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13月の解放区  作者: まつかく
3章 夜明けなき朝に
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3-6 不服従者たち


食堂へと向かう足は自然と早くなり、心臓が凄い勢いで血液を全身に循環させている。


半村にバレればタダでは済まない。それが知性ではなく本能で感じられた。死に直結するようなスリルは、恐怖と言い換えた方が正確であろう。

きっと、破裂寸前の心臓を抱えているのは自分だけではない。憂理はそう確信している。隣を歩く遼だって、同じように心臓をバクバクいわせているに違いないのだ。


しかし、少し後方を歩く四季は、憂理のごとき緊張を微塵にも感じさせない。

半開きの瞳で淡々と歩を進めている。彼女がバッテリー稼働だと言われても憂理は納得するだろう。


「四季も、お腹すいた?」


遼が気遣うような言葉を四季にかけた。少なくとも遼は彼女を機械の類だとは思っていないらしい。


「お風呂に入りたいわ。頭が痒いの」


会話は微妙に噛み合っていないが、なんとも人間らしい事を言う。


「お前は」憂理は足を止めず、通路の先を見据えたまま訊ねた。「半村に従わないのか?」


「集団行動は好きじゃないわ」


「でも、飯も風呂も禁止だぜ?」


「なんとかするわ」


なんとも頼もしい事だ。本当に、何とか出来るならば、それに越した事はないが……。


「さっき、CADの設定をしていて気が付いたの」


相槌も必要とせず、淡々とした口調で四季が続けた。


「あの図面には『配管図』も含まれていたの。それを色分けしてどの部屋に水道が通ってるのかも把握したわ」


「水が使える場所って事?」


振り向いて確認した遼につられ、憂理も四季に目をやる。四季は、そうよ、とも言わずにただ頷くにとどめた。そしてゆっくりと言葉を続ける。


「上階の体育室に四カ所水場があるわ」


まてよ、と憂理は思い浮かべる。準備室に一つ。これは掃除する際にバケツに水を汲める水場だ。

二つ目は、水飲み場の事に違いない。

三つ目は、言うまでもなくトイレだろう。水がなければ始まらない。

しかし四カ所目には、どうにも思い当たるフシがない。――他に水道が?


遼も憂理と同じように、四カ所目が思いつかないらしく、首を捻っては四季に問うた。


「準備室と水飲み場とトイレと……他にあるの?」


「シャワールーム。トイレの近くにあるわ。少なくとも図面上には」


トイレの近く、トイレの近く。憂理は記憶の中の体育室をさまよった。


「あのアルミのドアか?」


思い当たるのは、安っぽいアルミドアだけだ。普段はもとより、罰掃除の際も立ち入れなかった部屋だ。しかし、四季の反応は冷たい。


「知らないわ。図面上で見ただけだもの」


図面上で確認したのは、八畳ほどのスペースと配管だけ、そっけなく四季が言う。


「でもあそこは鍵が掛かってるよね」


遼の言うとおり。

体育室は遼よりも憂理の方が詳しい。遼のホームが蔵書室なら、憂理のホームは体育室なのだ。掃除だってやらされているのだから。

しかしその憂理だって、シャワールームの存在など把握していない。


シャワールームがあるのなら、入浴の問題が解決される。これは立ち込めた暗雲からこぼれた一筋の光明か。

正直な憂理の所感をいえば、入浴など取るに足らない問題だった。


1日や2日風呂に入らなかったところで人間は死にはしないのだ。

だが、汚れを気にする者は多く、それらの綺麗好きが半村派に流れた事実をかんがみれば入浴が可能になる事は大きな意味を持つ。

あとで調べてみよう、と誰に言うでもなく言い、憂理は食堂の扉を開いた。


相変わらずアツシはいる。

だが全体の人数は少し減ったようだ。先ほど訪れたときの人数から半分程度に数を減らしている。アツシは座った椅子を斜めに傾け、だらしなくも足をテーブルに投げ出していた。

