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13月の解放区  作者: まつかく
10章 百匹目のヒツジ
106/125

10-7 ガスサービス

ホームセンターから失敬してきた商品を1階ホールの床に広げてみれば、なんとも脈絡がない。


食器や鍋など、細々とした道具はともかく、リストに含まれていなかったものが余りにも多いではないか。

特に50㎝四方もある得体の知れない機械に関しては、よくも運んできたなと感心すらしてしまう。用途も意図も菜瑠にはわからない。

どうやら、菜瑠や遼が着替えているうちにエイミ組が色々と自分のカートに放り込んだらしいが――。


そうしてエイミ、菜瑠、ユキ。そしてケンタの四人で床の品物を囲み、見下ろす。四季は帝王のごとくソファーに鎮座し、遼はホールの隅でなにやらゴソゴソやっている。

やがて、漫然とした商品の目視確認に飽きたケンタが言った。


「さて、何年かぶりに、核弾頭おっぱいも見たことだし、ご飯にしようか」


前半はともかく、後半には賛成だ。

菜瑠も口には出さずとも空腹でへばりそうだった。昼も過ぎ、ランチにはいささか遅い時間ではあったが、夕食まで食事を引き伸ばせそうもない。

食料大臣もこれには異論がないらしく、少し疲れの色のある顔で言う。


「いいわ。ラーメンいこう。ラーメン」


そう言って、ピラミッド型に積まれた袋麺5パック入りを指差した。施設では眼にすることがなかった『まさに』商業的なパッケージを菜瑠などはどこか懐かしく思う。実家にいた頃は母とよく食べたものだ。


「ラーメン。久しぶりだなぁ」

菜瑠がそう呟くと、エイミがジャケットを脱ぎ、腕まくりをする。


「よっし、かわいい菜瑠のために、腕をふるってあげるわ。何味がいい?」


そう問われて、菜瑠は袋麺のパッケージをじっくり見つめた。多くの銘柄を制してきた路乃後家の子女にとって思い出深い商品はあるが……。数秒考えてから菜瑠はユキに訊いた。


「ユキは何味がいい?」


「とんこつに決まってんじゃん。訊くまでもないよ。これだから素人は困る」


「ケンタには聞いてない。ユキ、どう?」


「味噌がいい。お兄ちゃんとよく食べてたんだよ。野菜いっぱい入れたやつ」


そう言って屈託無い笑顔をくれる。

そうだ。人はきっと、『思い出』を食べたがる。自分だってそうなのだから。エイミは腕まくりした細腕でユキの頭をポンポン撫でて、ニヤリと笑う。


「よしよし、エイミさんに任せとき。今までの味噌ラーメンが嘘だったってことを教えてあげるわ」


なんとも大きく出たものだ。菜瑠は少し楽しくなって、軽口を返した。


「ウソラーメン?」


それに合わせて不満そうなケンタが乗っかる。


「クソラーメン」


「アンタね、食べさせないわよ!」


かくして、食料大臣を中心とした『調理』が始まる。

1階フロアのテーブルにカセットコンロが設置され、その上に大きなアルミ鍋が置かれた。そこにミネラルウォーターが注がれる。そして着火。火を見てエイミは満足そうだ。

菜瑠は鍋に蓋をしてからエイミに訊く。


「全員の分、まとめて作るの?」


「そう。でも問題があるわ。いま気付いた。具がない。野菜とか、まったくない。素ラーメン……今時、ビンボー苦学生でもなんか入れるわよ……」


考えてみれば、そうだ。裕福でなかった路乃後家でも、モヤシだのキャベツだの、卵だの精一杯の具は入れていた。素ラーメンというのは心までをも貧しい気持ちにしそうで……。

