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13月の解放区  作者: まつかく
10章 百匹目のヒツジ
107/125

10-7b

そうして、菜瑠はそっと通路へと出た。

事務所のように露骨に荒らされておらず、足元は問題ない。


菜瑠が先行し、その後に四季とエイミが続く。

自分たち以外の立てる音、それを聞き逃さないよう呼吸までもが薄くなる。


ゆっくり、慎重にすすんでいると菜瑠の背後でエイミが怯え声で呟いた。


「初めて地下階行ったとき思い出すよ……。ユーリと翔吾とケンタと遼と。冒険って、心臓の筋肉鍛えられるよね……。今思えば、あそこからアタシの人生設計は狂ったんだわ。菜瑠の言ってた通り、杜倉グループと関わるんじゃなかった……」


無駄に舌を動かす事で不安を紛らわそうとしているのだろう。


菜瑠は心の底で『そうね』と頷いただけで、声に出して返事する気にはなれない。エイミだって、きっと対話を求めていない、そう思う。


そうして、最初の角までやってくると、菜瑠は壁に背中を預けて曲り角の奥を覗いた。


進むべき先はカビ臭い闇が広がるばかりで、人の気配は感じられない。


菜瑠は振り向かないまま、でたらめなハンドサインで『clear』、それに続けて『go』を出した。


先ほどの避難経路図が正しければ、この先、この突き当たりに『倉庫らしき場所』があるはずだ。


おのおのの手にそれぞれの武器を持ち、限界まで息を殺して、まるで怪盗団にでもなった気分だ。


平時であれば、間違いなく通報の対象となろう。

黒服で統一されていない、あまりにも派手で、華奢な怪盗団ではあるが。


――特にエイミは。派手すぎるよね。


そう考えると、菜瑠の緊張も少しほぐれた。

過度の緊張から解放されると、闇中を照らす3本の光線から得られる情報を精査する余裕も生まれる。


通路の両側にドアがある。菜瑠は壁沿いに進みながら、その一つの前に立つと、中の気配をうかがい、ノブにそっと手をかけた。


すぐに、背後から服を引っ張られる。


密着したエイミが『ちょっと! なにやってんのよ! そこじゃないって! 開けて中に何かいたらどーすんのよ! やめなさいよね!』と、デタラメなハンドサインで菜瑠を制止してくる。


付き合いが長いと、言いたいことは大体わかるものだ。


菜瑠はこれまたデタラメなハンドサインで『ドアを開けて、そこにLPガスが有れば良く、無かったとしても逃走経路を確保出来るかなと思う。外につながる窓でもあれば、そこから逃げられるじゃない。このまま倉庫まで進んで袋小路だったら、追い詰められた時にフォローが効かないから』


