げて少年は床に崩れた。

ユキエは追撃の手を休めず、大上段の一撃を何度か少年に加え、やがて手を止めた。

そうして、細い眼をカッと見開き、食堂全域を見回して言った。


「こうなりたいのか!」


老婆のような、それでいて赤ん坊のような、かれた声だった。


「こうなりたいのか!」


もう一度、返事を促すように言う。


だが誰も返事などしない。

床にうずくまり、嗚咽を漏らす少年を目の前にして、軽口を叩く者はいなかったし、非難する声も消えた。

憂理も、遼もエイミも唖然とするばかりで、タカユキだって成り行きを見守るようにユキエを見つめている。


「壁ッ! 壁に並べ!」


その命令は、憂理には『私を見るな』とも思えた。そうして1人、また1人と定位置へ姿勢を戻してゆく。


「なに? なにがどうなってるの?」


顔を腫らしたエイミは状況がつかめない様子だったが、遼が素早く耳打ちすると嫌悪と困惑の表情のまま壁へ向いた。


「どう……すんだよ。死体……」


すっかり毒気を抜かれたカネダが『どうしましょう、ユキエさん』だ。

どうするんだ、ユキエ。憂理も問いたい気分だ。これで、『なかった事』にはできない。漏らした汚したどうの、の話ではなくなったのだ。人が1人死んでしまったのだから。


「どこかに隠せばいいわ。どうせ、居ても居なくてもわからない」


半村も、この食堂に居合わせなかった者たちも、1人ぐらい居なくても気がつかないし、気にしない。

ユキエは落ち着きを取り戻した声で、そう言った。


この夜の出来事を記した畑山遼の手記には、以下のようにある。


 * * *


どこか、遊びの延長……ごっこ遊びの延長だと思っていた。

警察と泥棒のグループわかれて、逮捕したり、牢屋に入れたりする遊びみたいな感じで。変な緊張はあったけど、それもごっこ遊びの延長のように感じていた。

僕やユーリは囚人役で、ユキエやカネダが看守。


でも、人が死んだ。本当に、死んだ。

あの子の名前は、ハラダ・ユカさんというらしい。エイミから聞いた。


人間が人間を殺すだなんて、今でも信じられない。でも、痩せ女(本名は知らない)、カガミ、ハラダさんの3人が死んだ。


ずっと、日記を書いてきたけど、これからは『証拠』として書こうと思う。

もし、僕に何かあってもこのノートが残る限り、犯罪は残ると思う。

自分が死ぬだなんて、死ぬかも知れないだなんて、そんなことを考えるだけでなんだか怖くて、どきどきして奇妙な気分。


痩せ女を殺したのは誰かわからない。

カガミを殺したのは半村で、ハラダさんを殺したのはユキエとカネダだ。


でも、僕も同罪かも知れない。目の前で見ていたのに、何もできなかった。

すごく怖くて、すごく不安で。


でも今日わかった。

人間を苦しめるのは魔女でも、悪魔でもなく、人間なんだ。そして僕たちは、あまりにも人間だった。どうしょうもなく。

もうごっこ遊びじゃない。僕らは実際に囚人で、ユキエは実際に看守だ。それもすごくタチの悪い……。


ユーリは強がってたけど、震えてた。きっと僕と同じに怖かったんだと思う。

壁を見ている間中、変な汗が出て、とまらなかった。お腹もすいていたし、酷く疲れて眠たかった。でも頭はバツグンにさえてた。


壁を見ながら、どうやったら、この状況を変えられるか――そればっかり考えてた。

明日も日記を書けると良いけど……。


 * * *



その日の朝を迎えるまでに、4人の男女が半村への投降を申し出た。

限界まで達した疲労と空腹。それに死者まで出たとあれば、半村に降るのも仕方のない事。

ユキエは彼らを食堂の端に集めて、床に座らせた。

そうして、新たに奴隷となった彼らの順列が、半村奴隷のなかでも最下層に位置すること、命令は絶対だということなどを説明した。


その間、カネダは机に伏せて必死に眠気と戦っていたし、ジンロクは相変わらず険しい表情のままで、もう1人の少年は従者のようにユキエに付き従っていた。

憂理がそうであるように、壁際の者たちもとうに限界を超えている。


ベージュの壁は、精神を浸食するのか、壁に虹色の渦巻きを見せ、膝と足裏には疲労を通り越した痛みが積み重なっている。

遼は断固として従わないだろう。憂理はそう断じる。


真面目な見た目をしているクセに、誰よりもパンクでロックなのだ。暴虐が強くなれば強くなるほど反抗するだろう。なんだか、壁を睨み付けて何かを考え込んでいるが、また反抗の画策でもしているに違いない。