だがいま、野菜はない。どこぞの売り場にあっであろう新鮮野菜など、とうの昔に腐って『超野菜』になっているはずだ。


「まぁ今日は仕方ないよ。食べられるだけありがたいと思おう?」


そう言って菜瑠はテーブルから離れ、四季の鎮座するソファーに歩み寄ると、その横にちょこんと腰を下ろした。

――野菜か。なんとかならないかな。


いつまでこのホテルに滞在するかはわからないが、家庭菜園のようなモノができないだろうか? 植えて数日で収穫できるような――。

菜瑠が様々な野菜を脳内でスクリーニングしていると、菜瑠のことを見ようともせず四季が言う。


「出かけたいわ」


唐突すぎて、なにがなんだかわからない。菜瑠が硬直していると、ようやく四季が顔を向けて菜瑠の目を見た。


「入浴に必要なものを集めたい」


「えっと、ホームセンターになかったの?」


「湯がない」


なるほど、これは入浴原理主義者だ。入浴こそ全て、入浴こそ真理。

四季が天から授かった能力の全ては、いまは入浴のために使われているに違いない。


「お湯なら、ラーメン作り終わった後に、あのコンロで沸かしたらいいんじゃない?」


なんの考えもなしに言葉を返すと、四季は目を細めて静かに首を振る。これは『わかってない、なにもわかってない』だ。


「あのコンロ程度の火力では、浴槽を適温で満たすのは無理」


「そうなの?」


「湯を沸かしたハナから冷めてゆく。ぬるま湯……いや、それ以下……」そこまで言うと、四季は珍しく言葉に詰まり、やがて思いつめたように言った。「私は、熱い湯に浸かりたい。そのためなら――」


「うーん。でも、ここじゃ山の家みたいに火で直接沸かすこともできないし……。ドラム缶とか?」


「それは風呂と認めないわ。海水浴は海でするもの、風呂は風呂場で入るもの。五右衛門風呂などというのは、本来刑罰に使われた物」


言わんとする事はわからぬでもないが、なんとも面倒なことだ。菜瑠が腕を組んでワガママをたしなめようとした瞬間、四季が続けた。


「加温ヒーターがあるの」


「加温ヒーター」


「そう。水が200リットル以上入った浴槽を45度近くまで加熱できる」


「へぇ。でもそれって……」


「そう。電気が必要。でも電気はない」


「そもそも電気があったら、給湯器で沸かせるもんね……」


「そこで、発電機に目をつけた」


「発電機。って、ガソリンとか灯油で動くんじゃ?」


「そう。多くの発電機はガソリンで稼働する。でもガソリンもない」


「結構、ダメじゃん」


そもそもガソリンがあれば、車で『ちゃんと文明的な』場所まで移動できる。いわゆる『燃料』という物がいかに自分たちの生活の基盤を支えてきたか――自分たちがどれほど文明の利器に依存してきたのか――。

何をするにも電力や燃料を必要とする。そしてそれを捨て去る発想すら持てない。

四季だけでなく、菜瑠だって温かいシャワーのない生活は考えられないのだ。

それなしで死ぬとは思わないが、それなしで生きたいとは思わない。


「お風呂……か。入りたいね……ほんと」


「だから出かけたいの」


「お風呂を探しに?」


「違う。LPガスのタンクを探す」


「LPガスって……あのネズミ色の大きいやつに入ってる?」


「そう。ホームセンターにガスを使うタイプの発電機があった。さっきの『キスミ』のトラックにもあった」


菜瑠はハッとした。『ガソリンがないなら、ガスを燃やせばいいじゃない』と何処かで聞いた言葉が改変されて聞こえる。

そうだ。

よくよく考えてみれば、いまカセットコンロでも小規模ながらガスを燃やしているではないか。


「ガスで発電できる……?!」


「できる。だから、今、畑山遼に……」


その名が出た瞬間、ホールの隅にいた遼が大声をあげた。


「あったよ四季! ここだガスの販売店がある! やっぱり規制で店売りは出来ないんだ。だからホームセンターになかった!」


四季はその声に小さく頷いて、言った。


「だから、出かけたいわ。今すぐに」



 *  *  *


質素な食事を済ませると、四季がしきりにアイコンタクトを送ってくるので、後片付けをケンタと遼にまかせ探索に出る事にした。


そうしてLPガスのタンクを探して、菜瑠と四季、そしてエイミは廃墟の街にいた。厚い雲の向こうで太陽が沈むまで、数時間といったところか。


遠く、どこかで、カラカラと音が鳴る。朽ちたコンクリート片が風に煽られその持ち場を離れたのだろう。

死んではいない、だが眠っている街だ。この眠りが『永眠』とならない事を祈るしかない。


こんな女子だけ――かつ少人数での別行動は控えるべきだったが、ラーメンのスープまでたいらげたケンタは半ばラーメンタンクのようになっており、物理的にも精神的にも動ける状態になかった。


