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13月の解放区  作者: まつかく
10章 百匹目のヒツジ
105/125

10-6 場違いな女

世界がどうなっていようと、人間の本質が変わるわけではない。

生きるために食べなければならない。


有史以来、この生物としての基本を乗り越えた者はおらず、どの争いも根底には食料問題があった。この、ショッピングカートに乗っている缶詰やシリアル、それらが菜瑠を菜瑠としてとどめ、尊厳を維持させる。


菜瑠はショッピングカートを押しながらそんな事を考えていた。


学長の授業が思い出される。

人類と食料の関係は、密接で、それそのものが人類史と言って良い、と。

川辺には川辺、海辺には海辺、森には森の食料生産量があり、その生産量が集落の規模を決めた。生産量が足りなければ、出産が抑制されたり、最悪の場合では口減しなどが行われた。

そこで燻製などの保存食が編み出されると、生産量は安定、上昇し、人口は増えた。


さらに、近代になり冷蔵技術は爆発的な人口増加に寄与した。これは座ることのできる椅子が大きく増加したということだ。70億近くまで膨れあがった人類を支えているのは、冷蔵技術だとも言える。

だが、その冷蔵技術を支える電力が断たれた時、椅子は70億人分用意されなくなる。そして、農作物の大量生産を支えている石油の供給も断たれれば、椅子はさらに減る。

間違いなく、今、この黒雲の広がる下では、この椅子減らしが始まっている。


70億人分あった椅子が、60億人分に減ったのか。あるいは50億人分か。もしかしたら数億人分まで。これは強制淘汰――。


「考えすぎ……かな」


菜瑠はショッピングカートを止めて、ため息を吐いた。

どうも、この雄大に広がる黒雲の下にいると、不安を最大限に悲劇化して考えてしまう。


「こぉの、車輪が灰に埋まって! 重いのよ! バカ灰! 遼! なんとかしなさいよ!」


ショッピングモールから出て車道あたりまで来ると、エイミがカートを押しながら怒鳴る。たしかに、こうカートの車輪径が小さくては、降灰に埋まって全然前進できない。

これには官僚が頭を掻く。


「あー。参ったな。ダメだねこれ。……ちょっと待ってて」


そう言って、遼はモールの方へと駆け戻っていった。ケンタなどは呑気にアクビを見せる。


「軽トラ使えたら楽なんだけどなぁ」


「ガソリン欲しいね」


そうして、非建設的な雑談を交わしていると、やがて遼が戻ってきた。その手には、二本の平型スコップが握られている。


「除雪……じゃない、除灰しながら進もう。このモールは、何度か世話になりそうだし、運搬ルートを作っておいて損はない」


これは正しい。

おそらくまだまだ足りないものが出てくるはずだ。

かくして遼とケンタが先頭に立ち、横幅にして1メートルほどの『道』を作り始めた。道路の上に道を作るというのも、なんだかバカバカしいモノであるが、道路が道路の体をなしていない以上仕方がない。


「ほら! どんどん道作りなさいよ! 渋滞してるわよ!」


エイミが急かすが、除灰作業も楽ではないらしく、ケンタも遼も息を激しくしながら作業に従事している。

菜瑠は渋滞の間に遼とケンタのカートを最後尾まで押し、フォローした。


『何者か』が街のどこかにいる以上、安全のため道はホテル近くまでにすべき、という遼の提案が通り、そこからはなるべく足跡の残らない裏路地を経由してホテルへ荷物を運び込む事になった。