と伝えた。

エイミの表情を見る限り、たぶん、言いたいことの10%も伝わっていないと思う。

だが、四季は小さく頷いて、親指を立てた。これは『正しい』だろう。


菜瑠はエイミに意味深く頷いて見せると、体温の移りつつあったドアノブを静かに回した。


そして、慎重にドアを押し開く。

微かに開いた隙間からは何も得られない。期待した外の光もなく、逃げ出してくる空気もない。もちろん音も。


菜瑠は20センチほど隙間を広げ、内部を懐中電灯で照らした。


天井近くまである高いスチール棚が幾つか並び、棚にはダンボールが行儀良く並んでいる。

ダンボールにはマジックペンで年月と中身の記載がしてあり、『荒らす価値』が無いことは一目瞭然だ。

経理的な書類や、営業報告の保存庫らしい。


菜瑠はドアを閉めず、そのまま次のドアへと歩み寄り、これも静かに開ける。


ここもハズレだ。

中は油の臭いが充満し、工作機械などが並んでいた。

ここは、様々なジグや工具、変わった形の台車や機械などが置いてあった。これはメンテナンスルームといったところか。


そうして、倉庫へ向かう道すがら、5つのドアが開かれたが期待した成果は得られなかった。


平屋の建物の中央あたりに位置するからか、窓がない。


これで倉庫が外部と遮断されていた場合、自分たちは袋のネズミだ。もっとも窮鼠としては猫を噛むつもりではあるが。


菜瑠が倉庫まで数歩の距離まで来た時、唐突に背後から肩を掴まれた。細身の懐中電灯を持つ手が肩に乗り、至近距離から菜瑠の横顔を照らした。


思わず体を萎縮させてしまうが、その手は細い。四季だ。


四季が手を伸ばして菜瑠の先行を止め、手にしていた懐中電灯を消し、菜瑠の耳を指先でトントンと叩いた。


耳を澄ませ、ということらしい。


一気に緊張が高まり、菜瑠とエイミは素早く懐中電灯を消した。そして姿勢を低くして、指示通り耳を澄ます。


すると、物音が菜瑠の耳にも届いた。

カチャ、カチャ、と何かしらの金属が触れ合う音だ。微かだ、だが確かに。


どこから聞こえるのか。

まるでソナーにでもなったかのように、菜瑠の耳は反響の元を探る。


寄り添うエイミや四季の顔すら見えない闇の中。匂い立つような緊張感があった。

菜瑠自身、この闇の中にあっては『自分の身体がどこまであるか』がわからなくなる。

闇に同一化し、身体が消失し、意識だけが此処にある――そんな気がしてくる。


忍者だって、こんな風に無と有の狭間に身を置いて隠密活動に従事していたに違いない。


やがて、また音がした。

――倉庫だ。倉庫の方向から聞こえた。


おそらく、こちらの存在を察知されてはいない。

だが優位を取るなら、相手に気付かれないまま観察しなければならない。


しかし、どうすれば?

自分の指先さえ見えない暗闇の中にあって、倉庫までどう進めば?


懐中電灯を点ければ、相手に気付かれる可能性が飛躍的に高まる。この闇が菜瑠たちを守る砦であり、その一方で行く手を阻む壁でもあった。


そうして動けないまま、固まっていると、菜瑠の頬に何かが触れた。

それは指だ。

微かに汗ばんだ菜瑠の皮膚に、冷たい指が優しく触れて、顔の形をなぞってくる。


それはやがて、菜瑠の唇を探し当てると唇を何度かなぞったあと、スッと口の中に進入してくる。


四季である事は明らかで、余りにも場違いの行いでもある。


これは四季の性癖なのだろうか。以前、山村で『獣』に襲われた時もセクシャルな行為におよんだことを菜瑠は思い出す。

緊張なり、危機なりが四季の『スイッチ』なのかも知れない。


四季の指を甘噛みしながら、菜瑠は『打開策』を考えた。もちろん四季の指を

どうするか、ではない。この闇の中で、どう動くべきか、だ。


気付かれないよう、どう接近すれば?


『噛む』という行為が脳を活性化させたのかは定かでないが、一つの思いつきは得られた。


菜瑠は首に巻いていた薄手のマフラーをゆっくり外すと、それを懐中電灯にあてがい、そっと光をともす。


先ほどまで鋭い光線を発していたそれは、薄布に包まれて柔らかい光をボンヤリ放つ。


光が生まれると共に四季の指が唇から離れ、微かに周囲が照らし出される。


エイミを見れば『それよ、それ』と満面の笑みで応じてくれた。

四季は『発情』がまるで無かったかのように、瞼を定位置に戻して小さく頷く。


菜瑠は再びデタラメなハンドサインで『GO』の指示を出し、先頭を切って物音のした方へと低い姿勢で進み始めた。


間違いなく、倉庫の方から音がした。もしかしたら、『お目当てのモノ』は同じかも知れない。


そうして十数メートルほど隠密のまま進んで行くと、闇の中に幾つかの光が見えた。それは四角く、懐中電灯よりも弱々しい光だ。


あれは、窓か。小さい――10センチ四方の覗き窓。


闇の中で、うっすらと浮かび上がる四角い光は、まるで宵闇の月のように、弱々しく黒中にある。四角い月だ。


菜瑠の服の背中をエイミと四季がつまみ、服を伸ばして引き連れると、まるで馬車馬にでもなったかのような気分だ。


そうして1馬力にも足りない力で仲間たちを引き連れ、やがて倉庫へと続くドアの前までやってきた。


錆の目立つ鉄製のドアだ。四角い月はやはり覗き窓であるらしい。

菜瑠は懐中電灯の包みを何重かに増やして光量を減らすと、ドアに頭をつけ、耳を澄ます。

――いるのか?


