11-12 悪の公義の正義
名守総合病院。おそらく、『13月』以前はこのあたりで最も規模の大きな病院だったのだろう。
こうして病院内部へ向かって歩いているだけでも駐車場の広さが身にしみて感じられる。
片手にバールを持った竹田と呼ばれた男、ケンタ、そして憂理。3人でテクテクと歩いて行くが、駐車場の降灰に残された足跡を見れば、竹田なりキスミなりがこの道を何度も往復した事がわかる。
横一線で歩きながら、ケンタが素朴な疑問を竹田に投げかける。
「竹田はおっぱいの奴隷なの?」
深いような、そうでないような質問であるが、ケンタの口から出た以上、それは深くないほうであろう。
問いかけられた竹田も、深くない方で取ったようだった。
「室長をおっぱい呼ばわりするな」
「だっておっぱいじゃん」
「仮にそうだとしても、そういうソレってのはセクハラになるんだぞ? 訴えられたり仕事を失いたくなかったら、自らを戒め、軽口は慎め」
「爆弾おっぱいならいい?」
「ダメ」
憂理も竹田にぶつけたい質問は沢山抱えていたが、とりあえず間近に必要となる事柄に絞って訊いた。
「竹田は書類を探すって言ってたけど、もう暗くなるよ? 病院の中って電気つくの?」
問われた竹田は着崩したスーツのポケットを漁り、やがてペンほどの太さしかない3本の懐中電灯を取り出した。
「昼間も夜も関係ないよ。院内はいつでも暗い。だからこれを使う。充電式のLEDだけど、書類を探すにあたって光量は充分。1本はケンタくん、もう1本は、ほらトクラくんに」
「ありがと。ユーリでいいよ」
「ぼくもケンタでいいよ」
「そうか。僕は――『竹田』は嫌だな。年上だから、せめて『さん』付けぐらいは欲しいかな。呼び捨てにされると、上司が増えたみたいで精神衛生によくない」
「わかった気をつける」
竹田は歩きながら、これからバイト君たちにやってもらう仕事の説明に移った。
それはナノ室長との交渉にあったように『資料』を捜索・回収するというもので、カルテから診察券――何から何までが捜索対象とされていた。
「とにかく、住所が『市内の板ヶ谷』になっている人物のものは全て回収して欲しい。それに加えて、このリストにある名前も全部だ」
そう言って竹田がポケットから取り出して広げた紙には、上から下までびっしりと手書き文字で人名が敷き詰められており、興味本位で覗き込んだ憂理に胸焼けを引き起こさせた。
少なくとも、何十人かの名前が無味無臭の記号となって並んでいる。誰かの名ではあるが、誰の名かもわからない。
「このリストは随時追加してるんだけど、いまは予備と合わせて2枚しかないんだ。1枚は僕が持つから、もう1枚は君たちが持つ。明日には3枚目を用意しておくから、今日のところはこんな感じで」
「え、今日1日で終わんないの?」
「当たり前だよ。数が膨大かつ分散してるからね。だから君たちに手伝ってもらうんだ」
憂理は少し腹立たしく思う。燃料の入手のためには仕方がないとはいえ、安く、そして長くコキ使われるなんてまっぴらゴメンだ。
「なんだよ、竹田。おっぱい姉さんにもやらせろよ。あいつサボってるぞ。寝そべってダラダラしてる。偉そうだし、すぐ語尾に『?』つけるし」
「こらこら。『おっぱい』も『竹田』も禁止って言ったろ。あのな、室長はサボってるわけじゃなくて、別の仕事があるから仕方ないんだよ」
竹田を挟んだかたちで、憂理とケンタは怪訝な顔と顔を向き合わせたが、あえて『室長の仕事』について追求することはなかった。追求したところで「子供は知らなくていい」ないし「大人の事情」だのという解答とも返答とも評しがたい対応しか得られないことは経験から知っていた。