そうして、作業の負荷を抑えるため、せめて最短距離を選ぼうと来た時とは違う道を進んでいた時、視界の端に違和感を覚えた。


名守総合病院と書かれた広大な敷地に巨大な建物。その駐車場に、明らかに場違いなモノが見えたのだ。

道路工事を待ちながら、退屈そうに街並みを眺めていたエイミも目敏くそれに気付いたらしく、景色の一角を指さして言う。


「ねぇ、菜瑠。なにあれ」


指差された方向には広い駐車場が広がっており、その片隅に大型のトラックらしき車両が停まっている。


エイミが不審に思った――そして菜瑠が違和感を覚えたのは、その車両の周囲だ。

なにやらパラソルが開かれ、テーブルがあり、ビーチチェアのようなモノまで見える。

そして、箱形の車両の屋根には大きなパラボラアンテナが設置され、車両と並木の間には洗濯紐に吊された衣服――。


「あれ……人がいるよね、確実」


「たぶん」


真っ白なトラックの屋根には灰が積もっていたが、洗濯物も、パラソルも灰をかぶっていない。少なくともここ数日のうちに立てられたものに違いない。

瞬間『火事場泥棒の誰か』が菜瑠の脳裏に想起される。


「ちょ! 隠れて! 隠れて!」


慌てて言うと、仲間たちは素早くカートの陰に隠れた。


「なに!?」


状況が掴めない遼が、カートに背を預けながら不安そうに小さく聞く。


「誰か、いんの! 病院の駐車場!」


声をひそめながらもエイミが怒鳴ると、遼がカートからゆっくり頭を出して、指差された方向を確認する。

ケンタも遼と同じカートから、同じように頭を出した。


「ほんとだ。だれか……いるっぽい。でも、なんかリゾート気分……なのかな」


「あたまおかしい奴に決まってんじゃない! ドロボーなのよ!? へんなヤギのポエム書いた奴なのよ!?」


エイミはこう言うが、自分たちだっていま火事場泥棒を行ってその戦利品を身につけている。

菜瑠もゆっくり、頭を上げて、もう一度駐車場を確認する。エイミや四季、ユキもそれぞれカートから敵地を観察した。


「……いる?」


「見えない」


「トラックの中かな」


「どうする?」


カートに隠れたまま、数分が過ぎた。

どうするべきだろう。表情には努めてださないが菜瑠の心臓は凄まじい勢いで鼓動を打っていた。逃げるにしても、カートを置いて行かねばならない。


そして、道を伝って引き返したところで、道を発見されれば同じ事。


方針を決めかねていると、車両の後部がゆっくり開き、人影が現れた。それと同時に全員の頭が数センチ下がる。

現れた人影は後部に設置された階段を降り、地面に立つと両手を天にむけて『伸び』を見せた。寝起き――そんな印象だ。

――あれ、女の人……。


「なる……! オンナ……!」


エイミも同じ観察を得たらしい。トラックの人物を指差し、その後に自分の胸に両手を持って行き、『巨乳』のジェスチャーを見せる。

確かに、大きい。菜瑠やエイミなど言うに及ばず、仲間内最強の四季よりも大きいように見える。あれは成熟した、大人の女だ。


「あれが……。火事場泥棒……?」


菜瑠がつぶやくと、四季が否定した。

「違うわ」


「そ、そうなの?」


「火事場泥棒は間違いなく中年男性」


となると、あの女は新手と言うことになる。この街にいる2人目の『誰か』ということになる。エイミは執拗にその女を観察し、訝しげに言う。


「じゃあ、ヤバイ人じゃない? 深川系女子じゃない? 普通の人?」


「それは保証しかねるわ」


エイミは警戒するが、菜瑠にすれば女性というだけで不思議と安心できるような気がした。論理的でなく、感情的に追う思う。だがどうすれば良いのか、まるでわからない。


年の頃にして……菜瑠基準で『お姉さん』だ。深川よりははるかに若いと思う。

黒いタンクトップ、白いシャツを羽織り、カーゴパンツ。額には大きなサングラスが見える。

そのままジッと観察していると、女は立ったままストレッチらしい動きを見せ、やがて優雅にビーチチェアに腰掛けた。

そして額のサングラスを目の位置に下げ、ビーチチェアに横たわった。


「なんか……リゾートな人だね」


「悪い人かな」


「遼くん、どうする?」


「大事なのは……。あの人が1人かどうか、だね。トラックの中に仲間がいるかも」


1人だとしても、多数だとしても、菜瑠には不可解だった。

この灰まみれの街で優雅にパラソルを立ててビーチチェアとは、まるで被災者といった自覚がないように見受けられる。

菜瑠は思いつくままに推理した。


「自衛隊とかの……人かな?」


「違うね」遼がアッサリ否定する。「あのトラックは自衛隊じゃないよ」


言われてみれば、遼の言う通り自衛隊の車両というよりはテレビ局の中継車に近いように思われる。

あのパラボラアンテナはなんだろうか?


