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13月の解放区  作者: まつかく
2章 獣性の解放区
16/125

2-5 捕虜


タオルによって後ろ手に縛られたガクは、時間の経過とともに冷静を取り戻したようで、平然な顔をして憂理たちを見上げている。


洗濯室はたった一人の捕虜収容所となったワケであるが、収監されている捕虜よりも捕らえた側のほうが動揺している。

汚ねぇ、盗み聞きしやがって、だのガクを罵倒する翔吾のその表情にはどこか焦りがあった。一番知られてはマズい奴に知られてしまったのだ。無理もない。


「聞いたよ。君ら脱走するんだろ?」


言葉尻にどこか、見下したようなニュアンスがある。全てを聞かれてしまった今、嘘をつくのも虚しいが、全てを打ち明ける気にもなれない。黙り込んだままの憂理に、ガクは続ける。


「規則を破りまくったあげく、脱走するんだな。半村じゃないが、君らは猿だ。いや君らと一緒にされたら猿が迷惑がるかも」


鼻持ちならない顔面を、思い切り蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られる。ほとんど挑発に近い語調で捕らわれた少年が言葉を続ける。その目には軽蔑の色があった。


「君らはどうせ、あの貼り紙でアタフタしてるだけだろ? 地下にはな、なにもない。――僕は何度も行ったことがあるんだ。学長が殺人鬼だなんてバカな噂もあったもんだよ」


反論のしようは幾らでもあるが、議論したところで意味のある相手にも思えない。憂理は重い気分で面々を見回し、ガクから距離をとるよう手で合図した。


「どうするよ」


解決の道筋があるなら憂理が聞きたいところだ。


「あの人、絶対学長にチクるよね」


言わずもがなだ。解放すれば、ガクはその足で学長の所へ駆け込むだろう。そうなれば色々と面倒なことになる。

憂理は遠くのガクを睨みながら考えを口にした。


「このまま……口をふさいで監禁しとくしかないな」


どの道、脱走してしまえばガクによる密告など大した問題ではなくなる。今晩、就寝時間までのあと数時間を乗り切ればそれで充分だ。

憂理の意見に遼が賛同し、補足する。


「風呂場で罰掃除をしてる連中に『ガクは体調不良で寝てる』って伝えておくべきだね」


嫌われ者のガクのことだ。見当たらないからといって探すような酔狂な奴がいるとも思えないが、万が一ということもある。ガクの発見は遅ければ遅いほうがいい。最低でも明朝まで。