再度訪れた憂理に気付くと、人懐っこい少年は人懐っこい笑顔を見せた。


「お。ユーリ、飯はどうにかなりそうか? 俺、腹が減りすぎて、目からゲロでそう」


腹はたしかに減っているようだが、口は減らない奴である。


「どうだろうな」


アツシを軽くあしらって、憂理は調理室のドアへ歩みを進めた。

背中を追ってくる四季、彼女の言葉が正しいなら調理室のドアは封印を解かれているハズだ。魔法は失われ、中の『宝』を盗みたい放題……。

調理室のフロートドアの前に立った憂理。振り向かずとも自分の背中に視線が集中しているであろう事がわかる。


静かに深呼吸して、憂理はノブに手をかけた。そして、ゆっくりと力を加える。

ドアは、微かな抵抗を指先に伝えたのち、静かに開いた。

どよめきが渦を巻いて食堂内を満たした。


「あいた」


間の抜けた憂理の反応に、四季の冷静な声が重なる。


「あけた、のよ」


四季の立場から言えばそうであろう。だが、モニター横の傍観者でしかなかった憂理には、やはり『あいた』という感想がしっくりくる。


「さすが四季だね! これでリモートロックが証明できた!」


いささかに興奮気味な遼が、我が事のように喜んでいる。憂理のはるか後方で上がった「マジかよ」はアツシの声か。

憂理は思い切ってスライドドアを開ききると、調理室へと足を踏み入れた。

食堂と明らかに違う点は、その面積と臭いだ。


食堂の広さを10とすれば、調理室は3。食堂の空気を清純と表現するなら、調理室は汚濁。


――この臭いは……。


それは横たわったカガミが発する生々しい血の臭いである。カガミはドアのすぐ近くの床に弔われるでもなく、ただ寝かされていた。

せめて布でも掛けてやるのが死者への礼儀なのではないかと憂理などは不快に思う。


これでは、『寝かされている』というよりは、ただ『置かれている』と表現するほうが正しかろう。

うつ伏せで置かれているカガミから流れ出た血液が、いびつな円形の血の海を形作り、その乾ききらない赤黒い海が、胃を焼くような『潮の匂い』を部屋中に満たしている。


踏み込む足を戸惑った憂理。そのすぐ背後で遼が「ウッ」と短い嗚咽を漏らした。

食堂は食べる所であって、吐く所ではない。もっとも、いま吐いたところで、でるのは胃液だけなのだろうが――。


「待ってろ」


憂理は振り向かないままに言って、怖じ気づく足を無理やりに踏み出した。

なるべく視界にカガミが入らないよう目を逸らし、食糧が蓄えられている大型冷蔵庫へ向かった。


ステンレス製の流し、調理台、調理用具。どうにも銀色ばかりで彩りは冷たい。

凍りつかんがばかりの風景を努めて無心を貫き、憂理はひたすらにタイル敷きの床を進んだ。


しかし、ようやくたどり着いた大型冷蔵庫も銀色だ。曇った大鏡のような冷蔵庫の表面に憂理の全身がおぼろげに投影される。

様々な経験をして、すこしは成長したように感じていたが、鏡面に映る自分は何も変わっていない。


外見が内面の全てを表さない事ぐらいは理解しているが、少しぐらいは変化があっても良かったな、と憂理は思う。鏡面の端に映るカガミほどは変わりたくないが――。

憂理は小さく深呼吸して、冷蔵庫の取っ手を握る。両開きのドアの右側に右手、左側には左手だ。


そうしてゆっくりと両開きの扉を開いた。

冷気がモヤとなってはトロリと逃げ出して、頼りない橙色のランプが内部を照らす。


上段から中段、そして下段に至るまで、真空パックに加工された食糧が乱雑に詰め込まれていた。


――充分だ。


おそらく、70名を2週間は養える分量だろう。ギッシリ詰め込めば、1ヶ月ほどの備蓄になるに違いない。


満杯から半分ほどには減っており、なおかつ整理されていないのは幸運だった。

これならば、多少冷蔵庫の中身が減ったところで半村には気付かれまい。

一人につき3食。3食あれば憂理が脱走に手間取っても飢えはしないだろう。

――となると……。何個盗めばいいんだ?