――このままではラチがあかない、と菜瑠は意を決して立ち上がった。すぐにエイミが手をパタパタさせる。


「ちょ! 菜瑠っ! アンタ見つかるってば! しゃがんで、しゃがんで!」


「話を……してくる。悪い人じゃなさそうだし。少なくとも、武器も持ってなさそう。もしかしたら、取材にきたテレビ局の人かも」


「いや、アンタね!」


「菜瑠が行くなら私も行くわ」


四季もスッと立ち上がる。それに続いて遼、ケンタ、ユキまでが立つと、エイミも立たざるを得ない。


そうして菜瑠は駐車場へ向かって歩き始めた。

第一印象というものは、あながち間違っていない場合が多い。

遠くから見ただけだが、少なくともあの女性に悪い印象は受けなかった。そんな曖昧な根拠のまま、勇気を奮い立たせて先頭を行く。


何者であれ、施設外に出て初めての遭遇者だ。救援を受け付けてくれるかも知れない。なんらかの情報は得られるかも知れない。


『不審者』に近づくにつれ、車両周辺の細やかな状況が把握できた。

リゾートセットの他に、無数に積まれた大小のコンテナ。

先ほどの位置からは見えなかったが、トラックの反対側にはテントも張ってある。そしてブルーのタンクがズラリと並んでいた。

そして灰色のタンクもある。あれはプロパンだの何だののガスが詰められているのだろう。


――聞きたいことは山ほどある。


そうして『不審者』に少しずつ接近してみれば、年齢は判然としないものの25から35歳の間かと思われた。

2メートルの距離に近づいたとき、女のほうから唐突に話しかけてきた。


「竹田。やっぱり、もう一回板ヶ谷集落いこっか。このまま病院調べてても時間の無駄に思えてきたわ。病院で『骨折り損』とかジョークにもならないわよ」


唐突に畳み掛けられて、竹田ではない菜瑠は慌てるしかない。


「えっと、あの、わたし、竹田さんじゃなくて……。路乃後菜瑠って言います」


女は近づいてきた気配が竹田ではない――と気付いても、慌てる様子も見せず、ただ優雅にサングラスを額まで上げた。


「あら、ご丁寧にどうも。あなた――たち、なに? ナツカの人?」


「えっ、ナツカ?」


「ナツカ自治区の人? 見ない顔……ばかりだけど」


女がなにを勘違いしているのか、菜瑠にはまるでわからない。ただ、自分が竹田でもナツカ自治区の者でもないことは断言できる。


「あの、違います。私たち救助して欲しくて」


女はキョトンとして、ようやく半身を起こしてビーチチェアから足を降ろした。


「救助?」


「私たち、山の中腹にあるメサイアズ・ファームという施設から来たんですけど、知らない間に外がこんな風になってて、なにがなんだか……」


「メサイアズ・ファームから来た? あそこ、まだ人いたんだ?」


「はい。施設の中で殺人があって、悪い人がいて……助けが欲しいんです」


女は上がりっ放しだった眉をようやく下げて、今度は微笑み含みの表情に変わった。


「ふーん。それは大変だったわね。殺人かぁー。物騒なハナシだなー」


女は殺人と聞いても、なんら動揺した素振りを見せなかった。

微笑のままビーチチェアから立ち上がると、また大きく伸びをみせてから言う。


「残念だけど、私レスキュー隊でも警察でも自衛隊でも魔法少女でもないのよね。だから救援とかできないんだわ」


そうして、近くのコンテナに歩み寄ると、その中からペットボトルを取り出して、水らしき液体を一口飲んだ。


「だから、他を当たって。ごめんね」


アッサリと断られた。

これは予想の範疇を大きく逸脱した対応だった。だがここで引き下がるワケにもいかない。


「教えてください。いま……どうなってるんですか?」


「今って?」


「この、灰とか……雲とか」


女はパラソルの立ったテーブルへと歩み寄ると、行儀悪くそこに座る。


「あー。ずっとあの地下に潜ってたならわかんないかー」


「これって、何がどうなってるんですか?」


「んー。わかんない」


女はまたアッサリと言い放って、あははと笑った。

「これねー。私らも良くわかんないのよ。ただ、この街の人たちみんな避難しちゃった」


「どこへ……避難されたんですか?」


「んー。たぶん名古屋方面だねー。名港あたりから船に乗ったんじゃないかな。他はチリジリバラバラってやつ。だから、救助とか救援とかの以前に、私も、アナタたちも同じ立場ってこと」