そうしてようやく名守総合病院の入り口に辿りついたが、憂理などはどうしても仕事へのモチベーションが上がらない。
ガラス張りの立派な前門は開け放されてはいるが、ペンライトよりマシという程度のLEDの光線を院内に向けてみれば、ささやかな光線程度では照らしきれないほどの闇がそこにある。
しかも、ここは『人の死』と深く関わる場所――病院であるという事実がモチベーションの低下に拍車をかけてくる。
人は葬儀場や墓で死ぬのではなく、ほとんどの人が病院で死ぬ。これが事実だ。ならばトンネルや廃屋などでなく、日本中に点在する病院こそが心霊スポットとなるべきだろう――などと憂理は思う。
そしておあつらえ向きに、今、ここは、病院の廃墟である。
「暗いね」と、ケンタが言うまでもないことを言う。
「暗いだろ?」と、竹田が自分の手柄でもないのに、少し得意げに言う。
闇に生きる幽霊だってこの暗さでは活動に支障をきたすに違いない。
憂理は露骨でない程度に文句を吐いた。
「いや、ビビってるとかじゃないケドさ、昼間にやるべきじゃない? こう暗くちゃ探すも何も……」
「ユーリ君、さっき言ったろ? どのみち内部は昼間でも暗いって。ほとんどの部屋に外からの光が届いてないからね。ともかく、どこかの割れた窓から鳩が入って、床にフン溜まりができててヌメるポイントがあるから転ばないよう足元には気をつけて。まぁ、もっとも転んでケガしても、包帯や消毒液は大量にあるけどさ? レントゲンもサービスするよ」
竹田はつまらない冗談に自分でフフフと笑う。大人の吐く冗談で愛想笑いができるぐらいには憂理は大人のつもりだが、竹田に対していえば愛想笑いは不要と判断した。一方のケンタからは舌打ちが聞こえた。
そのような反応に慣れているのか、それとも鈍感なのか、竹田は気にする様子もなく、LEDに光を灯すとその光線を院内の闇に向けて言う。
「手分けして探そう。探し終わった部屋なりブースなりには、目に付きやすい場所にペンで『x』と書く。鍵のかかってる部屋は僕が開けるから君たちは探さなくていい。ロッカーなり引き出しなりはバールでこじあける、と」
「空巣……」と憂理が呟くと、竹田は少し疲れた笑いを見せて応じる。
「正しいことをするために、正しくない道を通るだけ。そう考えてくれ、少年。僕は発電機を使って端末や
電子機器から関連データを吸い出してるから、何かあったら呼んで欲しい。ちなみに発電機もガソリンで稼働するんだ。燃料は貴重なんだ、給料分は働いてくれよ?」
竹田はそれ以上の対話を拒絶するかのように歩みを進め、憂理とケンタを置いて躊躇なく正面玄関から中へ入って行った。
そうして竹田を飲み込んだ闇を前にしてたたずんでいると、内部から、ようやく聞き取れる程度の奇妙な音が聞こえた。金属を擦り合わせたかのような甲高い音だか声。少なくとも竹田ではなさそうだが、音が幾重にも反響していたため、なんの音かはわからない。
「ねぇ憂理……いま中から変な声が聞こえなかった? なんか、こう、金切り声……ハイになったときの深川みたいな……。ヒィーだかキィーだか、そういうの。……深川先生、施設から出てきたとかないよね?」
ない、と即答しようとして憂理は言い淀んだ。
深川は死んだ。憂理はその死を眼前で観察した。間違いなく、死んだ。
――あり得るとしたら、幽霊となって病院内を徘徊している。「ウミ、ゴメンネ、ウミ、ゴメンネ」と愛娘の――痩せ女の名を呼びながら。
「いるわけねぇよ」
憂理は院内の闇を凝視しながら、ケンタの二の腕を拳で叩いた。「金切り声とか、気のせいだ」
「でも、憂理も聞こえたろ? 体、ちょっとビクッてしてたじゃん。へんな声、聞こえたろ?」