エイミが洗濯機を順番に開き、数台目にようやく手頃なタオルを見つけた。

そうして、憂理と翔吾がもがくガクを押さえるとエイミがねじったタオルで即席の猿ぐつわを噛ませる。


「苦しかったら、『後で』学長に苦情を言ってね」


敵意むき出しの眼に怖じ気を見せながらもエイミは軽口を忘れない。

憂理たちが引きずるようにしてガクを部屋の奥へ奥へと押し込み、とどめとばかりにエイミがベッドのシーツを虜囚の上に掛けた。

湿りを帯びたスーツがモゾモゾと動く様はどこかナマコを思い出させる。白いナマコだ。

就寝時間に地下へ。物流エレベーターを介して地上へ。そして、警察へ。


「もうすぐ飯の時間だ。遼とエイミはガクが居ない口実を適当にでっちあげて広めといてくれ」


二人が無言で頷き、翔吾は肩をすくめる。


「俺は地下鍵だな」


「俺とケンタは飯時間も自由に動けるから、荷物でもまとめとくよ」


そうして、シロナマコを洗濯室に残したまま、各人は行動を開始した。

機動力の高い翔吾は一瞬で通路の向こうへ消え、エイミと遼はなにか小声で話し合いながら食堂の方へ向かってゆく。


「荷物って? ご飯かい?」


「そうだな……地図は遼が持ってきたし、あとはちょっとの飯と、ここに置いていきたくないお気に入りの『モノ』とか」


「トレーディングカードとか?」


「お前のはゴミカードばっかだから、置いていってもいいよ」


「ゴミじゃないよ。まだまだデッキの基本をユーリもわかってないな。ほかには?」


「ほかは……。アディダスの限定カラーだろ。他にはーここに入ったとき没収されたモノとか」


「ゲーム機?」


「携帯とかな」


「僕は携帯なんて最初からもってないよ」


「じゃあ、アレだ。とにかく、使えそうなもの全部」


考えてみると、意外に難しい。

『街までは結構な距離がある』とは遼の弁であるが、それがどれほどの距離なのか地図を見ていない憂理には見当もつかない。もっとも地図を見たところで、ではあるが。

憂理とケンタが考えを巡らせながら通路を歩いていると、勢いよく駆けてきた生徒が憂理にぶつかった。ほとんど前を見ていなかったようで、正面衝突である。


ぶつかった生徒も憂理も、バランスを崩して通路に転がる。憂理は反射的に怒声をあげた。

「いてぇ、おい! ケツが五つに割れた! 気をつけろよな!」


見れば、後半グループに属する生徒である。彼は倒れた体勢から見事なバネを見せて跳ね起きた。


「お、ユーリ。すまん。でも四つならわかるケド、五つは言い過ぎだ。せめて偶数にしろよ」


「なんだよ。アツシかよ。前見て走れよな。俺がガクならチクられるぞ」


「じゃあ、ガクじゃなくてよかったよ」


人なつっこく白い歯を見せ、アツシはウインクだ。そうしてアツシに手を借りて起き上がると、ふと彼の腕に目が行った。

制服の長袖、その腕の部分に黒い布が巻かれている。

黒地の布にはなにやら白いプリントだか文字だかか書かれているが、これは新手のオシャレなのだろうか。ファッションに疎いわけではないが、少なくとも憂理はその黒布を初めて見た。