ここでエイミが前に出た。


「どうにかして、電話とか、無線とかで、助け呼んでもらえません? アタシたち、困ってるんだから。なんか通信できそうなトラックじゃないですか」


どこか非難含みの言葉だったが、女は気にする様子もない。余裕の見える微笑のまま応じる。


「んー。そりゃアンテナ搭載車だからね。通信はできるよ? でも無理」


「どーして?」


女は天を指差した。


「雲」


「くも……」


「んー。あの雲のせいで凄まじい通信障害がでちゃってるんだなぁ。たまーに断片的な電波は入るけどさ。今はこのパラソルのが役に立つよ」 


拍子抜けだ。

救援要請どころか、ほとんど何も情報が得られていない。菜瑠は微かな失望を味わいながらも、さらに質問した。


「じゃあ……ここで何を?」


「遭難。アナタたちと同じにね」


これは明らかに嘘だ。先ほど『竹田』に話しかけた内容から、この女がなんらかの目的を持って滞在している事は確実。

この女は何かを隠している。

だが、この様子ではマトモな情報は得られそうにない。そう気付いた菜瑠は質問の質を変えた。


「この街で、火事場泥棒……してるんですか?」


「火事場泥棒?」


「貴金属とか……お金になりそうなものを商店から」


女は肩をすくめて、アッサリ否定した。


「いーえ。そんな野蛮な事はしないわ。あとで刑務所なんてゴメンだもの」


「その『竹田』さんは?」


「なによ。お嬢さん、アナタ婦警さん? 捜査も救援も他をあたるべきね。竹田もそんなことする奴じゃないわ。だいたい、私たちは――。とにかく、冤罪はゴメンよ」


この言葉を受けて、菜瑠はエイミ、そして遼と視線を交わした。

どうも胡散臭い女だ。


「街中に、『ヤギ』がどうの、って書かれてたんですけど、あれは?」


「ああ、マギーの見た夢?」


「そう……なんですか? マギーさんが見た夢?」


「ヤギが自分の体を粉にしちゃうやつでしょ? あれ気持ち悪いよねぇ」


女は微笑を消して、顔を小さく歪める。『おぞましい』とでも言わんがばかりだ。この反応はリアルに思えた。


「あれって……なんなんですか?」


「んー。私も詳しく知らないんだけどね。マギー・シープル・シップの予言らしいわ」


「予言?」


「ほら、ヤギが自分の体を粉にするでしょ? それで、その粉を風にのせてバラまくワケ。そして、その粉のせいで他の動物の喉が潰れる。これが、『今』の状況を見事言い当てた予言だーっ、って話」


「言い当ててるんですか?」


「さーね。少なくとも、マギーシープルの連中はそう思ってるわ。他にもマギーの夢が的中してるらしいって話。まー救いがたいアホよねぇ。あんなのどうとでも解釈できるのに」


「他の予言もあるんですか」


「えーっとね、『魚が泣く日』だの『蛇の揺りかご』がどうの、『猿の議会』ってのもあったかな。たまに街角に書いてあるよ。ぜーんぶマギーって女の人が見た夢なんだってさ。キモいよね」


たしかに、気持ち悪くはある。次の質問を決めかねて菜瑠が言葉に詰まると、ここまで黙って話を聞いていた遼が後方から質問した。


「あの、僕たち救援を求めにいくんで、良かったらガソリンわけてもらえませんか?」


「ガソリン? もちろん駄目。ごめんね? いまね、この界隈ってたぶん水よりガソリンのが貴重なの。水は井戸掘れば湧くけど、精製されたガソリンは地球のどこ掘っても湧き出さないからね」


しかし、遼も食い下がる。


「そこの……車両の横にある赤いタンク、中身ガソリンですよね? あれだけあるなら一つぐらい……」


「しつこい男、理屈っぽい男はモテないよ? 断るってこっちも嫌な気分になるものだからね。さぁ、もういいでしょ? こう見えても忙しいの」


この女はマトモに取り合う気がない、そしてどうにも自分たちより上手だと気付くと、菜瑠にできることは無くなってくる。


「あの、ナツカ自治区って?」


「あー、逃げ遅れた人たちがコミュニティー作ってるのよ。色々と必需品持ち込んでね。救援が来るまでやりくり――のはずだけど、こんな様子じゃ救援を待ってもねぇ……。さ、質問タイムはコレでおしまい。じゃあ元気でね。ささやかに無事を祈ってるわ」