2秒ほどの逡巡があって、もう2秒ほどの葛藤があって、返答には5秒を要した。残り1秒は軽く肩をすくめるために使った。
「うん。でもハトだろ。もしくはネコとか。とにかく深川じゃねぇよ、おれが保証する。もう行くぞ。ガソリンgetするんだろ?」
憂理が勇気を出し、闇に向かって一歩踏み出したのに、ケンタは動かない。
ただ訝しげな表情で、じっと闇を見つめ、やがて言った。
「動物かぁ……。ネコっぽくはなかったけど、言われてみればサルとかチンパンジーとか、あんな感じだよね」
「お前なぁ。チンパンジーって、ここ動物園かよ。かりにも病院だぞ? まだイエティとかツチノコのがいるだろ。ほら行くぞ」
「イエティなら、憂理ちょっと戦ってみてよね」
「いたらな。2人がかりでやろう。囮のケンタが喰われてるうちにオレがヤツの弱点を貫くよ。できるだけ長く喰われろよな」
「わかった。できるだけ歯ごたえ増しとく」
かくして憂理とケンタは、2人の心細さを体現したかのような、頼りないLEDの光線を頼りに、院内に足を踏み入れた。
いつだか嗅いだ――病院のいかにも病院らしい『臭い』は、しなかった。
ずっと好きになれなかった清潔すぎる臭い。幼少の憂理が『白と水色の匂い』と覚えた匂い。
今ではもう忘れかけて、いま一度嗅いでみたいとすら憂理は思う。だがそれは叶いそうもない。
* * *
足を踏み入れた闇には息苦しさがあった。なにか好ましくない存在を封印しているかのような、それでいて虚無であるような。
拷問部屋を探して施設の地下を探検したあの日を思い出す闇だ。
まだ緊張しているのか、ケンタも無言でただ歩き、先を照らす光線――二人のLEDの光が遠く闇の向こうで交差し合う。
示し合わせたわけでもなく、適当な部屋に入っは、出て、入っては、出る。書類だのカルテだのを一体どうやって探せば良いのかわからないまま、憂理とケンタは警備員のような挙動を繰り返した。
やがて事務室らしき部屋にたどり着いた。金属製のキャビネットがずらりと並び、それらの一つを引き出してみれば大量の青いファイルが納められている。
そのファイルを一つ取り出し開いてみればてみれば、税務関係の書類であるのか表と数字に埋め尽くされた紙、紙、紙。
「この中からこのリストにある人のぶんを……ぜんぶ?」
書類に向けられた光線が紙に反射して、闇にのなかに引きつったケンタの顔を浮かび上がらせる。到底できっこない。作業としては可能だとしても、ひとりの人権を持つ人間として、受け入れがたい。そんなケンタに気持ちが表情から読み取れる。
「やれるだけやってみよう……。竹田の顔も立てなきゃ悪いし」
自分に言い聞かせるように言うと、憂理はファイルの一つを手にとった。そして行儀悪くも机の上にどかりと腰を下ろし、LEDライトを口でくわえてページをめくり始めた。
ケンタもそれに倣って別のファイルを取ると憂理の横に腰を下ろし、同じくライトを口にくわえてファイルの精査を始める。
そうして10分、そうして20分、やがて1時間――が経ったように思うが、時計がないので正確な時間は分からない。もしかしたら5分も経っていないかも知れない。ただ二人とも3冊目のファイルに取りかかってはいた。
ライトをくわえているため、無駄口もきけず、ただ淡々とページをめくり、人名なり住所を探してはリストと照合する。やがて、ケンタがやらかした。
「ヨダレが紙に落ちちゃった」
憂理がライトをくわえたまま光線をケンタのファイルに向けると、紙面積の半分ほどがケンタのヨダレにしっとりしていた。ケンタのヨダレが消化液として強力なのか、早くも資料の文字が滲んでいる。
「いいよ、バレやしない。でも気をつけろよな。お前のヨダレは床を溶かすって翔吾が言ってたからな」