するとエイミが菜瑠の袖を引っ張り、『四角い月』を指さした。『ちょっと、はやく中を覗いて』と言うことらしい。なんとも勇気が要ることを人にやらせる。

菜瑠は小さなため息を吐きながらも、ゆっくりと背を伸ばし、小窓に顔を近づけた。


四角い光の向こうは、やはり倉庫だった。

施設の大区画と同じか、それ以上に広い。だが薄暗く、全貌は量れない。

数カ所開かれたシャッターから外の光が差し込んでおり、菜瑠たちの居る通路よりは格段に明るい。


ちょうど、菜瑠たちのいる扉の正面のシャッターが開かれており、薄暗闇の中に『一回り大きな四角い月』がある。


そして、その外光を背景に、人影があった。それはまるで影絵のように逆光の中に動き、どこか非現実さえ感じさせた。


距離にして25メートル。菜瑠は窓を覗きながら囁き声で仲間たちに言った。


「いる。なにか、してる」


これにはエイミが囁き声で返す。


「なにか、って?」


「わからない。なにか作業してる」


「悪人ぽい?」


「わからないよ。ただ、影絵みたくなって」


菜瑠はじっとその人影の一挙一動をうかがった。こちらに気付く様子も、こちらに寄ってくる様子もない。


「アタシも見たい」


エイミが菜瑠の真横に顔を寄せて、小窓に近づいた。二人で見るには余りにも窮屈で、菜瑠が身を引く。


「ホントだ。いるね。なにしてんだろ」


「やっぱり、ガスの回収かな」


「ほっとくの?」


おそらく、放置したままで問題ない。仮にガスを回収しているのだとしても、倉庫内にある全てのタンクを一度に盗めまい。


「ねぇ、四季。例の中年……かな?」


「わからないわ」


なんとかエイミと二人で小窓に張り付いていると、人影の作業がおぼろげに判断できた。

なにやら、ガスタンクを専用の台車に固定しているらしい。金属音は固定ベルトがタンクに触れる音だ。影が動くたびにチャラチャラ音がなる。


「運び出す気だね」


「たぶん」


やがて、作業を終えたのか、人影は台車を押してシャッターへ向かい、光の向こうへ消えていった。


「行った?」


「たぶん」


「戻ってこない」


「もう少し待とう?」


どうやら、『先客』も菜瑠たちと同じようにガスを回収しに来たらしい。

だが、影になっていたせいで、どのような人物かはわからなかった。あれが中年なのだろうか。



施設を出て、山を降り、街へ来てから起こっている事は菜瑠の理解の範疇を完全に逸脱していた。

キスミといい、影の男といい、避難もせずこんな廃墟の街で何をやっているのか。


「もう大丈夫かな」


エイミが小窓の向こうに目を凝らし、やがて得心すると扉の取っ手を指差した。『開けて』と言うことらしい。

菜瑠は小さく溜息を吐きながらもその指示に従い、扉を引いた。


倉庫の遠く、シャッターの向こうから空気が押し寄せて、菜瑠たちのいる通路まで外の匂いを運んでくる。


菜瑠は扉をすり抜けて、ようやく倉庫へと入り込んだ。その背中を追って、エイミと四季が続く。


右にも左にも規則正しく灰色のガスボンベが並んでおり、まるで屋内墓地のようにも感じられた。そう思うと、表面にペイントされた『LPガス』の赤い文字までが、なにやら不吉な文字に思えてくる。