女はそう言って、サングラスを目の位置に降ろし、ビーチチェアまで戻った。


「あの、最後にいいですか? アナタはガソリンも車もあるのに……なぜ避難しないんですか?」


「遭難を楽しんでるの。……って、まぁコレは教えとかないとマズいかな。あのね、いまね、高速道路が使えないのよ」


「入れないって事ですか?」


「それもあるんじゃない? 入り口に車が殺到して、事故起こして、結果入れない状況なのは確かね。でも、いざ上の道路に乗れたとしても、一部の橋が崩落してるらしいわ。最寄りの大都市は名古屋だけど、そこまでもマトモに走れるかどうか――ってとこね。少なくとも東京までは戻れない」


「……ありがとうございました。あの、お名前きいてもいいですか?」


「さっきのが、最後の質問じゃなかったっけ?」


「はい……」


言いようのない徒労感を感じて菜瑠が踵を返そうとすると、女は菜瑠の背中に言う。


「キスミ。私の名前」


「キスミさん? それって名字――」


「最後の質問」


「はい……」


仲間たちもそれぞれが訝しげな表情で車両から離れて行く。

菜瑠などは肩透かしを食った印象が強く、ひどくフラストレーションを感じる。救いを求める者に対して、あまりにも素っ気ない対応ではないか。人道だの道徳だのを小学校で履修しなかったのか。


非難の言葉を胸の奥にしまいこみ、菜瑠がその場を去ろうとすると、またキスミが呼び止めてきた。


「ねぇ。MFの施設ってどれくらい人が残ってるの?」


「まだ、たぶん60人以上は……」


「へー。結構居るんだね。ヤナミさんは?」


「ヤナミ……さん?」


「そう。ヤナミ統合監督部長。タヌキみたいなオッサン」


少なくとも、菜瑠は知らない。最終的に施設にいた『オッサン』は篠田学長だけだ。無理やりこじつけるなら半村もオッサンなのだろうが、結局『ヤナミ』ではない。

あるいは施設に出入りのあった大人なのだろうが、少なくとも菜瑠は知らない。どこかで耳にした名前のような気はするが。


「いないと……思います」


「ふーん。須藤宏之ってのは?」


「その人たち、メサイアズ・フォーラムの人なんですか?」


「須藤は違うよ。この病院で働いてたはずなんだけど、もしかしたらMFの施設に逃げ込んだかな、って」


「大人は、篠田学長と深川先生と、半村という人しかいません。誰かが逃げ込んできたって話も聞いてません」


「ふーん。そかそか。じゃあいいや。探しに行く手間が省けたわ。ありがと」


「その人を探してるんですか?」


「んー。そうでもないよ? ともかく、頑張ってね。あと……ついでだから言っとくけどアナタたち、灰が降ってるときはマスクした方が良いよ。肺にすごーく悪いから」


「そんなに?」


「コレ、細かいガラスみたいなモンだから。呼吸器やられるの。大粒の奴はだいたい落ちたみたいで、最近は細かいのばかり降るけど。細かいほどヤバイかもね」


「わかりました……。ありがとうございます」


心中にモヤモヤとしたモノを抱えながらも、菜瑠はぺこりと頭を下げて、先行する仲間たちを小走りで追いかけた。

そうしてキスミに声が届かない距離まで来ると、ようやくケンタが口を開いた。


「見た? すごいオッパイだねアレ。なんかミサイルみたい。それに比べて君らときたら……がっかりだよ」


「なによ! ヘンタイ! デカイと年取ったら垂れるのよ!」


エイミはフラストレーションを晴らすかのようにケンタに怒鳴りつけるが菜瑠などは比較されたところで腹も立たない。腹が立つとすればあの女の態度に、である。

菜瑠はなるべく穏やかな表現で非難した。


「なんか受け答えは柔らかいけど……冷たい人だね」


「そーよ! ちょっと胸が大きくて美人だからって! 四季はあんなんになっちゃ駄目だからね!」


四季はエイミをみて、小さく頷くだけだ。

四季も決して人情味に溢れるタイプではないが、あのキスミのように微笑みの下に冷徹を隠すワケでないだけわかりやすい。


そうしてカートの場所へと戻ると、道路工事が再開される。遼は終始黙ったままで、ケンタは空腹を訴えてばかり。

そうして1時間ほど作業が続き、一行は昼過ぎに本拠地であるホテルに着いた。

ロビーへと荷物を搬入しながら、菜瑠はキスミに感じた『引っかかり』を頭の中で整理していた。


なにか、引っかかる。

なにか、どこか。



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