ライトを外して憂理が言うと、ケンタは腰を下ろしていた机にそのままごろり横になった。
「アゴが疲れたし、喉が渇いたよ……。もうやだ。憂理、なにか冷たい飲み物持ってない?」
「ちょうど、トイレに行きたかったんだけど、飲む?」
「『冷たい』って言ったじゃん。『あったかーい』は今は要らないよ」
サボるケンタと対照的に、憂理はまたライトをくわえ、調べを進める。以外と真面目である自分の一面を自ら発見したような気持ちになった。『やらなきゃイケないこと』があることは、実のところ人間らしい誇りを維持するひとつの要素なのかも知れない――と隣に横たわるケンタを見てそうおもう。
「だいたいさ、おかしいよ。こんなこと」
世の中の怠け者は、職務怠慢を正当化せんとするとき、だいたいこのように言葉を始め、正義を笠に、倫理を衣にし、時には合理主義とも結託して自らの正しさを主張する。この場合のケンタも、それと同じ経過を見せた。
「こんなの、泥棒と一緒だよ。勝手に病院の書類を漁るなんてさ。タケダはこじ開けるバールまで持ってたし。犯罪の片棒を担がされてる。このままじゃ僕らは知らないうちに極悪犯罪集団の仲間に入れられちゃう。憂理、ちゃんと聞いてる?」
「ん」
返事をしながらも憂理は仕事の手を休めない。ちょうど――板ヶ谷という場所に住む、カタオカマキエという人物に関する資料を発見していた。生返事しか返さない憂理に対し、ケンタは自説を蕩々と述べる。
「このリストもさ、おかしいんだよ。なんでタケダもおっぱいも、こんな時にこんな場所でこんなことしてるの? 絶対よくない事をたくらんでる」
片岡蒔絵――資料は彼女に関しての検査記録のようなものらしく、冷淡なほどに簡素だ。彼女個人についての詳しい情報はなく、ただ13歳の少女ということぐらいしかわからない。
「そういえばさ、『板ヶ谷』についての資料を全部集めろって言ってたけどさ、憂理は気付いてる?」
呼びかけられた憂理は片岡蒔絵についての資料をファイルから破り取り、ライトを傍らに置いた。
「アレだよな。施設から下ってくる途中にあった集落……」
「そうだよ。なんかの原因で無人になったトコ。いや、ここら辺も無人ではあるんだけどさ、なんでタケダとおっぱいは板ヶ谷の情報集めてるの? ぜったい無人になったことと関係あるじゃん」
「遼の話じゃ病気だって言ってたけど。その病気の情報を集めてる?」
ケンタはようやく半身を起こして、周囲の闇を見回し、やがて静かに言った。
「集めてる――じゃないよ。隠そうとしてる。板ヶ谷にいた人たちが病気だって言うなら、麓のここに運び込まれた可能性が高いワケじゃん? その時の資料とか、そういうのを全部かき集めて、処分すれば――」
「事実は明るみに出ない。隠蔽……ってやつか。なぜ、そんなことをするか――」
言いかけた憂理の言葉を、間髪入れずケンタが捕捉する。
「それは、アイツらが病気の原因を作ったから」
この推測は正しく思われた。壊滅的とも言える周辺の状況にも関わらず、わざわざこの場所に滞在し、情報を集めるなど、常軌を逸している。むしろ『この状況』を利用して、自分たちが不利になる『証拠』を隠滅しようと画策していると考えるのが自然だ。
「それっぽい……」
「どうする?」
憶測をもとに組み立てた陰謀論でしかないが、いちど辿り着いた結論を否定する材料を憂理は持ち合わせていなかった。板ヶ谷集落の片岡蒔絵の資料には精神科とあるが、それが重要なピースとも思えない。ケンタは神妙な表情でしきりに周囲を見回し、タケダを警戒している。
「アイツら、何も知らない僕らをガソリンで釣って利用するなんて、とんでもない悪党だね」
「タケダは良いヤツっぽかったけどなぁ」