四季がその一つに歩み寄ると、手のひらで叩き、さらに叩き、やがて両手でガスボンベを揺らした。


「入ってるわ。これでいい」


「重そう……」


「重いわ」


菜瑠の背丈とほぼ変わらない高さのボンベだ。重量にして30〜40Kgはあるのではないか。

これを三人で担いで運ぶのか。


菜瑠は四季にならってタンクをペシペシ叩きながら倉庫を見回した。


先ほどの影男はボンベを載せる専用の台車を使っていた。あれを使えば、かなり楽になる。逆を言えば、あれがないと話にならない。


しかし、見渡す限り台車は見当たらない。


「台車ない……。これ担いだりとか無理だよ。持つトコもないし。……転がす? 爆発とか……しないかな」


爆発など、あまりにも荒唐無稽な発想かと、菜瑠自身思わないでもない。だがその可能性もゼロではない。菜瑠たちの手を離れて、勝手に転がり、どこかに激突するかも知れない。自分たちが存外マヌケだということは今まで散々学んできた。


すると、マヌケ界でもその名を知られる名士、芹沢エイミがパッと表情を明るくした。


「台車! 台車ってあの鉄パイプとタイヤのヤツだよね!?」


そうだ。必ずしも鉄パイプかどうかはわからないが、ボンベを斜めに倒し運べるように工夫されたモノ。菜瑠が頷くと、エイミは白い歯を見せて主張した。


「見た見た、あったあった! さっきの部屋! ここ来るまでに調べた部屋で見た! あの修理部屋みたいなとこ!」


そう言えば――あったかもしれない。菜瑠の脳裡に、暗闇の中にたたずむ歪な台車が思い出される。


「あったかも」


「さすがアタシ! ソッコー取ってくるね!」


エイミはフワリと風をおこして踵を返して、倉庫の出口へ向かうと来た道を引き返していった。


「ちょっと、エイミ! 一人じゃあぶないよ!」


そんな菜瑠の引き留めは、届かない。


開け放された出入り口の扉。ポッカリ空いた闇にエイミは消えた。

見失ったエイミの背中から、菜瑠が四季へと視線を向けると、四季も同じように菜瑠へ向いた。そして、半開きの目でいう。


「今のうちに、台車に乗せる段取りを」


「どうすればいいの?」


「作業スペースの確保。固定ベルトの用意」


「じゃあ、ちょっと前に出そうか」


そうして手にしていた武器や懐中電灯を離れた場所に置き、2人がかりでガスボンベを前へ引きずり出そうとするも、これはピクリとも動かない。『しょせん内容物はガス』とタカを括っていたが、これは生半可な重量ではない。


2人して、ほとんどボンベに抱きつく形で持ち、ようやく動いた。

四季が力を込めんとするとき、かすかに眉間にシワが寄るのは新しい発見だった。彼女はやはり人間かも知れない。


「こ、これぐらい?」


「……もう少し、前、へ」


なんだか灰色のボンベに抱きついている四季が、なんとも滑稽で、菜瑠の腹の底から笑いがこみ上げてくる。自分だって、客観的にはマヌケな姿なのだろうが、どうもガスボンベとツナギ姿は親和性が高い。


笑いを堪える菜瑠を、四季が非難した。


「ちゃんとして」


「ごめん、ごめん」


そうして数分、コンクリートの床に痛々しい痕跡を残して、ボンベは前に引き出された。

ボンベに降り積もっていた埃が着衣を汚した。菜瑠が胸から腹にかかる汚れを払っていると、四季は気にする様子もなく言った。


「次は固定ベルト。……取ってくるわ」


「うん」


四季の姿が『墓所』のどこかに消えたころ、ようやく菜瑠は埃落としを諦め、天井を仰いだ。


たしかに――風呂に入りたい。風呂に入って、徹底的に体を洗って、風呂上がりには甘いミルクティをやりたい。髪を乾かしながら、下らないテレビ番組を見て、歯を磨いて、日なたの匂いのする布団に入りたい。