ユキとケンタのお目付役に遼がつけられ、エイミがケンタの長棒を手に同行してきた。その長棒を両肩に乗せ、まるでカカシのように腕を広げながらエイミがいう。


「いま何丁目なんだろ」


電話帳に簡単な地図と区割りが載っており、おおむねの場所は把握できているが、なかなか目的地へとたどり着かない。

菜瑠は地図をエイミに手渡してから、ずっと頭から離れない疑問を仲間にぶつけた。


「さっきのキスミさん。なんか引っかかる」


「なんかって?」


「上手く言えないけど……」


「下手でもいいよー」


「たとえば、『ヤナミ統合監督部長』かな。どっかで聞いたような、そうじゃないような」


「ソレわかる。なーんか聞いた事あるような、ないような。四季は聞いた事ない?」


会話を振られた四季は、その場で立ち止まり、道路と、周囲のビルに視線を配った。


「どしたの?」


「このあたり、足跡が多く、新しい。警戒したほうがいいわ」


「え、マジ」


エイミは顔色を変えて、肩に乗せていた長棒を下ろした。菜瑠も杖のように使っていたが、思わず両手に握る。

「いるの?」


「わからないわ」


菜瑠も四季にならい、周囲を見回した。

立ち並ぶ灰色のビル。窓ガラスは降灰に汚れており、その向こうから『見られている』とは思えない。

だが、幾つかの窓はガラスが割れており、その隙間から見られている可能性だってある。


見られている。

そう考え始めると、気味が悪くなってくる。何を考えているかわからない人間は、猛獣よりもタチが悪い。

「なるべく」菜瑠は言った。「目立たない場所を歩こう」


そうして3人は道路の真ん中から歩道へと移動した。だが、あまり意味のある行為ではない。

「エイミの服。すごく目立つよ……」


「う……」


目立つものを選んだのだから、仕方のない事だ。今更脱げとも言えないが、さすがにピンクと黒のストライプソックスは『見つけてくれ、そして、もっと見てくれ』と言わんがばかりだ。

だがモジモジするエイミを責めても仕方がない。


「なるべく急ごう?」


「そうね、アタシが目立つのは天性のものだから、服どうこうじゃナイしね。急ぐことが先決よ。行くわよ四季」


かくして、地図を持ったエイミを先頭に、探索隊は進んだ。

無駄話は途切れ、それぞれの目と耳が、最大限の注意をもって周囲を警戒する。

明言するほど自信はなく、公言するほど確証はないが、菜瑠は肌の一番浅いところで『見られている』と感じていた。


この灰色の景色のどこかから、微かな気配を感じるのだ。それは違和感と言い換えてもいい。

そして、その『観察』は、菜瑠たちにとって歓迎すべきモノではない。そう思う。


こんな灰だらけの場所にあって、菜瑠は自分の第六感とも言うべき感覚が研ぎ澄まされている事を認識していた。


ひと昔前の自分なら、ただの暗闇でも恐れただろう。だが、今は違う。

今の菜瑠は、闇はむしろ安全だと思う。そこに身を潜めれば、第三者からは見えないのだから。闇に居れば安心できる。幽霊よりも人間を警戒するようになった。これは成長なのか、適応なのか。


「なる……!」


先頭をゆくエイミが、道の先を指差した。そして電話帳の切れ端と、道の先にある看板とを見比べて、潜め声で言う。


「あれ……! 三英ガスサービス……! あれよ、あれ……! いこ!」


そう言ってエイミは目的地へと駆け出した。

三栄ガスは、コンクリートブロックに囲われ入り口の鉄柵は半分ほど開いていた。まさか、待ち伏せもあるまい、と菜瑠も四季に目配せしてその敷地内へと急いだ。


鉄柵を通ると、すぐそばに守衛室らしき簡素な小屋があるが、当然誰もいない。

敷地は広いが、建屋は一つだけ。二階建て程度の高さで、シャッターやドア、窓が多数確認できた。


「菜瑠、四季! こっち、こっち! ドア開いてる!」


まるで銃弾飛び交う戦場にいるかのように、エイミが身をかがめて機敏に動き、菜瑠と四季を誘導する。

そして、菜瑠たちはドアから建屋内へとあっさり侵入した。


ドアの向こうは事務所になっており、窓が多いために室内は明るい。だが目も当てられぬほど荒らされていた。

並んだ机の上には、引っこ抜かれた引き出しが置かれ、床にはその引き出しの中身だったであろうモノが散乱している。簡単に入ることの出来る場所は、簡単に荒らされるという事か。