「タケダが良いヤツなぶん、おっぱい姉さんが嫌なヤツじゃん。騙されてるんだよ」
そもそも燃料欲しさに飛びついたのは自分たちであって、騙されたというのは少々自分勝手な理屈ではあるが、もし病の流行にタケダたちが関与して、さらにそれを隠蔽しようとしているならば、これ以上手伝うのも気が引ける。
自分たちと同じ年代であるこの少女――片岡蒔絵は無事だっただろうか。それとも――。書面上にあるその名前は杜倉憂理にとって感情移入できない記号でしかない。だがその名に自分の友人たちを代入すれば――たとえば、この場にいない七井翔吾であったり、畑中遼であったり、あるいは道乃後菜瑠であったり芹澤エイミであったりしたら。
おそらく、タケダたちのやっている行為は許されるモノではない。そう思う。
やがて憂理は訊いた。
「なあケンタ。ガソリン、いるか?」
「ないと話にならないね。『頼れる人』が見つかるまで、何処まで行かなきゃならないのかもわからないから。車があったら食糧とか水も大量に運べるし。食糧がないとエイミが、きれいな水がないと四季さんがうるさいんだ」
「じゃあ、全部頂いちまおう」
憂理の言葉に、ケンタはキョトンとして、数秒の間があった。そうして『言わんとすること』の意味を把握すると、にわかに不敵な笑みを見せた。
「罰だねこれは。悪行の妨害でもあるし」
「ああ。ちょっとは残しておいてやって、あとは全部頂く。それを車に積んで、翔吾とロクを迎えに行こう。ナル子たちも拾って、そのまま――東京へ行こう。安田のオッサンなり、おっぱい姉さんが言うみたいに、ほんとに日本が壊滅してんのか、この目で確かめてやろう」
「東京?」
「ああ、東京。おれは行ったことないケド、さすがに首都なんだから『マトモな人間』がいるだろ。警察でも自衛隊でも、政治家でも総理大臣なんでもいい」
「政治家じたいが、マトモじゃなさそうだけどね」
「もしケンタが実家に帰りたいってなら、途中で送って行くよ。俺は、もう決めた。どうせおれ、帰るとこないから」
「いいよ僕も。親のことは気になるケド、みんなといるほうが楽しいし。東京に行って今まで見てきたこと、全部暴露してやろうよ。きっと七井師匠もこの話に乗るよ」
「よし」
ガソリンの窃盗など、とうてい褒められた行為ではない。だが陰謀論に基づいたモノとはいえ、自分たちに正義があるようには思われた。
だが――もし、本当に東京が壊滅していたら?
この名守市内のように、見る影もなく荒廃していたら? 誰もいなかったら?
世界は終わったんだ、と降家タカユキは言った。生き残った者たちで新しい秩序を創造せねばならない、と。
都合良くタカユキの価値観を引き合いに出せば、『窃盗』などというのも旧来の――旧世界の価値観なのだと強弁できるかも知れない。
罪も罰も、善たるものも正義も、すべて一から決め直しか。だとすれば、キスミとタケダの罪など問うに及ばない。そして自分たちの行為も。
「やってやる」
悪党の上前をはねてやろう。正義の対面に座るのが悪でなく、もう一つの正義であるように、悪と戦うのが必ずしも正義である必要もなかろう。『正しいことをするために、正しくない道を通るだけ』タケダはそんなことを言っていたが、さすが大人は良いことを言う。
正義を象徴する天秤がごとく、しょせんはすべて相対的なモノでしかない。ほんの僅かな差で天秤は傾き、それで悪を定義する。自分たちの犯す罪と、キスミたちの罪、どちらが『重い』か――憂理はそうやって無茶な理屈で自分を納得させる。やるしかない。
いつだか学長をおびき出した――策謀にはめた日のように、キスミたちを出し抜いてガソリンをせしめてやろう。
幸い、相棒には恵まれている。