当たり前だった日常が、いまは遠く、望み得ぬ夢のようにも思える。もしかしたら、過去、自分は天国に住んでいたのかも知れない――と。


まさか、自分の人生でこのようなシーンに遭遇する機会があるとは思わなかった。エイミなどは『人生設計が狂った』などと言っていたが――。


「遅いな」


ふと、菜瑠は気付いた。


四季との作業を含めて、体感で10分以上経過している。先の『修理部屋』まで往復で2分もかからないはず。エイミが遅い、あまりにも。


そう気付いた瞬間に、冷や汗が湧き出てくる。汚れた肌に――じわりと。


「エイミ!」


出入り口の闇に大声で呼びかけてみる。だが、菜瑠の声は無機質なコンクリートに幾重にも反響して消えて行く。闇の奥から返事はない。


「四季!」


だが、こちらも返事がない。広い倉庫とはいえ、声が届かないわけがない。跳ね返ってきた自らの声がうるさいほどなのだから。


「四季! 返事して!」


やはり、返事はない。


菜瑠は素早く長棒を手にして、四季の消えた辺りまで駆けた。ずらりと並ぶガスボンベ。菜瑠の背丈の2倍はありそうな鋼鉄製の棚。それらが視界を阻む。


「エイミ! 四季! 返事して!」


幾つかの角を曲がったところで、四季を見つけた。あのツナギ姿を見間違うはずがない――機械少女は――床に倒れている。

「四季!」


駆け寄るまでの数秒、菜瑠は視認した。四季に巻かれたガムテープを。耳から下、鼻から下に幾重にもガムテープが巻き付き、彼女の声を奪っている。そして、手首、足にも。


いつも半開きだった彼女の目が、今は完全に見開かれており、その視線は駆け寄ろうとする菜瑠に注がれていた。そしてその細首が機敏に左右に振られる。


瞬間、菜瑠は捕捉された。


物陰から、唐突に手が伸びて、菜瑠の首に太い腕が巻き付き、無骨な――汚れた手が口元に覆い被さった。


何者かの前肢が菜瑠の首を締め上げ、呼吸と、声を奪う。喉を殺された状態で、ようやく口元の覆いが外された。が、かわりに眼球の数ミリ手前まで刃物を突き立てられた。震える切っ先が、今にも眼球に刺さりそうだ。


「うごくなよ? 目だけは取り返しが付かないからな」


足掻くことすら許されないまま、手際よくガムテープが巻かれ、動きを封じられてゆく。

そうして為す術もないまま、菜瑠は四季と同じように床に転がされた。


そこで、初めて『何者か』の姿を見た。


中年男性だ。

いつだか、四季が推定した――その予想に違わぬ体格だ。身長にして160㎝ほど、小太り。年齢は40代と言ったところか。


目の前にすると、四季の予想になかった情報も得られる。眼鏡、その奥にある目には『怯え』の色があった。肌は白いモノの、顔の下半分は無精ヒゲで黒く、アゴにはマスクが引っかかっている。


「さ、3人か! 3人だけか!?」


床に転がる菜瑠に向かって、その中年が言う。


「答えろ! 3人だけか!」


菜瑠が答えず、ただ反抗的な視線だけを返すと、中年はキョロキョロと周囲を見回しやがて自らを落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。


「抵抗するなよ。殺そうと思えば、すぐにだって殺せるんだからな。名束の奴らが来るまでに、殺せる。ここではな、あいつらじゃなく、僕が法律だ。いいね、今から移動するけど、面倒かけたら本当に殺すからね。僕は本気だ」


菜瑠は怖じ気を必死に隠しながら、ただ視線だけで反抗する。

少なくとも、抵抗しない限りは殺されない。それを……信じるべきだろうか。


怖い。本当は、もっと混乱したい。パニックに陥って、叫び、わめきちらしたい。

だが、菜瑠はそうなれなかった。仲間たちを救わねばならない。この窮地を脱しなければならない。戦わなければならない。最後までチャンスを探さなければならない。


最後まで諦めず、最大限に抗う。

菜瑠は、それが自らに科せられた責務だと思っていた。自分にリーダーを任せた杜倉憂理なら、きっとそうする。そう思うからだ。きっと、そうする。



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