菜瑠は反射的に言葉を吐いた。


「ガスタンクは!?」


「う、裏かな?! 見てくる!」


「待って」ここで四季が冷静に言った。ドアの隙間から外を見つめ、やがて半開きの目を菜瑠たちに向ける。


「すでに、誰かいる」


「えっ!?」


「新しい足跡が、私たちより先にこの敷地内に入って来てる。警戒して」


警戒しろ、と言われても、できる事は決して多くない。菜瑠とエイミは長棒を強く握り、耳を澄ました。

お互いの鼓動が聞こえるほどに、聴覚を研ぎ澄ます。


四季は荒れ果てた事務所内を見回し、やがて机の上にあった30センチほどのスパナを手に取った。四季が身にまとうツナギと、無骨なスパナが違和感なく調和する。

エイミが姿勢と、声を低くしながら、四季に尋ねた。


「先に来てる、って待ち伏せされたってコト……?!」


「……違うと思うわ」


言葉足らずな四季の見解に、菜瑠は補足した。

「私たちがここに来るって、知ってるハズがないから、偶然だと思う」


そうだ。待ち伏せではない。

だが、外で感じた『気配』とどこか矛盾するようにも思えた。

この三栄ガスの建屋は低く、仮に屋根の上に登ったとしても遠くからやって来る菜瑠たちを観察することは出来ないはず。

――だとしたら。


「どーすんのよ……!」


「ホントに……この敷地内にいるの?」


「足跡は古いモノが8。7つは『入って』『出て』いった。もう一つは徒歩でやってきて、フォークリフトで出ていった。新しいモノは『入って』きただけで出ていない。でも……」


「で、でも?」


「なんだか、おかしいわ。歩幅が広い。走ったか、あるいは」


エイミは『もう聞きたくない』といった様子で首を振る。


「ととと、とにかく、出ようよ。いるんでしょ、ここに……! やばい人が」


「駄目よ」


四季は冷徹に言い放った。

「当初の目的を果たしていない。LPガスを手に入れるまで帰らないわ。邪魔が入ったら……排除する」


四季はレンチを縦にブンブン振って見せた。

鉄製の工具は四季の手に重すぎるらしく、どうも危なっかしい。本人のやる気はともかく、これでは排除もままなるまい。菜瑠は覚悟を決めた。


「四季の言う通り。とりあえずガスを探そう? 『その人』が先にここに入ったなら、私たちが有利よ」


多数決で負けたエイミは『勘弁してよ』の表情だ。

「ユーリってアンタね、縁起でもない名前出さないでよ。『良くない結果』の代名詞じゃない……! だいたい、なんで有利なのよ」


これには四季が答えた。


「相手は、まだ私たちの存在に気付いていない可能性が高い。争いにならず、気付かれないまま相手を観察できたら、最上の結果だわ。その後、事態がどう転ぶとしても」


そう、少なくとも観察はしたい。敵意や危険のない相手なら、自分たちの助けになる可能性もある。


「もし悪い人で……み、見つかったら?」


「排除」


四季は誇らしげにレンチを掲げるが、これはどうだろうか。菜瑠としてはなるべく荒事は避けたい。菜瑠は事務所から通用口へ繋がるであろうドアへ足音を殺して歩み寄ると、そっと耳を当てた。

音は――聞こえない。


外から見た印象では、この建屋は平面に広い。もしかしたら、遭遇しないままコッソリとLPガスを回収できるかも知れない。


「物音は聞こえない。問題は……。LPガスが置かれている場所がわからない、ってコトかな」


闇雲に探し回るのは、あまりにもリスクを高める行為だと思う。

運搬の利便性から、外から見えたシャッターと繋がる場所にガスが置かれているとは思うが、確証はない。

するとエイミが事務所内に貼られていた一枚の紙を指差した。


「なる。これみて。避難経路図だよ。ほら、この倉庫っぽいトコ。あるとしたら、ここじゃない?」


「わかった。行ってみるね」


菜瑠はドアノブに手を当てて、慎重に回した。物音を立てないまま金具が外れ、ドアは抵抗なく開いた。

開いたドアの隙間から物音を探るが、なにも聞こえない。

『その人』は建屋内に侵入していないのかも知れない、と少し気持ちは楽になった。

ドアの向こうは通路になっており、薄暗い。壁に『安全は全てに優先する』と書かれた標語が貼られており、緩みかけた菜瑠の警戒心を再び張りつめさせる。

そうだ、安全第一だ。


「なる、その通路、左に進んで、突き当りを右に行った突き当たり」


「わかった。じゃあ2人も物音を立てないように」


「アタシ、もうウチに帰りたいよ……」




 *  *  *

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