エイミもきっと折れない。

誰よりもワガママに育ったと公言するような女だ。自分以外のワガママを許しはしないような気がする。


タカユキはなにか企んでいるに違いないぞ。

あのテオットたちの雰囲気も気味が悪い。


カナは……。

憂理が少し顔を斜めにして彼女の様子を探ると、かなり限界が近いように見えた。

表情は苦しそうにゆがみ、何度も壁と床を見比べるようにしている。


一方の四季はなんだ。

相変わらずの半開きの眼で、ぴくりとも動かず、ベージュの壁を見つめている。

あれは電源を切ったのかも知れない。


そうして、憂理が何度も同じ事を考えているうちに、時間は過ぎた。朝の訪れは眼鏡の少年が告げた。


「ユーリ……。朝だよ……、朝の8時だ」


やっとか。憂理は肺の空気を全てはき出した。体感にして、100時間はあった。退屈と苦痛と、怒りと不安の100時間だった。

首を反らして『看守』たちを見てみれば、彼らにも疲労の色があった。

カネダなどは目を開けたまま眠っているのではないかという有様だ。


『罰』の終了を要求すべきだろう。憂理が振り返り、朝の訪れを告げようとすると、勢いよく食堂のドアが開いた。


現れたのは半村だ。

おおきくアクビを見せながら、ずかずかと食堂に入ってくる。影のように暴君に付き従う3人の少女は、世話役の従者かメイドといったところか。


「まだやってんのか」


あまりにも無慈悲、無責任な発言だ。自分が命じた罰を忘れたワケではないだろうに。暴君は肩にバットを乗せたまま、首を右に左に傾けて関節をならす。


「ユキエ。どうだったよ?」


「自分たちの……立場が理解できたと思います」


「そか。じゃあ、俺は飯にするわ」


素っ気ない対応だった。ユキエやカネダ、憂理たちにとって大きな意味を持った夜だったが、半村にはそうではない。

少女の遺体はすでに片付けられており、『1名死亡』という事実もユキエの口から報告されなかった。そして、半村もそれに気がつかなかった。


「ユキエ、解散だ。コイツらを外に出せ」


半村の指示にユキエは細い眼のまま申し訳なさそうに問うた。


「寝ても……いいですか」


半村は倒れていた椅子を起こし、テーブルの中央に座るとアゴで配膳室を指した。

従者の1人が小走りに配膳室へ向かうと、残る2人を自分の左右に座らせてから面倒くさそうに応じた。


「ああ。さっさとコイツらを追い出せ」


その指示を皮切りとして、カネダたちが羊を追い立てる牧羊犬のように『罰則者』たちを食堂のドアへと導いた。憂理も追われる羊の一匹だ。


「おら、さっさとしろクズ」


いつもの憂理なら腹立ち紛れに軽口の一つでも返すところだが、どうにも疲れてその気力が出ない。

ぞろぞろと食堂のドアに殺到する群れ。墓場から蘇ったゾンビでももう少し機敏に動くだろう。その鈍重な群れに逆行する者が居た。ゾンビたちとぶつかりながら、その群れを割ってゆく。

――なんだコイツ。


憂理が群れを割る少女の背中を睨みつけていると、その少女は群れを抜けたところで叫んだ。


「半村さま。エレベーターが、エレベーターのドアが開いてます!」


テーブルに頬杖をついていた半村は、その報告を受け眉間にしわを寄せた。


「あぁ? 動くわきゃねーだろ?」


「でも……ドアが開いてて……」


「動いてるのか?」


「いえ、カゴは無くて……真っ暗な穴なんですけど」


「穴、じゃなくて昇降路だろアホ」


「ええっと。ワイヤーとかそういうのが……」


「だから昇降路だ。カゴが動くわきゃねーんだからよ。まぁ、後で見るからそれまで見張っとけ」


「は、はい」


少女は言葉少なく返事をすると、再び群れを割って通路へ躍り出て、全力疾走で通路の向こうへ消えていった。


「オラ、お前らもさっさと出ろ!」


追われるままに食堂を出て、その場に固まる。にわかに人であふれた通路は、なにやら息苦しい。どの顔にも死んだ眼が張り付き、1人として元気な者はいない。


憂理たちを追い出した牧羊犬たちは、暴君に向かって一礼すると食堂を辞した。そして、通路に出るとユキエを先頭として食堂前から立ち去ってゆく。


残ったジンロクは、憂理をじっと見つめ、険しい表情のまま「すまん」とだけ言葉を残し、早歩きにユキエの後を追っていった。極端な疲労にその場に倒れ込み、いびきをかき始める者もいたし、壁を頼りに去ってゆく者もいた。


「ユーリ。脱走しよう……って言いたいトコだけど……」


眼鏡の少年は首を左右に振ってうなだれた。


「これじゃ……移動の途中で倒れちゃう」


「そうだな。とりあえず、今は休もう。それから……考えよう。とりあえず医務室に……」


「四季はどうする?」


遼の問いかけに、機械少女は久々に唇を稼働させた。電源が復帰したらしい。

「蔵書室へ行くわ」


「寝ないの?」


「寝るわ」


そういって背中を見せると、蔵書室の方へと去っていった。

蔵書室にベッドはないが、あの女ならどこでだって寝られるのではないかと憂理などは思う。


「あの子、喋るんだ……」


顔を腫らしたままのエイミが不思議そうに去りゆく四季の背中を眺めていた。




 * * *


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