憂理は目を閉じて計算した。

半村奴隷は30人前後。となると単純な話、70ひく30で、食事を制限されている者は40名いることとなる。その40名の3食分は真空パック120袋。

いわゆる『オカズ』だけの食事になるが、文句を言っている場合ではないし、筋合いでもない。


「うわ、たっぷりあるじゃん」


憂理はすぐ側で上がった声に驚いた。知らぬ間にアツシが憂理のすぐ隣までやって来ていたのだ。人懐っこい少年は、弾けるような笑顔で憂理の背中をさすってくる。


「やるなぁ憂理。大収穫じゃんか」


「全部はとらないぞ。半村にバレたらマズい。とりあえず……120袋前後をメドに確保するだけだ」


「バレたら、アレだろうな」


アツシの視線が横たわる『アレ』……カガミに注がれ、「さっさと頂こうぜ」

憂理は頷き、早速真空パックの回収を始めた。

ひとつひとつは軽いが、食糧の数が増えれば重くなり、かさばる。憂理1人で持てるのは10個が限界だ。それ以上は両腕のキャパを超える。アツシだって大差なかろう。これでは運び出すにも一苦労だ。


見れば、調理室の入り口には人だかりができていた。食堂で虚しくたむろしていた連中が砂糖にたかるアリがごとく集まっているのだ。

「誰か!」憂理は両手いっぱいに真空パックを抱えて叫んだ。「手伝ってくれ」

憂理の呼びかけに応えた者が人だかりから抜け出してくる。


神妙な顔をした遼、気怠そうな四季、深刻な表情をした女子……あれはいつか医務室まで菜瑠を呼びにきた女子だ……たしかカナといった。


「120個だ」憂理は助っ人たちに指示をだす。「取りすぎちゃ駄目だぞ」

手際よく真空パックを回収させ、憂理は食堂へともどる。


そして、最寄りのテーブルまで食糧を運ぶと、その上に戦利品を置いた。アツシも、遼もそれに続く。


「手のあいてる奴! 食堂の入り口を封鎖してくれ! 見られたらオシマイだぞ!」


調理室のドア周辺に溜まっていた者たちの中から2人が飛び出し、食堂の扉前まで駆け寄ると、両開きの戸を手で押さえた。


「どうするのユーリ!?」


不安げな遼が憂理と真空パックを見比べている。次々に運び出された食糧で、テーブルの上は埋め尽くされた。


まるで保存食用品店の陳列棚だ。

どす黒い茶色をした真空パックばかりで、購買意欲が削がれるし、あらためて見ると尋常な量ではない。


「とりあえず、調理室のドアも閉めてくれ」


サテどうするか、などと悠長に構えてもいられない。迅速に動かなければ……。


「いま……ここにいる奴は……今すぐ1食ぶん食え」


どこかに搬出し、バレないように隠すとしても、数を減らさねば話にならない。

ゾロゾロと民族大移動よろしく、真空パックを抱えて奴隷たちの行き来する通路を移動するなど自殺行為にほかならない。出エジプト記のモーゼであっても、そんな無謀は許さないだろう。