「なんだ? その布」


アツシはいつもの人なつっこい笑顔を一瞬見せたが、すぐになにか思わせぶりな表情に変わった。


「コレ? えーと、これは内緒」


「オシャレ?」


「そんなとこ。悪かったな、ユーリ。おれ飯当番なんで行くよ」


言葉を最後まで言い終わらず、またアツシが走り去っていった。


「まったく……」


「あの布、流行ってるんだね。ほら」

ケンタが指さす先を見てみれば、ほかにも着用している男子がいた。

それはアツシのような布ではなく、ビニールでできた腕章ではあったが、デザインは黒地に白プリントと同様であった。


「また、妙なモンが流行りだしたなぁ」


「でも、ちょっと格好いいね」


「うん」


なんだか少し、羨ましく思える。


「あのマーク……なんだろう?」


通り過ぎる際、二人して腕章を横目で見る。

最初は記号のようなものかと思ったが、どうやらそれは『眼』を模したマークであるようだった。

パッチリ開いた目が一つ描かれ、その目の上部には睫毛のように『T・E・O・T』とアルファベットが並んでいた。


「テオット? ありゃ、なんかのブランドか?」


「さぁ? どこで見つけたんだろう?」


施設から出られない以上、どこかのショップで購入したわけではなかろう。

となると、倉庫かどこかで見つけたか、あるいは作ったか。


「今は腕章より、脱出用具だ」


リュックサックなり、バックパックなりに必要なモノを詰め込まねばならない。

もちろんそのリストに腕章などない。

しかし、気になりはじめると意識はそちらへ向くようで、バックパックを取りにベッドルームへ向かう道中にも数人の腕章が目についた。


なにか、言いようのない不安のようなモノが憂理の胸中に残香となって渦巻く。

自分の知らないところで得体の知れない何かが胎動している……そんな確信のない疑い。


だが、この時点において憂理には近く訪れるであろう未来を予見することは出来なかった。

憂理だけではない。隣でアクビをするケンタも、どこかで走り回っているであろう翔吾やエイミ、遼にだって不可能であったろう。


未来は、生まれ落ちるその瞬間まで誰にもその時を告げはしない。

それが誰にも望まれず、祝福されない誕生であるならなおさらだ。

産声を聞いた時には手遅れで、人はただその誕生を受け入れるしかないのである。


今、なすべき事を知る者は少なく、未来を予見しうる者はもっと少ない。

少なくとも、憂理はそのどちらでもなかった。



 * * *




「うん。懐中電灯はいいわね。これは必要よ」


夕食時間が過ぎ、入浴時間が過ぎ、就寝時間が近づいた頃、洗濯室ではエイミによる品評会が開かれていた。

品評される側は言うまでもなく憂理とケンタで、審査する側はエイミと遼だ。

思いつくままに詰め込んだバックパックの荷物が、一つ一つエイミによって審査されてゆく。


「これは? どっちが入れたの? スチームパンクカウボーイ、第三巻」


取り出したる漫画本を憂理とケンタに見せつけ、審査官は厳しい表情だ。


「ユーリ」


「ケンタだよ」


いっそう厳しさを増したエイミに怖じ、憂理はうなだれた。


「二人で入れた」


「暇つぶしも必要だと思って……」


ため息とともに仕分けは進み、バックパックは当初の半分ほどに内容を減らされた。

漫画本を始め、トランプ、ドライヤー……。なんとかアディダスの限定カラーシューズを死守できただけで満足すべきかもしれない。


「開いた分のスペースに食べ物を少し入れるわ」


『必要なモノ』をバックパックに戻しながらエイミが言うと、ケンタはすぐさま首を横に振った。


「食べ物は、食べ物用に別のバックパックを用意したから」


これには遼がため息だ。


「距離があるって言っても、一晩歩けばたどり着くぐらいだよ。そんなに大量に持って行ったら、余計荷物になる」


「というワケよ。わかったら諦めなさい」


しぶしぶにケンタが受け入れる。

こうなりゃ、ケンタ自身がバックパックになって食べ物を詰め込むしかない――そんな軽口を憂理は飲み込んだ。


地下を経由して脱走することを考慮すれば、確かに身軽な方がいい。すんなり行っても行かなくとも、前途多難であることは明白なのだ。

これからの事を考えてか、皆が黙り込んでいると、ようやく翔吾が帰ってきた。

その笑顔によって成果は訊かずとも明らかである。


「へっへ、上出来、上出来。大怪盗ショウゴさまにかかりゃ、こんなもんよ」


指先に回される鍵を確認すると、全員が頷いた。切符は手に入れた。あとは旅にでるだけ。


「ガクはどうするの? このままにしておいたら、マズいんじゃない?」


エイミは神妙な顔つきでシロナマコを睨んだ。

静かな夜のことだ、騒ぎたてられれば誰かに物音で監禁に気付かれるかも知れない。気付かれ、脱走が学長の耳に入れば、言うまでもなく面倒なことになる。

追ってくるであろう学長を振り切れれば何ら問題はないが、万が一物流エレベーターが存在しなければ一方的な鬼ごっことなろう。


エイミは続ける。

「だいたい……いくらガクでもトイレに行きたくなったら可哀想だわ」


「そりゃあ悲惨だな」


どれほど憎らしいガクであろうとも、汚物垂れ流しというのはあまりの仕打ちであろう。本人だけではなく、掃除を課される者にとっても……。


「あまりいい手段じゃないけど……」


遼が遠慮がちに声をあげる。


「地下に連れて行くんだ」


それこそ『お荷物』じゃないか、とユーリと翔吾は首を振った。


「聞いてよ。全員でかついで『痩せ女』の部屋に運び込んで、閉じ込めておけばいいんだ」


あそこならどれだけ音を立てても上階には届かないし、トイレだって、食べ物だってある。続けた遼の説明にエイミは不愉快さを隠さない。

「あそこ……死体があるのよ?」


「だから、だよ。死体を見れば強情なガクだって……ね」


「トイレも飯もあるなら、ガクの発見が遅れても問題ない……か」


遼の提案は、たしかに最良の手段とは思えなかった。だが最悪の手段でもなさそうだ。少なくとも面倒は避けられるかも知れない。


「俺は遼に賛成するよ」


憂理に続き翔吾とケンタも賛同すると、残るエイミは腕を組んだ。

明るい髪の少女は、腕を組み、首をかしげ、なにやら考え込んだ末にようやく眉をあげる。

「んートイレに行けないよりは……よね」


痩せ女の部屋に放り込み、緊縛を解くことで全員が合意すると、憂理は幾分か肩の荷が下りた気分になった。

心配事だのトラブルの種だのは一つでも少ないほうが良いに決まっている。

就寝まであと30分であると遼が申告するが誰もベッドへ戻ろうとはしなかった。

ガクを運搬するという大仕事が入った以上、時間を無駄に浪費することはできない。


「あー。エイミは就寝室に帰るんだ」


憂理がそう指示を出すと、エイミは不服そうに唇を尖らせる。その唇から反抗が言葉となって飛び出す前に、憂理はキッチリと抑え込んだ。


「エイミがいないと、ナル子が不審に思うだろ。そんで、ここに探しに来られても困る。みんなが寝静まるまでベッドにいろよ」


「ああ、ユーリの言うとおりだ。ナル子が騒ぐと厄介だしな」


これにはエイミも反論しがたいらしく、「あー、わかったわよ」

こうしてエイミが洗濯室から去ると、残ったメンバーでガクを運搬する段取りにかかった。

シーツの上から数本の洗濯紐を回し、締めすぎない程度に縛る。

それを何度か繰り返すうちに、シロナマコは白ミイラに姿を変化させた。


これで少しは運びやすくなったはずだ。縛っている間中、無意味な抵抗を続けていたガクも疲れたのかすっかり大人しくなっていた。


「運ぶの……大変だろうね」


まさか自分から言い出したプランを後悔しているわけでもなかろうが、遼の声は暗い。


「ガクの体重が50Kgとして……エイミは女だから除外して……ひとり、えっと……12Kg?」


うげぇ、だの、ぐへぇだの士気の下がる嗚咽が口々に上がった。


「ただでさえ疲れてんのに……なぁユーリ、大丈夫かよマジで」


「エイミが来るまで、少し休んどくか」


返事の代わりに溜め息が漏らされた。そうして、それぞれがそれぞれの場所で体を横にする。

今なら、針山の上でだって眠れる――。憂理はそんな事を考えながら浅い眠りにおちていった。




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