「たべんの? マジに?」


アツシがキョトンとしているが、現状でベターな選択肢はやはり『食べる』そして『数を減らす』だ。


「ここにいる人数分だけ数を減らす。あとは全員が数個ずつ服の下に隠して、他の場所に運ぶんだ」


そうして安全圏まで搬出し、反半村の者たちに食糧を配布する。それが最善の策だ。

憂理が説明を終える前に、数人が袋を破っていた。

ハンバーグや豚肉の角煮、ソーセージ数本。各自が好みの惣菜を選び、次々に開封してゆく。

憂理は迷わずソーセージのパックを選んだ。なんとなく、一番美味そうにみえたのだ。


袋を切り口から破いた瞬間、袋になだれ込んだ空気に油が白く染まる。おもむろに一本取り出して、かじる。

不味い。


憂理は思わず顔をしかめた。

空腹であれば、どんな食事でも美味く感じると思っていたが、それは誤った認識であったことを思い知らされた。


このソーセージ。『焼く』というのは贅沢な注文かもしれないが、せめて湯に通すなり、電子レンジで回すなりするべきだった。

歯に舌に、胃に冷たい。

シャーベット状の肉片が舌の上で転がる。シベリアで見つかった氷漬けのマンモスにかじりついても、もう少しマシな食感に違いない。


しかし、今は贅沢を言えるほど余裕のある状況でもない。少なくとも冷たいハンバーグをかじった者よりはマシではあった。


「うげぇ……パサパサしてる……」


これはアツシによるハンバーグ評である。

おなじくハンバーグを選んだカナも、口元に手を当てて目を細めているところを見ると、アツシの批評もあながち的外れではないらしい。

遼は少し角煮をかじっただけで、ソレを無言で袋に戻し、ポケットに押し込んだ。感想は聞くまでもなさそうだ。


ロボっ子四季は憂理と同じくソーセージを一口かじり、「まずい」とだけ呟いて、残りを口に放り込んだ。そしてもう一度「まずい」と言った。

少なくとも味覚はあるらしい。もしかしたら、彼女は人間かも知れない。


どの食糧も冷蔵庫から出した直後、というのがヨロシくない事は明白だ。加熱は贅沢としても、せめて常温にはすべきだったのかも知れない。


「いま食う、食わないは別として」憂理は残りのソーセージを口に放り込んで、2、3度噛んでから無理矢理に飲み込んだ。「袋は、ゴミ箱に捨てるなよ? ポケットに入れて、人目につかないトコに捨てるか、トイレに流せ」


いささか徹底が過ぎるかと思わぬでもないが、慎重に事を運んで損はない。食糧を盗み出した事がバレれば、二度と食糧を必要としない体にされるに違いないのだ。


「じゃあ残りは運び出すんだね?」


遼が確認するように訊いてくる。


「ああ。他に運んで隠そう」


「どこにするの?」


「どこがいいだろ……?」


半村や奴隷たちに気付かれない場所……。教室は駄目。洗濯室も駄目。蔵書室は隠す場所がなく、ベッドルームも不安。医務室……、娯楽室……。


「倉庫は? たくさんあるわ」


考えがまとまらない憂理に、カナが恐る恐るで提案した。

たしかに、倉庫または物置として使用されている部屋は少なくない。しかし、この倉庫案も良案とは思えなかった。

半村が『トイレ』がわりにしていたからだ。たしかに倉庫のような部屋が隠し場所としてはうってつけと言えるだろう。


だが半村の『トイレ』が毎回同じである保証はどこにもないのだ。気まぐれで『トイレ』に選ばれたのが隠し場所にでもなったら……。目も当てられぬ。


「そもそも」アツシが肩をすくめた。「運び出す必要があんの? 調理室のドアが開くなら、必要な時に取り出せばいいじゃん?」


これには遼が応じた。


「頻繁に出入りしてたら、半村たちに見つかる可能性も大きくなるからね……」


しかし、アツシも折れない。


「俺たちだけのルールを作りゃよくね? 決められた奴だけが調理室に入れるとか、生活委員みたいな役を決めてさ。要は、そいつらが見つからないよう気を付ければ良くね?」


「ええっと」


遼が反論をまとめかねているのを察してか、四季が淡々と説明を始めた。


「私たちは全員が別個の個性を持っているわ。千差万別よ。考え方も違えば、嗜好も違う。私たちはただ『半村に従っていない』という一点でのみ繋がっているの。それは『従っていない』というだけで『反半村』と呼べるほど強固な連帯じゃないわ」


つまりは、情報の漏洩を心配した発言だろう。仮に『生活委員方式』で調理室へ入室できる者を決めたところで、全員がその決め事を守るとは限らない。

中には自分勝手に調理室へ出入りする、身勝手な跳ねっ返りもでるかも知れない。


「このドアはコンピューターで管理されているの。ここを頻繁に開け閉めすれば見つかるリスクが格段に高くなるわ。……PCのモニター前に誰かがいれば、ロックが解除されたのが一目でわかるんだから」


憂理は頷き、補足した。

「食糧は2、3日持てばいい。警察が来るまで食い繋げればいいんだから」


「くるのか? 警察は」


「くるさ」


「誰か通報したのか?」


「俺が通報する」


「どうやって?」


「どうにかして、さ」


これにはさすがのアツシも訝しげに唇を噛んだ。

アツシの考えている事はわかる。あまりにも具体性に欠ける憂理の言葉に『だったら、もっと大量に食い物を確保したほうが良くないか?』だ。

通報がいつになるかわからず、そうなると警察の救助はさらに遠い。


「とりあえず、説明はあとだ。今は食い物をどっかに隠そう」


テーブルの上に置かれた食糧を半村たちに見られてはマズい。


「体育室でいいんじゃないかな?」


遼が伺いを立てるように訊いてきた。例のシャワールームに隠しておけばいいのではないか、と。

完璧、とは言い難いが現状ではベストな選択であるように思える。

あのアルミドアの部屋は誰も見向きもしない場所であったし、もとより上階なんて用事がなければ誰も上がらない。


「よし、そうしよう」


憂理は真空パックを2つばかり取り上げると、全員を見回して言った。


「ポケットなり、服の下なりに隠して運ぶんだ。人目につかないよう、1人ずつ上の階に移動する」



よしんば全員がルールを遵守したとしても、リモートロックを食事のたびに解除していては半村派に発見されるのも時間の問題と言えよう。憂理は自らの服をたくしあげ、ズボンの下腹部あたりに真空パックはさんだ。

両わき腹、右と左に一つずつ。背中にもひとつ。これで3つだ。

ウエストはキツい、が肌への冷たさのほうがこたえる。


憂理が隠したのに倣って、遼やアツシも同じように3つ隠し持った。

他の男子たちも次々に食糧を服の下に隠してゆく。

どうやら女子たちは服をたくしあげるのに抵抗があるらしく、顔を見合わせては困惑していた。

さすがの四季も半開きの目のままに、動かない。


「1個でもいい」憂理は言った。


1個でも上階に運んで欲しい。いま食べた分を差し引いても、まだ100袋近くあるのだ。この場にいる男子が1人3袋ずつ運んだとしても、30袋。あまり往復するのも好ましくない。


憂理が懇願するように説明すると、まず四季が動いた。

テーブルに歩み寄り、無言で服をたくしあげると、病的なまでの白肌に真空パックをあて、ズボンに挟む。

カナをはじめとする他の女子たちも、観念したのかテーブルから真空パックを手に取った。


そうして男子たちに背を向けては真空パックを挟んでゆく。それでもテーブル上の真空パックはまだ半分以上残っており、2往復は確実だ。


「俺にまかせろ」


アツシは頼りがいのある言葉を吐き、シャツの中にどんどん真空パックを放り込んでゆく。しかし、それでも全部は無理だ。


「ユーリ、こりゃあ駄目だわ。2往復は確定だ」


「仕方ないよ。俺は先に学長の執務室に行って、シャワールームの鍵を取ってくる」


――何処にあるかは、わからないが。


「俺たちは1人ずつ体育室へ向かえばいいんだな?」


「ああ、通路に誰もいないのを確認してから1人ずつだ。あわてず、ゆっくりとな」


憂理はそれだけ指示を出すと、食堂のドアへと駆け寄り、そっと開いては通路の様子をうかがった。遠く、通路の先に誰かがいるが、距離は充分にある。

憂理は素早くドアの隙間から抜け出し、何事も無かったかのように歩き始めた。


あわてず、ゆっくり。

真空パックが腹に背中に冷たく、出来れば走って1秒でも早く腹から外したいが、走ってズボンのウエストから落ちては元も子もない。


ひたすら平然を装い、一歩ずつ執務室への道を進んだ。




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